最終話 愛してる 「あたしもよ」
スカーレットは魔力を使い果たしていたけれど、それでもやっぱり強かった。
時限魔法は溜めていた魔力を使うので、普通の魔力には影響がない。だからアスラは魔力に余裕があった。
数多の花びらが周囲を舞っている。
だけれど。
それらは『絶界』に阻まれてスカーレットには届かない。魔王剣が絶妙なタイミングで『絶界』を使って、スカーレットにダメージが入らないようにしているのだ。
更に魔王剣の魔力で使う衝撃波で、花びらたちが一掃されてしまう。
スカーレットはかなり上手に魔王剣を使いこなしている。
もちろんアスラだって魔王剣・十六夜を使いこなしているけれど、方向性が違う。
スカーレットはあくまで、剣士として、戦士として使いこなしている。
スカーレットの斬撃を、アスラが受ける。
そのうち受けきれなくなって、身体を何度か斬られた。とはいえ、致命傷は避けている。
「MP切れてるのに君、ちょっと強すぎないかな?」
「体力はまだあるし、剣術の腕と魔力は関係ないでしょ?」
「ああ、そうだね、君は魔法兵じゃなくて魔法戦士だものね!」
アスラはMPが切れたら一気に弱体化する。もちろん、弱体化してもスカーレット級の相手でなければ問題ないけれど。
「君が魔天使状態のままなら、私はもう死んでるね!」
今だって花びらを使いながら、なんとかスカーレットと戦っているという感じなのだ。
地力に差がある。
「あの時のあたしの攻撃、躱したでしょ?」
「瞬間的には可能だけど! ずっとは無理だよ!」
小太刀と魔王剣が打ち合う音が響く。
いつの間にか、少し離れたところに《月花》の仲間たちが集まっていて、2人の戦闘を見学していた。
もう戦争どころじゃないので、両軍とも一時撤退している。
ちなみに、ナシオとゾーヤも2人の戦いを見ていた。
2人の戦いは長く続き、いい加減アスラのMPも尽きかけていた。
まずいな、とアスラは思う。
アスラは小太刀に魔力を流している。だからこそ、小太刀は魔王剣と打ち合えているのだ。
「結構、血が流れたわね……」
スカーレットが呼吸を整えつつ言った。
確かにスカーレットは血塗れだった。
だがそれ以上に、アスラのケガが酷い。実はアスラ、立っているのもやっとの状態だ。
アスラは小太刀を鞘に収める。
「何? また抜刀術?」
「それしか、ないもんで、ね」
短剣を投げてもいいけれど、スカーレットが相手ならほとんど意味はない。
「いいんじゃない?」スカーレットが言う。「あたしの方も、そろそろ限界。魔王剣の魔力だって月を壊すのにだいぶ使っちゃったし、そろそろどっちか死にましょうか」
言って、スカーレットが先に動いた。
アスラは抜刀しようとして、だけどできなかった。
スカーレットが小太刀の柄頭を蹴ったのだ。
「な……」
アスラは一瞬だが、動きを封じられてしまった形。
スカーレットは右足で柄頭を押さえたまま、左手の魔王剣を横に振った。
スカーレットの姿勢が悪いので、速度はそれほどでもない。
アスラは尻餅を突くような形でそれを躱す。また逃げ遅れた髪の毛が少し斬られた。
ああ、ちくしょう、姿勢が悪すぎるっ!
振り抜いたスカーレットの剣が斜めに戻ってくる。
アスラはなりふり構わず、地面を転がって逃げた。
逃げながら周囲に花びらを複数枚、展開。これが最後のMP。
追撃していたスカーレットに花びらが当たりそうになったが、『絶界』が発動。花びらが1枚『絶界』に触れて爆発。
その隙にアスラは立ち上がった。
魔法を駆使してやっと互角。だがその魔法も、もう使えない。
これは良くて相打ちだな、とアスラは感じた。スカーレットの体力もかなり落ちている。
スカーレットはどうしようか悩んでいるのか、魔王剣を構えたまま動かなかった。
アスラの周囲に浮いている残りの花びらを警戒しているように見えた。
花びらは残り4枚。『絶界』はあと何回使えるのだろう?
