4話 ワードウルフとババ抜き そしてバーベキューパーティ
サルメは思考した。
(おっぱいときたら、お尻ですよね? でもそんな単純? さっきのレコの質問のおかげで、全員身体の部位だということは確定しましたけど)
誰も嘘を吐いていなかった。少なくとも、サルメの見立てではそうだった。
(とにかく、自分が少数派だった時のためにもう一つのお題が知りたいですね)
サルメは考えながら、右手で自分の顎に触れた。
(お尻以外でおっぱいに近いイメージとしては、二の腕、ふともも辺りでしょうか。まぁ仮にそうだとしても、どう質問したら、私がおっぱいだとバレずに、もう1つのお題に確信が持てるのでしょう?)
あまりにも難易度が高い、とサルメは唇を噛んだ。
「時間だ」とマルクス。
なんて早いっ!
「基本的には柔らかい部分ですよね?」
割と無難な質問でありながら、固い部位を外し、身体の柔らかい部位に限定できる。
「柔らかいね」とレコ。
「男女差があるんじゃね?」とロイク。
「まぁ柔らかいと思いますわ」グレーテル。
「メルはまだ柔らかくないよ!」とメルヴィ。
誰も嘘を吐いていない、とサルメは確信。
そもそもこのゲーム、多数派はあまり嘘を吐く必要がない。少数派にお題を知られないよう、情報をあまり出さないことの方が重要。
嘘を多用するのは少数派。自分が少数派だとバレないよう、多数派っぽい回答をする必要があるから。
(ロイクとメルヴィは私と同じっぽいですね。ということは、私は多数派。レコかグレーテルのどっちかが少数派ですね)
◇
「次の質問はロイクだ」とマルクス。
(あれ? これ俺が少数派じゃね?)
ロイクはちょっと焦ったが、すぐに気持ちを落ち着かせた。
(胸って男女で差があるよな? みんなそこを気にせず、基本は柔らかいって……。いや、メルはまだ柔らかくないらしいけど)
メルの発言はかなりのヒントになる。成長とともに柔らかくなる部位、ということ。
(とにかく、俺は俺が少数派って仮定して、もう一つのお題を当てに行く方がいいな。さっきので俺が少数派だってバレた可能性高いしな)
ささっと方針を決定。こういうのは思い切りが大切。優柔不断では結果が出ない。
(さて多数派のお題は何だ? 柔らかい身体の部位で、メルは柔らかくない。胸以外。尻はどうだ? でも尻は子供の方が柔らけぇよなぁ。あれ待てよ? 筋肉って可能性もあるな。俺らはストレッチしてっから柔らかいけど、メルはまだ基礎的な訓練を開始したばかり)
ちなみに、ラウノがメルを教えている。目標は自分の身を守れる程度。任務を遂行する必要はないので、比較的、優しい訓練である。
(でも基本的に柔らかい部分ってサルメは言ったか……。難しいなこれ。筋肉だとしても、どこの筋肉だ?)
「時間だぞ」とマルクス。
ちっ、とロイクは心の中で舌打ち。考える時間が足りなさすぎる。
「その部位、どうやって鍛える?」
しまった、とロイクは思った。これはみんなきっと嘘を吐く。
例えばだけど、腕立てと答えたらもうお題は胸だ。スクワットなら太もも。鍛え方がそのままお題に繋がってしまう。
多数派は少数派にお題を知られたくないので、嘘を吐くか濁すはず。
「筋トレ」とレコ。
「まぁ筋トレですよね」とサルメ。
「筋トレですわよねぇ」とグレーテル。
「筋トレ!」とメルヴィ。
ああ、そういう答え方もあったか、とロイクは苦笑い。
どっちにしても、何も分からなかった。
◇
グレーテルの番。
(これ、少数派はたぶんメルメルですわよねぇ)
グレーテルは確信していた。なぜなら、グレーテルの中で尻は基本的に柔らかい部位だから。
更に、尻は子供の方が柔らかいので、メルヴィの『まだ柔らかくない』という発言は、明らかに尻以外の場所を示している。
そして他の参加者の今までの発言で疑わしい部分はない。少なくとも、グレーテルはそう思っている。
(さてメルメルのお題は何かしら? まぁ、おっぱいのような気がしますわね。お尻と言えば、対になるのはおっぱいですわ。《月花》の中でも胸派と尻派で戦争が起こるぐらいですもの)
最近では太もも派まで現れて、三つ巴の泥試合に陥っているけれど。
