3話 ダンス・パーティを楽しもう ルールは単純、踊り疲れて倒れるまでさ
コトポリ王国、城下町。
「本当に活気があるね。大森林に接しているとは思えない」
ゆっくり馬を歩かせながら、アスラが言った。
「そうですね」
マルクスは拠点である荷馬車をゆっくりと歩かせながら応えた。
マルクスの隣にはアイリスがちょこんと座っていた。
「魔物って、大森林から来るんだよね?」
馬に乗っているレコが言った。
誰かの後ろではなく、レコが自分で馬を操っている。
移動がてら、レコとサルメに馬の扱い方を教えたのだ。
「そうだよレコ。全部ではないが、多いね」アスラが言う。「だから、もっと殺伐とした国かと思ったけど、情報通り、結構潤っているみたいだね」
大通りの両側に数多くの屋台が出ている。
人の数もそれなりに多い。
アスラたちの荷馬車や馬が邪魔なのか、苦い表情でこっちを見ている人もいた。
「良質な木材のおかげ、ですよね?」
サルメも自分で馬を操っている。
ちなみに、ユルキとイーナは荷馬車の中で休んでいる。
ルミアは馬に乗っているが、荷馬車の背後に付けているので、会話は届かない。
もちろん、普段ならその位置でも声は通る。大通りの喧噪にかき消されるので、今は届かないというだけ。
「そうだね。コトポリは大森林を伐採して、その木材を輸出することで成り立っている」
アスラたちはコトポリに入る前に、簡単な情報収集は行っていた。
アーニアからコトポリに辿り着くまでに、二つの国を越えたので、情報収集する時間的余裕は十分にあった。
「大森林に隣接しているので、コトポリの領土を狙う国もありませんし、自分が思うに、他国より平和ですね。短い期間ですが、騎士時代に駐在していたこともありますので」
コトポリは大森林を伐採して領土を拡張しているが、それは隣国も同じ。キッチリ取り決めがあって、領土で揉めることもない。
「確かに平和に見えるね。対魔物訓練を受けた兵たちがいて、更に蒼空騎士団の支部もある。上位の魔物が出てこない限り、対応は可能だろう」
「中位の魔物がいっぱいなら?」とレコ。
「どうだろうね。数が多いと、割と酷いことになるかもしれないね」
中位の魔物は、訓練された1小隊では対応できないけれど、英雄なら1人で対処できる強さの魔物を指す。区分範囲が広いので、強さにかなりの個体差がある。
テルバエ大王国が使役していた中位の魔物は、アーニア兵では太刀打ちできなかったが、英雄候補のプンティが1人で倒せる程度の強さだった。
つまり、中位の中では弱い方だったということ。
「あの、団長さん、私、宿の手配をしてきましょうか?」
サルメが気を使って言った。
「いや。マルクスが行ってくれ。拠点が邪魔だからね。アイリスはこっちに飛び移って」
「了解です。その後はどうします?」とマルクス。
「ユルキかイーナでもいいけど、調査団の事務所に迎えに来てくれ。どの宿か推理して自分で辿り着けというなら、そうしてもいいけれど」
アスラが肩を竦めながら冗談を言った。
アイリスが立ち上がって、アスラの馬に飛び乗った。
馬が少し驚いたが、アスラがすぐに宥める。
「了解です団長」マルクスが遠くを見て目を細めた。「……蒼空の支部か。懐かしいな」
マルクスの視線の先に、高い壁と大きな建物。
青い剣と青い盾の紋章が描かれた旗が、壁の上に何本か立っている。
その旗が風で少し揺れていた。
「あれの隣が調査団の事務所だったね。じゃあマルクス、あとで。サルメとレコは無理せずゆっくり来てもいいよ。面倒だから人を撥ねないように」
アスラが振り返って言った。
サルメがルミアに声をかけたのを確認して、アスラは馬の速度を上げた。
◇
調査団の事務所はこぢんまりとしていた。
前世でいうところの、少し大きめなプレハブ小屋。敷地もさほど広くないが、倉庫は大きい。
事務所の中には3人しかいなかった。
女性が2人と、男性が1人。
