14話 VS大帝 さすがに簡単には死なないね
いくらなんでも、魔王退治は時期尚早なのでは、とマルクスは思った。
ワニ魔王に対して、マルクスとグレーテルが前衛として戦っていた。
と言っても、2人ともほとんどが防御である。ワニの爪や尻尾による攻撃を、持っている武器でガードし、稀に噛み付きを躱す。
マルクスはクレイヴ・ソリッシュ、グレーテルは虚無のロマが使っていた良い感じのハルバードを使っている。
サルメとレコが遠くから矢を放ったが、ワニの皮膚は矢を弾いてしまう。
チェリーがケリを入れるが、チェリーの足の方がダメージを負った。
「チェリー! 武器を使え!」とマルクス。
チェリーはその辺の兵士の死体から剣を拾った。
ラウノはマルクスとグレーテルに絶妙なタイミングで【加速】をかけて支援。
イーナは【烈風刃】を使ったが、ワニの皮膚には通らない。
「……ん、これ、硬すぎる……」
イーナが引きつった表情で言った。
ロイクがワニに双剣で斬りかかるが、双剣が折れてしまう。
「マジかよ! これ、副長の武器とグレーテルの武器じゃねぇと無理だぞ!」
ロイクが言った時、ちょうどチェリーが拾った剣でワニを攻撃し、剣が折れたところだった。
そしてワニの尻尾攻撃でチェリーが弾き飛ばされた。チェリーはガードしたので、死ぬほどのダメージは負っていない。
「【闇突き】!」
サルメが闇色の槍による攻撃魔法を使用。その槍はワニの真下、つまり腹部の方から出現し、ワニの腹部に刺さりはしなかったが、少しダメージを与えた感触があった。
「お腹です!」サルメが叫ぶ。「お腹が弱点ですよこいつ!」
「あと、たぶん目も」
言いながら、レコがワニの目に砂を投げ入れた。
ワニは砂が目に入って、痛かったのかアホみたいに暴れ回った。しかしそれは誰かを狙った攻撃ではないので、離れれば巻き込まれることもない。
「俺の出番か?」
シモンが影魔法を用いて、ワニの真下から巨大な影の拳で殴りつけた。
ワニが少し浮く。
「……ラウノ!」とイーナ。
「了解!」とラウノ。
イーナとラウノの2人は揃って【浮船】を使ってワニを更に浮かせる。
イーナはそのままグレーテルを【加速】させた。
グレーテルはジャンプしてハルバードでワニの腹を斬り裂く。
「いい武器ですわね」とグレーテル。
そこらのハルバードでは、ワニの腹は割けなかったはずだ。
ワニが叫び声を上げた。
マルクスが「トドメだ」とワニの腹部に【氷槍】を連続で撃ち込む。
ワニは揺らめき、口の中に赤い魔力を溜め、団員たちに向けて口を開いた。
「「どりゃぁ!!」」
ロイクとチェリーがワニの真上から降ってきて、ワニの口の上に着地。ワニの口が閉じ、ワニは【紅の破壊】を使えないままユラッと消えてしまう。
「撃たせるかよ」とロイク。
「……自分の有能さが……怖い」とイーナ。
事実、ユルキが死んでからのイーナは凄まじい速度で成長を続けている。《月花》の初期メンバーとして、いつまでも『ユルキの後を追う妹』ではいられなかったから。
ちなみに、イーナはロイクとチェリーに【浮舟】を使っていたのだ。
だから2人が天高くから落ちてくることができた、というわけ。
しかもイーナの【浮船】は落下時に【加速】に変化したので、2人はかなりの速度でワニの口を蹴ったような形になったのだった。
「時期尚早かと思ったが」マルクスが言う。「自分たち、ちょっと強すぎないか?」
「単独じゃ絶対、勝てなかったけどな」とロイク。
「1人でも欠けていたら無理だったよ」とラウノ。
「英雄ってこれ倒すのに半分も死ぬんだよね?」とレコ。
「ダメダメじゃないですか……」とサルメ。
ワニ魔王はフルセンマークの魔王より弱いのだが、誰もそのことを知らなかった。
「……英雄は連携、しないから……」
イーナがやれやれと首を振った。
「つまりマルクス副長がたくさんいたとして」シモンが言う。「順番に1人で戦うような感じか。そりゃ死ぬな。逆に半分しか死んでないのが凄いと思うが?」
「確かに」とサルメが頷いた。
そんな戦い方をしたら、さっきのワニが相手でも《月花》は全滅している。もちろんアスラは除く。
「このハルバードの性能の良さも忘れてはいけませんわ」グレーテルが言う。「伝説級の武器ですわよ、普通に」
「じゃあ名前付けたら?」とレコ。
「考えてみましょう」とグレーテル。
「いいなぁ、俺も伝説の双剣が欲しいぜ」
お気に入りの武器が折れてしまったロイクが羨ましそうに言った。
◇
「さて大帝」アスラがニヤニヤと言う。「私の部下たちは魔王を倒してしまったよ? どうするんだい? 次の手を見せておくれよ」
「めっちゃ嬉しそうね」とアイリス。
アスラにとって、《月花》が強くなるのはいいことだ。歴史に残る傭兵団を目指しているのだから。
ああ、でも、とアスラは思う。
歴史に残るんじゃなくて、歴史になろうかな、と。
クロノスの能力を使い続ければ、生きた歴史になれる。
「そう死に急ぐな傭兵王」
キリルがゆっくりと立ち上がる。
「貴様が魔王と呼ぶ先ほどの呪いたちは、所詮は余の一部に過ぎぬ」
キリルの周囲に、悍ましいほど暗いMPが立ち上る。
憎しみ、悲しみ、絶望、憤怒に孤独。ありとあらゆる負のエネルギーがそこにあった。
(実家のような安心感!)
