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月花の少女アスラ ~極悪非道の戦争好き傭兵、異世界転生して最強の傭兵団を作る~  作者: 葉月双
最終章

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296/310

1話 みんな成長するのさ 私の胸以外はね!

お待たせしました!

最終章は毎週金曜日、18時に更新します。


 フルセンマーク統一戦争終盤。


「スカーレットォォォォォ!!」


 アスラは真っ正面から突っ込んで、小太刀を振った。

 スカーレットはその攻撃を魔王剣で受けて、力でアスラを弾き飛ばした。


「ああ、やっと会えたね! やっと殺し合えるね!」


 アスラは本当に嬉しそうに言った。

 あんまり嬉しそうに言うものだから、スカーレットも嬉しくなってしまう。


「たくさん死んだね! みんな死んだね!」


 アスラは両手を広げて、大きな声で言った。

 まるで隙だらけ。

 きっと、アスラは今、死んでもいいと思っているのだ。スカーレットがアッサリと隙を突いてアスラを殺しても、それでもいいと思っているのだ。


 でも、スカーレットは攻撃しない。

 そんなの無粋だから。

 どうせどっちかが死ぬまでやるのだ。どうせ最期までやるのだ。これで終わりなのだ。あたしたちの物語は、今日、お仕舞いなのだ。


「あたしはいつだって! 屍の山を越えてきた!」スカーレットが言う。「数え切れないほどの骸たちと! この覇道を歩んだ!」


 スカーレットが魔王剣を天にかざすと、地面に巨大な魔法陣が浮かぶ。

 そして地面から大量の骸骨たちが這い出てくる。


「アスラ! あんたをあたしの骸に加えてあげる!」

「ああ! なんて素敵なんだろうね! 死んでからも君と一緒にいられるなんて! てゆーか、君は私を好きすぎるね!」

「そうね! 今は、今この瞬間だけは、誰よりあんたを愛してるわ!」


 まるで世界に2人しか存在しないかのように。

 いや、実際にそうなのだ。スカーレットにとって、自分を理解してくれるのはアスラだけ。自分と対等に戦ってくれるのはアスラだけ。


「キュンとした!」


 アスラが小太刀を持っていない方の手で自分の胸を押さえた。


「私に愛を教えてくれてありがとうスカーレット! 胸の痛みがとっても心地いい! 君を殺したらどうなるんだろうね!」


 アスラが話している間も、ずっと骸骨たちが増え続けている。

 今日は本当にいい天気だ、とスカーレットは思った。

 死ぬにもいい日だし、誰より好きになってしまった相手を殺すにも、きっといい日。


「はじめましょう、あたしたちの、2人だけの終わりを」



 時は遡って、フルセンマーク統一戦争初期。

 フルセンマークの軍隊には空を見上げる習慣がなかった。

 かつては、という注釈が必要だが。

 イーティス軍の補給中隊は、目立たない山道を進んでいた。前線で戦う仲間たちに、荷馬車に満載した物資を届けるために。


 イーティスは天聖神王スカーレットを頂点とした国で、現在は多方面と戦争中である。

 その昔、大帝国を逃げ出した人々をまとめ、現在では銀色の神として崇められている神子(あるいは聖女)ゾーヤが最初に作った特別な国でもある。

 フルセンマーク始まりの地による、フルセンマーク統一宣言。それがこの戦争の始まりだった。


「空に魔法陣!」


 補給中隊の1人が叫んだ。

 その声で、中隊の全員が空を見上げる。

 同時に、魔法陣から多くの月の欠片が降り注ぐ。


「死守だ! 物資を死守しろぉ!」


 中隊長が叫んだ。

 1人の男兵士が、荷馬車に命中する軌道で落下する月の欠片を、クレイモアで弾き飛ばした。

 他の兵士たちは、降り注ぐ月の欠片を回避するのに精一杯で、物資を気にしている余裕がなかった。


「あそこだ! 《月花》のアスラだ! 撃ち落とせ!」


 中隊副長が空を剣で示す。

 その剣の先では、銀色の魔王と呼ばれる1人の少女が空に立っていた。



 空では心地よい風が吹いている。


「あは、ちゃんと空を見上げるようになって偉いじゃないか」


