EX79 尻派集会を邪魔するなんて どうやら自殺志願者のようですわね
その日、ティナは浜辺にいた。
よく晴れたいい日で、暑い時期は終わりかけているのに、まだまだ泳げそうな気候だった。
「注目!!」
ティナの【守護者】ジャンヌが大きな声で言った。
このジャンヌは人間ではなく魔法だが、パッと見ると生きた人間と区別が付かない。
それもそのはずで、ティナは【守護者】ジャンヌと一緒にこの魔法を改造して、より人間らしくしたのだ。
元々の【守護者】ジャンヌには黒い翼があったのだが、今はない。邪魔なので空を飛ぶときだけ実体化するようにしたのである。
ジャンヌの声を聴いた尻派一同がビシッと背筋を伸ばし、ジャンヌの方を見た。
浜辺には傭兵国家《月花》の尻派全員が集結していた。ほとんどは警備隊改め陸軍の連中である。
ちなみにティナはオフだが、彼らの大半は仕事の一環としてここに来ている。
尻派盟主で国家運営副大臣でもあるティナと、親睦を深めるという大切な仕事である。
それと、アスラが考案してリトヴァ工房が開発した新武器の試射も行う予定だ。
コホン、とティナが咳払い。
みんなの注目がティナに集まる。
ティナは赤毛のセミロングで、生意気そうな顔立ち。身体はこぢんまりとしていて、14歳ぐらいに見えるが、実際には18歳だ。
服装は国家運営副大臣らしいスーツ……ではなく、かつてジャンヌが趣味でティナに着せていた服。
スカートが短く、パンツが見えそうな上、お腹は丸見えという服装である。今日は休日だし気温も良かったので、久々に着用したのだ。
「本日は晴天に恵まれましたわね」ティナが言う。「まさにスパンキング日和ですわね」
尻派一同が自分の尻を両手でバシンと叩く。綺麗に揃っていた。
まだ尻派ではないけれど、準尻派、または尻派見込みの人たちはビックリしていた。
「実にいい音ですわ!」ティナが急にガッツポーズで言った。「やはり尻こそが人類の頂点! 神が与えた万能の丘! 撫でてよし! 揉んでよし! 叩いてよし!」
ティナの隣で、ジャンヌがウンウンと頷く。
「今日は無礼講ですわ! みんなでバーベキューを楽しみましょう!」
ティナが言うと、尻派一同がバーベキューを開始。
肉や魚、野菜など、それぞれが好きなものを焼き始める。
ティナは尻派一同が用意した椅子に腰を下ろす。肘掛けのない、背もたれだけのシンプルな椅子。
「姉様、お尻」
ティナが言うと、ジャンヌがスカートを下ろし、下着を下ろし、ティナの膝に腹ばいになる感じで乗っかった。
ちなみに、ジャンヌの服も魔力で作られているので、脱がなくても消せる。だが情緒を考えて、あえて脱いでいるのだ。
「やはり姉様のお尻が世界一ですわね」
言いながら、ティナはジャンヌの尻を撫で回す。
尻派一同もジャンヌの生尻に注目。ジャンヌは魔法だが人格はジャンヌそのものなので、普通に恥ずかしがっていた。
同時に、自分の尻にみんなが注目するという状況に喜んでもいた。ジャンヌは元祖尻派なのだ。
「さぁ、生演奏ですわ!」
バチン、バチン、とティナがジャンヌの尻を叩き始める。
尻派一同は、そのサウンドを聴きながら肉を焼き、雑談に花を咲かせる。雑談の内容は、まぁ9割が尻の話だ。
さて尻を叩かれているジャンヌは。
「ああ! 痛いですティナ!」
魔法なのに普通に痛がっていた。
ああ、なんて有意義な休日ですの! とティナは思った。
滅多に休みを取れないティナは、今日という日を心から楽しみにしていたのだ。
「盟主! あれを見てください!」
尻派の1人が、海を指さして叫んだ。
盟主というのはティナのことだ。彼らは親愛を込めてティナを盟主と呼ぶのだ。
ティナが海に目をやると、軍艦と思われる船舶がかなりの数こちらに向かって来ていた。
「20隻はいるぞ!」と別の誰か。
あの船全てに尻派の仲間が乗っている、などということはなく。ティナの頬がヒクヒクと痙攣した。
「……このタイミングで?」とティナ。
アスラが言っていた大帝国の連中だと推測し、ティナは天を仰いだ。青くて高くて綺麗な空が見えた。
今日は久々の休みだったのだ。尻派のみんなと親睦を深めようとバーベキューパーティだって準備した。
このあとは肉を食べながらみんなのお尻をチェックをするという、ティナの最大の楽しみだって待っていたのに。
な、泣きそうですわ!
