6話 面倒臭くて可愛い君へ 最後の時間をもう少し
アスラとラウノが木から下りて地面に立つ。
「死体は粉々にする」アスラが言う。「またナシオに使われちゃ困るからね」
「ええ、そうね……。それがいいわねぇ」
エルナはアスラに背を向け、少し離れた。
アスラが指を鳴らすと、アルの身体が内側から何度か爆発し、血肉が飛び散った。
これで、アルは二度と復活しない。ちゃんと死んだのだ。
最強を夢見た親子は、永遠の夢の中に沈んだ。二度と覚めない夢に。
アスラは特に何も思わなかったけど、ラウノは少し寂しそうだった。
「長い……付き合いだったわぁ」エルナは背を向けたままで呟く。「まだ英雄ですら、なかった時からの……」
アスラは何か言おうかと思ったけど、止めておいた。
ラウノも何も言わない。
微かにエルナの肩が震えていて、泣いているのだと分かった。
私もスカーレットを殺したら泣けるだろうか? とアスラは思った。
ああ、そうだね、きっと泣けるよ。
「うわっ、この飛び散ってるのアル?」
アイリスがやってきて言った。
アイリスと一緒に、ロイクとチェリーもいる。
「二度と生き返らないように、アスラが配慮してくれたのよー」
エルナが肩を竦めて言った。
涙の痕が残っているが、エルナはもう泣いてはいなかった。
「君、アクセルは世話になった大英雄だろう?」アスラがアイリスを見ながら言う。「もっとこう、何か感動的な台詞ないのかい?」
「その人はずっと前に死んだわ」アイリスがアスラを真っ直ぐ見る。「これは魔物の死体に過ぎない」
あれ? こいつ大丈夫? 闇落ちしてない? とアスラは思った。
「平気よ」アスラの表情を読んだアイリスが言う。「そう考えなきゃ、あたしだって割り切れないでしょーが……ああ、もう、バカ……アスラのバカ……」
アイリスが泣き出した。
アスラがアルのことをアクセルと呼んだから、魔物のアルではなく、人間だったアクセルとの思い出が溢れてしまったのだ。
「うん。君はそっちの方がいい」アスラが頷く。「泣いているのが可愛いよ」
「団長は鬼畜でござるな」とチェリー。
「アイリスの泣き顔が可愛いってのは同意できるぞ」とロイク。
ラウノはソッとアイリスに近寄って、頭を撫でた。
しまった、私がやろうと思っていたのにぃ! とアスラは思った。
アイリスの泣き顔を眺めていたら、出遅れてしまった。
「ねぇアスラ」エルナが言う。「メロディの死体もバラバラにして欲しいのだけど」
「いいとも。あいつが魔物になったらまた厄介だからね」
◇
「姉上も《月花》に入っていたら、もっと高みを目指せたでござるのに」
バラバラに飛び散ったメロディの肉片に向けて、チェリーが言った。
「それはないね」とアスラ。
「うん。メロディはうちではやっていけないよ」ラウノが補足。「単独戦闘に拘りが強すぎるし、目指す先が個人的な最強だから、僕らとは相容れない」
「で、ござるか……」
「君はまだ幼いから、私たちに染まることができたけど」アスラが言う。「メロディはもう無理だよ」
メロディは徹底的にマホロだった。魔王を単独で滅ぼす、というそのコンセプトに忠実だった。
「それにしても」エルナが言う。「鉄砲って強いわねー。実質、メロディもアルも鉄砲に負けたと言っても過言じゃないわー」
「そりゃ、次世代の戦争の主力だからな」とロイク。
「時代の流れでござるな」とチェリー。
「スカーレットも鉄砲で倒せるかしら?」とアイリス。
「無理だろう」アスラが言う。「当たる気がしない」
たとえ狙撃しても、とアスラは思った。
実際にやってみたらどうなるか分からないけれど、少なくとも、撃ち殺せるイメージは湧かない。
「試してないでしょ?」とアイリス。
「まぁね。一度、試してみてもいいけど……」
気が進まない。スカーレットとはそうじゃない。そういうやり取りじゃないのだ。
とはいえ、実際に通用するのか確認してみたいという気持ちもあるにはある。
