EX84 ニューワールドオーダー 最終章のプレリュード
サイードは30歳になって初めて、マホロの里を降りて文明社会へと足を踏み入れた。
「この人、戦闘能力は普通だけど、本当に頭がいいの」
マホロの里の長で、スカーレットの片腕でもあるメロディが言った。
「里長より前の世代のマホロ候補なのだけど……」
サイードは男性で、メガネをかけている。そのメガネをクイッと動かしつつ言った。
サイードは黒髪を丁寧に整えていて、全体的に身綺麗だ。
服装はメロディとほぼ同じ道着だが、汚れ1つない綺麗な状態。本当にマホロの里にいたのかと疑いたくなるレベルで、道着が綺麗なのだ。
「ふぅん」と答えたのは、玉座に座ったスカーレット。
スカーレットはアームレストに肘を突いて、手の甲で自分の頬を支えている。脚はダルそうに組んでいて、全体的に疲れて見えた。
ここは神王城、謁見の間。
「メガネかけてる奴はだいたい偉いんだ」
そんな意味不明なことを言ったのは、スカーレットの隣に立っているトリスタンだ。
「そう! サイードは本当に偉いの。里で一番!」
メロディが力説する。
ちなみにメロディはサイードの隣に立っている。
「いいわよ。人手は欲しいし、採用。トリスタン任せた」
スカーレットが投げやりな感じで言った。
「おめでとうサイード! 政治やってみたかったんでしょ?」
メロディがサイードの背中をバシンと叩く。
サイードは微動だにしなかった。
それを見て、ああ、やっぱりマホロの関係者だな、とトリスタンは思った。
「僕はあまり口が上手じゃない」サイードが口を開く。「だから、外交は向いてない」
「ああ、分かった」トリスタンが頷く。「ぶっちゃけ、外交はゾーヤとナシオに任せてるから、別にいいさ。俺の手伝いの方が大事だ! 切実にな!」
「それと、僕は乱雑なのが苦手だ」
サイードが謁見の間を見回す。
壁にも床にも、なんなら天井にまで、無造作に剣が突き刺さっている。
「え? カッコいいでしょ、この部屋」
スカーレットがビックリした風に言った。
「どこが!?」サイードが思わず突っ込む。「せめて等間隔に! 剣を等間隔に! 一直線に並べるんだ! 最初の仕事はそれでいいかな!?」
「いいわけないでしょ!?」スカーレットが言う。「お気に入りなんだから!」
「メロディ、僕の上司は頭が少しアレなのか!?」
「そう言ったでしょ?」
メロディはニッコリと笑った。
ああ、そういや、言われてたわぁ、とサイードは納得した。
そもそも世界征服を本気でやろうと考えているレベルで、頭が少しアレなのだと聞かされていたのだ。
乱雑に刺さった剣ぐらいで取り乱してはいけない。
サイードはゆっくりと大きな深呼吸をした。
(こんな乱雑な人だとは……前途多難だ。まぁ少しずつ、バレないように整頓してやろう)
(このセンスが分からないなんて……前途多難だわ。無造作な感じがカッコいいのに……)
サイードとスカーレットは、それぞれそんなことを思った。
◇
ある日の昼下がり。スカーレットがサイードを仲間に迎えてから数ヶ月後。
年が明け、冬が過ぎ、春が終わり夏の訪れを感じ始めた頃。
神国イーティス、神聖十字連の屋外訓練所にて。
空に無数の魔法陣が浮かんだ。
その魔法陣から、魔天使が出現。
その光景はまるで神典のようで。
美しく、輝いて、そしてその場にいた誰もが心を震わせた。
いい意味でも、悪い意味でも。
「テメェは怪物だスカーレット」
アルが引きつった表情で言った。
同時に、世界最強がこんなに遠いとは、とアルは思った。
魔天使たちが地面スレスレまでゆっくりと降下。
「これが神世の魔法ってやつね」
ニヤっと笑いながらスカーレットが言った。
性質という方向付けに縛られない、自由な魔法。魔力が足りる限り、属性に忠実である限り、何でもできる魔法。
「勝てる気しないなぁ……」
ははっ、とメロディが乾いた笑いを発した。
この屋外訓練所にいるのは、スカーレット、アル、メロディ、トリスタン、エステル、ゾーヤ、ナシオ、サイードの8人。
「魔天使1人の戦闘能力が知りたいから、ちょっとトリスタン戦ってみなさい」
「俺!?」
トリスタンは驚いて口を大きく開いた。
ちなみに、トリスタンは時間のある時にスカーレットに鍛えられている。故に、初めてアスラたちと出会った日とは比べものにならないレベルで強くなっている。
少なくともベテランの英雄か、大英雄候補ぐらいの強さは有している。
魔天使の1人が、トリスタンに向けて突撃。赤い大剣を振る。
トリスタンはその攻撃を躱したが、反撃する余裕はなかった。
魔天使とトリスタンの戦いがしばらく続く。
