EX81 鏡花水月の魔王 世界大戦編ではないよ
久々の更新です!
遅くなってすみません。
「それじゃあ、話してもらおうかしら? アスラがどう世界大戦の引き金になったのか」
食事の席で、スカーレットが言った。
ここはイーティス神王城、神王の食堂。
客と晩餐を楽しむための部屋なので、それなりに広く、装飾も丁寧な部屋……だった。
かつてはそうだったのだが、スカーレットが床や天井や壁に剣を刺しまくっているので、現在は異様な雰囲気の部屋へと変わっている。
(0点どころかマイナス点)
ゾーヤは心の中で、この部屋をそう評価した。
「分かりました。それほど長い話ではありません」
ゾーヤは肉を切りつつ、淡々と言った。
この場にいるのはスカーレット、ゾーヤの他に、ナシオ、アル、トリスタン、メロディ、エステル。
それから、部屋の隅の方で白虎のシロが餌を食べている。
この食堂は元々、両開きの大きな扉から入るので、身体の大きなシロも簡単に入ることができる。
ちなみにだが、スカーレットはシロのために城中の扉をぶっ壊して回った。
そしてシロが頭で押して開けれるタイプの扉に変更。
スカーレットはシロのことをとっても可愛がっていた。
「年代としては、300年ほど未来のお話となります」
ゾーヤは相変わらず、淡々と語り始めた。
◇
「ああ、なんて素敵な夜なんだろうね?」
アスラ・リョナは数多の死体が転がる部屋で、窓の外を見ながら言った。
窓からは、闇夜に浮かぶ金色の月が、キラキラと世界を照らしている様子が見える。
「そう思うだろう公爵?」
アスラは右手に小太刀を持っている。
アスラが300年近く前から愛用している武器だ。
「なんなんだ、お前は……」
尻餅を突いた男が言った。
アスラに公爵と呼ばれた男で、でっぷりと太っている。
贅沢の限りを尽くしたのだと、パッと見ただけで理解できる容姿をしている。
着ているガウンは異様に高価で、似合っていない。
本名はエトヴィン・ベーテル。
年齢は41歳。
帝室の血を引いた立派な公爵である。
立派というのは血筋のことで、人物像のことではない。
「おや? 名乗っていなかったかな?」
アスラは小太刀を振って血を払い、それから腰の鞘に仕舞った。
アスラの見た目年齢は13歳前後。
長く艶やかな銀髪に、美しい顔立ち。
神様が氷細工を丁寧に丁寧に創り上げたかのような、そんな奇跡的な美。
口を開かなければ絶世の美少女、と誰もがアスラを評した。
服装はナチスSSの制服をモチーフにした黒の軍服。
腕章は鉤十字ではなく所属する部隊の紋章。
頭には黒の軍帽。
帽章も同じく所属部隊の紋章。
「こちらは戦闘国家『月華』の初代皇帝であり、特殊部隊『月花』の初代団長――」
メイド服の少女、十六夜が淡々と言う。
「――鏡花水月、銀色の魔王アスラ・リョナ陛下です」
十六夜の見た目年齢は17歳前後で、黒髪ロング。
アスラと比べると見劣りするが、一般的には美人に分類される容姿。
大きなシュルダーバッグを肩から提げている。
「アスラ・リョナだと……」
エトヴィンの声が震える。
「そうだよ公爵。初めまして。まぁ2度と会うことはないけどね」
アスラはとっても楽しそうに言った。
「……人類最初のイカレ女」エトヴィンが言う。「極悪非道の傭兵、冷酷無比の人でなし、世界の敵、悪の総本山、悠久の魔法使い、金で人を殺すロクデナシどもの親分……。銀色の……魔王……」
エトヴィンは失禁した。
エトヴィンは知っているのだ。
アスラの噂を知っているのだ。
故に、自分がもう助からないことを、理解してしまったのだ。
「ふむ。少年たちを犯して殺して楽しんだ君の末路を写真に収めておこう。依頼主も喜ぶだろう。十六夜」
「はいお母様」
十六夜はショルダーバッグからカメラを出す。
それは最先端の小型カメラ。
まぁ、最先端と言っても、アスラの前世である現代地球に比べたら恐ろしく古い型。
地球換算だと、この世界の時代は1900年前後、といったところか。
十六夜は立ち位置を変えながら、数枚の写真を撮影。
「……頼む……見逃してくれ……金なら払う……依頼主より多く払うから……」
エトヴィンは泣いていた。
怖くてたまらないのだ。
