7話 かつて最強だった神子は未来を視る でも全ては可能性に過ぎない
深夜、アスラとスカーレットがイチャイチャしている頃に遡る。
ナシオは西フルセンの旧貴族王邸の跡地に立っていた。
ナシオの銀髪と憂いを含む表情が月明かりに照らされて、幻想的な雰囲気を醸し出す。
ナシオの見た目年齢は30代半ばで、顔は整っている。
「ずっと昔のことのようだねぇ」
ここで暮らしていた時の話。
貴族たちの頂点、貴族王として君臨していた頃。
長いことフルセンマークを支配してきた。あるいは、守護していたとも言える。
「僕の時代は終わった。これからはスカーレットの時代か、それとも……」
傭兵団《月花》の時代か。
「おう、ナシオさん、集合したぜ」
そう言ったのは西フルセン攻略軍司令官のベンノ・ヴォーリッツ。
オレンジ色の髪を逆立てた40代の男性。今は馬上で鎧を装備している。
歴戦の戦士というか、元傭兵である。それも、フルセンマーク最大の傭兵団《焔》の団長だった。
まぁ、《焔》はすでに滅びてしまったが。
ちなみに、ベンノの総合評価は80点だとゾーヤが言っていた。
「ああ、ご苦労様」
ナシオは微笑みを浮かべて言った。
ベンノの背後には、西フルセン攻略軍の連中が綺麗に並んでいる。
「さて、それじゃあ兵士の輸送を頼みますよっと」
ベンノが小さく肩を竦めた。
「うん。じゃあ、この扉に入ってね」
ナシオが別空間への扉を自分の隣に出現させる。
これはナシオのスキル。
「そして真っ直ぐ進むと部屋がある。その部屋には別の扉が複数あるけど、すでに1つ開けてある。だからそこから出て。そうすれば、そこは愛しの姉さんの側だから」
このスキルは一度、別空間に入ったあと関係の深い人物の近くに移動できる。
今の場合、ナシオは月花の国境付近からベンノを目印に移動してきた。ベンノはすでに、ナシオにとって関係の深い人物なのだ。
「それはそうと、そっちの状況は?」とベンノ。
「よろしくない」ナシオが言う。「ほぼ全滅だよ」
「ああ? 神聖十字連を主体とした精鋭部隊だろ?」
「それがほぼ全滅したってわけ」ナシオがヘラっと笑う。「不意打ちみたいなもんだったけどね。ちなみに今は姉さんが見張ってるから、たぶん大丈夫」
「やれやれだな」ベンノが肩を竦め、小さく首を振った。「てか、ゾーヤ様はそんなに強いのか?」
「そりゃあねぇ」ナシオが苦笑い。「あの帝国で神子……今は聖女って言うらしいけど、それやってたわけで」
「エトニアル大帝国の聖女か」ベンノも苦笑い。「直接対峙はしてねぇが、資料は見た。オンディーナだっけか? ありゃ怪物の類いだ。誰もダメージを与えられない。こっちなら普通に大英雄。ああ、ついでにあんたの孫だかなんだかも、別の意味で化け物だがな」
「ティナは可愛いからねぇ」ナシオが言う。「あの可愛さだけで世界を支配できるかも」
「ああ、そうかよ」ベンノが肩を竦める。「それで? ゾーヤ様も結界魔法を使うのか?」
「姉さんの魔法属性は神託だよ」
「俺っちは宗教に詳しくない、が、それは戦闘向きじゃなさそうな気がするぞ……」
「おいおい、姉さんは最上位の魔物だよ? 普通に戦っただけでも大英雄より強い。まぁ、魔法が戦闘向きじゃないのは事実だけど」
「失念してたぜ。そういや、あんたら姉弟は魔物だったか」
「とはいえ、スカーレットの戦力を100点だとすると、姉さんはよくて20点、スカーレットが実力を隠しているなら10点って自分で言ってた」
「微妙なところだな」
ベンノが笑った。
スカーレットの2割なら、一般的にはかなり強いとも言える。
20点という自己採点が正しいなら、だが。
「僕らは暗躍する方が得意なんだよ。騙し、支配し、扇動し、操る。特にティナはその辺りが天才的」
「そうだな」とベンノが納得して頷く。
それから振り返って、兵士たちを見た。
「よぉし、じゃあ俺っちが先に入るからよぉ、お前らあとに続けー」
なんとなく気怠そうにベンノが言って、馬から下りる。
それから馬を引いて、ベンノが扉に入った。
兵士たちがそれに続く。
「これは時間がかかりそうだね」
ナシオは空を見上げた。星がとっても綺麗だ。
◇
時間は現在に戻る。
「私は君のマカロンが食べたい」
「なんか言い方がいやらしいんだけど」
アスラとスカーレットはイチャイチャ第二回戦へと突入していた。
◇
その頃のベンノは、《月花》帝城を攻略するために軍を動かしていた。
帝城の前の小さな集落が視界に入った頃、空から巨大な砲弾が降ってきて、兵士たちを殺傷した。
轟音と衝撃と、散らばる肉片。
それは城壁の上に並べられた大砲による砲撃だった。
