表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月花の少女アスラ ~極悪非道の戦争好き傭兵、異世界転生して最強の傭兵団を作る~  作者: 葉月双
二〇章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

290/310

15話 その少女は唯一の救い 「ただ死ね。遺言も伝言もなしよ」


 マルクスは心象世界で呪いと対峙していた。

 幾千の憎しみと、幾千の悲しみと、幾千の絶望。

 幾万の死と幾万の呪詛。

 それらはマルクスの心を壊そうと襲いかかったのだが。


「団長が言うほど簡単ではないな」


 かつて、アスラは魔王の元を脅迫したことがある。その上、この状況が楽しかったと笑っていた。


「更に団長は数万の死を疑似体験したんだったか」


 マルクスは瞑想するように心を落ち着け、呪いの次の攻撃に備えた。

 と、アスラの声が聞こえた。

 どうやら、呪いに打ち勝たなければ殺されるらしい。


「正直、呪いなどより団長の方が怖い。さっさと諦めろ!」


 マルクスは瞑想を止め、逆に積極的に呪いを受け入れ、全て無駄だと分からせることにした。



「シモンとチェリーはダメだったか」とアスラ。


 他の団員たちは、割とすぐにキリルの呪いを跳ね返した。


「呪いは怖いですが、団長さんはもっと怖いので……」


 サルメが苦笑いしながら言った。


「あの2人はまだ《月花》歴が短いから」とレコ。


 グルル、とチェリーが獣みたいに唸って、マルクスに向けて駆けた。

 チェリーはすでに人間では有り得ない程のパワーとMPを手にしていた。

 まるで獣が吠えるような声を上げながら、チェリーが右手にMPを(まと)い、マルクスに殴りかかる。

 マルクスはチェリーの攻撃をあっさりと躱し、カウンターでチェリーの腹部を殴った。

 チェリーが崩れ落ち、そのまま気を失う。


「……マホロの技を使わないチェリーなど、脅威でも何でもないな」


 やれやれ、とマルクスが小さく首を振った。

 チェリーが強いのはマホロ候補だからだ。その強みを消して、その技を忘れ、ケダモノになったら、そりゃ弱い。

 チェリーが気を失った時、アスラが小太刀の峰でシモンをぶん殴って気絶させていた。


「シモンも同じだね。怪盗としての、というかシモンとしての影魔法を使わないなら、何の脅威にもならない」


 単純にパワーが上がっても、当たらなければ意味が無い。

 単純にMPが増えても、その使い方を忘れては何の意味もない。


「本当に」キリルが言う。「仲間に対しても容赦がないな……」


「君が弱体化させたから、殺さずに済んだよ」アスラがヘラヘラと言う。「私はてっきり、強化された仲間と戦うと思っていたからね」


「所詮、パワーとMPが凄いだけなら魔物と同じですからね」


 マルクスが淡々と言った。


「数が多ければ、どうだ?」


 キリルが言うと、数多の魔法陣が浮かび、それぞれから魔王相当の呪いが出現。


「いいのかい? そんなに一気に呪いを使ってしまって」アスラが言う。「死期が早まるだろう?」


「余が滅ぶより先に、貴様らを滅ぼす」

「だといいね! 諸君、ひとまず1体撃破だ!」


 アスラが言って、全員で一体を囲んで速攻でくびり殺した。

 今回はアスラとアイリスが加わっているので、秒殺と言っても過言ではなかった。

 そうやって順番に倒しつつ、【紅の破壊】を魔王同士で打ち合うように誘導したり、アスラたちは戦術的に戦った。

 戦って、戦って、戦い続けて。


 倒しても倒してもキリルが新たに魔王を生み、この戦争はまさに総力戦の様相を呈していた。

 空が赤く染まり始め、日が落ちて、そしてまた日が昇った。

 途中、チェリーとシモンが目を醒ましたが、まだ呪われていたので再び気絶させた。


「団長、ごめん……オレそろそろダメかも」


 レコが珍しく泣き言を吐いた。


「では交代してあげましょう」


 そう言ったのは【守護者】ジャンヌ。

 ティナがサッとレコを抱き上げて、雷のような速度でどこかに消えた。


「戻ったのかい?」とアスラ。


「ティナがどうしても、と言うので」ジャンヌが言う。「まさか1日経っても戦っているとは驚きですよ」


