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月花の少女アスラ ~極悪非道の戦争好き傭兵、異世界転生して最強の傭兵団を作る~  作者: 葉月双
最終章

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299/310

4話 チェリーは月花に染まり そして1つの伝説が終わる


 東フルセンのとある国。反イーティス連合の陣地。


「うーん、やっぱ退屈だねパパ」


 兵士の死体を踏みつけながら、メロディが言った。

 メロディは20代前半の女性で、顔立ちは普通。サルメよりは可愛いかも、という感じ。

 髪の色はストロベリーブロンドで、低い位置で無造作に結んでいる。

 身長は平均的だが筋肉量は多めで、引き締まっている。当然、胸は小ぶり。


 服装は白い道着に赤い袴。

 メロディはスカーレットの片腕で、現在はマホロの里の長でもある。

 マホロの最高傑作にして、戦うことが大好きな最凶のイカレ女。


「まぁ今更、普通の兵士が俺様らの相手にはならネェよなぁ」


 小さく肩を竦め、アルは空に視線を向けながら言った。

 アルとメロディはたった2人でこの陣地を襲撃し、そして全滅させた。

 1人たりとも生かしておかなかったし、逃がしもしなかった。


「アスラたちが参戦してるって話だけど」メロディが言う。「全然、会わないね」


「ああ。連中は補給路を襲ってるらしいぜ。今朝、偉い奴が言ってたろ?」


 アルはどうでも良さそうに言った。

 アルの見た目は20代半ばから後半ぐらいの男性で、筋骨隆々。髪は黒色で、ボサボサに伸びてきたので今はポニーテールのように結んでいる。

 服装は動きやすそうな戦闘服。

 かつて、人間だった頃はアクセル・エーンルートと名乗っていて、大英雄だった。

 今は『セブンアイズ』と呼ばれる最上位の魔物である。


「次はどうするの? 私もう飽きちゃった」

「俺様もだ、が……」


 アルは左腕にだけ『魔装』を施し、飛んで来た魔力の矢を上空へと弾き飛ばした。


「ちっとは楽しめるかもしれネェぞ」

「今のって魔王弓? エルナ・ヘイケラ?」

「おう。テメェならそこそこ遊べるだろ?」

「微妙だけど、兵士相手よりはマシかな。征ってくる!」


 メロディが駆け出すと同時に、別の方向から魔力の矢が飛んでくる。


「おっと!?」


 メロディはその矢を回避。当たったら致命傷だ。


「エルナはアスラたちと似たような戦い方するぞ」アルが言う。「野外で障害物があると、意外と苦労する」


 この陣地は割と広く、テントや物資の集積所など、障害物が多い。

 その上、少し離れた場所には森がある。


「それは楽しそう!」


 メロディは急に笑顔になって、再び駆け出す。


「で、俺様の相手はテメェか?」


 アルは全身に『魔装』を施して、振り向きながら斬撃をガード。

 アルを背後から攻撃したのは、アイリスだった。

 アイリスの武器は片刃の剣ではなく、両刃の剣。アルを殺すための剣。


「嬉しいぞアイリス、テメェ、俺様を殺す気だな?」


 あのアイリスが、自分を殺そうと不意打ちをしてきた。

 2年前では考えられなかったこと。



「なんか始まっちゃったけど?」


 望遠鏡を覗きながらラウノ・サクサが言った。

 ここはアルたちが破壊した陣地の近くの森。その木の上。


