3話 ジャンヌとスカーレット どっちが強いかって? 決まっているだろう?
アスラたちは宿の大部屋でカードゲームに興じていた。
「ああああ! また俺が負けるんかよぉぉぉ!」
ロイクがひっくり返ってそのまま床をゴロゴロと転がった。
ロイクは元山賊で、今は《月花》の魔法兵だ。
山賊だった頃に、ウッカリ間違えて大英雄を襲撃してしまい、返り討ちにあって投獄されたという黒歴史の持ち主だ。
フルネームはロイク・メゾン。髪の色は空色で、髪型はミディアムウルフレイヤー。アスラたちと出会った頃から、ずっと同じ髪型をキープしている。
なぜならカッコいいから。少なくとも、ロイクはカッコいいと思っている。
「弱いでござるなぁ」
ロイクの対面に座っていたチェリーが、哀れみの表情で言った。
この部屋にいるのはアスラ、ロイク、チェリー、サルメの4人。
みんな四角いテーブルに座っている。まぁ、ロイクは床を転がっているけれど。
「なぜだ! 俺は魔法兵だぞ!? 団長やサルメはまだしも、なぜチェリーに負けるんだ!?」
ロイクの顔立ちは、パッと見たらイケメンのように見える。しかしよく見ると、そうでもない。いわゆる雰囲気イケメンである。
ちなみに19歳だ。
「チェリーはマホロ候補だからねぇ」アスラが言う。「元から相手の出方を窺うのが得意なんだよ。僅かな表情の変化、視線、筋肉の動きとかをよく見ている。それこそ、魔法兵に匹敵するレベルで」
「ふふふん、でござる」
チェリーが小さい胸を張ってドヤ顔を披露。
「魔法さえ使えるようになったら、すぐに魔法兵認定試験ができるよ」
アスラは溜息混じりに言った。
チェリーはどんな技術でもサクサクと吸収するのだが、魔法だけはダメだった。苦手も苦手で、未だに属性変化もできていない。
「ところで、外の人は入ってこないのでしょうか?」とサルメ。
「入ってくるさ」とアスラ。
「ああ、なんだか感慨深いです」サルメが言う。「私は昔、人の気配なんて感じられなかったのに」
「チェリーは物心ついた頃には、人の気配を察知できたでござる」
「化け物の里で育った子と一緒にしないでください。私は2年前まで、ただの娼婦でしたからね?」
サルメはやれやれと肩を竦めた。
そのすぐあと、外の人物がドアをノックした。
「入りたまえ。鍵はしていない」
アスラが言うと、外の人物がドアを開けて入室。
「やぁアスラ、余が来たぞ」
訪問者――庶民っぽい服を着たアーニア王が笑顔で右手を上げた。
ロイクは普通に椅子に座り直した。客人の前で床に転がっているのもアレなので。
「これが……夜這いというやつでござるな?」
チェリーがキラキラした瞳でアーニア王を見て、アスラを見た。
「いや違うだろう」とアスラ。
「この椅子にどうぞ」
サルメが席を立って、自分が座っていた椅子を右手で示す。
それを見て、アーニア王は少し驚いたような表情を見せる。
「ほう。礼儀正しくなったなサルメ」とアーニア王。
「私は元から礼儀正しいですよ」
言いながら、サルメはベッドの1つに腰掛けた。
この部屋は大部屋なので、ベッドも4人分ある。
アーニア王はサルメが座っていた椅子に腰を下ろす。アスラの対面だ。
アーニア王は24歳の青年で、髪の色は茶色。両耳にピアスを装備している。
顔立ちはイケメンに分類されるが、目を引くほどではない。
「それで?」とアスラ。
チェリーがテーブルの上のカードを片付け始める。
「この戦争はどうだ?」
「楽しんでいるよ」
「それは何よりであるな」アーニア王が微笑む。「ところで、そろそろ補給を叩くのに飽きた頃ではないか?」
「いやいや、とっても楽しいよ」
アスラも微笑みを浮かべて言った。
実際、アスラは補給路潰しを楽しんでやっていた。
「もっと面白いことをやってみたくないか?」
「いいね、面白いことは大好きだよ」
「戦局を変えたい」
「それはいい考えだね」アスラが言う。「今のところ、こちらが押されている。なぜなら――」
「アルとメロディ」とアーニア王。
「そう、その通り、あの親子が強すぎる上、遊撃隊として動いている。反イーティス連合にとっては最悪も最悪。私らが補給を潰しているから、戦線の維持はできているけど、死者数はこちらの方が多い」
まぁ、死者数なんて私たちが全力戦闘を行えば、すぐにひっくり返せるけれど、とアスラは思った。
「親子なのか?」とアーニア王。
「そうだよ。アルは若く見えるけど実際にはずっと年上さ」