ワナワナと震えるティナ。
ジャンヌがソッとティナの膝から降りて、砂浜に立った。
ジャンヌの尻は赤くなっていたが、すぐに元の白さに戻り、ついでに服も再構築。緊急事態に情緒もクソもないので、パッと再構築したのだ。
「総員! 戦闘用意!」
立ち上がり、泣きそうな顔でティナが叫んだ。
尻派一同の大半は陸軍なので、各種兵科ごとに整列。
「城への連絡も忘れずに!」ティナが言う。「くぅぅ! ブリットがいれば……」
「ブリット嬢は生粋の太もも派。我々の会合には参加しないでしょうね」
陸軍の指揮官が言った。
「ですわね……」
ティナが肯定。
ブリットは今頃、中庭で日向ぼっこしているに違いない。
派閥が違っていても、せめて人形だけは連れてくれば良かった、とティナは少し後悔した。
陸軍数名が馬で城へと向かった。
「ティナ」ジャンヌが言う。「大丈夫ですか?」
「いいえですわ! 全然! これっぽっちも! 大丈夫じゃありませんわ! ぼくは今日を楽しみに仕事してましたのにっ! エトニアル大帝国許すまじ!」
まぁ、だいたいアスラのせいなのだが、そこには触れない。
「でしたらティナ」ジャンヌが普通に言う。「ぶっ潰しましょう。あの程度の艦隊、あたくしとティナなら10分で海の藻屑です」
「なるほど!」ティナが手を叩く。「姉様のその頭悪い脳筋一直線な考え方大好きですわ!」
「ふふっ、照れますね」
ジャンヌが気分良さそうに言った。
「そうと決まれば、ゴジラーーッシュ!!」
ティナが大声で叫ぶ。
少し待つと、ゴジラッシュが天から舞い降りた。
「諸君! 尻派諸君! ぼくは連中を蹴散らして来ますわ! 一応戦闘態勢で待機! もしもぼくたちが抜かれて敵が上陸を始めたら、阻止するように!」
「「はい盟主!!」」
ティナは一同の返事を聞いてから、ゴジラッシュに飛び乗った。
ジャンヌも続く。
◇
ヌンツィオは天聖候補第6位の男で、今は聖女の護衛任務に就いていた。
フルセンマーク討伐軍、特別任務艦隊の旗艦で、ヌンツィオは空を見ていた。甲板に寝転がって、移動の退屈さに溜息を吐く。
フルセンマークの傭兵王の国を潰すことが、特別任務艦隊の任務である。
なぜか聖女が一緒に行くと任務艦隊に同行し、ヌンツィオに護衛の役が回ってきた。
ヌンツィオにとってはチャンスである。天聖・風神のムツィオが死んだ今、天聖の座が1つ空いている。
上位候補はみんな、その空席に座ることを狙っている。
天聖になるには、ただ強いだけではダメなのだ。貢献度や忠誠度も吟味されるのだ。
「ムツィオさんと俺は名前も似てるし、同じ格闘タイプ……十分狙えるぜ」
まったく何の根拠もないことを呟いた時、水兵が「陸地が見えた」と言った。
ヌンツィオはヒョイと身軽に立ち上がる。
やっと到着したか、と軽くストレッチを開始。まぁ、ヌンツィオの任務は聖女の護衛なのだけど、聖女はたぶん普通に上陸する。本人がそう言っていたから。
よって、ヌンツィオが活躍する場面だってきっとあるはずだ。
ストレッチによって十分身体が温まり、十全の力が出せる状態になった時、誰かが「ドラゴンだ!」と叫んだ。
空を見ると、ちょうどドラゴンが熱線を吐いた。
その熱線は3隻の軍艦を撃沈し、ヌンツィオが乗っている旗艦に迫った。
しかしヌンツィオは焦らなかった。
船の前に巨大な黄色い魔法陣が浮かび、ドラゴンの熱線を完全に遮断。
「ひゅー、さすが聖女様。船室にいても分かるんだな」
そう、ドラゴンの熱線を防いだ魔法陣は、聖女の防護魔法だ。
ドラゴンがすごい速度で旗艦の真上に移動。その背中から2人の人間が降りてきた。
赤毛の少女と白髪の女性。
赤毛の方は生意気そうな顔立ちで、全体的にこぢんまりとしている。ややロリコンの気があるヌンツィオは、少し好みだった。
白髪の方は、美しいが酷く陰鬱で不機嫌そうな感じだった。そういう女は好みじゃない。
「敵だ! 敵が乗船したぞ!」
海兵たちが一斉に武器を取って甲板に集結。
ヌンツィオは右手を挙げて、彼らを制止。
ドラゴンを操って、たった2人で乗り込んでくるような敵だ。半端な奴じゃない。ここは手柄のためにも、天聖候補6位の実力を見せる時。
一切の油断なく、ヌンツィオは構えた。その実力を十分に発揮するために。
「よくも仲間の船を沈めてくれたな、ぶっ殺……」
言葉の途中で、ヌンツィオはなぜか空を見ていた。
あれ? と思った時には景色がグルングルンと回転。
宙を舞ったヌンツィオの首が甲板に落ちる頃には、すでに意識は消失。
それは1秒以下だった。