 アスラたちはジャンヌを加えて更に戦闘を続けた。



 さすがに限界だ、とアイリスは思った。

 レコだけじゃなく、みんな本当はもう倒れてしまいたいと思っているはずだ。

 疲れから、徐々に戦術的な動きが乱れ始めている。

 しかし、キリルはまだ余裕の表情を浮かべている。


「なんて絶望的な……」とアイリスは呟いた。


 誰もキリルに逆らわないはずだ。大帝国が栄えるはずだ。戦争に負けないはずだ。最後にはキリルが出れば絶対に勝てるのだから。

 と、ドラゴン型の魔王が尻尾でサルメを弾き飛ばした。

 サルメは死んだかも、とアイリスは思った。

 しかしティナがサルメを受け止め、そのままサルメを抱えてどこかに消えた。

 なるほど、ティナは後方支援をしてくれてるのね、とアイリスは理解。


「オラァ! 俺様、復活だぜ!」


 魔装状態のアルが戦闘に加わった。

 しっかり一晩休んでいたので、アルの調子はかなり良さそうだった。


「参加しないわけには……いかないよねぇ……嫌だけど」


 ギルベルトも参戦。お前は昨日のうちから参加しろ、とアイリスは思った。

 腐ってもフルセンマークの大英雄だろうが、と。

 まぁしかし、《月花》が元気なうちは、他人は連携の邪魔になる。参戦するならこのタイミングが最適だというのも理解している。

 呪いの力はあとどれだけ残ってるの?

 肩で息をしながら、アイリスは思った。


(だいぶ消耗してますよ)と十六夜。

(分かるの?)とアイリス。


(まぁ実家ですし)


 なるほど、とアイリスは納得した。

 同時に、十六夜と話したことでアイリスは1つの閃きを得た。


(そうだ! フルセンマークの呪いってそろそろ魔王になれるんじゃないの!?)


 今回の戦争で、ジャンヌの絶滅戦争以上の死傷者が出ている。だから、負のエネルギーも凄まじい速度で溜まっているはず。


(そうですね。依り代が見つかれば、今でもなれるかと)

(あんた、あたしを依り代にできる?)

(できますよ)

(じゃあ、やって!)


 アイリスは十六夜と話をしながらも、戦闘はサボっていない。ちゃんと目の前の魔王を攻撃している。


(では【呪印】をどうぞ)


 十六夜が言うと、アイリスの背中が熱くなる。

 幾何学的な黒い模様がアイリスの背中に刻まれたが、アイリスからは見えない。


(それでは、ちょっと呼んで来ますね)


 そう言って、十六夜がしばらく沈黙。

 ちなみに、アイリスと十六夜の変化に気付く者はいなかった。みんな自分の役割でいっぱいいっぱいなのだ。

 まぁ、ジャンヌとアルは元気だが、元気故に敵を攻撃することしか考えていない。


(お待たせしました)


 十六夜が言うと、アイリスは一瞬にして心象世界に落ちた。


「アイリス!」とグレーテルが叫んだ。


 周囲からは、アイリスが力尽きて倒れたように見えたから。


(大丈夫)十六夜が言う。(しばらくママを護ってあげてくださいお母様)


「よろしい。あとで説明したまえよ」


 アスラは倒れたアイリスを護るように立ち回った。

 ちなみに、十六夜はアスラをお母様、アイリスをママと呼んでいた。

 心象世界に落ちたアイリスは、怨嗟の声たちとの交渉に時間を掛ける気はなかった。

 怨嗟の声など、今のアイリスにとっては小鳥の囀りと大差ない。脅し、透かし、次に優しくして、怨嗟たちの心を操って、そして。


(あんたたちを救ってあげる。もう誰も呪わなくていいように。永遠の平穏をあげる。あたしは人を殺さないけど、キリルは人じゃないから、殺してあげる)


 この言葉を吐いた時、アイリスは自分の悍ましさを再確認した。

 人の形をしていても、人でなければ容赦なく殺してしまえる。いや、それどころか。

 今のアイリスは人も殺せるのだ。ただ、一度殺してしまえば、もう歯止めが利かない。数々の才能に恵まれたアイリスだが、闇落ちの才能もあるのだ。

 なろうと思えば、スカーレットになれるのだ。もちろん、アイリスはそうなりたいと思っているわけじゃない。

 だから、『人を殺さない』というのは、アイリスが自分の心を守る最後の砦。

 綺麗事を汚物の海に叩き込み、お花畑を焼き払っても、それでもかつて憧れた『人々の英雄』であるために。


(あんたたちが眠れるように。だから力を貸しなさい)


