10話 私たちはまるで恋愛小説みたい デッドエンドしかないけどね
「ナーナ、なぜだ……ナーナ」
イーナに腹部を刺されたフランシスは、驚愕の表情でイーナを見詰めた。
「だってキモいし……」
イーナは苦笑いしながら言った。
ここは東部戦線司令部の司令室。
「ナーナ……」
フランシスが右手をイーナに伸ばそうとして、イーナは短剣を抜いてフランシスの身体を蹴った。
フランシスが背中から倒れる。
「あと、依頼だから……」
傭兵団《月花》が受けた依頼は、東部戦線司令部の壊滅。当然、司令官であるフランシスの死も含まれる。
「君を……愛して……」
そう言って、フランシスは息を引き取った。
「妻も子供も、いるくせに……」
やれやれ、とイーナが肩を竦めた。
「終わったかい?」
軽い様子で司令室に入ったラウノが聞いた。
イーナはコクンと頷く。
「こっちも終わった。司令部の人間は全員死んだよ」ラウノが言う。「アーニアに帰ろう」
この司令部には元々潜入していたイーナ、シモンの他に、ラウノ、ロイク、チェリーが攻め込んだ。
結果として、特に苦労することもなく司令部を壊滅に追い込んだ。やや過剰戦力だったが、戦力が足りないよりはいい。
「メイド服とも、おさらば……」
「名残惜しいなら、そのまま着ておけば?」
ラウノの言葉に、イーナが頷く。
「……持って帰る……」
何気にメイド服が気に入ったイーナだった。
◇
数日後。
スカーレットは東フルセンの激戦地の少し後方に陣を敷いた。
大きなテントの中で、スカーレットは簡素な椅子に座っている。ここが大本営。
「いやぁ、《月花》強いねぇ」少年の姿のナシオが言う。「アレもう僕たちじゃ、どうにもできないよ」
ナシオの新しい身体は12歳ぐらいで、ゾーヤが「百点! 百点! 百点!」とはしゃいでいた。
フルセンマークの創造主、ショタコン疑惑が生まれた瞬間である。
ちなみに、このテントにはスカーレット、ナシオ、ゾーヤ、ベンノ、それから将軍2人とシロがいる。
シロは森に帰そうとしたのだが、スカーレットの側を離れなかった。なので、そのまま連れて来たのだ。
「撤退して良かった」ベンノが言う。「あのまま戦ったら全滅だったぞ」
「それで? 全部あたし頼みってわけ?」
スカーレットは淡々と言った。
「そうなりますね」
キリッとした表情でゾーヤが言った。
「トリスタンは死んで、エステルは裏切ったって?」スカーレットが言う。「エステルは意外すぎるでしょ……」
「そうですね。彼女はスカーレット様のことも、わたくしのことも敬愛していたので、離れないと思っていたのですが……」
「惚れた相手より大事なもんがあるかよ」
くくくっ、とベンノが笑った。
「そうね」とスカーレットが頷いた。
愛は人を変える。だいたいの場合は、愚かに変わる。あたしもそうだ、とスカーレットは思った。
「スカーレットは雰囲気が変わったね」ナシオが言う。「何かあった?」
「ええ。自分の気持ちに気付いたわ」スカーレットが言う。「ハッキリ言って、あたし、人類の未来とか全然、興味なかったわ」
その言葉に、ゾーヤが絶句。
「ただ死に場所を探していただけ。もうずっとそう」スカーレットが遠い目をして言う。「かつての世界で、全てを失って、ジャンヌたちを倒して、それでも人間たちは私利私欲のために戦争して、あたしは彼らを管理しようと頑張って」
長い溜息を吐いた。
「クソみたいな魔法でこっちの世界に連れて来られて、しばらく見て回って、やっぱり人間は愚かで、結束させなきゃって思って。だけど、あたしが本当に求めていたのはね、そういうのじゃ、なかったって話」
スカーレットは曖昧に笑った。
そして曖昧な表情のままで言う。
「あたしアスラに惚れてたわ」
「「え?」」
スカーレット以外の全員が目を丸くして、口を半開きにして、間抜けな表情を晒した。
「ああ、でも安心して、アスラの仲間になったりはしないから」スカーレットが肩を竦める。「あの子は敵でいる時が一番、輝いてるから」
「……アスラを殺せない、とかは……?」
恐る恐る、という様子でゾーヤが聞いた。
「それはない。ちゃんと殺すわ。あたし自身、戦ってみたいと思ってるしね。なんて言うか、理解できるか分からないけど、あたしたちは相思相愛で、お互いを殺したいって願ってるの」
アスラの愛は死ぬほど重いけれど、スカーレットの愛も負けてない。
この世界で最も重くて薄暗い2人なのだ。