アスラと十六夜は、すでにこの屋敷の護衛らを皆殺しにした。
この部屋にも、多くの死体が転がっている。
まぁ、アスラは降伏した者は殺していないけれども。
「私を知っているのだろう? だったら私の、私たちの依頼達成率が100%だと知っているはずだよ?」アスラが肩を竦める。「それに私は君みたいな奴が嫌いなんだよね」
「あたくしも嫌いです」十六夜がカメラを仕舞いながら言う。「あなたは多くの少年たちを拉致した。しかも隣国で」
エトヴィンの公爵領は、隣国と接している。
「ワシはこれでもリアガント帝国の皇位継承権を持っている……」ガタガタと震えながら、エトヴィンが言う。「依頼主が隣国の……セイア王国の奴なら、戦争になるぞ……」
アスラが笑みを浮かべる。
この世の邪悪を全て詰め込んだような、極悪非道な笑顔だった。
「ひっ……」
エトヴィンはその笑顔を見て、気を失いそうになった。
「だから? うん? 私たちを喜ばせたいのかい? 私たちは戦争が好きなんだよ。大好きなんだよ。そうでなければ、戦闘国家なんて作らないさ。私らはずっとずっと300年も戦争を続けているんだよ?」
アスラは右の腰に装備しているリボルバーを抜く。
そして弾丸を一発だけ残して、残りを床に落とす。
「……止めてくれ……頼む」エトヴィンは泣いていた。「そ、そうだ、自首しよう! そうだ、ワシは自首する! だから命だけは――」
台詞の途中で、アスラはリボルバーを軽く放った。
エトヴィンがキャッチできるよう、優しく。
エトヴィンは困惑した様子で、そのリボルバーを両手で受け止めた。
「私は優しいから君に選択肢をあげよう」アスラがニヤニヤと笑う。「自殺するか、そうでなければ私を撃ちたまえ。私を殺せれば、十六夜はここを去る。君は無事。素晴らしいだろう? 今日は月が綺麗だから、特別サービスだよ」
その言葉を聞いて、エトヴィンは震える手でリボルバーを構えた。
今もエトヴィンは尻餅を突いた状態だ。
「さぁ、頑張れ」
アスラが両手を広げる。
そしてゆっくりと目を瞑り、しばらく待った。
だけど愛しい銃声は鳴らず、大好きな硝煙も香らなかった。
「お、お前は……魔法使いだろう?」エトヴィンが言う。「それも……世界最高の……」
「うん? 私が魔法でズルをすると思うのかい?」
アスラは目を開けて両手を下ろす。
アスラの質問に、エトヴィンは答えなかった。
どう答えていいか分からなかったのだ。
やれやれ、とアスラが溜息を吐いた。
「しないよ。魔法は使わない。ほら撃て。早く撃て。私の気が変わる前に撃つんだ公爵。この任務はあまりにも退屈だったから、最後ぐらい少し楽しませておくれよ」
「な、なんで退屈な仕事を……請けたんだ……」
エトヴィンはあまりにも理不尽なアスラの思考に、再び涙を流した。
「世界大戦の引き金になりそうだと思ったからだよ」アスラが言う。「君が言った通り、戦争になる可能性が高いからねぇ。依頼主は君を殺したことを堂々と公表する考えみたいだしね」
「世界……大戦?」
エトヴィンは聞き慣れない言葉に首を傾げる。
「ふふっ、楽しみだなぁ」
アスラが笑う。
それは狂気の表情。
おおよそ、この世の者とは思えないほど歪んだ笑顔。
「複雑で過剰な安全保障が、各国を泥沼の戦争に引きずり込むのさ」
アスラは楽しくなって、ついついその場でクルッと回ってしまう。
「ああ、私は300年も待った! この世界に転生してから300年! ズタボロの戦争をしよう! 世界が壊れるぐらいの戦争をしよう! 海の色を真っ赤に染め上げて、大地に屍を敷き詰めよう! 君はその引き金になれるかもしれない! 素敵だろう!? どんな退屈な仕事でも、世界大戦の引き金になり得るのならば! 私こそがその引き金を弾くに相応しい! 300年も準備したんだからね! 私だけが唯一! その開幕を飾るに相応しいんだよ公爵!」
アスラのあまりの凶悪さに、エトヴィンの理性やら何やらがぶっ飛んだ。
「こ、この……イカレ女がっ!」
エトヴィンがリボルバーの引き金を弾く。
銃声と硝煙。
弾丸はアスラを掠めて、壁に命中。