そして本名は元東フルセンの大英雄、アクセル・エーンルート。
その事実を、英雄たちも含めて知っている者もそれなりにいる。しかし広く一般的に知られているわけではない。
「アレらは魔物なのだろう?」
アーニア王の質問に、アスラがクスクスと笑った。
「そうだよ、アルはその通り。最上位の魔物だよ。今の戦力は魔王に匹敵するだろうね」
「それほどなのか!?」
アーニア王は驚愕に目を見開いた。
「ちなみにメロディは人間だぞ」とロイク。
「姉上でござる!」とチェリー。
「何!?」
アーニア王は再び驚愕し、顔ごとチェリーに視線を向けた。
「心配しなくても、チェリーがぶっ殺すでござるよ!」
グッとガッツポーズするチェリー。
「仲が悪いのか?」
アーニア王が聞くと、チェリーは首を横に振った。
「めっちゃ仲良しでござるよ! それに尊敬もしてるでござる!」
「あと、姉妹と言っても」サルメが補足。「血は繋がっていません。同じ里の出身という意味です」
「少し整理したい……」アーニア王が右手で頭を抱えた。「アルは最上位の魔物で、メロディは人間だがアルの娘で、この子はメロディと同じ里の出身?」
「こんがらがってるね」アスラが楽しそうに言う。「君は信用できるし、全部教えてあげるよ」
アスラはアルの正体、メロディの正体、両方を丁寧に説明した。
アーニア王は右手で自分の口を押さえた。
「アレがアクセル殿だと……。あの偉大な……いや、乱暴な人物ではあったが……それでも大英雄が……魔物になった上、東フルセンを侵略していると?」
アスラたちがコクンと頷いた。
「なんということだ……。東フルセンを守り続けた大英雄が……飲み込み切れんな……」
「心の整理はあとでゆっくりやればいい」アスラが言う。「それで? 君はアルとメロディを殺して欲しいのかな?」
「そう……そうだアスラ。君なら殺せるだろう?」
「メロディは殺せる。人間だからね。アルもまぁ殺せるだろう。でもやってみないと分からない部分もある。魔物だから、不確定要素が多い。時間をかければ、いつかは必ず殺せるけどね」
「それで構わない。報酬はどうすればいい?」アーニア王が言う。「《月花》への支援を増やすか?」
現時点でも、アーニア帝国はアスラたちに多くの便宜を図っている。そういう約束で、アスラたちに仕事をしてもらったからだ。
「そうだね。アルとメロディの殺害なんて、個人のポケットマネーで支払える額じゃない」
アスラが両手を広げて小さく首を振った。
「向こう百年は」サルメが言う。「支援して頂かないと割に合いませんよ」
「だよなぁ」
ロイクが背もたれに身体を預け、椅子を傾けた。
「できるかね?」
アスラがアーニア王を見詰めると、アーニア王は強く頷いた。
「余の次の王にも、《月花》を支援させればいい。あるいはその次の王にも」
「簡単に言うんですね」とサルメ。
「難しくはない」とアーニア王。
「ところで、アーニアは帝国なんだから皇帝を名乗ったらどうだい?」とアスラ。
「唐突だな……」アーニア王が苦笑い。「王が慣れているし、王でいい。なんなら国名もアーニア王国に戻したいと思っている」
「ふぅん。まぁどっちでもいいけどね」とアスラ。
「ではアルたちの件はよろしく頼む」
アーニア王が席を立った。
「ひとまず三日以内にメロディは殺す。アルの方は長引くかもしれないけど、全力を尽くそう」
◇
アスラたちがアル殺害の依頼を受けた翌日。
「あなたたちがそこに陣取っていると、ティナが安心して眠れません」
ティナを護るための魔法【守護者】ジャンヌは、傭兵国家《月花》の国境ギリギリに陣を敷いているイーティス軍の前に、たった1人で立った。
ジャンヌは20代半ばの見た目で、髪の色は雪のような白。整った顔で、どこか憂鬱そうな表情。
喪服のような黒い服を着ていて、何もかもが生前の姿と変わらない。
いや、姿だけでなく、人格も記憶も生前のジャンヌを引き継いでいる。故に、限りなく本物に近い偽物――それが【守護者】ジャンヌ。
このジャンヌは人ではなく、魔法生命体である。
「ですので皆さん、死んでください」
ジャンヌが淡々とそう言うと、ジャンヌの周囲に3体の天使が舞い降りた。クレイモアを携えた死の天使が。
天使たちが殺戮を開始し、ジャンヌもクレイモアを握ってイーティス軍を駆逐していく。
◇
今日はイーティス軍にとって悪夢となった。