アスラは花びらを1枚、スカーレットの方に飛ばす。スカーレットはそれを躱しながら、突っ込んで来た。
アスラは今度こそ抜刀する。しかしその速度は普段よりかなり落ちているし、精度も低い。
スカーレットが急制動をかけたので、アスラの斬撃は空振り。スカーレットが再び動いたので、アスラは手首を返してそのまま二の太刀。
スカーレットはアスラの二の太刀を魔王剣で斬った。
ああ、お気に入りの小太刀が……。
アスラの小太刀は真っ二つに折られてしまった。仕方ないので、小太刀を手放し、両手に短剣を握る。
同時に、花びらをスカーレットに接近させる。そうすると、やっぱり『絶界』に触れて爆発。残り3枚。
スカーレットの斬撃を、短剣で上手く流したけれど、アスラはフラついた。血を流しすぎたのだ。
スカーレットはその隙を見逃さない。けれど、アスラだってただ攻撃されるわけにはいかない。
花びらで牽制すると、『絶界』が展開され、爆発が起きる。
アスラは体勢を立て直した。花びらは残り2枚。
即座に1枚をスカーレットに近づける。スカーレットは、今度は花びらを躱した。
ああ、やっと魔王剣の魔力が尽きて、『絶界』が終わったんだね、とアスラは思った。
スカーレットはなぜか微笑み、そして。
真っ直ぐアスラに突っ込んだ。
花びらがスカーレットに辿り着くよりも早く、スカーレットが魔王剣でアスラの胸を突き刺した。避けるだけの力が、アスラに残っていなかった。
時が止まったような錯覚。
確かにスカーレットは微笑んでいて。
アスラも穏やかに笑った。
「……愛してるわ」
「私もだよ」
花びらがスカーレットの頭を吹き飛ばす。
スカーレットの身体が力なく倒れ、魔王剣はアスラに刺さったまま。
「アスラ!!」
アイリスが駆け寄ってくる。
同時に、団員たちも。
「私の死体は、スカーレットと一緒に……」アスラが言う。「中庭に……ジャンヌと……ユルキの隣に……」
幸せだった。
そして酷く悲しい。涙が流れるほどに。大好きなスカーレットを吹き飛ばしたのだから。
でも幸せだった。
悲しいを知れた。心から悲しいと思う。胸に魔王剣が刺さってなければ、切なさで胸が痛んだだろう。
今は物理的な痛みの方が先に来ている。
でもちゃんと悲しい。そしてやっぱり幸せだった。悔いはない。
「死なせるわけないでしょ?」
アイリスが少し怒った風に言った。
でも、私はスカーレットと死にたいよ。
ここで人生が終わってもいい。そのぐらい、今のアスラは幸せなのだ。
夢にまで見た。愛する者と殺し合って、どっちかが死んで、どっちかが悲しんで。
ふと、スカーレットの死体に視線をやると、ナシオが触っていた。
ああ、クソ、彼女に触るな。
生き返らせるな。
彼女は幸せに死んだんだ。
アスラは最後の花びらで、ナシオの頭を吹っ飛ばした。
そこで意識が途切れる。
◇
次にアスラが目覚めたのは、ベッドの上だった。
どうやら、仲間たちがみんなで回復魔法を使ったらしい。クロノスを使う前に、傷が塞がったとマルクスが説明した。
「団長の望み通り、スカーレットはジャンヌの隣に埋めました」
マルクスが言った。
「そうか」とアスラは応えた。
私も一緒に、が望みだったのだが、と思ったけど言わなかった。
ベッドから出る気になれず、アスラはぼんやりと天井を見ていた。
その天井で、ここが自分たちの拠点、帝城であると理解できた。
今、部屋にいるのはアスラ以外にはマルクスだけだ。
「スカーレットの死で戦争は終わりました」マルクスが言う。「イーティス軍は引き上げ、ゾーヤがイーティスの神王に収まったようですが、団長がナシオを殺した時は大変でした」
「大変とは?」
「ゾーヤはナシオの死に怒って、団長を殺そうとしたのですが」
「ですが?」
「アイリスに半殺しにされました」
「……そうか」
「どうやら、ナシオには新しい身体がなかったようで、完全に消滅したみたいです」
「それはいいね」
少しの沈黙。
「戦争参加の報酬はすでに受け取っています」マルクスが言う。「東フルセンはこれから復興が大変でしょう」
「西と中央は?」
「イーティスが占領地の多くを放棄しましたが、中央と西のいくつかを領有しています」
「スカーレットなしで全土併合は無理だろうから、まぁ無難だね」
「では、自分は訓練に戻ります」
「分かった。ありがとう」
アスラが言うと、マルクスは部屋を出た。
アスラは1人で、スカーレットを想った。
「君を忘れることはない」
特に、死ぬ前に笑っていた顔。それから、アスラに愛を囁いた声。
しばらくそうしていると、胸がキュッとして、とっても心地よかった。
「お母様、見て下さい!」
十六夜が部屋に入って来て、魔王剣を振り回す。
「わたくしは魔王剣を使う魔王剣です!」
十六夜はとっても楽しそうだった。
そっちの魔王剣はどうしようかな?
