6話 スカーレットに危機感などない だってあたしが1番強いんだもの
「見た目は満点ですね!」
初めてスカーレットを見たゾーヤは、両手を叩きながら言った。
ゾーヤは美しく艶やかな銀髪を、編み込みハーフアップの形に整えている。
服装は青い袴に袖がゆったりとした白い服。アスラがこの場にいたら「巫女服」と表現するタイプの服装。
「それはどうも。あんたも悪くないわよ」
玉座で足を組んでいるスカーレットが、不遜な態度で言った。
ここはイーティスの神王城、謁見の間。
「しかしインテリアはマイナス10点」
ゾーヤはぐるりと謁見の間を見回してから、溜息混じりに言った。
相変わらず、この広い部屋の床には無数の剣が刺さっている。
「てゆーか誰なのよ?」
スカーレットはゾーヤを連れてきたナシオに向けて言った。
ナシオはゾーヤの隣に立っている。
ちなみに、スカーレットの隣にはトリスタンが立っている。顔色が悪く、今にも倒れそうな雰囲気で。
現在、トリスタンはスカーレットの弟子であり秘書であり補佐官であり、とにかく忙しくて吐きそうなのだ。
主に人災スレヴィのせいである。
「僕の姉。銀色の神ゾーヤ・ファリアス」
「なんですって?」
さすがのスカーレットも、目を丸くして前のめりになった。
トリスタンは少し遅れて目をまん丸くした。疲れすぎて思考が少し鈍いのだ。
「神というのは大袈裟です」ゾーヤが肩を竦める。「わたくしはフルセンマークに人々を逃がし、イーティスを作りましたが、それだけです」
「へぇ……」スカーレットは舐めるようにゾーヤを見た。「各地にあんたの像があるけど、実物の方が美人ね」
「ありがとうございます。ここに来るまでに像を見ましたが、あれは30点ぐらいですね」
やれやれ、と小さく息を吐くゾーヤ。
「それで? あんたもあたしの統一を手伝うってこと?」
「姉さんに会っても君は動じないんだね」とナシオ。
「そりゃね。あたしはゾーヤの信者じゃないもの」スカーレットが肩を竦める。「まぁでも正直、驚いたわよ? あんたの姉が神様だってことにも、その神様が健在だったことにも、実在したことにもね」
「だから神様ではありませんって」ゾーヤが言う。「フルセンマークの創造主と言えばまぁそうですけど、この世界全体の創造主はユグドラシル様ですし」
「ユグドラシル?」とスカーレット。
「姉さん。要点を話そう」
「そうですね。あなたに教えることがあります天聖神王スカーレット」
ゾーヤは急に真面目な声で言った。
その声は凜としていて、なるほど神がかっている、とスカーレットは思った。
気を抜いたらウッカリ頭を垂れて跪いてしまいそうなほどの威厳が、ゾーヤから溢れている。
その感覚を、スカーレットは知っている。
「【神性】ね……それも強烈な」
「かなり抑えているのですけれど、漏れちゃいましたか。わたくしの神々しさが漏れちゃいましたか」
ゾーヤは若干、ヘラヘラっと緩んだ顔で言った。
しかしすぐに咳払いして表情を正す。
「近い未来、外の大帝国が攻めて来ます」
「なんですって?」
「かの国の大帝はこの世の邪悪と憎しみを、その身で、あるいはその思考で、行動で、体現したような、強烈なまでの狂気であり、そして呪いです」
ゾーヤの台詞で、スカーレットが最初に思い浮かべたのは銀色の髪のあの子だった。緑の目をした美少女で、14歳のくせにとっても床上手。
「アスラみたいね」
「またその名前ですか……」ゾーヤが小さく苦笑い。「ハッキリ言って、かの大帝と比べれば全ての邪悪は小悪党に成り下がるでしょう」
「ますますアスラみたいだわ」
スカーレットはちょっと楽しくなってしまった。
「分かりました。アスラもかなりの悪党なのでしょう」
ゾーヤはそう言ったが、心の中では「大帝より悪い奴なんていない」と固く信じていた。
そして、その思考はスカーレットにも伝わった。しかしスカーレットは何も言わない。
スカーレット的には、「アスラより悪い奴なんてそうそういない」と思っているので、議論しても平行線になるからだ。