 アスラ・リョナ15歳。少しだけ身長は伸びたが、胸の大きさは変わらなかった。そのことを、アスラは少しだけ不満に思っていた。

 アスラは長い銀髪に、緑色の瞳。恐ろしく整った顔立ちで、黙っていれば世紀の美少女と名高い。まぁ、アスラはお喋りが好きなので、黙っていることはあまりない。


「反撃もできて偉い!」


 下から矢が飛んでくるが、ほとんどは躱すまでもない。フルセンマークの兵士たちは、上空の目標を撃ち落とす訓練はしていない。

 ちなみに、アスラは空に浮いているわけではない。空中に固定した花びらの上に立っているだけだ。

 花びらが小さいので、浮いているように見えるだけ。


「そんな君たちに――」


 アスラは踊るようにステップを踏む。アスラの足の先には、必ず花びらが固定されていて、その上で軽やかに舞っているのだ。

 アスラたち《月花》のシンボルでもある黒いローブが、長い銀髪と一緒にヒラヒラと揺れる。


「――花びらをたくさんプレゼント!」


 アスラは上空からイーティスの補給部隊に向けて、無数の花びらを降らせた。

 それらは現時点では完全に無害の普通の花びらだが、アスラの意思1つで爆発物へと姿を変える。そういう危険極まりない魔法。


「さぁ、上ばかり見ていたら下からやれちゃうよ?」


 アスラは終始楽しそうに笑顔を浮かべていた。



「チェリー・ノックス参上でござるぅぅぅ!!」


 高らかに名乗りを上げながら、チェリーがイーティスの兵士に跳び蹴りを入れた。

 補給中隊の視線がチェリーに向く。

 その瞬間、地面から生えた黒い槍が中隊副長を串刺しにする。

同時に中隊長の顔を水の玉が覆う。中隊長は呼吸ができずに、山道で溺れて死亡。


「チクショウ! 無理だぁぁ! 逃げろぉぉ!」

「なんでこいつら、いつも補給路に出てくるんだぁぁ」

「何が安全な道だぁぁ! バレてるじゃないかぁ!」


 補給中隊は混乱を極め、アスラの花びらが地面に落ちる前に撤退を開始した。

 もちろん物資はそのまま置いて行ったのだが、1人だけ、残った男がいた。

 アスラの最初の攻撃、空から落ちる月の欠片から荷馬車を守った男だ。

 その男は30代半ばの見た目で、今はチェリーと対峙している。


「お? やるでござるか?」


 チェリーは嬉しそうに言った。

 元来、チェリーは好戦的なのだ。なぜなら、マホロの里でマホロになるべく育てられた者だから。

 マホロの里というのは、『魔王を単独で撃破する』という夢を追い求めたイカレた連中の集落のこと。


 魔王撃破のためだけに、物心つく前からひたすら鍛錬に明け暮れて過ごす。そんな凶気を孕んだ者たちの中で、頂点に立つたった1人が正式な『マホロ』となる。

 歴代最強と呼ばれたメロディの次のマホロ候補として、もっとも有力視されていたのがこのチェリーだ。


「やってみようか」


 男がクレイモアを額の前で横に構える。それは中央フルセンでは一般的な剣術だ。


「手出し無用でござるよ! サルメ殿! ロイク殿!」


 姿の見えないサルメとロイクに向けて、チェリーが叫んだ。

 チェリーは今年13歳になった少女で、薄紫の髪をショートカットにしている。服装はアスラと同じ黒いローブ。

 以前はマホロの道着と袴を着用していたのだが、今は《月花》の正式なメンバーになったため、制服着用である。


 チェリーの瞳の色は濃い紫で、顔は全体的に可愛い系。アスラやアイリスと比べると少し落ちるが、同年代での可愛さは上位にランクインする。

 まぁ、マホロの里にそういう概念がなかったので、本人は強さ以外のことは割とどうでもいいと思っているけれど。


「俺はバジル・ベタンクール」クレイモアを構えた男が名乗る。「中央の英雄……だった者だ」


「おお! 英雄! 嬉しいでござるなぁ!」チェリーのテンションが上がる。「今のチェリーの単独の強さが計れるでござる!」


 言い終わったと同時に、チェリーが踏み込む。

 それに合わせて、バジルがクレイモアを横に振る。

 しかしバジルの剣撃よりも、チェリーの飛び膝蹴りがバジルの顔面に炸裂する方が早かった。


「いえーい! チェリーは早い♪ チェリーは速い♪ で、ご・ざ・るぅ♪」


 チェリーは着地と同時にタタッとダンス。