「……君たちが護衛?」
男性が不安そうな面持ちで言った。
男性は執務机に座っていて、アスラたちは立っている。
イーナがこの場にいたら、「人口密度」と呟くに違いない。
「その書状の通りだよ」
アスラが淡々と言った。
エルナから受け取った書状を、すでに男性――カーロ・ハクリに渡している。
当然、カーロはすぐに目を通した。
「……いや、でも、僕は今回未到の地まで行くから、エルナ様に護衛してもらいたかったんだけど……」
「私たちの方が適任だよ」
「いや……そうは言っても……」
カーロがアスラたちを順番に見回す。
「女と子供しかいないじゃないか、って顔だね」
「実際そうだよね……」
カーロが引きつった笑みを浮かべた。
カーロは30代前半で、身体はがっしりしている。探検家なので、鍛えているのだ。
身長はそれほど高くない。髪は茶色で短め。服装はそこらの村人と大差ない。
「こっちの金髪ツインテールはアイリス・クレイブン・リリ」アスラが左手でアイリスを示す。「れっきとした英雄だよ」
「その名前は知っているけど……うーん。不安だよ……。君たちに頼むぐらいなら、蒼空の人たちに頼んだ方がマシまでありそう……」
「おい。私は舐められるのが嫌いだ」アスラがムスッとして言う。「だから、特別に私たちの訓練を見せよう。それから判断したまえ。私たちの戦うところを見て、それでも不安なら蒼空の連中と大森林に入って死んでしまえ」
「ちょ、ちょっとアスラ、言い方、言い方」
アイリスが肘でアスラの腕を突いた。
「どうするカーロ? 私たちは君がいなくても大森林には行く」
アイリスに魔物討伐を経験させるためと、団の経験値を向上させるためだ。
わざわざ東フルセンの最南端まで来ているのだ。何も得ずに帰るわけにはいかない。
「分かった。君たちの訓練を見せてくれ」カーロが言う。「それで判断する。ダメそうなら、悪いけど帰ってくれ。遊びじゃないんだよ、大森林の調査は」
「成果を持ち帰れば国が買ってくれるしね」
アスラが笑う。
コトポリ王国の政府は、大森林の調査に消極的。
どうせ伐採を続ければ、いずれ向こう側まで辿り着くだろう、という考え方。
そんなことより、魔物への備えに金と時間を割いた方がいい。
だから、国主導での調査は滅多に行わない。けれど、民間の調査報告は買い上げてくれる。
「それも大切だけど、僕にとって探検は生き甲斐なのさ。幸い、英雄たちが協力してくれるから、今まで何度も帰還を果たすことができてる」
大森林の調査に特に熱心なのはエルナだ。探検が好きなのではなく、まだ見ぬ脅威への警戒と英雄たちのレベル上げが目的。
「私たちでは帰還できない、と? そう思うんだね。分かった。その思考を覆してあげるよ」
◇
「紅白戦を行う。魔法はナシ。カーロに分かり易いように、近接戦闘を主とする」
アスラたちは蒼空騎士団の屋外訓練所を借りた。
貸してくれと頼みに行ったのはアイリス。英雄特権で敷地の一時的な徴収を行うことができるから、アスラがアイリスを行かせた。
まぁ、その特権を使うまでもなく、快く貸してくれたのだが。
拠点から持ってきた木製の訓練用装備をサルメとレコ以外がクルクルと回したりしている。
「マルクス・レドフォードだろ、あいつ」
「2回目の英雄選抜試験でやらかして、試験は失格の上、飛ばされたんじゃなかったか?」
「訓練教官にされたんだよな? 現役バリバリの時期に。辞めて傭兵になったのか?」
蒼空騎士たちが面白半分にアスラたちの様子を見ていた。
「よぉマルクス、何やらかしたんだ?」とユルキ。
「別に。《月花》だったら普通のことだ」
マルクスが肩を竦めた。
「さてチーム分けだが、ガチでやるよ君たち。それぞれのチームの指揮は私とルミアが執る。負けたチームの連中が今夜の食事を奢る。もちろん最高級の食事にする」
アスラの言葉に、団員たちの目が輝く。
「サルメとレコは隅っこで近接戦闘術の稽古をしていたまえ」