「私に匹敵する強さだ」とエステルが呟いた。
トリスタンのことではなく、魔天使のこと。
「まぁ、数が多いから、そんなもんかしらね」
「私をそんなもん扱いしたのですか神王様……」
シューンと泣きそうな感じで項垂れるエステル。
「ま、まぁまぁ、エステルはほら! 大英雄だし! 神聖十字連の隊長だし! 普段からあたしの役に立ってるから!」
スカーレットが慌てて言い繕った。
「それにしても見事な天使だ」
サイードは魔天使に見とれていた。
なんせ、魔天使は本当に美しいのだ。均整が取れていて、サイードの好みなのだ。
「乱雑なスカーレット様の魔法だとは思えない」
「あんた一言多いのよ……」
サイードがうんうんと頷き、スカーレットが苦い表情で突っ込んだ。
「おい! 気が済んだなら止めてくれ! 俺が死ぬだろ!?」
トリスタンは今も必死で魔天使の攻撃を捌いていた。
「修行だと思ってそのまま戦いなさい」
「あ、じゃあお姉様、私にも3人ぐらいで攻撃して!」
「俺様は10人だ!」
メロディとアルが楽しそうに言って、スカーレットは言われた数の2倍の魔天使を2人に向けた。
「多い! 多いぃぃぃ!」
「テメェ! さては俺様を殺す気だな!?」
「あんたたちの修行なら、そんぐらいがベストよ。エステルは3人でいいわね」
「いや私は別に……ぎゃぁぁぁぁ!」
後ずさったエステルを、3人の魔天使が囲み、即座に攻撃を仕掛けた。
「とんでもない化け物ですね、スカーレット様は」
ゾーヤが淡々とした様子で言った。
「褒めてるのよね?」
「ええ。化け物度は満点です」
「本当に褒めてる?」
「姉さんが満点を出すなんて、珍しいことだよ」
ナシオが真剣な様子で言った。
「そう。まぁいいわ」スカーレットが肩を竦めた。「それにしても、こんな境地があったなんてね……。アスラが教えてくれなきゃ、一生辿り着けなかったわ」
アスラは神世の魔法について、スカーレットに話したし、実際に何度か見せてもいる。
「教わったからと、簡単に辿り着く場所ではないですが」とゾーヤ。
「確かにね」ナシオが言う。「僕たちですらそこに立ってない。というか、僕たちはもう君やアスラから見たら、それほど脅威でもないか」
「最初っからあんたらなんて、あたしの脅威じゃないわ」
事実、初めてこの世界に召喚されたその瞬間から、ナシオだろうがゾーヤだろうが戦えば勝てた。
「そうでしょうね。だってあなたはあらゆる世界の中で、最も強いあなたなのですから」
「この世界を除いて、ね」
スカーレットは幼い自分の顔を思い浮かべながら言った。
真の化け物はあいつだ、と思いながら。
アスラは当然として、アイリスも絶対に殺さなくてはいけない。
「それでスカーレット、そろそろ始めるかい?」とナシオ。
「ええ。そうね。神国はゾーヤのおかげで安定しているし、内政も落ち着いている。あたしは新しい力を得た。今がタイミングね」
唯一、アスラとの約束だけがまだ果たせていない。一回だけイチャイチャする約束。
大事な約束だから、取っておいたのだが。
まぁ、戦争中に密会するのもアリね、とスカーレットは思った。
「では布告を出します」
ゾーヤが真剣な様子で言った。
スカーレットは頷いて、空を見上げた。深い意味はない。ただ空を見ただけ。
ねぇアスラ、とスカーレットは心の中で呟く。
あんたの物語を終わらせてあげる。
◇
「わたくしは銀色の神ゾーヤの名において! フルセンマークの統一を宣言します! 神典を愛するみなさん、わたくしを崇拝するみなさん、今こそ1つになりましょう! 帝国のような未知の脅威はまだまだ世界に溢れていると断言します! フルセンマークを1つにして、それらに対抗しましょう! この地にみなさんを導いたわたくしと! そしてわたくしの代行者であるスカーレットの下! たった1つの理想の国を作りましょう!」
ゾーヤの演説は遠くまで響いた。
神王城の周囲に集まった群衆が声を上げ、両手を上げ、その宣言を喜んだ。
一度はスカーレットに滅ぼされかけたゾーヤ信仰だったが、完全に息を吹き返した。
もちろん、群衆はスカーレットが行った残虐な弾圧を忘れたわけではない。だが何も言わないことにしたのだ。
今が理想だから。ゾーヤが実在し、スカーレットがゾーヤに従っている(ように群衆には見える)という現状が好ましいから。
そして何より、そのことをゾーヤが咎めないから。それどころか、スカーレットを自らの代行者と宣言したから。もう誰も蒸し返せないのだ。
もし蒸し返して、何らかの不利益を被るのも嫌だったから。
だって単純な話、スカーレットが「黙れ死ね」と言ったら死ぬしかないのだから。