 実際、チェリーのスピードは《月花》でもトップクラスだ。速度と技術に全振りしているアスラと手数でやり合えるレベル。


「なるほど……。これが《月花》か……」


 バジルは再びクレイモアを構えた。ちなみに鼻血が出ているが、気にしていない。


「交代ですチェリー」


 荷馬車の影が喋った。


「サルメ殿……実に根暗な登場の仕方でござるな」

「私は根暗じゃないですが!? これは闇魔法【影色迷彩】ですが!?」


 荷馬車の影の中から、サルメが姿を現す。



 あいつら楽しそうなこと始めたなぁ、とアスラは下を見ながら思った。


「まぁ、任務は果たしたし、遊んでもいいけどね」


 アスラは自分も交じろうと、花びらの階段を軽やかに下った。

 ちなみに、撒いた大量の花びらは補給中隊が崩れた時点で消した。山を花で埋めても良かったのだが、チェリーの一騎打ちの邪魔になるかと思ったのだ。

 そもそもあの花びらは、サルメたちが地上で攻撃する間、『敵の注意を上空にも向けておくため』だったので、役割は十分に果たしてる。



 バジルは警戒を強めた。

 元英雄であるバジルが、影から出てきた少女の存在に気付かなかったのだ。

 すぐ近くに潜んでいたというのに。


「サルメ・ティッカ、16歳です。はじめまして」


 茶髪ハーフアップの少女、サルメが淡々と挨拶。

 サルメの見た目は少女と女性の間を彷徨っている、という感じだった。

 瞳の色は髪と同じ茶色で、服装はチェリーと同じ黒いローブ姿。顔立ちは綺麗でも不細工でもない。

 普通、という言葉がピッタリはまるような容姿で、恋人にするなら妥当なタイプだとバジルは思った。

 年齢差がなければ、の話。年の離れた相手はバジルの恋愛対象にはならない。


「俺は……」


「バジルさん、元英雄」サルメが言う。「さっき聞きましたし、私って実は全英雄の顔と名前を覚えていますから。まぁ、全『元』英雄でしょうか、今は」


 英雄は解散した。

 そのことを再認識して、バジルは少しだけ感傷的になった。

 今回のイーティスの動きに、英雄はまとまった意見を出せなかった。結果、もう個人の好きにしろと全ての義務と権利を投げ出した。


 東の大英雄であるエルナ・ヘイケラが「私たちに、もはや存在価値はない」と断言したと、バジルは中央の大英雄であるエステルから聞いた。

 同時に、エステルも「魔王などスカーレット様がいれば脅威ではない」とエルナの意見に賛同したとも聞いた。


「そんな悲しそうな顔しないでくださいよ」サルメがニヤァっと笑う。「私、そういう顔を見ると気持ちが高ぶっちゃうので」


 サルメが美しいクレイモアを額の前で構えた。


「ラグナロク……か?」とバジル。

「はい。今は私の武器です」とサルメ。


「ジャンヌの遺物……」

「今後は『サルメの武器』ですよ。ラグナロクを見たら、全員が私を思い出すようにしてあげます」


 サルメが言ったと同時に、バジルの真下の地面から黒い槍が生えた。


「なっ……」


 バジルはその槍を紙一重で躱し、体勢を立て直した時にはサルメが目の前にいた。

 なんて卑怯な……という言葉をバジルは飲み込んだ。英雄は強くなければ意味がない。卑怯な手段を取られた程度で負けていいわけない。

 ああ、今はもう、俺は英雄じゃないのか。


 バジル個人としては、ゾーヤのフルセンマーク統一宣言を支持する立場だ。よって、協力しようとイーティス軍に参加したのだ。

 サルメの横薙ぎの斬撃を、バジルはなんとかガード。サルメは強いが、勝てない相手ではないな、とバジルは思った。

 さっきのチェリーは際どかったが、たぶん勝てたのではないか、と思っている。


「うーん、割と戦えそうですが、一旦、交代です」


 サルメがサッと距離を取る。

 バジルが追撃しなかったのは、背後からの攻撃を躱したから。


「おっと! さすが元英雄! 俺の隠密アタックを躱すとは!」


 双剣でバジルを攻撃した男が楽しそうに言った。

 チェリー、サルメ、そしてこの男。全員が全員、総じて楽しそうなのがバジルは気持ち悪かった。

 戦争だというのに、殺し合っているというのに、こいつらはまるでお祭りに参加しているかのような雰囲気だったから。



