表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月花の少女アスラ ~極悪非道の戦争好き傭兵、異世界転生して最強の傭兵団を作る~  作者: 葉月双
ExtraStory

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

293/310

EX82 宝石の涙 甘美な未来の果実


 彼女にとって、死は安らぎでありご褒美。

 7歳の時に、薄暗い地下室に監禁されて早10年。

 彼女の心は7歳のまま、ただ絶望だけを広げていった。

 創造主であるユグドラシルを憎んだこともあった。

 だけど。


「少女よ、また来たぞ」


 夢の中で、ユグドラシルだけが少女の話し相手になってくれた。

 ユグドラシルの姿は、人間の少女と変わらなかった。人間なら10歳前後。

 髪の色と瞳の色が浅緑で、全体的な雰囲気が少し神秘的。


「妾は全ての存在に平等でなければならん」ユグドラシルが言う。「故に、お主を直接助けることはできんが、夢の中で話をするぐらいはな」


 ユグドラシルは時々、人々の夢に現れては悩み相談を受け付けていた。直接助けたり、介入したりはしないが、アドバイスをすることはあるのだ。


「ユグユグ……久しぶり……」


 監禁されている少女は、痩せ細った顔で柔らかく微笑んだ。

 この夢の世界には何もない。

 ただ少女とユグドラシルだけが存在している。そういう場所。寂しいような、美しいような、空白の世界。


「朗報かどうかは分からんが、銀色の奴が来るぞ」とユグドラシル。


「銀色?」

「そう。いつかの未来で『滅びの使者』となる者。一足先に、お主に滅びをくれるであろう。お主がお願いすれば」

「死ねるってこと?」


 少女は少し戸惑った風に言った。

 ユグドラシルは微笑み、頷いた。


「ああ、良かった……」


 少女は涙を流した。

 現実世界で搾取され続けたその涙は、夢の世界では普通に頬を伝ってどこかへ落ちた。

 そのことに気付いて、少女は自分の涙に触れた。


「宝石にならない……」

「夢だから」


 少女は生まれながらにギフトを持っていた。今はもう滅びた帝国において、特殊な能力を持っている者は『ギフト持ち』と呼ばれ、それなりの地位に就いていた。

 でも少女は隠された。

 隠され、搾取され続けた。


 少女のギフトは、『涙が宝石になる』というクソみたいなギフトだったから。

 祝福ではなく呪いだ、と少女はいつも思っていた。

 少女を監禁した者は、少女を泣かせるためにありとあらゆる努力をした。

 この世界に地獄が存在するなら、きっとこの部屋だろうと、そう思える程度には。


「さぁ、起きるのだ。お主の終わりがやってくる。お願いの方法を間違うなよ」


 そう言って、ユグドラシルは溶けるように消えて、少女は目を醒ます。



 少女は薄暗い部屋で、とても綺麗な人を見た。

 銀色の長い髪に、緑の目。

 黒いローブを羽織ったその人は、「なんだこのボロ雑巾みたいな子は」と言った。

 天使なのかな? と少女は思った。

 同時に、少女は母親のことを思い出した。


 母親はいつも、少女に辛く当たっていて、最終的には少女を売り払った。

 母のことは今でも愛している。なぜなら、母はとっても美しかったから。天使のように美しくて、そしてそれだけで生きていた。

 美しさだけが、母のよりどころだった。


 目の前のこの人と、どっちが美しいだろうか?

