EX83 新たな魔法兵たちへ 遠い未来より近い緋色を
「うおおおおお! 久々の大森林!!」
レコが両手を上げて叫んだ。
ここは大森林の奥地。昼間なのに生い茂った木々のせいで薄暗い。
「前にアイリスさんとラウノさんを捨てた場所より、もっと深い場所らしいですね」
サルメが軽くストレッチをしながら言った。
木々の間から、僅かな陽光が降り注いでいる。
気温は少し肌寒い。
「ついに俺たちも魔法兵認定試験かぁ」
感慨深そうに言ったのはロイクだ。
ロイクは大森林の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んで、ゆっくりはいた。
大森林の奥地から無事に帝城に戻ること。それが試験の内容。
「確か、アイリスたちの試験の時は、中央フルセンから真南でしたわね」グレーテルが言う。「でもわたしたちがいるのは、西フルセンから南に下がった場所ですので、どんな魔物が出るか分かりませんし、気を引き締めましょうか」
大森林の中でも、未知の場所ということ。
「グレーテルさぁ、リーダーヅラしないでよ」とレコ。
「そうそう。このチームのリーダーは私ですよ?」とサルメ。
「いや、団長は別にリーダー決めろって言ってねぇだろ?」とロイク。
「そうですわ。4人で仲良く戻ってこい、と言っただけですわよ」とグレーテル。
ちなみに、4人とも服装はいつものローブで、それぞれ得意な武器を持っている。
グレーテルはハルバード、ロイクは双剣、レコとサルメは短剣と弓矢だ。
「実力でリーダーは決めようか」
レコが両手に短剣を構える。
それを見て、残りの3人も武器を構えた。
「ふふ、わたしの『グレーテルスラッシュ』の威力を……」
「はん、武器に自分の名前付けるのはダサいぞグレーテル」
「それはロイクに賛成、オレもダサいと思う」とレコ。
「ですね」とサルメ。
グレーテルが自分の名前を付けたハルバードは、虚無のロマが使っていた非常に強力なハルバードである。
「う、うるさいですわ! あとなんか囲まれてますわよ!」
「「知ってる」」
4人は背中を合わせ、周囲の魔物たちを警戒した。
木々の合間から出現したのは、岩のような肌を持った巨人だった。
「デブなのかマッチョなのか分からないっ!」
3メートルはある巨人を見て、レコが叫んだ。
みんなその意見に同意した。
アスラがこの場にいれば、『プロレスラー体型の巨人』と評したはずだ。
巨人は全部で5人。レコたちを取り囲むような位置に立っている。
巨人たちは酷く不細工な顔面で、レコたちを見下ろしていた。
「棍棒ですわね……」
巨人たちが握っている武器のこと。
単純にして明快な武器。
「あれで殴られたら、普通の人間は死ぬだろうぜ」
引きつった笑みでロイクが言った。
巨人の1人が「ぐおおお」と雄叫びを上げ、残りの4人も呼応して雄叫びを上げた。
レコは耳を塞ぎたかったが、両手に短剣を構えているので、塞げなかった。
雄叫びを上げつつ、巨人の1人が突っ込んだ。
グレーテルの正面にいた巨人である。
そいつは跳ぶような一歩でグレーテルとの間合いを詰め、右手に握ったぶっとい棍棒を振り上げる。
棍棒が振り下ろされるが、4人はパッと散開して躱す。
棍棒が地面を叩いて、地面が大きく抉れた。
「スキルっぽいですね。普通の威力じゃないです」とサルメ。
「ささっと撃破しますわよ!」
棍棒で攻撃した巨人の足を、グレーテルがハルバードで切断。
巨人が悲鳴を上げて倒れ込んだところに、サルメが【闇突き】を使用。巨人のお腹を魔法の黒い槍が貫く。
「ほい」
レコがトドメとばかりに、巨人の額に短剣を突き立てた。
巨人1人死亡。
同時に、ロイクが別の巨人の腕を双剣で斬りつけ、深手を負わせる。
巨人が棍棒を落とす。
グレーテルがジャンプし、その巨人にハルバードを振り下ろし、真っ二つに両断。
巨人2人目死亡。
サルメがまた別の巨人の足に【闇突き】を放つ。
巨人の足を魔法の槍が貫通。
巨人が膝を突く。