「あたし試してもいい?」
「なんだい? 自殺かい?」
「ちーがーいまーすぅ!」アイリスが頬を膨らませる。「そもそも、あたしとスカーレットは同一人物だけど完璧に別人でしょ!」
「人を殺すのか?」とロイク。
「こーろーしーまーせーん!」アイリスが言う。「試しに撃ってみるだけだってば! 手足狙うから当たっても死なない!」
「ふむ。じゃあ一緒に行こうか」アスラが言う。「私はちょうどスカーレットに用事があるから、それが終わったら好きに撃てばいいさ」
アルとメロディを殺したら会いに行こうと思っていたのだ。
たぶん私が会いに行かないと、あいつ自分から来ないだろうし、とアスラは思った。
事実、彼女は戦争が始まってから、一度もこっち方面に顔を出していない。ウッカリ戦場で私と会うのが嫌なのだろう、とアスラは推測している。
「いいわ。行きましょ」とアイリスが頷く。
「ラウノ」アスラがラウノに視線を向ける。「こっちは君に任せるから、アーニア王に依頼完了の報告と、新たな依頼があれば君の判断で受けていい」
「了解」とラウノ。
「依頼遂行に人数が足りなければ、城から誰か適当に呼ぶといい」
アスラが言うと、ラウノが頷く。
「ねぇ、てゆーか、スカーレットに何の用事があるの?」
アイリスの質問を、アスラは笑ってごまかした。
言ってもいいけど、言わない方が面白い気がしたのだ。
アイリスに見せつけることで、何かを感じてくれれば面白い。
◇
夜、スカーレットが自室に戻ると、開け放った窓にアスラが座っていた。
月光に照らされたアスラはとっても神秘的で、スカーレットは一瞬だけ呆けた。
「窓を開けておくなんて不用心だね」
アスラがクスッと笑った。
「ちょっと遅いんじゃないの?」
言いながら、スカーレットは手燭の火を部屋の壁掛けロウソクに移し、灯りを点けていく。
「夜の方がいいだろう? 明るい方が好みなら、明日の朝、出直そうか?」
「冗談でしょ?」スカーレットを三本目のロウソクに火を移す。「時間帯のことを言ったと思ったの?」
「悪かったよ、忙しくてさ」
アスラが肩を竦める。
「あたしと仕事と、どっちが大事なの?」
スカーレットは手燭をテーブルに置いて、フッと息をかけて火を消す。
部屋の中はロウソクの火と、窓から差し込む月明かりで、かなり明るくなった。
「うわ、君、めんどくさ可愛いね」
「女の子はみんな面倒臭いのよ」
「君、見た目と違ってずっと年上だろう?」
アスラが苦笑い。
スカーレットの見た目年齢は20歳前ぐらいに見えるが、一度クロノスで若返っている。
「女の子に年齢の話はしちゃダメって、ママに教わらなかった?」
「言ったと思うけど、ママは3歳の時に死んだよ」
「前世のママは?」
「うーん、教えてくれたような気もするけど……」アスラが悩む素振りを見せた。「でも、君は何歳でも美しいよ」
スカーレットの顔はアイリスをそのまま大人にしたような感じで、誰が見ても美人だと手を叩くレベル。
ツヤツヤの金髪はセミロングストレートで、顔の周りのレイヤースタイルがチャームポイント。
ちなみに今の服装は戦闘服だが、これから寝間着に着替える予定である。
「ふ、ふん。そんな風に言ったって許さないから」
スカーレットは少しだけ頬を染めて、そっぽを向く。
アスラがクスクスと笑って、窓枠から飛び降りて部屋に入る。
「おいで」とアスラが右手を差し出す。
スカーレットはその右手をチラッと見て、アスラの顔を見て、そして溜息を1つ。
「仕方ないわね」
スカーレットはアスラに歩み寄って、その手を取った。
「踊ろう」とアスラ。
「音楽はないけど、悪くないわね」とスカーレット。
◇
「撃てるわけないでしょ、この雰囲気……」
ゴジラッシュの背で火縄銃を構えていたアイリスは、引きつった笑みを浮かべた。
アイリスの視線の先では、アスラとスカーレットがダンスをしている。
「……今度にしましょ」