ヌンツィオが2人の敵に殺意をぶつけてから、ヌンツィオが死ぬまでの時間。
あるいは。
ジャンヌがヌンツィオを殺そうと決めてからその首を叩き落とすまでの時間。
◇
「さっきの魔法はこいつじゃないですね」ジャンヌが淡々と言った。「こいつは弱すぎます。たぶんさっきの魔法を使った奴がボスのはずです。あれはかなりのレベルでしたから」
床に転がったヌンツィオの首を見ていると、立ったままだったヌンツィオの身体がバタンと倒れた。
「ではボスを捕らえて、無限お仕置き地獄に叩き落としまして」ティナも淡々と言う。「残りは撤退するなら許して、戦うというなら魚の餌にしましょう姉様」
「ふふっ、ティナもアスラの影響か、割と残酷になりましたね」
ジャンヌは少し嬉しそうに言った。
「こいつらは許せませんわ。それに、今のぼくは国家運営副大臣。我が国に敵意を持っているなら容赦なく先制攻撃ですわ」
もちろん、ゴジラッシュに熱線を吐かせる前にこの艦隊の旗を確認している。ちゃんと敵国であるエトニアル大帝国の旗だった。
ちなみに、2人を囲んでいる海兵たちは何がなんだか未だに理解できていない。でもそのおかげで彼らはまだ生きていられた。
もしもティナに殺意を向けてしまったら、ヌンツィオと同じ運命が待っているのだから。
「さて、ではボスを呼んでくださいませ」
ティナが言ったと同時、船室から女性が走り出て来た。
かなり急いで走ったのだろう、息が乱れている。
ティナは女性を観察する。
明るい黄色のロングヘアーで、よく手入れされているのか、艶々だ。
胸の大きさはそこそこ。大きい方だけど、ティナは胸に興味がない。
顔面の造形は悪くないが、美女と呼ぶほどではない。
ティナはジャンヌやルミア、それにアスラやアイリスと言った正真正銘の美を見ているので、顔の評価がやや厳しいところがある。
女性は白が基調のゆったりとした服を着ていて、紫のストールを肩からかけている。
ティナは知らないが、エトニアル大帝国で『聖服』と呼ばれている服装だ。
頭には少し縦に長い帽子。前と後ろの先っぽが三角になっている。色は服と同じく白と紫。こちらは大帝国で『聖帽』と呼ばれている。
どう見ても水兵ではないし、海兵でもない。
ちなみに、水兵とは船を操る兵のことで、海兵は船に乗っている戦闘員のことだ。
「聖女様!? 危険です!」と海兵の1人が言った。
「問題ありません」聖女と呼ばれた女性は、ハキハキと言った。「わたくしの直感が大丈夫だと告げています」
その言葉を聞いて、海兵たちが一瞬にして冷静さを取り戻した。
信頼、安心、忠誠。海兵からはそれらが垣間見えた。
「なるほど、ボスですわね」
ティナは聖女の尻を観察したかった。今は向かい合っている状態なので、尻が見えない。距離も少し離れている。
無限お仕置き地獄に落とすなら、やっぱり綺麗な尻がいいのだ。
「ボスではありません。わたくしはエトニアル大帝国の聖女、オンディーナ・ランドリアーニと申します。ファリアスの血脈ですね?」
その言葉に、ティナは少し驚いた。
聖女オンディーナが数歩、前に出た。
「なぜぼくがファリアスだと? ぼくは見た目も全然、あいつらと似てないと思いますけれど」
ティナはナシオの孫に当たる。まぁ、人間たちの考える家族の構成に当てはめるなら、という注釈が必要だが。
「わたくしの直感は外れません。あなたを求めてここまで来ました。こんな地の果てまで」
「ぼくを求めて? まさか尻派ですの?」
「はい? すみません、言葉の意味が理解できません」オンディーナが言う。「あなたは初代聖女であるゾーヤ様と同じ血筋。大帝国の最初の巫女、真の聖女、未だに大帝様の心を掴んで離さない魔女。その血を受け継ぐあなたは、我が帝国に必要な存在であると、直感が告げています。よって、あなたには我が国で聖女の地位に就いて頂きます。それに相応しいスキルをお持ちでしょう?」
「……何か勘違いしているようですけれど……」ティナは言いにくそうに言う。「ぼくのスキルは、唾液に回復効果がある、という細やかなものですわよ?」
「……え?」
オンディーナが目を丸くした。けれどすぐに咳払い。
「そんなはずありません。わたくしの直感は絶対に外れませんから」
「話の通じない奴ですわね。いいですわ、予定通り叩きのめして攫いましょう姉様」
ティナの言葉で、ジャンヌがオンディーナに斬りかかった。
明日も更新します!
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