「アイリスとエルナだね」とアスラ。


 アスラはラウノより一段高い枝にいて、狙撃用の火縄銃を構えていた。


「どうする?」とラウノ。


 ラウノは20代半ばの男性で、すこぶる顔がいい。あまりにも顔がいいものだから、会う女性みんながラウノに惚れてしまう。

 そういうレベルのイケメン。なんなら男性にも惚れられるレベル。

 髪の色は薄い緑で、髪型はよくある感じ。こう、男性にしては少し長いかな? みたいな。耳が髪で隠れていて、襟足が肩に掛かっている長さ。


「予定通りだよ」


 アスラは火縄銃に装着したスコープを覗く。

 この火縄銃とスコープは狙撃のために作った特別製。工房長のリトヴァの傑作である。


「【加速】と【浮船】を施した弾丸で、遠くから撃ち殺す?」

「そうだね。メロディはそれで殺せるだろう。問題はアルの方」


 この世界の技術レベルで作った火縄銃でも、【加速】と【浮船】があれば、前世の狙撃銃と同じぐらいの射程と精度になる。

 だからこそ、今回アスラはラウノを呼んだのだ。ちなみに、代わりというわけじゃないが、サルメは城に帰した。

 ナシオが月花の帝城を攻めるメンバーにいるから、サルメ自身も帰りたがっていたのでちょうどいい。

 サルメ以外にも、レコとイーナがナシオを殺したがっている。


「彼――アルは今、とても喜んでいる」


 ラウノはアルに成って言った。

 これはラウノの特殊能力で、一部地域ではギフトと呼ばれる類いのもの。

 超常的な共感能力で、まるで相手に成ったかの如く思考を、言動を、読むことが可能。


「アイリスはアルを殺すつもりだね」とアスラ。

「そう。それが嬉しい。アルはアイリスに特別な感情を……恋愛感情ではなくて、親心のような、そういう感情を抱いている。だから成長が嬉しい」


「だろうね」アスラが言う。「アイリスのお花畑をどうにかして欲しいと、私らに預けたんだからね。昨日のことのように思い出せるよ」


 アスラは小さく息を吐いた。


「少しだけ見学しようか。今のアイリスがどこまでやれるのか見たい」

「僕も見たいと思ってたとこ。エトニアル大帝国を崩して以来、ほとんど会ってないしね」


 アイリスは英雄だったし、領地もあるしで、色々と忙しかった。何度か顔見せには来たが、アイリスの今の戦闘能力はアスラたちも知らないのだ。



「東フルセン討伐軍は、勝っているのか負けているのか際どいところ……です」


 サイードがスカーレットに報告した。

 ここは神王城の謁見の間。


「そう」とスカーレット。


「あなたが出た方がいいのでは?」

「いずれね」


「いずれ、か」サイードは不思議に思って言う。「一体あなたは、何を待っているので?」


「待ってるように見えたの?」


 スカーレットは少しだけ驚いた風に目を丸くした。


「違うので?」


「違わないわ」スカーレットが言う。「あたしはね、戦場で抱かれる趣味はないの」


「ん?」とサイードが小さく首を傾げた。


「戦いに勝つことよりも、世界を統一することよりも、愚かな人類を管理することよりも、大切なことってあるでしょ?」


 たった1つの約束。

 まだ果たされていない約束。

 殺し合う前にもう一度、という約束。


「ちゃんとした部屋がいいし、ちゃんとしたベッドがいいし、血の臭いや死の匂いが漂っていない場所がいいの。だからあたしはここで待つ。そのせいで、どれだけ戦況が不利になろうとも、ね」