「はい団長」
「はい団長さん」
レコとサルメが返事をして、訓練所の隅に移動。
「戦力をなるべく均等にしたい。私が当然最強だから、お荷物のアイリスを引き取ろう」
「誰がお荷物よ!? あたし英雄よ!? お荷物扱いは酷くない!? 試合形式なら負けないんだから!」
今回の紅白戦にはアイリスも参加する。
最大の目的が、カーロを納得させることなので、アイリスの実力も示しておく必要があるからだ。
「最強を名乗るなら、わたしを倒してからにして欲しいわね」ルミアが言う。「そっちがアイリスなら、わたしはマルクスね。お荷物という意味じゃないわよ? 実力的に、よ? アスラが英雄を取るなら、ってこと」
「はい副長。理解しております」
マルクスがルミアの隣に移動。
「私は君を何度も倒したじゃないかルミア。歳を取ると忘れっぽくなるのかね?」アスラがニヤッと笑う。「イーナをもらおう」
「……はぁい」
イーナがアスラの隣に立つ。
「あら? 魔法なしでこういう形式なら、まだわたしの方が上じゃないかしら?」ルミアも笑った。「あと、アスラも気付いたらすぐ30前になるわよ? ユルキをもらうわ」
「ういっす。副長は何歳でも綺麗っすよ」
ユルキがルミアの側に移動した。
「1分の作戦会議。のちに戦闘開始。合図はカーロが出したまえ」
「あ、えっと、僕?」
カーロが自分を指さす。
「ほら、これを使いたまえ」
アスラはローブの内ポケットに仕舞っていた1分の砂時計をカーロに投げ渡した。
「何て言えば……いいのかな?」
「ダンス・タイムと叫べ」
「ダンス・タイム?」
「パーティ・タイムでもいい。好きな方を選びたまえ。砂時計を置いて」
アスラが言うと、カーロが少し離れてから砂時計を置いた。
「よし、作戦会議だアイリス、イーナ。ルミアたちをぶちのめして、豪華な夕食としゃれ込もう」
「……あい」イーナが嬉しそうに頷く。「……楽しみ」
「ねぇ、目的が変わってない?」アイリスが苦笑い。「カーロさんに実力を示すんでしょ?」
「ガチだから問題ない。まぁ、カーロの目が節穴でなければ、だけどね」アスラが笑った。「それより戦術を言うからよく聞いて」
◇
「パーティ・タイム!」
カーロはダンスよりパーティを選んだ。
その瞬間にアイリスが突っ込んだ。
そう来ると思ったわ、とルミアが微笑む。
アイリスの木剣での斬撃を同じく木剣で受け流し、ルミアはそのままアイリスをスルーしてアスラへと向かう。
マルクスとユルキがアイリスを孤立させるために動く。
「連携のできないアイリスをさっさと切り捨てたわね!」
ルミアは走りながら木剣を額の前で構えた。
「別に切り捨てちゃいないよ。尊い犠牲と言っておくれ」
アスラも額の前で木剣を構える。
お互いに横に一閃。
木剣同士が激しく衝突し、跳ね返る。
手が痺れるほどの衝撃に、ルミアは自然に笑みを零した。
自分が育てたのだ。このアスラ・リョナを自分が育てた。
なんて素晴らしい敵を育ててしまったのか。
「……はい、どーん」
イーナが右側から木製の短剣を投げた。
イーナが喋ったせいで、ルミアの視線がイーナに向く。
同時にアスラがもう一度木剣を横に振る。
ルミアは木剣を縦にしてアスラの木剣を受け止めながら、身体を捻って短剣を躱す。
イーナが連続で短剣を投げ、ルミアは一度距離を取ろうと考えた。
しかし、ルミアが移動しようとした方にアスラがいて、木剣が降って来た。
まずいっ、嵌まったわ!
短剣を木剣で撃墜し、アスラの攻撃を躱し、自分がもう攻撃できないことを悟った。
すでにイーナが間合いを詰めている。
イーナは短剣を両手に装備していて、踊るようにクルクルと攻撃してくる。
アスラはイーナの隙を埋めるように、的確なタイミングで木剣を振る。
移動しようにも、2人がルミアの移動を制限する。
回避と防御で精一杯。
更に、息を吐く暇すら与えられない。
でも、とルミアは思う。
想定内よっ!