十六夜がアスラとアイリスの頭に直接言った。
(ああ、確かに君の実家だろうよ)とアスラ。
「余は1600年の憎悪であり、執着である」キリルが言う。「肉体を変えながら生き長らえた最初の皇帝であり、永遠の支配者である」
人の姿をしているが、人ではない。すでにキリルは人ではない。
魔王を超えた何かであり、呪いそのもの。
キリルは右手の人差し指をアイリスに向けた。
刹那。
キリルの指が光って、【紅の破壊】が発動。赤い光線がアイリスを飲み込む。
アイリスは反応できずに、十六夜が『絶界』を使用。
しかし『絶界』にヒビが入る。『絶界』が負けそうなの初めて見た、とアイリスは思った。
アイリスは【オーバーコート】を使って、さらに十六夜でガード体勢を取った。それでも死ぬかもしれないけれど。
と、【紅の破壊】が終了した。あと1秒もあれば、『絶界』は砕けていたのだが。
◇
キリルは先に、下級妃であり天聖になる予定だったアイリスを殺すことにした。
だから【紅の破壊】を使ったのだが、白い骨の剣が防御魔法のようなものを使って、【紅の破壊】を防いだ。
まぁ、2秒あれば破壊できる、とキリルは思ったのだが。
2秒が経過するよりも早く、アスラがキリルの隣に移動した。
キリルはアスラに対応するため、【紅の破壊】を終了させる。
アスラが神速で抜刀。普通の人間なら、目で追うことは不可能。なんなら、天聖レベルでも見えない速度。
だがキリルは躱した。後方に大きく飛んで、闘技場の地面に着地。
キリルもかなりの速度で移動したのだが、アスラが付いて来た。
「傭兵王……」
キリルの言葉が終わる前に、アスラの二の太刀がキリルを襲う。
避けられない、と感じたキリルは左腕に魔力を集中し、アスラの斬撃をガード。
絶大な魔力でコーティングしたキリルの左腕に、小太刀の刃が少し入った。
アスラは小太刀に魔力を流している。それも、キリルに匹敵するほど強大な魔力を。
「化け物か貴様!」
キリルは前蹴りを放つ。
アスラは攻撃に全力だったので、その蹴りを躱せなかった。まともに当たって、後方に飛ばされる。自分で飛んだわけじゃない。
アスラと入れ替わるように、左側からアイリスが斬撃を放った。
キリルはそれを躱した。
同時に、イーナがアイリスを【加速】。アイリスは速度の上がった斬撃を放つ。だがそれでもアスラより遅い。
キリルは躱したのだが、躱した地面から黒い槍が生えてきたので、それも躱す。
その槍は大した魔力でもないし、強力な魔法というわけでもないので、別に躱さなくても大きなダメージは受けない。が、咄嗟に躱してしまった。
更に空から無数の氷の槍が降り注ぐ。
「認めよう! 貴様らは強い!」
キリルが『覇王降臨』を使用し、魔力の衝撃波が起こる。その衝撃波が氷の槍を全て打ち砕いた。
「余が1600年で相対した誰よりも貴様らが強い! 特に傭兵王! 貴様、余の配下にならんか!?」
あまりのアスラの怪物っぷりに、キリルは本気でアスラが欲しくなった。
人間の身でありながら、あそこまで練り上げられるものなのか? と。
「バカ言うな」
アスラはなぜか空を歩いていた。
「私はラスボスだと言っただろう?」ヘラヘラとアスラが言う。「君は今日、終わるんだよ。この帝国とともに」
アスラが右手を挙げると、上空に大きな魔法陣が浮かぶ。
それを見て、アスラの仲間たちが離れる。
「星は好きかい?」
アスラが上げた手の指をパチンと鳴らす。そうすると、魔法陣から小さな月がいくつも降ってきた。
「正確には小型の月なんだけどね」とアスラ。
「限度を知らんのか貴様は……」