「かの大帝の戦闘能力は人知を遙かに超えています。更にその天聖たちの実力は、わたくしやナシオさえも凌ぐ可能性があります。1600年前と同等なら」
「天聖?」
聞きながら、スカーレットが立ち上がる。
「はい。あなたも名乗っているようですが、元々はかの大帝国が誇る、最強の4人の騎士に与えられた称号です」
ゾーヤが言うと、スカーレットはタッと一足飛びで移動し、床の剣を抜いた。
「あんたを凌ぐって言っても、あんたの強さ知らないのよ、ね!」
スカーレットは『ね!』と同時にゾーヤに斬りかかった。
ゾーヤは半身だけずらしてその斬撃を回避。
「備えてください」
「なんで?」
聞きながら、スカーレットは剣を横に振る。
ゾーヤは後方に下がって回避。
ナシオは初撃の時点で少し離れた。巻き込まれたくないからだ。
「統一は一時的に忘れて、フルセンマーク全土で協力して、大帝国と戦う準備をするのです」
「正直言っていい?」
スカーレットが言うと、ゾーヤが頷く。
「めんどいから嫌」
スカーレットは笑顔で言った。
玉座の隣に立ったままのトリスタンが小刻みに頷く。
2人とも忙しいのだ。今日はナシオのために時間を取ったが、スレヴィのせいで本気で内政がヤバいのだ。
「マイナス100点」
ゾーヤが激しく不満そうに言った。
「あんたたちが対処すればいいでしょ? その強さならそうそう負けないんじゃない?」
スカーレットは剣を床に刺し直す。
「スカーレット」ナシオが苦笑いで言う。「無理だから君に頼んでるんだよ? 話を聞いていたかな? もし実感がないようなら、こう言えば分かるかい? フルセンマークの魔王はかの大帝の呪いの産物だよ」
スカーレットは少しだけ考えた。
アレを生み出せる程の実力者なら、確かに強いだろうと。
でも、魔王なんて今のスカーレットにとってはソロで狩れる程度の敵である。
「あー」トリスタンが右手を挙げる。「魔王が大帝の呪いってんなら、なんでフルセンマークを呪ったんだ?」
「わたくしもフルセンマークの人々も、かの大帝国から逃げたからです」
「酷い治世だったんだよね。恐怖支配の頂点って感じのね」
ゾーヤの言葉を、ナシオが補足する。
「え? じゃあその大帝って奴は」スカーレットが言う。「ゴミみたいな治世しといて、逃げた人々に腹を立てて呪ったってこと? 器小さくて笑えるわね」
「それだけではなく」ゾーヤが右手を自分の胸に当てる。「わたくしのことを、かなり気に入っていたようなので、裏切られてブチ切れたのです」
「姉さんはかの大帝国で聖女をやっていてね」ナシオが自慢気に言う。「極悪帝国の良心と言われていたんだ。ちなみに大帝の婚約者でもあった」
そしてある日、民を引き連れて国を捨てた、と。なるほどねぇ、とスカーレット。
「ですので、わたくし自身も呪われています。フルセンマークの負のエネルギーをその身に受けるという呪いです。あまりの苦しみに時々血を吐いたりもしますね」
「負のエネルギー? 魔王武器と同じ系統の呪い?」とスカーレット。
ナシオが頷く。
「屈服させればいいじゃないの、あんな有象無象」
ちなみに、スカーレットは初めから魔王剣を屈服させていたわけではない。
最初は魔王剣に認められたのだ。闇落ちした激しい負の感情が認められ、魔王剣を使えるようになった。
屈服させたのはそれから何年もあとのこと。
「その冗談はマイナス30点」やれやれ、とゾーヤ。「あれほどの怨嗟、屈服させるなど不可能に近いです」
「魔王剣」
スカーレットが呼ぶと、空間をバリバリと引き裂いて魔王剣が姿を現した。
その凄まじい魔力と負のエネルギーに、ゾーヤが顔をしかめた。
「まさか……呪いの産物である魔王を武器にしたんですか?」
「そうみたいね」
「……人間って時々、わたくしの理解を超えたことをしますね……」
「帰って良いわよ」
スカーレットの言葉で、魔王剣が再び異空間へと姿を消す。
「頑張れば呪いには打ち勝てるわ。まぁ、今までアレが呪いだって知らなかったけれど」
スカーレットがあっけらかんと言った。