レコが短剣を投げて巨人の額に突き刺さり、巨人がひっくり返った。
レコは念のため、巨人の喉も裂いた。
巨人3人目死亡。
「火炎斬り!」
グレーテルは武器に炎を乗せて、巨人を真横に両断。
武器に炎を乗せるのが、グレーテルの支援魔法だ。効果の程は疑問だが、見た目は派手でカッコいい。
巨人4人目死亡。
そして最後の巨人は、ロイクの【水牢】で溺れ死んだ。
「グレーテルの攻撃力、高すぎてビビる」とレコ。
「そもそもハルバード自体、強力な武器だしな」とロイク。
「あらゆる武器が扱えるって、絶対ギフトですよ。羨ましい」とサルメ。
「ふふん」
グレーテルが胸を張って、ドヤ顔を披露。
「まぁ持ち歩くのに不便だけど」
「ですね」
「見るからに重そうだぜ」
レコ、サルメ、ロイクの3人はサッと武器を仕舞う。
グレーテルはハルバードを肩に担ぐ。大きいので、腰に下げたり背中に装備したりできないのだ。
「よし、魔物図鑑用のメモは俺が取っておくぞ」
ロイクがメモを出して、万年筆でサラサラと巨人のことを書き込む。
それから、4人はリーダー決めのことは忘れて、フルセンマークに向けて歩き始めた。
本当に忘れたわけではなく、別にリーダーなしでも十分に戦えると分かったから。リーダー決めで無駄に体力を使う必要はない。
そしてその判断は正しかった。なぜならすぐに次の魔物たちが襲って来たから。
トカゲと人間の間のような魔物で、レコは「リザードマン!」と名付けた。
サッと倒してロイクがメモを取って、4人は更に歩く。
夜になるまでに、多くの魔物に襲われたが、特にケガもなく全て撃退した。
「私たち……強くないですか?」
野営地でサルメが言った。
サルメたちは焚き火を囲んで座っている。
昼間に大量の魔物を倒したからか、夕方からはあまり襲われなくなった。
「確かに」とレコが頷く。
「てか、レコが妙に張り切ってね?」とロイク。
「そりゃ、オレもパパになったからね」
「パパですって?」
グレーテルが目を細め、小さく首を傾げた。
「ほら、リーサが団長の養女になったでしょ?」レコが淡々と言う。「団長の娘ってことは、必然的にオレの娘ってことになる」
こいつ何を言っているんだ、とサルメ、ロイク、グレーテルが苦笑い。
「なんせオレは団長のお婿さんだから」
ふん、とレコが胸を張ってドヤる。
「言ってろ」
ロイクはやれやれと両手を広げた。
「それより、リーサちゃんも割と綺麗ですよわよね」
美少女大好きのグレーテルが鼻の下を伸ばして言った。
「そりゃ団長の娘だもん」とレコ。
「血、繋がってねぇよ」とロイク。
「実の親も美人なのかも」サルメが言う。「まぁ、あの子はまだ私たちに心を開いたわけでは、ないみたいでしたけど……」
リーサはアスラ、マルクスの2人とは喋るのだが、サルメたちが近寄ると沈黙してしまう。
「そのうち慣れるさ」ロイクが言う。「十六夜なんか妹だって言ってグイグイ行ってるし、メルヴィもなんか妙にお姉さんぶって世話焼いてるし」
「ああ、十六夜!」グレーテルが両手を叩く。「魔王剣のくせにあんな美人ありですか!? わたし、剣とも寝れる気がしますわ!」
「むしろ相性いいんじゃない?」レコが言う。「グレーテルって武器なら何でも扱えるし」
「スカーレットの魔王剣も人間に変身できるでしょうか?」
サルメがなんとなく言った。
「人格の統合とか、十六夜がやった過程を踏襲すりゃ、いけるんじゃね? 同じ物だし」
ロイクは背伸びしながら言った。
「休みましょうか」サルメが言う。「最初の見張りは私が引き受けます」
かつては死にかけた大森林も、今ではピクニックとそう変わらないな、とサルメは思った。
◇
レコたちは無事に大森林を抜けて、トラグ大王国で身体を休め、そして《月花》の帝城へと戻った。
「魔法兵おめでとう」
そう言ってレコたちを出迎えたのは、ルミアだった。
ここは帝城の城門前。
「ルミアァァァァァ!」
レコがルミアに飛び付き、ルミアはレコを受け止めた。
「大きくなったわね」
よしよし、とルミアがレコの頭を撫でた。