降り注ぐ砲弾に、ベンノは何もできなかった。彼の軍はただ一方的に虐殺された。
「んだよこれ……」ベンノは引きつった表情で呟く。「こんなん、戦争じゃねぇだろ……」
戦って死ぬならまだ分かる。理解できる。でもこれは、ただ死んでいるだけだ。何の意味もない。
ベンノは《月花》が使用する銃については知っていたし、警戒もしていた。
だから銃弾を防げる厚みの大盾を用意したし、それを装備した部隊も編制した。
でも無意味だった。今、無意味だったと知った。
ベンノたちを襲っている砲弾は、盾や鎧で防げるものではない。
「撤退だちくしょう! 撤退しろ! 無駄死にだクソ!」
大声で叫ぶ。
西フルセンを統一し、中央フルセンはあとこの《月花》のみ。
東フルセンだって《月花》がいなければとっくに支配下だ。
◇
「あれ? もう帰っちゃうの?」
城壁の上で砲撃を見ていたレコが呟いた。
レコは自称アスラのお婿さん。茶色の髪に茶色の瞳。不細工ではないがイケメンという感じでもない。よくいる村の少年といった顔立ち。
アスラと出会った頃は、アスラより少しだけ背が低かったのだが、13歳になった今はアスラより少し背が高い。
「判断が早いですわねぇ」
レコの隣に立っていたグレーテルが言った。
グレーテルは20代前半の女性で、かつてはどこかの国のお姫様だった。まぁ、その国は売国奴たちのせいで亡国となったわけだが。
「打って出る?」とレコ。
「それもありですわね」
グレーテルの髪はクリーム色で、髪型はマッシュミディアム。マッシュルームみたいな丸っこい髪型。アスラの仲間になった頃から同じ髪型を貫いている。
顔は割といい。アスラやアイリスには劣るが、一般的には美人に分類される。
「マルクスに聞いてくる」
そう言って、レコは城壁を飛び降りた。
同時に地面が盛り上がり、土の階段が姿を現す。レコの魔法である。
ピョンピョンと跳ねるように階段を下って、レコは城の中へ。土の階段はボロボロと崩れて消える。
◇
「無理だ」
ベンノは大本営の天幕を潜ってすぐにそう言った。
「見てた」トリスタンが肩を竦める。「あんなん普通の兵は士気が保たないだろうぜ」
トリスタンは17歳の少年で、髪の色は黒。長さは普通。長すぎず短すぎず。
肉体は引き締まっていて筋肉質だが、背丈は普通。顔立ちも悪くはないが、取り分けてカッコよくもない。
「俺っちも保たねぇよバカ」
「困りましたね」とゾーヤ。
「あんたが出たらどうだ? ゾーヤ様」
ベンノはゾーヤをジッと見詰めた。
「いいんじゃね?」トリスタンが言う。「【神性】全開なら戦うまでもねぇし。つか、なんであんたはいつも戦わないんだ?」
ゾーヤはエトニアル大帝国との戦争でも、演説したり主要人物をまとめたりしていたが、自ら戦うことはしなかった。
「わたくしもナシオも、所詮は過去の遺物ですから」ゾーヤが言う。「なるべくなら、今を生きる人間たちで解決して欲しいと思っています。それにわたくし、戦闘が得意というわけでもないですし」
「人間たち、ねぇ」トリスタンが苦笑い。「忘れがちだけど、あんたら魔物だもんな……」
「とはいえ、世界大戦は防がなくてはいけません」ゾーヤが言う。「我々の敗北は許されない。ですので、打って出ましょう」
「おお」と嬉しそうなのはエステル。
エステルは神聖十字連の隊長で、英雄が解散するまでは中央の大英雄だった。
中央出身なので、そもそもゾーヤを敬愛している。
エステルは30歳の女性で、赤毛のポニーテイル。瞳の色も赤。純白のフルプレートに身を包んでいる。
「姉さん、ケガはしないでね」
ナシオが心配そうに言った。
「ナシオも行くんですよ」とゾーヤ。
「え? 僕も?」
ナシオが驚いて言うと、ゾーヤが強く頷いた。
「しょうがないなぁ」
ナシオが溜息交じりに言うと、ゾーヤの瞳が金色に輝いた。
「どうやら向こうも打って出るようです。行きましょう、ここで戦ったら兵たちに被害が出ます」
「なんで分かるんだ?」トリスタンが言う。「向こうが来るって。それにその目は……」
「近い未来を視ています」
神域属性・神託の【近未来視】の発動状態。
「神がかってるな……いや、神様だったか」とベンノ。
「む……わたくしとナシオだけでは敗北しますね。トリスタン、エステルも一緒に来てください」
「喜んで」とエステル。
「未来は揺らいでいます。ですが、いくつかの未来でわたくしたちが勝ちます。対戦相手の組み合わせと、あとはティナさえ出なければ可能性があります」
ゾーヤたちが勝つのは、非常に低い可能性だ。
「ティナが出たら?」とナシオ。