とりあえずは普通に武器として使おうか。スカーレットの遺品だし、ね。
アスラは微笑み、ベッドから出る。
「そうだ、みんなでスカーレットにサヨナラしよう。ユルキやジャンヌの時みたいに」
それが物語の終わりなのだ。
いつだってそう。
◇
中庭には3本の剣が刺さっている。
真ん中がジャンヌで、右側がユルキ。そして新しく左側にスカーレット。
今日もいい天気だ。ジャンヌの時も、ユルキの時も、天気だけは良かった。
「スカーレット様、あなたと過ごした日々はとっても楽しかったです」
エステルが言った。
「月……壊してくれて助かった」とシモン。
「それ!」とレコ。
「あの月を……壊せるとか」イーナが言う。「本当に……すごい敵だった……」
「まぁ自分たちは、対スカーレットに関してはほとんど何もしていないがな」とマルクス。
「ですわねぇ」とグレーテル。
「スカーレットを独り占めしたみたいで、ごめんね」アスラが言う。「でも後悔はない」
「まぁ、あんだけ暴れりゃな……」とロイク。
「ハラハラしたでござるよ」チェリーが言う。「団長殿が死ぬかと」
「ママ……死なないで」とリーサ。
アスラはリーサの頭を撫でた。
次はリーサかな? それともアイリスかな? とアスラは思った。
愛する者を失った感覚は癖になる。
おっと、違うな。
愛する者と殺し合って、どっちかが死ぬ感覚は癖になる。
悲しいと幸せを一緒に味わえるのだから。
「というか、フルセンマークでしばらく戦争の仕事はなさそうだね」とラウノ。
「それは思いました」サルメが言う。「どこも復興に忙しいですからね」
「復興支援でもすればよろしいですわ」とティナ。
「バカ言うなよティナ。戦後の焼け野原なんだよ?」アスラが言う。「治安とか最悪だろうに。強盗に強姦に、きっと色々ある。そして憲兵団はまともに機能していない。そうなると?」
「傭兵の出番ってわけね」アイリスが言う。「もう英雄もいないし、治安維持の仕事が大量に入りそうね。あたしにも仕事回してくれない?」
「いいとも。明日から早速、知り合いに『治安維持部隊は必要ないか?』って聞いて回ろう」
アスラは生き残った。
であるならば、日常が巡る。
次の殺し合いのために。
楽しい楽しい戦争のために。
「あ、それはそうと、スカーレットとお別れしよう」
言って、アスラは両手をパンと叩いた。
「サヨナラ、スカーレット。君以上の敵に、いつか出会えるといいな」
アスラに続いて、何人かが「さよなら」と言った。
「それじゃあ、私とスカーレットの物語は、これで終わりだよ」
これからはアイリスとリーサに愛情を注ごう、とアスラは思った。
今の私は愛を理解している。確かにスカーレットを愛していたし、確かに愛されていると感じたのだから。
ねぇ、だからアイリス、リーサ。
いつか、いつの日か、
君たちとも。
これで本編完結となります。
長らくご愛読ありがとうございました。
本当、長かったですね! 何年書いたんだろう。
一応、このあといくつか外伝を投稿して、完全終了とする予定です。