「どうしたんですかルミアさん」サルメが言う。「冒険は止めたんですか?」
「まさか。次は確実に新大陸を発見するまで戻らないから、次の冒険に出る前に、みんなに会っておこうと思って」
ニコニコと笑いながら、ルミアが言った。
「相変わらず、ルミアはお母さんみたい」とレコ。
「お、お母さん……?」
ルミアの頬がヒクッと動いた。
「私のお母さんだ」
帝城から出て来たアスラが言った。
「……じゃあ、リーサの……おばあちゃん?」
アスラと手を繋いでいるリーサが言った。
「おば……」
ルミアが硬直した。
それから、コホン、とルミアは咳払い。
「とにかく、4人とも魔法兵おめでとう」
「ああ、どうも」とロイク。
「元副長さん、美しいですわ」とグレーテル。
ロイクとグレーテルはルミアとどう接していいのかよく分かっていない。
ルミアの存在は知っているし、面識もあるし、会話を交わしたこともあるのだが、過ごした時間が短すぎる。
「本当におめでとう君たち」アスラが言う。「君たちはもう一人前だよ。さぁ、食堂でパーティをやろう。大森林の話を聞かせておくれ」
◇
「アスラが娘を育てるなんて、意外だわ」
アスラの寝室で、壁にもたれたルミアが言った。
レコたちの魔法兵合格を記念した、盛大なパーティが終わったあとのこと。
アスラはリーサを寝かしつけたばかりで、椅子に座って長い息を吐いた。
「そうかな? 君だって私を育てたじゃないか。当時の君を知ってる者は、きっと意外に思ったはずだよ」
「……確かに」
ルミアが苦笑い。
「君は明日には旅立つのかい?」
「そうね。長居はしないわ。今度こそ、本当に長いお別れよ」
「ああ、君の冒険が成功することを祈っている」
「ありがとう」
少しの沈黙。
リーサの可愛い寝息だけが、微かに聞こえていた。
「ねぇアスラ」
「その通りだよ」
質問する前にアスラが肯定したので、ルミアは少しだけ驚いた。
「君と同じだよルミア。私はリーサを育て、いつか戦う。これは運命なんだよ。君が私とそうしたようにね」
「なぜその子なの? ただの臆病な子供に見えるわ。ギフトだか何だか知らないけれど、涙が宝石になるだけの、普通の臆病な子だわ」
ルミアはゆっくりと歩いて、アスラの背後へと移動。
「だからいいんだよ」アスラが微笑む。「普通の子が、一生懸命、強くなって、私のために、愛する私のために魔法兵になって、だけどどこかで決裂するのさ。未来でこの子は私の敵になる。それも、私やアイリスに匹敵する戦闘能力を得て」
「……その子は、魔法兵になりたいって?」
ルミアが背後から、椅子に座ったままのアスラを抱き締める。
「いや。今はまだ新しい環境に慣れるのに精一杯って様子だよ」アスラが言う。「でも、確実にこの子は戦う道を選ぶ」
アスラはルミアの手を撫でた。
「なぜ言い切れるの?」
「見たからだよ。私はこの子を通して、未来の欠片を見た。いつか未来でアイリスが結成する、国を超えた組織の、実力行使部隊の序列1位。世界でアイリスと私の次に強いとされる人物。それが未来のリーサだよ」
ルミアが小さく首を振った。
「信じなくてもいいさ。私も完全に信じてるわけじゃなくて、それはとっても甘い果実だから、毟りに行こうと思っただけさ」
見えた未来と全然違う未来が訪れても、それはそれで構わないのだ。
こだわっているわけじゃない。
そうであれば、楽しさが増えるというだけのこと。
「ま、そんな遠い未来より、今はスカーレットの方が大事だけどね」アスラが極悪に笑う。「彼女とはもうすぐだよ。もうすぐ、私とスカーレットの物語が終わる。その時に私が死んで、未来が消えても構わない。そうだったら幸福だ」
誰が? という質問を、ルミアは飲み込んだ。
代わりに。
「お墓の場所は?」ルミアが冗談を言う。「新大陸から戻った時に、お墓参りをするわ」
「ははっ、中庭に新しい剣が刺さってるなら、それが私さ。祈るよりは投げキッスでもしておくれ」
EXはあと1話、書く予定です。
たぶん次の金曜日。