アイリスは火縄銃を下ろし、ゴジラッシュの頭をポンポンと叩いた。
ゴジラッシュは高度を上げて、《月花》の帝城の方へと飛んだ。
「てか、アスラの用事って、スカーレットとイチャつくことだったのね」アイリスはなんだかすごくムカついた。「ねぇアスラ、あんたを殺すのはあたしでしょ?」
スカーレットは同じ人物だけどあたしじゃないのに、とアイリスは頬を膨らませる。
ああ、でも、とアイリスは思う。
アスラはスカーレットに殺されてもいいと思っているのだ。
仲良くなって、愛して、そして殺される。あるいは殺す。どっちにしても、アスラはそれで幸福を感じるイカレ野郎だ。
「ほんっとムカつく……見せつけるために一緒に行こうって言ったわけ?」
ああ、だけれど、アイリスは自覚してしまった。
アスラをスカーレットに取られたくない、と。
いや、スカーレットだけでなく、他の誰にも取られたくない。
◇
朝、アスラはスカーレットの寝顔を見ていた。
スヤスヤと眠るスカーレットは、とっても無防備に見えた。
今ここで攻撃したら殺せるんじゃないかとさえ思う。
まぁ、たぶん無理だろうけど、とアスラは思い直す。
昨夜、あのままスカーレットと楽しんで、それから少し話をして一緒に眠った。
そしてアスラが先に起きて今に至る、というわけ。
「このままずっと君の寝顔を見ていたいぐらいだよ」
そう呟いてから、アスラは全裸のままベッドから降りて、自分の服を着る。
と、開けっぱなしの窓から隼が入って来た。鳥の隼である。
「スカーレット様! スカーレット様」隼が部屋の中を飛び回りながら言う。「ベンノがナシオと合流! 合流!」
「ああ、君あれか、セブンアイズのブッチー君だろう?」
アスラが言うと、隼のブッチー君は棚の上に着地。
「そうだ、オレがブッチー君だ!」
ブッチー君が胸を張って言った。
「ブリットから聞いてるよ。まぁ今となっては、セブンアイズも君とクロノスとブリットの3人だけだしね……3匹? 3体?」
アスラは小さく首を傾げた。
「アルは死んだの?」
上半身を起こしたスカーレットが言った。
スカーレットは全裸のままである。
もう一回、胸揉んでおこうかな、とアスラは思った。
「死んだよ。メロディも」
「そう。残念ね」
「あまり驚かないんだね」
「まぁね。行方不明だという報告は受けていたし」スカーレットが言う。「でもメロディはまだしも、アルを殺せるなんてすごいじゃない。アスラがやったの?」
「トドメはエルナ。追い込んだのはみんなで、かな」
「そう。そうだったわね。あんたたちって、寄って集って攻撃するのが得意なのよね」
「君には私だけだよ」
「複数でもいいわ」スカーレットが言う。「アスラを最後に残してあげるから、同じことよ」
「君を見たら逃げるように言うから、私だけだよ」
アスラが肩を竦める。
「好きにすればいいわ」スカーレットがブッチー君に視線をやる。「ベンノとナシオが合流したって?」
「そう!」とブッチー君。
「ねぇアスラ、今からあんたの国を攻めるわね」
「ご自由に」
「それじゃあブッチー君、ナシオたちに攻撃するよう伝えて」
「了解! 了解!」
ブッチー君が翼を広げて飛び、窓から外に出た。
「帰らなくていいの?」とスカーレット。
「攻城戦も捨てがたいけど、もう少し君といたいかな」
ここを去れば、もうこんな機会はない。正真正銘、これが最後。次は楽しい楽しい殺し合い。
「それじゃあ、一緒に朝食を摂りましょ。デザートにマカロンを用意させるわ」
スカーレットはベッドから降りながら言った。
「そいつはいいね。私はマカロンには目がないんだよ」
「嘘ばっかり」
クスッと笑ってから、スカーレットは着替えを始める。
「君と食べるマカロンには目がないって意味さ」
アスラのコミカライズが、8月15日に公開されます!
ドリコムのサイトから読めると思います。
かなりいい感じなので、是非読んでみて下さい。