 そんなことを考えた。

 もう、声すら思い出せない母。顔だってぼんやりしていて、細部が分からない。ただ美しかったというだけ。

 酷く懐かしくて、そして酷く悲しい。

 母のことは今でも愛しているけれど、できれば苦しんで死んでいますように、と少女は願った。


「ママ……」


 その人を見ながら、そう呟いた。



「聞いたかマルクス! どうやら私はこの子のママらしいぞ!」


 伯爵邸の地下室で、アスラが両手を叩いて喜んだ。


「母性とは程遠いと思いますがね」マルクスがやれやれと肩を竦めた。「きっと意識が朦朧としているのでしょう。ケガが酷いようだ」


 マルクスは鎖で繋がれたボロ服の少女を見て、それから伯爵を見た。

 伯爵は30代の男性で、見た目は可も無く不可も無い。一般的な帝国貴族という見た目。まぁ、帝国などもう滅びてしまったけれど。

 もっと言うなら、アスラたちが滅ぼしたわけだが。


「いやぁ、私ほどの存在になると、気付いたら子供が誕生しているというわけか」


 うんうん、とアスラが真面目な様子で頷く。


「そんなわけないでしょう団長」


 マルクスが溜息混じりに言った。


「さてアスラさん」伯爵が言う。「あなたを信用したからこそ、このガキに会わせたのです」


「ふむ」とアスラは少女を見た。


 薄汚れ、痩せ細り、こぢんまりとした少女。

 ケガと骨折の痕が多い。日常的に暴力を受けていることは明らかだった。

 少女は真っ直ぐにアスラを見ていた。


「この子と成功報酬に何の関係が?」とアスラ。


 アスラとマルクスはこの伯爵の依頼を受けて、ある仕事を完遂した。

 前金は金貨で貰ったのだが、成功報酬は宝石で支払いたいと伯爵が申し出て、アスラはそれを許可した。

 で、宝石を受け取るために伯爵邸を訪れ、そのまま地下室に案内されたというわけ。


「今後とも、傭兵団《月花》とはいい関係を築きたい」伯爵が言う。「率直に言うなら、私の依頼は全て受けて頂きたいのです」


「正当な報酬が貰えるなら、そりゃ受けるさ」


 アスラが小さく両手を広げた。


「ええ。ですので、私の資金源を明かそうと思いまして」ニヤリ、と伯爵が笑う。「私はどんな依頼をしても、絶対に報酬を支払える、という信頼を得たい」


「分かった。それで宝石はどこだね?」アスラが言う。「この子がケツから産むってわけじゃないだろう?」


「……ケツ……?」


 黙ってアスラを見ていた少女が、ポカンと口を開いた。


「勝手に喋るな!」


 伯爵が少女を蹴り飛ばした。


「おい貴様」マルクスが低い声で言う。「なんのつもりだ? 虐待すれば宝石が生まれるとでも?」


 伯爵が笑う。


「実はその通りなのです! なんと! この少女はギフト持ちなのです!」


「どんなギフトか詳しく」とアスラ。


「涙が宝石になるのです! つまり! ただ泣かせるだけで! 無限に宝石を得られるのです! 素晴らしいでしょう!?」

「そりゃすごい。なぁマルクス、君もそう思うだろう?」

「ええ団長。それは本当にすごいことです」


「そうでしょう! そうでしょう! それでは、早速証拠をお見せしますね」伯爵が少女を睨む。「泣け。それとも今日も拷問を受けるか?」


 いつもなら、少女は怯えて頭を抱えるのだが、今日は違った。

 アスラを見て、微笑んだのだ。

 そして。


「ママ……殺して」


 両手を広げ、目を瞑って、安らかな表情で、そう言った。

 まるでアスラなら自分を殺してくれると、知っているかのように。

 実際、ユグドラシルに聞いて知っているわけだが。

 今日が滅びの日であり、終わりの日であり、ずっと耐えてきたご褒美を貰える日だと。

 少女にとって、死は安らぎであり、そしてご褒美なのだ。


「いいとも。その依頼を受けよう」


 アスラは迷わなかった。


「はい?」と伯爵が間抜けな声を出した。


「そういうわけだ伯爵」アスラが酷く薄暗い笑みを浮かべた。「悪いね」


「いやいや! ふざけるな! 資金源を殺されてたまるか! そもそもそのガキに依頼料を支払う能力……」


 話の途中で、マルクスが伯爵の首を斬った。

 伯爵の首が床に転がり、身体は血を噴きながら倒れる。


「心配するな伯爵」アスラが言う。「身体で払って貰えばいい」


 言ってから、アスラは花びらを創造して、少女を繋いでいた鎖を爆発させる。

 少女は目をパチパチとしながらアスラを見ていた。


「ブリット」

「あいよ」


 アスラが呼ぶと、アスラのローブの裾から人形が姿を現す。


「クロノスの準備をしておけ。この子を戻す」

「了解」

「それと、イーナたちを伯爵邸に寄越してくれ。で、財産を根こそぎ持って行くよう伝えろ」

「それも了解」

「マルクス、私の娘を自称するこの子を運んでくれ」

「ええ、喜んで」


 言ってから、マルクスは少女を抱き上げた。

 少女は今も、何がなんだか分からない、という表情をしている。


「どうした? 君の望み通りだろう? 我が愛しの娘よ」


 アスラが楽しそうに笑った。


「娘設定を続けるんですか?」とマルクス。


「設定も何も、この子は私をママだと認識しているようだよ。つまり、私は黙っていても母性が溢れ出る存在ということだよ」

「……ないでしょう、それは……」


 マルクスの頬がヒクヒクと動いた。


「じゃあ本当に私がママなのかも?」

「もっとないでしょうよ……」



 だから言ったであろう。

 お願いの方法を間違うな、と

 ユグドラシルは苦笑いを浮かべた。