「よく分からないが……いや、分かりませんが、不利というほどの状況ではないですね。アルとメロディがいますし、戦闘面は問題ない。補給部隊が叩かれているのが問題で」


「じゃあ片方は補給部隊の護衛に回したら?」とスカーレット。

「フランシスにはそのように伝えよう」とサイード。


「どうでもいいけど、あんたって敬語が中途半端だわね」

「……僕は口が上手くないと言ったはずだ」


 サイードが言って、スカーレットが肩を竦める。



 殺すつもりの一撃だった。

 アイリスは背後から、アルを殺すつもりで剣を振った。

 しかしその斬撃は、全身を魔装で覆ったアルに腕でガードされてしまった。


「なるほど、斬れないわね」


 呟き、アイリスは距離を取ろうと下がる。

 しかしアルが追ってきて、拳を繰り出す。

 それを軽やかに躱し、アイリスは剣に魔力を通す。そしてその魔力を魔法へと変化させる。


「付与魔法【殺意】」

「くくっ、殺意だと?」


 アルが動きを止め、少し笑った。


「あなたはもう、あたしの知ってるアクセル・エーンルートじゃない」アイリスが言う。「東フルセンを平気で攻撃するあなたは、ただの魔物よ。だから殺すわ」


 その言葉を聞いて、アルは大声で笑った。


「そいつはいい! そいつはいいぞアイリス! 最高だテメェ! 甘ったれだったテメェがヨォ! いつの間にか、倒すべき敵にまで昇華したじゃネェか!」


 言い終わったと同時に、アルが踏み込む。


「喜ぶなぁぁぁぁぁ!!」


 アイリスは叫びながら剣を振る。

 アルの拳と、アイリスの剣が衝突し、小さな衝撃波が起こる。


「ふはははは! マジかテメェ! 俺様の魔装でも砕けネェってか! 全力の一撃だぞ!」


 アルは喜びながら蹴りを放つ。

 それを受け流しつつ、アイリスは体勢を立て直す。

 パワーに差がありすぎて、アイリスは現在、腕が少し痺れている。

 剣の方も【殺意】で強化していたから砕けなかったが、次はたぶん壊れる。

 まぁ、壊れてもいいけどさ、とアイリスは反撃に転じる。

 アルの拳を躱し、胴に横薙ぎの一撃を入れたが、剣が砕け散った。


「すげぇぞアイリス!」


 アルは攻撃の手を緩めない。


「俺様の胴を薙ぐなんてヨォ! 認めるぜ! テメェは俺様の敵としては、スカーレットの次に強いぜ!」


「だから喜ぶなってば」アイリスはアルの攻撃を捌きつつ言う。「あたしを倒すべき敵だって言ったけど、それこっちの台詞だから」


「ああ!? だったら言えヨォ!」


 アルは本当に楽しそうに攻撃している。

 アイリスは正直、ギリギリで捌いている。ほんの少しでも集中を切らしたら、その時点で終わる。


「この! 東フルセンを! 平気で攻撃しちゃってさぁ!」


 アイリスが叫ぶと、アルの周囲、四方八方から細い光線が射出されてアルの魔装を焦がした。

 アルは咄嗟に攻撃を止めてアイリスから距離を取った。アルはこういう不意打ち的な魔法には敏感に反応する。


「俺様の魔装を焦がした? 魔法防御は高いはずなんだがヨォ……」


「攻撃魔法【光子乱舞】。大岩も貫通するんだけど」アイリスは淡々と言う。「通用しないかぁ。仕方ないなぁ。あたしの力だけで倒したかったけど……」


 できればアルを戦闘不能にして、トドメはエルナに譲りたい。

 エルナは自分の手でアルを殺したがっている。しかし、戦力的にはアイリスがアルを、エルナがメロディを相手にした方がいい。


「無理なら本当、仕方ない。十六夜、おいで」


 バリバリと空間が裂けて、メイド姿の十六夜が現れる。


「……できれば剣の姿でお願い」とアイリス。

「ママ久しぶりですね!」と十六夜。


「……ええ、そうね、でも今あたし、とっても真面目な戦闘中だから、剣になってくれる?」

「妹のリーサもママに会いたがってましたよ!」

「あんたは元気いっぱいね……剣になってくれる?」


「そいつは何だ?」とアル。


「むっふー!」十六夜がアルを見て、胸を張る。「わたくしこそがアイリスママの一番の娘にしてアスラお母様の一番の娘、その名も! 魔王剣・十六夜ですわ!」


「魔王剣だと?」


 魔装で分からないが、アルはきっと目を丸くしているのだろうなぁ、とアイリスは思った。


「その証拠に! いつでも剣になれます!」


 十六夜が剣の姿へと変化し、アイリスがその柄を握る。


「おもしれぇなぁおい」


