8話 雷霆降臨 その気になれば最強です
「エスエス!! 愛しているぞ!!」
マルクスは走りだし、聖剣クレイヴ・ソリッシュを振り上げ、そのままエステルに斬りかかった。
「私もだマルゥ!」
エステルはマルクスの攻撃をクレイモアで受け止めた。
その愛を受け止めるように、しっかりと。
ちなみに、次のマルクスの愛称はマルゥにしたようだ。
「存分に殺し合おうじゃないか!」とマルクス。
「いいだろうマルゥ! 私たちの愛を確かめ合おう!」
2人が激しく斬り合いを始めたので、ゾーヤたちは散開した。
「くっ、まだ新たに視た未来を共有できてないのに……」
ゾーヤは悔しそうに言った。
◇
「やっほーナシオ、死ね」
レコがナシオに短剣を投げる。
ナシオはそれをヒョイヒョイと躱す。
「君は相変わらず、僕が嫌いみたいだね」
「んー、でも殺したいぐらいしか嫌いじゃないよ」とレコ。
「めちゃくちゃ嫌いじゃないか!」
ナシオは驚いて突っ込みを入れた。
◇
「初めまして、お祖母様ですか?」とティナ。
「違いますけど!? 祖母じゃありませんが!?」
ゾーヤが焦った風に言った。
「祖父の姉のことを、どう呼べばいいのか、ぼくは知りませんし」ティナが言う。「別にお祖母様でいいと思いますわ。年齢的にもお祖母様でしょうし」
「わたくしまだ若いですが!? 2000歳以下ですが!? 正確には覚えていませんが、たぶん1700か1800ぐらいですが!?」
「クソババアの領域ですわ」
「なんて生意気な子!」
◇
「まぁそんなわけで、私は残り物です。残飯処理です残飯処理」
やれやれ、と首を振りながらサルメがラグナロクを構える。
「つーか、お前らって囲んで戦うのが強いんだろ? なんだって一騎打ちみたいになってんだよ。乱戦だと思ってたんだが?」
トリスタンは長剣を二本構えた。
「訓練がてらのお遊びですから」サルメが言う。「別にお仕事でもないですし、息抜きですよ、息抜き」
「ちっ、舐めやがって。後悔させてやるよ!」
トリスタンが踏み込もうとしたその瞬間、真下から黒い槍が出現。
「うおっ」と変な声を出しながらも、トリスタンは急制動。
視線をサルメに戻した時には、サルメの姿が消えていた。
サッと左右を確認するが、サルメはいない。
上か? と首を上げるが、そこにもいない。
と、背後で土を踏む音。
トリスタンは咄嗟に飛び退いた。
「あら? 音が出ちゃいましたね。まだまだ隠密機動は苦手で……」姿を現したサルメが苦笑い。「イーナさんやシモンなら絶対、音なんて立てないのに」
「マジかよテメェ、どういう移動だよ? 消えてたよな?」
ギリッと歯噛みしつつ、トリスタンはサルメを見失わないよう集中。
「【影色迷彩】という魔法ですが、私も実はよく分かっていません」
「分かってねぇのかよ!」
「団長さんの指導で作った魔法ですし、私は使えたらいいんですよ」
「クソ、消えるのは反則だろう……」
トリスタンは強い。英雄にだって勝てる。だけど、正々堂々と戦えば、という注釈が必要だ。
それに、トリスタンは魔法を使わない。
「反則ってほどでもないですよ? 音や気配は務めて消さないとですし、ただ見えないだけなので、こんなの団長さんやうちの仲間には通用しませんよ?」
「クソッタレめ」
苛立ち、吐き捨てる。
スカーレットに鍛えて貰って、アホほど強くなったと思っていたのに、アスラどころか雑兵にすら勝てないかもしれない、とトリスタンは思ったのだ。
◇
「……わたし、余ってしまいましたけれど……」
グレーテルはハルバードを担いだまま立ち尽くすのだった。
◇
レコは体術でナシオと戦っていた。
「若いのにやるねぇ」
レコの攻撃を受けながら、ナシオが言った。
レコはクルクルと舞うように連続攻撃を加えている。それもかなり立体的に。
右から、左から、上から、下から。
「ダメージはあんまりなさそうだね、ナシオ」
レコは言いながら跳び蹴り。
「まぁ、僕は頑丈だからね」
腕を上げてレコの跳び蹴りをガード。
その瞬間、鋭い痛みが腕に走った。
レコが離れ、ニヤッと笑う。
レコのブーツの先からナイフが飛び出ていた。
「暗器ってやつか……まったく君たちは本当に……」