 最後には、怨嗟の彼らに寄り添った。

 彼らは元々、悲惨な運命を辿った人間たちだ。幸せに生きたいと願っていた、普通の人々なのだ。

 救われるものなら、誰だって救われたい。

 アスラには思い付かない、アイリスだけの殺し文句。

 あなたを、救って、あげる。


 怨嗟の声は歓喜した。

 誰だって平穏が好きだ。誰だって負のエネルギーとして生きたいなんて、心から思っているはずがない。

 だって、人の心を持って、人として生きていたのだから。

 そもそも彼らは呪いになりたかったわけじゃ、ないのだ。


「魔王アイリスちゃん、誕生ってね!」


 アイリスがバッと起き上がり、左手を魔王に向け、【紅の破壊】を使用。一撃で複数体の魔王を消し飛ばした。

 実際には、アイリスは魔王になったわけではない。依り代になったわけでもない。ただ、説得して力を借りたに過ぎない。

 要するに、正気のまま魔王並の戦闘能力を得た、ということ。魔法兵として、英雄として、ただただ純粋に強化されたというわけ。


「ほう。呪いを取り込んだんだね?」アスラが言う。「どうやった?」


「あんたには無理よ」


 言って、アイリスはキリルの方を向く。


「バカな……貴様、余の呪いを自分の力にしたのか?」


 キリルは心底、狼狽していた。そして無意識に一歩、後方に下がった。


「今、分かったんだけど」


 アイリスは目を瞑って両手を広げた。右手には十六夜が握られている。

 アイリスが目を開くと、全ての魔王が消えていた。


「みんな本当は、あんたのことが嫌いなんだってさ」


 ニヤッとアイリスが笑った。

 そして。

 アイリスが覇王降臨を使用。その上で全身をMPでコーティングし、それでもMPは有り余っている。

 今、この場に存在していた全ての魔王の力も吸収したからだ。

 更に、アイリスはキリルの呪いを全て奪おうとしていた。


「やめろ……余から呪いを剥ぐな!」


 キリルが頭を抱えて叫んだ。


「だって仕方ないじゃない。あんたのやったことは、鬼畜の所業よ。死んでしまった人たちを、安らかに眠りたい人たちを、無理やり呪いに変換したんだから」


 キリルが死ぬならば、と怨嗟の声たちはアイリスの側に付いた。

 これで安らかに消えることができるならば、と。

 1600年で初めての機会に、彼らは賭けた。


「余は大帝……民は死んでからも余に仕えるべきなのだ!」


 キリルがアイリスに向けて【紅の破壊】を放った。

 アイリスはそれを左手で軽く空へと弾いた。ハエを払うような、簡単な動作だった。


「マジかよアイリス」


 アルがブルブルと震えた。それは怖いからじゃない。アイリスを新たに倒すべき相手だと認識したから。

 今、この瞬間のアイリスは、スカーレットを超えている。

 そのことを、アスラも肌で理解した。


「こんなことが! こんなことが許されるものか!」


 キリルが【紅の破壊】を連発したが、その全てをアイリスが上空へと払いのけた。


「ゾーヤ! ゾーヤどこだ!? 余を助けよ! ゾーヤ!」


 キリルは頭を抱え、混乱と焦燥の中でかつての聖女を呼んだ。

 かつて愛し、そして憎んだ女の名を呼んだ。


「あんたを助ける者はいないわ」アイリスが言う。「死んでからもあんたに搾取され続けた人たちから伝言があるわ」


 言葉が終わると同時に、アイリスはキリルのすぐ前まで移動した。

 その移動を目で追えた者は1人もいなかった。


「いい? よく聞いてね?」アイリスの声は凜とした鈴のように響いた。「ただ死ね」


 アイリスは十六夜でキリルを斬り、左手で【紅の破壊】を放つ。

 キリルはチリ一つ残さず、この世から消滅した。

 キリルの消滅を証明するかのように、アイリスの中から呪いの力が抜け出た。

 彼らはアイリスに感謝し、魂の旅路へと赴いた。


「ごめん十六夜、あんたのこと、考えてなかったけど、もしかして消えちゃうの?」


 アイリスが申し訳なさそうに言った。


(いえいえ、あたくしを含む魔王武器たちは、依り代を得て具現化した時点で、彼の呪いから切り離された、独立した存在ですから。キリルの呪いは実家のようで酷く懐かしかったですが、それはつまり、わたくしたちは実家には属していないということです)


「あんたはさ、安らかな眠りに興味はないの?」

(ないですね。統合された十六夜という人格は、まだ世界を楽しみたいです)

「そう……」


 アイリスは急にフラついて、十六夜を杖みたいにして身体を支えた。


「君が美味しいところを全部、持って行っちゃったね」アスラがアイリスの背中を軽く撫でた。「まぁ、正直、助かったけどね」


 アスラも何気に満身創痍だった。


「やっと休めるのか……」


 マルクスがその場に大の字で寝転がった。


「生きてるぞぉ、俺は生きてるぞぉ」


 ロイクがなぜか泣きながらその場に膝を突いた。


「今日はよく眠れそうですわね」


 グレーテルが武器を放ってその場に座り込む。

 ラウノは何も言わず、長い安堵の息を吐いたのち、倒れ込んだ。


「MP……カラッカラ……」


 イーナはラウノの上に倒れ込んだ。もちろん、地面よりマシだったから、あえてそこに倒れたのだ。

 ちなみに後半、イーナはMP切れで一切魔法を使っていなかった。


「とりあえず」いつの間にかティナがアイリスの側にいた。「休めるところを手配してますわ。移動しましょう」


「準備がいいんだなティナ」とアル。


「当然ですわ」


 ふん、とティナが小さな胸を張った。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] あっさり勝ってしまったな [気になる点] これ、魔王の実家はなくなったけど今後魔王は生まれなくなるのかな それとも発生自体はするのかな
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