1つ1つの大きさは、片手でも持てる程度だが、数があまりにも多い。
キリルは降り注ぐ月を躱しながら、アスラに向けて【紅の破壊】を使用。
それはアスラに命中し、アスラを消滅させたのだが、手応えがまったくなかった。そう、まるで影を攻撃したかのように。
「私はこっちだよ」
背後からアスラの声が聞こえ、キリルは振り返りながら全身を魔力でコーティング。
アスラの斬撃が腹部に命中し、少し斬れたが致命傷には至らない。
「うーん、硬いねぇ」
アスラがフワッとした動作で下がる。それは無駄な動きの一切を排除していて、見た目以上に素早い後退だった。
「分身でもできるのか貴様は」
言いながら、キリルが体術の構えを取る。
「今のは部下の魔法だよ。影で私を作った。最近、新たに覚えたんだって。生成を主体とした複合魔法。彼は魔法の才能がある」
アスラはとっても嬉しそうに言った。
「まぁ、本当はエッチな目的で作ったんじゃないかって疑ってるけどね」
客席に潜んでいるシモンは、「ぼいんぼいんに、なってから言え……」と心から思った。
と、キリルが先に動いた。
魔力を十分に乗せたキリルの右拳は、赤く輝いている。
イーナがアスラの全身に【加速】を乗せ、ラウノがアスラの右腕に【加速】を乗せる。
アスラの抜刀はキリルの右腕を切断。
キリルが酷く驚いた表情を浮かべた。なぜなら、キリルにはアスラの抜刀が少しも見えなかったから。
ほんの微かな予備動作すら察知できなかった。
アスラは手首を返し、二の太刀でキリルを斜めに斬る。
キリルは身体の前面から血を噴き出し、その場に倒れた。
アスラの周囲に、団員たちが集結し、全員で残心。
「くく……ははははははは!」
キリルは倒れたままで笑った。
そして。
何事もなかったかのように立ち上がった。
すでにアスラが斬った傷は消えている。
キリルが右腕を振ると、アスラが斬り落とした右腕が生えてきた。
「わぁお、不死身かね君」とアスラ。
「余は呪いである。余を真に滅したければ、余に蓄えられた1600年分の負のエネルギーを全て消費させることだ」
「ではそうしよう」アスラが言う。「似たような経験、あるからね。まぁ、あいつは命が沢山あるだけの雑魚だったけど」
「だが傭兵王、遊びは終わりである」キリルがニヤッと笑う。「貴様と下級妃は大丈夫だろうが、他の者はどうかな?」
キリルがアスラとアイリスを除いたメンバーを呪った。
「余の傀儡となって、貴様と戦う呪いをかけた」とキリル。
「うぐっ……」とマルクスが膝を突き、他のみんなも頭を抱えて苦しみ始める。
「呪われた仲間と戦ってみるのも、一興であろう?」
キリルが極悪な笑みを浮かべた。
「確かに!」アスラが嬉しそうに言う。「私が育てた仲間たちを私の手で皆殺しにするなんて、酷く心が躍るよ!」
「はははは! 傭兵王! 強がりを……」
キリルは言葉を途中で切った。
アスラが本気だと、理解できたから。
表情、仕草、それら全てが、アスラの言葉が事実だと裏付けている。
余がやったことは無意味だ、とキリルは思った。
普通なら、普通の人間が相手なら『呪いに操られた仲間と戦う』という苦難は受け入れがたい。
精神的な打撃は計り知れないし、手を抜いて仲間に殺される可能性だってある。
だがアスラにはそれがない。
その上、アイリスの方も覚悟を決めているようだった。少なくとも、キリルにはそう見えた。
この2人は仲間の屍を超えて余を殺しに来る、とキリルは理解した。
「だから諸君!」アスラが大きな声で言う。「私に殺されたくなければ! 呪いに打ち勝て!」