簡単な戦術だ。
ユルキとマルクスがさっさとアイリスを始末して助けに来てくれれば、形勢逆転。
つまり、ルミアのやるべきことは酷くシンプル。
アスラとイーナを倒すか、できないなら耐えるだけ。
最初から分かっていたことなのだ。
アイリスはアスラたちと連携できない。ハッキリ言ってしまえば、邪魔になる。
だから突っ込ませて、ルミアを分断。ルミアはあえてそれに乗った。
アイリスがユルキとマルクスを引きつけている間に、アスラとイーナがルミアを倒す。
それから、ユルキとマルクスを料理。運が良ければ、アイリスがどちらかを戦闘不能にしている可能性もある。アスラがそういう戦法で来ると、ルミアには分かっていた。
だから、全ては想定内。
アイリスが退場するまでルミアが耐えれば、勝ったも同然。
もちろん、マルクスとユルキが両方生きている状態なら、だが。
◇
「副長の言った通りだな」
「何がよ!?」
アイリスはマルクスを集中的に攻撃していた。
アスラに言われたのだ。まずルミアを攻撃して分断。その後はできるならマルクスを倒せ、と。
「アイリスが突っ込んでくるけど、二対一ならぶっちゃけ負けねぇってことさ」
ユルキがアイリスの攻撃を阻害するように短剣を投げてくる。
「舐めないでよね! あたしこれでも英雄なんだから!」
そうは言ったものの、アイリスは1人で多数を相手にした経験がほとんどない。
剣の稽古の多くは一対一の試合形式だった。もちろん、素振りやら型やらの基本練習もしっかりやっている。
更に言うと、英雄選抜のための三次選考も、一対一の試合形式だった。
マルクスに集中したいのに、ユルキが邪魔をしてくる。
アイリスはどうしていいか分からない。
ユルキが気になって、マルクスに有効打を与えられない。
しかも、ユルキとマルクスの息がピッタリ合っているから質が悪い。
だんだんと、アイリスが防御に回る時間が増えていく。
闘気を使って一気にマルクスを沈めることはできるが、それだと訓練の意味がない。闘気を使ってしまうと、能力が伸びない。
アスラにも闘気を使うなとキツく言われている。
「二対一になっただけで、ここまで崩れるのかアイリスは」
マルクスが冷静に言った。
「うっさいわね! 一対一ならあたしの方が強いんだからね!」
「そりゃみんな知ってるぜ? けど、一対一の時に言えよ」ユルキが笑いながら攻撃する。「つーか、お前一対一でも副長に勝てないだろ? だからこっちに回されたんじゃねーの?」
「むぅ!」
イライラする。
でも、事実だ。闘気なしではルミアに勝てない。だから、アスラはアイリスをルミアに当てなかった。こっちの方がまだ望みがある、ということ。
「団長が自分たちを舐めている、とは思えん。アイリスが化ける前に倒すぞユルキ」
「おう! こいつ伸び盛りだからな、いきなり対応できるようになっちゃ困る」
マルクスとユルキの攻撃が激しくなる。
それでもアイリスは躱し、防ぐ。たまに掠めることもあるが、戦闘不能になるほどのダメージはない。
木剣なので、実戦想定で死ぬような斬撃を受けたら退場する決まり。
あれ? とアイリスは思う。
だんだんと、2人の呼吸が掴めてきた。
こうでしょ? 木剣を寝かしてマルクスの一撃を受け止める。
こうでしょ? 木剣を斜めにしてマルクスの木剣を滑らせながら、ステップしてマルクスの側面に回る。
さっきまでアイリスがいた場所で、ユルキの短剣が空を切る。
ここで攻撃っ! 手首を返して、マルクスに胴薙ぎ。
「やったぁ!」
アイリスは見事に、マルクスの胴を打った。
「……終わってないぞ?」
マルクスが木剣を捨てて、即座にアイリスの木剣を両手で掴んだ。
「え? 実戦なら死んで……いたっ!」
ユルキの投げた短剣がアイリスの頭に当たった。
「今の威力なら、自分の胴は真っ二つになっていない。つまり、自分は生きている。なら、仲間がアイリスを倒せるよう、自分はこうする。たとえ、それが死ぬ原因になったとしても」
「やったぁ! じゃねぇよアイリス」ユルキが苦笑い。「お前、マルクスがケガしないように手加減したろ? そりゃちょっとマルクスに失礼だぜ?」
「だって……」
木剣でも本気で打ち込んだら悶絶するほどの痛みだ。
「気にしていない。途中までは見事だった。最後に手を抜かなければ、アイリスの勝ちだった。残念だったな。自分たちは甘くない。戦場では活き活きと死ぬのが団規だ。ただでは死なん。よって、今後は真っ二つにするつもりで打てばいい」
「あと、俺の短剣はアイリスの頭に刺さったから、アイリス退場な」
「うー、悔しいぃ……」
アイリスがギュッと木剣を握り締めた。
「だが、自分も戦闘不能だろう。ユルキ、早く副長を助けに行け」
「おう!」
ユルキが全速力でルミアたちの方へと駆け出す。