「やれるだけ、やってみましょう、と言ったところでしょうか。あの子、どうやってあれほどの強さを……?」
ゾーヤが困惑した風に言った。
「僕らが負ける可能性が高いなら、撤退する、という手もあるんじゃ?」とナシオ。
「バカ言うな」トリスタンが苦笑い。「スカーレット様が攻めろって言ったんだ。お前、歯向かうつもりか?」
「……うーん、それはよろしくないね」
「体面さえ保てればいいだろう」エステルが言う。「戦いましたが、無理でした、逃げました、ならばスカーレット様も許してくれるさ」
「ギリギリ勝てる可能性もありますので」ゾーヤが言う。「接敵の少し前にもう一度未来を視て、どう攻撃するか、誰から倒すか、共有しましょう」
「つーか、あんたの【神性】は? 隙を作れるんじゃねぇの?」とトリスタン。
ゾーヤが首を横に振る。
「連中にはほとんど意味がないです」ゾーヤが言う。「上位の【神性畏怖】ならまだしも、彼らはすでに【神性】を破ることができます」
「その上位の【神性畏怖】とやらは」エステルが言う。「ゾーヤ様には使えないので?」
「無理です。それは本物の神様……ユグドラシル様のものですから……」
◇
「しかし、あんなにすぐに退かれては、陸軍の訓練ができんな」
イーティス軍の野営地を目指して歩きながら、マルクスが言った。
マルクスは20代後半の男で、筋骨隆々。赤毛を短く切り揃え、精悍な顔立ち。傭兵団《月花》の副長で、エステルの恋人でもある。
「仕方ありませんよ、大砲って凶悪ですし」
サルメが肩を竦めた。
サルメはラウノと入れ替わりでこっちに戻っていた。
「じゃあ一回、陸軍に攻めさせてからにする?」
サルメの隣を、軽い足取りで進むレコが言った。
「いや、もういいだろう」マルクスが言う。「そもそも、ジャンヌが勝手に敵を倒してしまって、訓練計画が破綻してしまったからな」
「ティナにお仕置きされるジャンヌは素敵でしたわ」
グレーテルが頬を染めながら言った。
グレーテルは美少女と美女が大好き。そしてその絡みを見るのはもっと好き。自分も混じれたら最高。
「まぁ、ジャンヌとしてもティナのための行動ですし」サルメが言う。「比較的、甘かったですよね、お仕置き」
「おや? 向こうも少数で来たか」とマルクス。
その視線の先には、ゾーヤ、ナシオ、エステル、トリスタンの4人の姿があった。
「ナシオがいる」レコが言う。「潜入してるイーナには悪いけど、オレが倒しちゃおうかな」
「トリスタンって、団長さんの果実じゃなかったですっけ?」サルメが首を傾げる。「勝手に殺していいものか……」
「問題ないだろう」マルクスが言う。「ここで死ぬならその程度の果実だ。団長も怒るまい。あ、自分は当然エステルと戦うぞ」
「もしかしてそれぞれ一騎打ちですの?」
グレーテルがゲロ吐きそうな表情で言った。
「自分はそれでもいいと思っているが?」マルクスが言う。「団長もいないし、別に仕事でもない。羽を伸ばす感じでいいだろう」
と、城からキンドラが飛んで来て、ティナがピョンと飛び降りた。
キンドラはそのまま城へと戻る。
ちなみに、ゴジラッシュはアイリスと一緒にアスラを迎えに行っている。
「たまにはぼくも運動しますわ。神域属性を試してみたいですし」
ティナは国家運営副大臣という立場で、普段は戦闘に参加することはない。
「ぐぬ……何の訓練もせずに神域属性とか……」
サルメが悔しそうに拳を握る。
「ぼくはまぁ、人間じゃありませんし」
ティナの見た目は14歳前後の少女。アスラたちと出会った頃から変わっていない。
ちなみに、実際の年齢は19歳。魔物と人間のダブルで、ナシオの血筋でもある。
「ティナが訓練したら世界最強でしょ、絶対」
レコが肩を竦めた。
「ぼくは訓練とかしたくありませんわ」
ティナの顔立ちは少々生意気そうな感じだが、十分に美少女と呼べるレベル。
髪の色は赤で、長さは肩ぐらい。瞳の色は金。魔物としてのスキルは唾液に回復効果がある、という微妙なもの。
「見れば見るほど可愛いですわねぇ。服装もエッチですし」
グレーテルは、「ほう」と息を吐きながらティナをマジマジと見た。
ティナの服装はお腹の見え居てる服に、短いスカート。ちなみにジャンヌの趣味である。
「一応言っておくが」マルクスが言う。「遊びで死ぬのは馬鹿らしい。無理だと思ったらさっさと撤退するぞ」
そう、これは遊びなのだ。
仕事ではない。仕事は東フルセンで行っている。
その東フルセンでも、今のところ、イーティス軍を全滅させて欲しいという依頼は受けていない。
これはただ、攻められたから防衛しているだけ。
「「了解」」
レコ、サルメ、グレーテルの返事は綺麗に重なった。