スカーレットの命令で編制された『月花討伐隊』は、神聖十字連を主体とした精鋭たちで構成されている。
だが彼らは《月花》の帝城を一度も攻撃していない。なぜなら、国境を踏み越えた瞬間に竜王種による熱線攻撃が行われるから。
仕方ないので、月花討伐隊は一度、国境の外に陣を敷いた。竜王種をどうするか、討伐隊の司令官であるエステルと補佐役のナシオ、トリスタン、そしてゾーヤの4人はテントで会議を開いていた。
「エステル様! ジャンヌです! ジャンヌが襲ってきました!」
神聖十字連の隊員が、エステルたちのテントに飛び込んできた。
「バカ言うな、ジャンヌは死……ああ、そうか、魔法か」
エステルがギリッと歯噛み。
ティナがジャンヌそっくりの攻撃魔法を使うことは、エステルたちも知っている。
厳密には攻撃魔法ではないのだが、エステルたちはそう思っている。
「この4人なら、本物のジャンヌでも勝てるだろ?」
そう言って、トリスタンがテントを出る。
エステルたちも続いた。
そこはすでに地獄だった。
むせ返るような血の臭いの中、天使たちが月花討伐隊の死体を山のように積み重ねている。
何のためにそんなことをしているのか、エステルには理解できなかった。
エステルだけではない、トリスタンも、ナシオも、ゾーヤも意味が分からなかった。
と、その山の頂点にジャンヌが姿を現し、エステルたちを見下ろす。
「おや? 記憶の中の姿と少し違いますが」ジャンヌが言う。「貴族王ですか?」
「元、貴族王だよ、僕は」とナシオ。
「そうですか。お久しぶりです。かつて、生前は【呪印】と【神性】をどうも。今のあたくしはどちらも失っていますけれど」
「おいテメェ、ジャンヌ! 何してくれてんだよ!」トリスタンが怒って言う。「ぶっ殺してやる!」
ジャンヌが首を傾げる。
「あたくしは魔法ですよ? 殺されても、何度でも呼び出されますけれど?」
「……マジ?」
トリスタンがナシオを見た。
ナシオが頷く。
なんて凶悪な魔法なんだ、とエステルたちは思った。
「そもそも、あたくしに勝ちたいなら、スカーレットとやらを連れて来た方がいいのでは? みなさんとっても、弱そうに……あら? 貴族王は?」
ジャンヌが目を見開く。
エステルが周囲を確認すると、ナシオはすでに消えていた。
逃げ……いや、最愛のゾーヤ様を置いて逃げるはずがない、とエステルは思った。
「呼ばれてるらしいから、来たわよ」
ナシオとともにスカーレットが出現。
ジャンヌが驚いて目を丸くした。
エステルたちは、それがナシオのスキルだと知っているので、特に驚きはない。
ナシオに物理的な距離はあまり意味がない。ナシオは異空間の部屋に好きに出入りできるのだが、その部屋はナシオと繋がりの深い人の側に出口を作れる。
「初めまして、スカーレ……」
「うっさい死ね」
スカーレットは魔王剣でジャンヌを攻撃。
ジャンヌはクレイモアでそれを受け止めようとしたが、クレイモアごと真っ二つにされてしまう。
「あら? あたくしより強い人間がいるなんて……」
「あんたは前の世界で殺してるのよ」
それも、かなり前に。今よりずっと弱い時のスカーレットが。
ジャンヌが姿を保てなくなって、消滅。
「あ、こっちのあんたは強いんだっけ? まぁ違いがよく分からないけど」
「満点です!」
ずっと黙っていたゾーヤが、急に声を張り上げた。
みんなビックリしてゾーヤに視線を移す。
「さすがスカーレット様! 化け物度は満点! 至高の怪物!」
「その褒め方、褒められてる気がしないから止めて」
スカーレットが苦笑い。
「てゆーか、全滅に近いじゃないの……」
スカーレットが周囲を見渡して言った。
「これなら最初から少数精鋭の方が良かったわね」スカーレットが小さく首を振る。「まぁ頑張って。あたしはこれからお風呂に入る予定だったから、帰るわね」
「え!? 帰るんっすか!?」
トリスタンは驚いて言った。
「月花の討伐はあんたたちの仕事。ここにアスラいないし、あたしには退屈だわ。てゆーか、次にジャンヌ如きで呼んだら殺すわよ?」
アスラたちが東フルセンで活動していることは、報告を受けて知っている。
「せめて援軍……」とトリスタン。
「ベンノたちを当てるわ。西はもう陥落したから」スカーレットが言う。「あとトリスタン、あんたたち4人ならあの程度は倒せるわ。足りないのは自信よ」
「ほ、本当っすか……?」
「まぁ」スカーレットが目を逸らす。「ギリギリ……たぶん、勝てると思うわ」