「サルメの真似だからあんまり使いたくないけど、【土槍】!」
ナシオの足下の土が槍の形になって鋭く伸びる。
「おっと!?」
ナシオがその槍を躱す。
「変化! 【破裂】!」
土の槍が爆発した。
威力は大したことないが、ナシオとしてはそこそこ痛い。その上、一瞬だけ目を瞑ってしまった。
目を開いた時には数多の短剣が迫っていて、全ては躱せなかった。
いくつかの短剣がナシオの身体に突き刺さる。
「いや、死なないけど痛い……」
ナシオは最上位の魔物である。
この程度の攻撃で命を絶つことはできない。ナシオを刃物で殺すなら、首を刎ねる必要がある。
と、レコが背後から短剣でナシオを攻撃。
「すばしっこいなぁ君は!」
躱しつつ、蹴りを放つ。
しかしレコはその蹴りをヌルッと避けた。
◇
気が遠くなるほどの斬り合い。
純粋で美しい剣と剣のぶつかり合い。
マルクスとエステルは延々と剣だけで戦っていた。
「ははは! 強いじゃないかマルゥ! 私はこれでも大英雄だったのだがな!」
「つまり今の自分は大英雄レベルということか! まだまだ弱いか!」
「大英雄を弱者扱いか! まぁ分からんでもない! スカーレット様やアスラを見ていたらな!」
会話を楽しみながら、2人の剣技は止まらない。
自分が修めた技術を惜しみなく披露した。その結果として、愛する者を殺しても仕方ない。お互いがそう思っていた。
要するに、この2人はイカレているのだ。どうしようもないほど、ぶっ壊れているのだ。
◇
「神域属性・雷霆【我神成り】」
ティナがそう呟くと、光輝く魔力の渦が生まれ、パァンと弾ける。
それは『覇王降臨』の光バージョンのような見た目だった。
バチバチとティナの周囲でスパークが起こる。
「うーん、ビリビリ気持ちいいですわ」
ティナが目を細めて言った。
「……変態さんですかね?」とゾーヤ。
「違いますわよ!?」ティナがビックリして言う。「肩! 首! 腰に効くんですわ! ぼくは普段、書類仕事が多いのですわ!」
「ナシオの孫だから、性癖が拗れているのかと思いましたが、なるほど」
納得しながら、ゾーヤは神託の【近未来視】をティナと自分に限定して使用。瞳が金色に輝く。
同時に、右に数歩移動。
そうすると、さっきまでゾーヤが立っていた場所をティナが高速で走り抜けた。
正確には、ティナが高速で跳び蹴りを放って、それをゾーヤが躱したという構図。
ティナは激しく動揺しながら着地。
ゾーヤは明らかに余裕を持って躱していた。【我神成り】状態のティナの速度は、ジャンヌですら追えるかどうか、という神速。まさに瞬きの如く。
それを余裕で回避するなど、ティナにとっては想定外。
「恐ろしい子」ゾーヤが言う。「その気になれば世界の支配者にもなれるでしょう。あるいはスカーレットですら、その気になったあなたには敗北するかも」
「ぼくは訓練も戦闘も別に好きじゃありませんわ」ティナが言う。「今日はちょっと運動したくて出て来ただけで」
「運動がてらで殺されたんじゃ、わたくしは悲しすぎて死んでも死にきれませんがね」
「ぼくは悲しくないので問題ありませんわ」
なんでもないことのように、ティナが言った。
ティナはあの壊れたジャンヌと長年一緒に暮らしていたのだ。フルセンマーク最大の犯罪組織を束ね、最近では大帝国だって裏から支配し、ぶっ壊したのだ。
その過程で傷付いた者、死んだ者、数え切れないほど存在したけれど、ティナはそれらを考慮しない。
大切なものとそうでないものとの境界に、ティナはきっちり線を引いている。
そして、ゾーヤはその線の外側の存在である。祖父の姉? 知ったことではない。ティナの暮らす国を攻撃したのだ。死んで償え、としか思っていない。
◇
ナシオは身体の自由が利かなくなって膝を突いた。
「あれ……?」
レコを見ると、ニヤニヤと笑っていた。
「やっと効いてきたんだね」レコが言う。「まぁ、どれが効いたのかは分からないけど」
「なるほど、毒か……」
「これにも」レコが右足の踵で地面を蹴ると、ブーツの先からナイフが飛び出す。「これにも」レコがローブをめくってその下の短剣を見せる。「色々な毒を塗ってる」
「ほとんどの毒は、効かないと思ってたんだけどね……。そうか、色々か……」