「ああ、君はその程度だよ! この距離で当てることさえできない! 少年を犯す以外に能のないゴミだよ! でも人生の最期に、世界大戦の原因になれる可能性がある! それに今日は死ぬにはいい夜だろう!? 綺麗な夜だよ! 世界大戦の幕開けには最高の夜さ!」
アスラは笑いながら魔法を使用。
エトヴィンの頭上に魔法陣が浮かぶ。
エトヴィンが目を瞑る。
桜色の花びらが一枚、ヒラヒラと魔法陣から降った。
その花びらはエトヴィンの頭に触れた瞬間に炸裂。
エトヴィンの頭を吹っ飛ばし、周囲にその肉片を撒き散らす。
「ああ、明日が楽しみだなぁ、明後日が楽しみだなぁ、その次の日も、そのまた次の日も、とっても楽しみだよ十六夜」
「はいお母様。悲願が叶うといいですね」
その2日後、セイア王国はエトヴィン・ベーテルの悪事を証拠つきで全て暴露した。
その上で、自分たちが月華を使って天誅を下したことも同時に発表。
リアガント帝国はエトヴィンの件を全力で否定。
暗殺と侮辱に対して、激烈な制裁を加えることを決定。
世界は戦争に向けて進み始めた。
◇
「これが世界大戦の始まりです」
ゾーヤが言うと、みんな複雑な表情を浮かべた。
「なんて言うか、アスラって感じね……」とスカーレット。
「だなぁ。300年もブレねぇって、あいつやっぱイカレてんなぁ」とアル。
「普通の人間は心境の変化とかあるもんだけどな……」とトリスタン。
「奴は普通ではない」エステルが言う。「マルたんもそう言っていた」
マルたんとは《月花》副長のマルクス・レドフォードのことであり、エステルの彼氏だ。
余談だが、エステルとマルクスはお互いの呼び方を色々と変えながら親愛を示している。
次は『マーちゃん』にしようかな、とエステルは思っている。
「可愛いね。アスラって本当、可愛いね」
ナシオがニコニコと言った。
「それは私もそう思う」メロディが肯定。「可愛いアスラをぶっ殺したいけど、今はどっちかと言うと、私はアイリスの方を倒したいかな……って、その未来でアイリスはどうしてるの?」
メロディはアイリスに敗北して以来、まずはアイリスを倒すことを目標にしている。
「世界3大女帝の1人として君臨しています」
「なにそれ?」とメロディ。
「詳しくは分かりませんが、なんかヤバい3人の女性という感じです」
ゾーヤは曖昧な感じで言った。
「それって1人はアスラでしょ? あと1人は?」とスカーレット。
「ローズ帝国の初代皇帝ミア・ローズという人ですが、世界大戦の時はすでに寿命で亡くなっています」
「ふぅん」とスカーレット。
全然、知らない人物だったので興味をなくしたのだ。
「それでアイリスの奴は、なんだって女帝なんて呼ばれてんだ?」
アルが小さく首を捻りながら言った。
アルの知っているアイリス像と少し合わないのだ。
「国際連盟という組織の盟主だからです」ゾーヤが言う。「その時のアイリスの思想はスカーレットに近いですよ。やり方は違いますが、ね」
「まぁ元が同一人物だもの。根っこが似るのは当然でしょ」
スカーレットが肩を竦めた。
「大まかにですが、みんなで守りあって安全に発展して、いつか全ての国が国連に加盟すれば、戦争はなくなる。そして、加盟国は他国に侵略してはいけない、というルールです」ゾーヤが説明する。「もちろん、国連軍という圧倒的な軍事力を準備してそのように謳っています」
「やり方はどうであれ、全ての戦争を終わらせるって思想なんだね」
メロディがニコニコと言った。
「ってことは、アイリスはアスラの一味から離れてるってことだな」トリスタンが言う。「まぁ思想的に一緒にはいられねぇか」
スカーレットとアスラが相容れないように、アイリスとアスラもまた相容れないのだ。
「アイリスのやり方、全てを征服するよりも……効率的かもしれないわね……」スカーレットが悩ましい雰囲気で言う。「取り入れるべきかしら?」
「世界の広さによるでしょう」エステルが冷静に言う。「現実的に征服が可能なら征服すればいいかと」
「そうね。実際に進めながら臨機応変にやりましょう」スカーレットが肩を竦める。「ひとまず、今の戦後処理を終え、次の戦争の準備をして、早ければ1年以内に最初の侵略を始めるわ」
次話は来週の金曜日、18時を予定しています。