「無茶苦茶なことを言ってる、ってあたしも分かってる」スカーレットが立ち上がる。「でもしょうがないでしょ? それが真実だし、あたしは惚れてることに気づけて良かったと思ってるし、どっちにしてもやることは何も変わらないのだから」
そう、何も変わらない。
最初からそうだ。
アスラとは殺し合う。
ただスカーレットの中で、世界の行く末よりもアスラの方が大事だったと、それだけの話。
「興味本位で聞くのだけど」スカーレットが言う。「この戦争であたしが死んだら、あんたたちどうするの?」
「わたくしはそれでも、世界大戦を防ぐために注力します」ゾーヤが言う。「あのような悲惨な未来は認められない」
「そう。じゃあイーティスのことは任せるわね」
言いながら、スカーレットはナシオに視線を送る。
「僕は姉さんに協力するだけさ」
ナシオは肩を竦め、スカーレットはベンノに視線を向ける。
「俺っちはアレだな、フルセンマークを出る。《月花》の連中に追撃されないように姿をくらます」
「そう。戦場で死なないことを祈るわ」
スカーレットは背伸びをして、それから歩き始める。
「征きましょう」
◇
アスラは戦場を歩いていた。
「ああ、なんて素敵な空気」
深呼吸すると、血の臭いが肺一杯に広がる。ここでは多くの人が死に、多くの死体が転がっている。
イーティス軍と反イーティス軍の決戦。フルセンマーク流の、正面から広い場所でぶつかり合う戦い。
これはこれで素敵だな、とアスラは思った。
お互いに総力戦。
昨日はスカーレットが出てきて、反イーティス軍は崩壊しかけた。
残念なことに、アスラは昨日スカーレットに会えていない。アスラは左翼側にいて、スカーレットは右翼側を攻めて来た。
踊るように歩いていると、何名かの敵がアスラに寄ってきた。味方はアスラの近くにいない。1人の方が気楽でいいというか、アスラは1人で軍団なのだ。
「やあ、こんにちは。楽しんで」
言いながら、アスラは自分の周囲に花びらを展開する。
ちなみに、今日のアスラは中央を歩いている。他の団員たちは左翼と右翼に散って、イーティス軍と戦っている。
アスラたち《月花》が受けた依頼は、『戦闘への参加』である。特に誰の指揮下に入ったわけでもなく、遊撃隊的な役割だ。
アスラの花びらが近寄ってきた敵5人に向かって飛び、彼らの身体に触れると同時に爆発。
血と肉が飛び散って、「やはり戦争はいい」とアスラは呟いた。
願えるなら、今日こそはスカーレットに会えますように。
残念なことに『スカーレットを殺して欲しい』という依頼は受けていない。頼まれても受けない。理由は単純で、誰も依頼料を払えないから。
スカーレットの命には値段が付けられない。それほどの強敵なのだ。
「マルクスたちが羨ましいなぁ」
昨日、マルクスたちは右翼側にいて、スカーレットと一戦交えて半殺しにされている。命からがら、半泣きで逃げ出したそうだ。
そんな目に遭ってみたい、とアスラは思った。
四方八方から叫び声が聞こえて、ここは本当に心地よい戦場だ。永遠に続けばいいと思うけど、きっと今日か、遅くても明日には終わってしまう。
両陣営とも、受けた被害が尋常じゃない。長くは続かない。
アスラは背中の火縄銃を取って、発砲準備をして、敵の隊長格を狙い撃った。
「乱戦だと花びらの方がいいか」
花びらを展開して突っ込んだ方が打撃を与えられる。でも銃は楽しいし、MPを節約できる。
「どうせスカーレットには通用しないし、今のうちに楽しもう」
第二射を準備し、やはり隊長格を狙撃。
昨日、マルクスたちがスカーレットに火縄銃を試したが、本当に通用しなかった。
スカーレットが躱したわけではなく、魔王剣の『絶界』が自動で発動して、スカーレットを護ったのだ。
十六夜が言うには、「側にいればわたくしだって同じことができます」だそうだ。
故に、スカーレットはわざわざ魔王剣を背負っていた。
「ああ、硝煙の匂い……」
ウットリしちゃうなぁ、とアスラは思った。
「でもみんな私を避けるから、ちょっと寂しいな」
もっと向かって来て欲しい。全身全霊で殺しに来て欲しいのに。
と、少し離れた所で大きな歓声が上がった。敵側の歓声だ。
アスラは即座に花びらの階段を作って、タタッと昇る。そして戦場を見渡すと、白虎に乗ったスカーレットを見つけた。
彼女は1人で、巨大な矛を振り回して敵兵を薙ぎ払っていた。
征かなくちゃ!