 アルが肩を震わせて笑う。


「愉快な傭兵団の愉快な剣! それがわたくし!」と十六夜が元気よく言った。



 メロディは未だにエルナを捉えられない。

 少し移動すると、魔王弓による赤い魔力の矢が飛んでくる。

 躱して、飛んで来た方向に走るが、その時にはもうエルナは移動していて、別の方向から撃ってくる。

 魔力の矢は障害物を壊さないよう威力を落としているが、メロディに当たれば致命傷になる。


「これは確かに厄介かも」


 近づくことさえできれば、負けはしない。


「メロディ姉上! チェリー参上でござる!」


 なぜか物見櫓の上にチェリーがいて、大きな声でそう言った。

 なんでチェリー? とメロディは思った。

 その瞬間に、真後ろから魔力の矢が飛んでくる。


「あぶなっ!」


 チェリーに気を取られたせいで、躱すのがワンテンポ遅れた。

 まぁ、遅れただけでちゃんと躱したけれど。


「そーい!」


 変な掛け声とともに、チェリーが物見櫓から飛び降りた。

 メロディの視線がチェリーに向いているその隙に、ロイクが双剣でメロディを攻撃。

 メロディは『覇王降臨』を使ってその攻撃を回避。

 反撃に移ろうとした時にはチェリーが着地していて、短剣を投げてきた。

 メロディはそれも回避。


「さっすがマホロ!」とロイクが踏み込む。


 ロイクに合わせてチェリーも踏み込んだ。

 メロディは2人を同時に相手にしつつ、覇王降臨は終了させる。魔力の節約だ。この2人なら、通常状態で十分に捌き切れる。

 2人の攻撃を躱し、流しながら移動。

 ちなみに、移動はメロディの意思ではない。2人の攻撃に対応していたら、自然に立ち位置が変わっていっただけ。


「姉上やっぱ強いでござるぅぅぅ!」


 そう言ったチェリーの顔面に、メロディは裏拳を入れた。

 チェリーの動きが止まる。

 次はロイク、と思った時にはまた魔力の矢が飛んでくる。

 エルナがチェリーたちの動きに合わせているのだ。

 3対1かぁ、とメロディは笑う。


「楽しいね!」


 ロイクの攻撃を躱し、同時にロイクの腹部を蹴る。

 蹴られたロイクが自分で飛ぶ。

 これで、チェリーともロイクとも少しだけ距離が取れた。

 さて、先にチェリーを始末しよう、とメロディは思った。


 チェリーは妹分だし、次のマホロ候補だけど、今は敵だ。敵には容赦しない。

 というか、チェリーの才能を更に伸ばそうと思ってアスラに預けたら、思いのほか《月花》に染まってしまったようだ。


「やっぱり闘争はこうでないと! これこそが私の……」


 その瞬間、胸を何かで貫かれた。

 何で貫かれたのか分からない。

 何が起こったのか分からない。

 ただ、胸に小さな穴が空いて、血が流れ出ているということ。

 それから、すごく痛いということ。


「……あれ?」


 メロディは両手で胸を押さえる。

 痛いっ。

 それに血が止まらない。


「姉上は本当に強いでござるよ」いつの間にか目の前に立っていたチェリーが言う。「マホロの最高傑作。近接戦闘の申し子。最高にイカレた化け物。でも――」


 チェリーがメロディの顔に飛び膝蹴りを入れた。

 メロディがひっくり返る。


「――時代遅れでござるよ」


 チェリーが短剣をギュッと握る。


「待って……私は……何を……されたの?」

「狙撃でござるよ。火縄銃。チェリーとロイクが射線に追い込んだでござる」


 狙撃?

 遠くから、拳を交わすこともなく攻撃されたってこと?


「都市伝説のマホロかぁ」ロイクが言う。「すげぇんだけど、やっぱもう時代じゃねぇよなぁ」


 ああ、私の時代は終わってしまったのか、とメロディは思った。

 私だけでなく、マホロという存在そのものが、もう終わったのだ。

 単独で最強、単独で魔王を倒す、単独で……。

 見果てぬ夢。

 悔しいような、悲しいような、よく分からなくて、涙が出た。


「姉上、泣いてもどうにもならないでござるよぉ」


「団長ならきっとこう言うだろうぜ」ロイクが格好付けて言う。「君は1人でよく頑張った。もうおやすみ」


 どうせなら、もっと死闘を演じて死にたかった、とメロディは最期に思った。

 こんなあっけない死に方ではなくて……。


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