そう、だから、目を瞑るのだ。
目を閉じて、この熱狂に身を委ねるのだ。
◇
「中央フルセンの全ての国が、イーティスに恭順の意を示したようです」
国家運営大臣のラッツが、アスラに言った。
ここはアスラたちの帝城、謁見の間。
アスラは玉座に座っていた。最近は毎日、一定時間だけ座るようにしている。
この場にはアスラとラッツの2人だけ。少なくとも、パッと見える位置には。
「まぁ、中央は元々ゾーヤ信仰が根強いからね。本物のゾーヤの言葉には従うだろう」アスラが言う。「西は?」
「多くの国が賛同していますが、それは信仰心ではなく、どこの国も余力がないからですね」
「ああ、そうだろうね。エトニアル大帝国の攻撃をモロに受けたからね、西側は」
西側の国はほぼ全て、あの戦争から立て直せていない。なんなら、まだ大帝国に連れ去られた国民を取り戻せていない国もある。
治安の悪い国も多く、アスラたちも何度か治安維持の依頼を受けた。
そんなボロボロの西側諸国では、イーティスに保護してもらえるなら、その方がいいと考える者も多い。
「東側は聖国を中心に、いくつかの国がイーティスの併合を受け入れました。しかし、徹底抗戦を謳う国も多くあります」
エトニアル大帝国との戦争において、東側はもっとも被害が少なかった。
「アーニアは?」とアスラ。
「もちろん徹底抗戦ですよ」とラッツ。
「そうか。ではそろそろ、我々の手を借りたいと連絡が来るかな?」
「でしょうね。イーティスは併合に反対する国に武力侵攻を行うと明言しましたから」
「知ってるかラッツ。私たちのデビュー戦はアーニアだったんだよ」
「ええ。聞いていますとも」
「そして物語の終わりもまた、アーニアだろう」
「終わり、ですか?」
「そう。私のか、あるいはスカーレットのか、どちらにしてもこれが最終章」
デビュー戦がもうずいぶんと昔の話のようだ、とアスラは思った。
あの頃はまだ、たどたどしかったなぁ、と。
ルミアが副長で、ユルキも生きていた。
「私たちは大きくなったものだなぁ」
当時は馬車が拠点だった。
今ではちゃんとした帝城を構えている。
ああ、この帝城も、修繕前はボロボロの古城だったのだ。
「陛下。我々はまだまだ大きくなりますよ」とラッツ。
「ああ、そうかもね」とアスラ。
少しの沈黙。
「今日の皇帝ごっこはもういいですの?」
ヒョコッと玉座の裏からティナが顔を出した。
「ママ……リーサも皇帝役……やりたい……」
リーサも玉座の裏から出て来た。
「皇帝を演じる団長、美しですわ」
うっとりした様子のグレーテルが、柱の陰から登場。
それに会わせて、傭兵団《月花》の面々が色々な場所から現れた。
「おかしいな、私は本当に皇帝だったはずだが?」
「何も仕事しないじゃありませんの」ティナが呆れた様子で言う。「そしてぼくが、『皇帝らしいことを少しはして欲しい』と頼んだら、毎日のこの茶番が始まりましたわ!」
「ラッツもノリノリだよね」とレコ。
「皇帝に報告する腹心、というのは憧れなのだよレコ君」とラッツ。
「まぁ報告の内容自体は間違っていない」マルクスが言う。「あと、デビュー戦に触れたのは良かったですね。自分も当時を思い出して、懐かしい気持ちになりましたから」
「なんと言うか、これからまた大きい戦争だってのに……」シモンが呆れた風に言う。「いつも通りというか、なんと言うか……」
「メロディ姉上を! ぶっ殺すぅぅ! でござるぅぅ!」
チェリーがノリノリでピョンピョンと飛び跳ねた。
「誰が誰を殺したいか、一応、聞いておこうか」アスラが言う。「もちろん、絶対にその通りになるわけじゃ、ないけど」
「自分はエステルです。愛する恋人ですからね。自分の手で、あの世に送りたいです」
マルクスが真面目な様子で言った。
「メロディ姉上! 絶対にメロディ姉上! サイード兄上もできれば!」
チェリーはとっても楽しそうだ。
「特にねぇな」とロイク。
「僕もないよ」とラウノ。
「……ナシオかな」とイーナ。
「私もナシオですかね」とサルメ。
「うん。ナシオ」とレコ。
「特にない」とシモン。
「売国奴がいれば……いないなら、なるべく性格の悪い美女か美少女」
グレーテルがウンウンと頷きながら言った。
「団長は?」とレコ。
「聞かなくても分かるだろう? 私はスカーレットだよ」アスラが楽しそうに言う。「アーニアの依頼内容に関係なく、スカーレットは殺す。できれば、こう、自然な感じがいいな。戦場でたまたま目が合ったから、とか。以前と同じように、私が空から偵察してて、自然に彼女に惹かれるような、そんな感じ」
これでEXは終わりです。
次章は2月以降になるかと思います。