アスラは空中に花びらの道を作って、スキップするようにスカーレットへと向かった。
移動しながら火縄銃の準備をして、スカーレットを狙って撃った。
そうすると、マルクスたちの報告通り、『絶界』がスカーレットを護った。
スカーレットがアスラの方に視線を向けると同時に、白虎から降りる。そして微笑み、白虎の身体を二回、軽く叩いた。
白虎は猫みたいに鳴いてから、スカーレットから離れる。
なるほど、巻き込みたくないんだね、とアスラは思った。
じゃあ、その子は生かしてあげるよ。結果がどうあれ、ね。
アスラは地面に飛び降りて、火縄銃を捨ててから走った。
スカーレットが矛を地面に刺して、魔王剣を抜く。
ああ、待ちきれない。初撃はどうしよう? どうしたら喜んでくれる? どうしたら私だけの君になってくれる?
あは、まるで恋愛小説みたいだね!
愛しさが溢れて、アスラは彼女の名を叫んだ。
「スカーレットォォォォォ!!」
アスラは真っ正面から突っ込んで、小太刀を振った。
スカーレットはその攻撃を魔王剣で受けて、力でアスラを弾き飛ばした。
「ああ、やっと会えたね! やっと殺し合えるね!」
◇
「はじめましょう、あたしたちの、2人だけの終わりを」
そのために来たのだ。スカーレットはそのためだけに戦場に出たのだ。
昨日はアスラに会えなかった。運が悪かったけど、それもいい。会えない時間が愛を育むのだ。
スカーレットが魔王剣の切っ先をアスラに向けると、骸たちが一斉にアスラに飛びかかる。
アスラは自分の周囲に花びらを展開して突っ込む。骸たちが次々に爆発していく。
「無駄だよスカーレット! 骸たちは弱すぎる! 数で押したって私には……っと!?」
スカーレットが投げた矛を、アスラがギリギリで回避。逃げ遅れた髪の毛が貫かれて舞う。
「やるじゃない。まぁ、今ので死なれたら悲しくて後追い自殺しちゃうわ」
そうは言っても、殺すつもりの一撃だった。アスラでなければ、死んでいたはずだ。ナシオであれゾーヤであれジャンヌであれ、一撃で葬れるほどの威力とタイミングだった。
「あはは! 骸ごと貫くなんてさすがだね! 骸じゃなくて生きた人間でも、君は同じことをしてくれたかな!?」
アスラは花びらの階段を作って空へ。
骸がアスラを追って花びらの階段に乗ると、階段が爆発。
「あんたのためなら、やってあげるわよ!」スカーレットが笑う。「さぁ! あたしも神世の魔法を見せてあげるわ!」
スカーレットが魔王剣を天に向けると、無数の魔法陣が浮かぶ。
それを見て、アスラが身震いする。
「素敵だよスカーレット! 君が神世の魔法を使ったこと、骸を出した時にちゃんと気付いていたよ!」
空の魔法陣から、数多の魔天使が出現する。
スカーレットはアスラ以上に軍団なのだ。たった1人で軍団なのだ。それも、大英雄と同等の強さを持った魔天使を従えた最強の軍団。
「ああ、壮観だ! 実に壮観だよ! でも私だって負けちゃいないさ!」
アスラが魔法を使うと、月の欠片が降り注ぐ。それは凄まじい規模の流星群だった。
月の欠片が命中した魔天使がその場で消滅し、地面の骸たちも次々に消滅していく。
「雨じゃあるまいし……」
魔王剣の『絶界』に護られたスカーレットは、苦い表情で言った。