 少女は古城で、7歳の姿に巻き戻った。

 どこもケガをしていない、まだ綺麗だった身体に。

 そのことに本当に驚いたけど、それ以上に驚いたのは。


「しばらくここで暮らすといい。いずれ独り立ちしてもいいし、ずっといてもいい」


 銀髪の綺麗な人が、とっても優しかったこと。

 その人だけではなく、その古城にいた人たちはみんな優しかった。


「メルがしばらくお姉さんとして面倒みてあげるからね!」


 今の少女とそう変わらないぐらいの年齢に見える少女が、そう言った。


「実に可愛らしいですな」30代後半ぐらいの男性が言った。「おっと、わたくしはこの古城の執事長をやっている者です」


 彼の礼はとっても美しかった。



「そして、わたくしこそがあなたの真のお姉様!」


 どん、といきなり登場したメイド服の少女が言った。

 ここは傭兵国家《月花》の帝城、その中庭。

 少女が日当たりのいいベンチでぼんやり座っていた時のこと。


「お……お姉様……?」


 少女はコテンと首を傾げた。


「髪型と髪色がわたくしと同じというのは、狙ったのですか?」


 メイド少女がジーッと少女を見詰める。

 メイド少女は少女の真ん前に立っている。


「……えっと……?」


 少女もメイド少女も、黒くて長い髪の毛だった。


「瞳の色は違いますが。ふむ、美しいですね」


 メイド少女の瞳は黒で、少女の瞳は紫だった。


「アスラお母様の一番の娘、十六夜と申します。こう見えてわたくし、剣ですの」

「剣……?」


 人間にしか見えないのだが。

 少女がそう思っていると、メイド少女の十六夜が、剣の姿に変化した。

 全体的に白っぽい剣。とっても綺麗だ、と少女は思った。


「こちらが本来の姿ですが、最近は人間の格好をするのがトレンドなのです」


 再び、十六夜がメイド姿に戻る。


「で、わたくしの妹の名前は?」

「名前……?」


 少女に名前はなかった。

 十六夜はそのことを察した。察しのいい剣、それが十六夜。

 特に、人間の負の感情を読むことには定評がある。そもそも十六夜が負の感情の塊のようなもの。

 少女を取り巻く負のエネルギーは、少女がどんな人生を歩んだか如実に語っている。


「お母様ぁぁぁ!! 大変ですぅぅぅぅ!! 妹に名前がないみたいですぅぅぅ!!」


 十六夜は走ってお城の中へと消えていった。

 そして中庭に静寂が戻る。

 少女は中庭に突き立てられた2本の剣に視線を移した。

 蔦植物が絡まっていて、どこか幻想的。

 剣の周囲には花が咲いている。

 少女は知らないが、その剣はお墓なのだ。誰かの大切な2人が眠っている。


 ちなみに、花を供えるより咲かせた方がよくね? という精神でティナが剣の周囲に花を植えたのだ。

 少女が少し視線を走らせると、隅の方に大麻畑があった。もちろん、少女は大麻など知らないけれど。

 なんだかあの一角だけ、ちょっと他と違うなぁ、という程度の認識。


 パチン、という指を鳴らす音が聞こえたので、少女は空を見上げた。空から聞こえたからだ。

 そうすると、花びらの階段を下りてくるアスラの姿があった。

 わぁ、やっぱり天使なのでは? と少女は思った。


「やぁ私の娘、ママだよ」


 地面に降り立ったアスラが言った。

 本当に母親だと思ってアスラにママと言ったわけではない。その美しさが、母を思い出させたというだけのこと。


「君に名前を授けよう」とアスラ。

「私の……名前?」と少女。


 アスラがコクンと頷く。


「リーサ。君は今日からリーサ・リョナと名乗れ」

「リーサ……」


 初めて与えられたもの。

 実の母ですら、少女に、リーサに何も与えなかったのに。


「ああそうだ、言い忘れたのだけど」アスラが言う。「ここでは無理に泣く必要はない。君の宝石など私らは欲していない。いつか依頼料だけ払ってくれればいい」


「どうして……?」


「君の面倒を見る理由なら、そうしないと怒る奴がいるからだよ」アスラが言う。「助けたならある程度の責任を持て、と主張する奴がいるんでね。少なくとも、君が自立するまでは……ってなぜ泣く!?」


 リーサはボロボロと宝石の涙を零した。


「初めて……貰ったの……」


 キラキラと輝く色とりどりの宝石が、地面に転がる。


「名前のことかね? 気に入ってくれたなら、良かったよ」

「……優しさ……」


 リーサが言って、アスラは察した。

 涙の宝石が、積み重なる。

 キラキラと。

 綺麗だけど、悲しみの塊。


「君の涙の恩恵を受けた全ての者を殺そうか?」

「え?」

「今日から君を養子にする。君が望むなら、私の娘である君を悲しませた全てを滅ぼそう」


 言いながら、アスラは思った。

 君が私を愛し、私に依存し、だけど最後には敵対するように、と。


「えっと……そこまでは……しなくて大丈夫……です」



 ユグドラシルの夢の欠片。

 未来の可能性。その1つを、アスラはリーサを通して見た。

 なぜそれが見えたのか分からないし、ただの幻だったのかもしれないし、夢なのかもしれない。

 それでも、それは掃いて捨てるには甘美な未来。

 遠い未来で。

 リーサはアスラを愛していて、だけど敵になる。

 アイリスと同じ陣営に行くのだ。

 最愛のアイリスと、最愛の娘が手を組んで、最愛のアスラを殺しに来る。

 なんて素敵なのだろう。


次話も来週の金曜日に更新します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