ナシオが苦しそうに言うと、レコが大きく頷く。
「まぁオレの趣味じゃないけど、今日はお試しというか、なんかそういう感じ」
レコはもう勝った気でいるようだ。酷く油断しているように見えた。
けれど、どうであれナシオはまともに動けない。
「ナシオはさぁ、どうせまた新しい身体を用意してるんでしょ?」レコが言う。「前の時みたいにさ」
「まぁね……」
「じゃあもうサクッと死んで」
レコが言うと、グレーテルがナシオの首を飛ばした。
レコがハンドサインでそうするよう要求していたのだ。
まぁ、死んでしまったナシオにはどうでもいいことだが。
◇
サルメは段々と劣勢に。
元々、まともに戦えばトリスタンの方がずっと強いのだ。
魔法を駆使し、あらゆる手段を行使し、なんとか対等に戦っていただけ。
いや、対等な風に見せかけていただけ、という方が正しい。
「マジで、魔法兵ってのは、厄介極まりねぇな……」
肩で息をしながら、トリスタンが言った。
「さすがに潮時ですね」
サルメはすでに身体中を斬られている。どれも致命傷ではないが、そろそろ治療しないとマズいのは分かった。
「んじゃあ、死んでくれや!」
「いえ、潮時なのは……」
サルメの言葉の途中で、トリスタンの真後ろからグレーテルがハルバードを叩きつける。
トリスタンは即座に転換してグレーテルの方を向いて、二本の剣でハルバードを受け止めた。
「重すぎんだろ……」とトリスタン。
サルメから見ても、グレーテルの一撃は必殺の一撃だと感じた。むしろ、それを受け止めたトリスタンに拍手を送りたい気分だ。
まぁ、拍手の代わりに【闇突き】を送っておいた。
その【闇突き】は、ハルバードを受け止めて身動きできないトリスタンの腹部を斜めに突き刺した。
「結局……一騎打ちじゃねぇのかよ……」
「一騎打ちは潮時でしたから」とサルメ。
グレーテルは一歩後退して、ハルバードを横に振った。
トリスタンの首が飛ぶ。
「……アイリスさんに比べたら、果実としては未熟ですね」
トリスタンは元々、対魔物に優れた戦士だった。スカーレットの下で対人戦も学んだが、対魔法兵戦は学んでいない。
「でもオレたちよりは強いよ。単独で戦うなら、イーナやラウノでも負けるんじゃない?」
レコが寄ってきて言った。
そもそも、スカーレット陣営にまともな魔法使いがいなかった。アルもメロディもエステルも魔法を使わない。
ナシオの魔法は戦闘向きではなかったし、ゾーヤは出し惜しみ。
スカーレットの魔法は強力すぎてどうにもならないし、トリスタンはまともな魔法兵対策はできていなかった。
「どうでしょう。ただ言えるのは、うちにいたなら」サルメが言う。「かなり伸びたでしょうね」
「……てゆーか、わたしがちょっと強すぎるだけですわね」
グレーテルが胸を張って言った。
「攻撃力だけならね」とレコが笑った。
◇
「雷霆【雷神剣・神滅式】」
ティナの魔力が立ち上り、ティナを包んで膨らむ。
そしてティナをお腹の辺りに含んだ輝く巨人が出現。その巨人は右手に雷の剣を持っていた。
「姉様の天使を大きくして、自分で纏う感じの魔法ですわ」
ふふん、とティナは自慢気に言った。
「ぼくの国を攻撃したこと、痺れながら後悔するとよろしいですわ!」
巨人が雷の剣を振り下ろす。
その速度は稲妻の如く。見てから躱せるようなものではない。
しかしゾーヤはすでに躱していた。
ゾーヤの目には、その剣がいつ、どこに降ってくるか見えていた。故に、先に回避していたのだ。
とはいえ、回避が早すぎると未来が変わってしまう(ティナが剣の軌道を変える)可能性があったので、割とタイミングは難しい。
「完全に殺しに来てるじゃないですか!」ゾーヤが叫ぶ。「当たったら後悔する暇ありませんが!?」
「むぅ……なんで躱せますの?」
言いながら、輝く雷の巨人は剣を横に薙いだ。
ゾーヤはそれを飛んで躱す。
ゾーヤの着地とほぼ同時に、巨人が逆から剣を薙ぐ。
ゾーヤはしゃがんで躱す。
「ちょ……ちょこまかと!」
ティナが怒って言った。
「ナシオもトリスタンもやられましたか……」
ゾーヤが苦笑い。
同時に、どうやって離脱するかを考え始めた。