「ほう。中央の英雄だったバジル・ベタンクールか」


 ピョン、と地面に着地したアスラが言った。

 サルメが全英雄を頭に入れているのだから、アスラだって当然、全員を把握している。

 アスラの登場で、チェリー、サルメ、ロイクは戦闘態勢を解除した。どう転んでも、もう終わったのだから。


「アスラ・リョナか……はじめまして」


 バジルの表情は苦虫を噛み潰したような感じだった。


「なぜ君は兵たちと逃げなかったんだい?」アスラが言う。「まぁ君も兵だけどさ」


 バジルは一般的なイーティス兵士の装備だ。


「お前たちの噂は知ってるが、それでも試したかったのかもしれないな。本当に噂通りのヤバい連中なのか。団長以外も相当の手練れ、という話だったからな。武人としての血が騒いだ、とでも言っておこうか」


「実際に試してみてどうだった?」

「過大評価だ。その3人は全員、俺より弱い」


「それには同意するけど」アスラがニコニコと言う。「3人同時だったら、君は1分も保たない」


「お前たちは多数で少数を打ち破るのが得意……だったか」


 バジルの言葉には少しだけ棘があった。正々堂々と戦うのが好きな英雄らしい反応。


「各個撃破というやつだよ。基本だろう?」アスラが言う。「まぁ、望むなら私も君と一騎打ちをしてあげてもいい。ただその場合、君は3秒も保たないけど」


「だろうな。エステル様より遙かに強いスカーレット様と対等に戦えるんだろう?」


「それは過大評価だね」アスラが肩を竦める。「普通に戦ったら私よりスカーレットの方が強いよ」


「だとしても、俺が3秒で死ぬのは変わらない。そこで聞きたいんだが、俺が生きて帰る道はないか?」


 その言葉に、アスラは少しだけビックリしたように目を丸くした。


「もう英雄じゃないもんでな。生きて帰れるなら生きて帰りたい」

「ふむ。私らは任務をすでに果たしているから、条件次第では逃がしてあげよう」


 事実、アスラたちの任務は『敵の補給を叩くこと』である。

 少なくとも、今のところ、反イーティス連合軍から受けた依頼はそれだけだ。

 だから逃げ出した敵の追撃も行っていない。


「聞こう」とバジル。


「軍に戻らないこと」アスラが言う。「死ぬのが怖いなら、戦争なんかに参加するべきじゃない。どっかの田舎で牛でも育てたまえ。牛はいいぞ。農耕の役に立つ上、乳は飲めるし肉も食える。うちの国でも絶賛、育成中さ!」


 現在のアスラの最推し、それが牛である。


「牛のお肉は本当に美味しいでござるよ!」


 チェリーが飛び跳ねながら言った。


「……分かった。俺はもう戦わない」


 バジルはクレイモアを背中に仕舞った。


「素直でよろしい。もう行きたまえ」


 アスラがヒラヒラと手を振った。


「っと、一応言っておこうかな。次にもし戦場で見かけたら殺すよ。その時は容赦しない」

「大丈夫だ……俺はあんたを前にして、武人の血は騒がなかった。ただ、子供みたいに家に帰りたいと思っただけだった」


 そう言って、バジルは踵を返した。

 アスラたちはバジルの背中が遠くなるまで見ていた。


「さっすが団長さん!」サルメがアスラに抱き付く。「登場するだけで相手の戦意を削ぐ!」


 サルメの少しだけ膨らんだ胸を感じながら、サルメも大人っぽくなったなぁ、とアスラは思った。

 おかしい、私とは1才しか違わないはずなのに。


「いやぁ、やっぱなんだかんだ、英雄ってのは強いと思ったけどな」ロイクが言う。「一対一じゃまだちょっと及ばねぇ」


「チェリーは英雄と同じぐらいか、ちょっと弱い感じの強さっぽいでござる」

「私より年下なんだから、十分でしょう」


 やれやれ、とサルメが首を振った。


「よし。アーニアに戻ろう。今日の仕事は終わりだよ」


 アスラたちは今、反イーティス連合軍の盟主であるアーニア帝国に滞在している。


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やっとやっっっっっっっっっっと来た!
更新待ってたぜぇほんと 遂に終わってしまうのか…
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