「なんだか、分かった気がします」ゾーヤが言う。「なぜ呪いが弱まり、かの大帝が自らここを攻めることにしたのか」
「あたしのせいじゃないわよ?」スカーレットが言う。「あたしは別世界から来たから、この魔王剣だってそっちの世界のだし、この世界で呪いを弱めたのはアスラだわ。あいつ、自慢気に魔王の復活を阻止したことあるって言ってたわ」
正しくは、中央での復活を阻止し、西で復活させただけである。
「は?」
ゾーヤは目を見開いた。
「そんなわけで、アスラに頼んでくれない? あたし今、マジで忙しいのよね」
スカーレットはヒラヒラと手を振って、ゾーヤとナシオに退室を促した。
「ちょっとお待ちなさい」ゾーヤが呆れ顔で言う。「大帝国の戦力を甘く見てはいけません。本気でこちらを攻めるはずなので、団結は不可欠です」
「ぶっちゃけさぁ、そいつらがどこを占領しようと、あとでまた、あたしが取り返せばいいわけだし、気にしなくてよくない?」
「なんて危機感のなさ……マイナス1万点!!」
ゾーヤは呆れから怒りへと感情を変化させて、床を踏みしめながら言った。
「はぁ……。どうしても備えたいなら東の聖国にでも行けば?」スカーレットが言う。「ゾーヤ復活とかって言って兵力集めるなら最適よ? まぁその【神性】があれば、どこでも集められそうだけど」
「だったら、姉さんの復活だけ大々的に宣伝してくれない?」ナシオが言う。「そしたら、あとは僕が神王代理として、聖国と連携して兵力を集めるから」
「分かったわよ。それと、兵力が必要ならアクセルも連れて行っていいわよ。あいつ内政には全然、役に立たないんだから」
◇
「おおぅ……」
大司祭が倒れるのを、案内騎士が受け止める。
「「大司祭様!?」」
聖騎士たちが声を揃えて言った。
大司祭はアスラがゾーヤの針をクルクル回す姿を見て、目眩がしたのである。
大司祭は今年44歳になる女性で、人生をゾーヤ信仰に捧げている。
「やあ初めまして、アスラ・リョナだよ!」
アスラはいい笑顔で挨拶をした。
「とととと、とりあえず、そそ、それを……」
案内騎士に支えられた大司祭が、ブルブルと震える右手でゾーヤの針を指さした。
「移動させていいって? さすが話が分かるね!」
ウンウンとアスラが首を縦に振り、ノーノーと大司祭が首を横に振る。
「え? なんでダメなの?」とアスラ。
「せせせ、聖遺物であり、国宝でっすので……ええええと」
大司祭は声が震えていて、言葉を上手く紡げない。
「落ち着いて」とアスラ。
「誰のせいだと思っているんだ!?」と聖騎士A。
大司祭が何度か深呼吸。
「正式な手続きを……して、それから、清めの儀式をして、それから……」
「緊急事態だから臨機応変に行こう。手続きは省略。清めの儀式も省略。移動先は別にどこでもいいかな」
アスラは少し楽しそうに言った。
「伝令です!」
凄い速さで聖騎士が新たに駆け込んできた。
「聖王陛下が大聖堂を訪れます! 会議室にてアスラ・リョナ様と大司祭様に会いたいそうです! ひとまず会議室へと移動してください! 聖遺物はできれば置いて欲しいですが、無理なら傷付かないように持って来て欲しいとのことです!」
「うええええ!?」レアが驚いて奇声を上げた。「マジで聖王陛下まで巻き込んだっ! 大司祭に他国の王! ああ、死刑だけは嫌だわぁぁぁ!」
アスラ以外のアルファチームの面々は、この世の絶望を味わい尽くした時のような表情をしていた。
「随分と素早い対応だね」とアスラ。
「だから誰のせいだと思ってるんだ!?」と聖騎士B。
そう、聖王を呼びに行った聖騎士Cは、人生においてもっとも速く走った。もう2度と同じ速度で移動することはできないだろう、というレベルで凄まじい速度を出した。
話を聞いた聖王はその場で全ての予定をキャンセルし、大聖堂に向かい、話し合うことを即断。
伝令騎士も聖騎士Cと同じぐらい速く走った。
ちなみに聖騎士Cは疲れ果てて城で休憩している。
そして今、役目を終えた伝令騎士がその場に座り込む。
「ちょっと行ってくるよ。君たちはブラボーチームと合流後、私が戻るまでイーナの指揮下に入れ」