(まぁでも、別に少数派のお題は知らなくてもいいですわ。最後にメルメルを少数派だと指定すればいいだけですものねぇ)
勝ったな、とグレーテルは思った。レコ、サルメ、ロイクもきっと気付いたはずだ、とグレーテルは思っている。
あとは自分たちのお題が尻であることを、メルヴィに気付かれなければいい。
「時間だ」とマルクス。
(ふむ。ここは無難に流しておけばいいですわね)
「みなさんのお題に書かれている部位は、レコがよく揉んでいますわね?」
グレーテルが言うと、レコはビックリした様子で顔を動かした。
「そんなこと……ないと思うけど……」
レコは少し濁した。
(そうですわよねぇ。これはメルメルのお題を確定させるための質問ですもの。お尻のレコはビックリもするし、濁しますわよねぇ)
「揉みませんね」とサルメ。
「見たことねぇな」とロイク。
「揉んでるよ! レコ大好きだもんね!」とメルヴィ。
やはり、とグレーテルはほくそ笑む。
◇
レコが濁した理由は『お題が少数派にバレるじゃん!』だった。
サルメはレコの答えを聞いて、レコが少数派っぽいと思ったので、自分のお題を伏せるために嘘を吐いた。
そう、つまりレコの驚きを『オレが好きなのは胸であって、このお題じゃない!』という風に受け取ったのだ。
ロイクは自分を少数派だと思っているので、レコとサルメに合わせて多数派を装った。
グレーテルの質問は自分を狙い撃ちしたのではないか、と疑っている。
そしてメルヴィは正直に答えただけである。
◇
メルヴィは少数派をサルメだと思った。
決定的だったのはさっきのグレーテルの質問。
(グレーテルは質問的に、明らかにおっぱいだった。で、レコもたぶんおっぱいなんだけど、ごまかした気がする。理由は分かんない! ロイクは見たことないって言っただけで、揉まないとは言ってない。だから! 揉まないと断言したサルメが少数派!)
完璧な理論だ、とメルヴィは思っている。
質問どうしようかなぁ? とメルヴィは首を傾げた。
もう少数派が分かってしまったので、自分はこれ以上知りたいことがない。
「時間だ」とマルクス。
「ぶっちゃけ、みんなのお題なぁに?」
ニッコニコの笑顔でメルヴィは言った。
「二の腕」とレコ。
「私も二の腕です」とサルメ。
「俺も同じ」とロイク。
「二の腕ですね」とグレーテル。
みんなの答えが同じだったので、メルヴィは一瞬だけ『あれ?』と思った。
でもすぐ、みんなが嘘を吐いたのだと納得。
少数派にお題を知られたくない多数派と、多数派だと思わせたい少数派の嘘の応酬と言ったところか。
普通に考えて、本当のお題を言うはずがないのだから。
◇
アイリスは自分の手札にジョーカーとハートのクイーンだけになった。
そしてラウノがアイリスの手札を引く番。
アイリスは息を吐いて、ワードウルフ組に視線を移した。
全員の質問が終わり、いよいよ少数派の指定である。
「誰だと思う?」とラウノ。
「そうねぇ。みんなが正直者ならメルヴィだわね」
メルヴィは胸で、それ以外が二の腕。
「嘘吐きなら?」
「怪しいのはレコね」
「ふぅん。まぁ確かに、怪しい感じだったね。ごまかし方がわざとらしいし、あれはどっちであれ怪しい」
「そう。だから素直にレコが少数派。みんなは胸で、レコはお尻とか?」
「でも残念」言いながら、ラウノがアイリスの手札に手を伸ばす。「グレーテルだよ」
そして軽やかにハートのクイーンを引いた。
ラウノは笑って、カードを場に捨てる。これでラウノの手札はゼロ。つまりラウノの勝ちである。
「なんで……」
アイリスは酷く悔しそうに言った。
「視線をワードウルフ組に向ける前、君はジョーカーをチラッと確認した。だから確認していない方を引いた」
「くぅぅぅ、あの一瞬の視線だけでバレたのね」
アイリスも手札を場に落とし、溜息を吐いた。
ワードウルフ組は少数派指定を開始。
レコはサルメを指定。
サルメはレコを指定。
ロイクはサルメを指定。
グレーテルはメルヴィを指定。
メルヴィはサルメを指定。
サルメが3票で少数派ということになった。
「なんで私!? 明らかにレコでしょ!? 考え直してください! 負けますよ!?」
サルメは必死に言ったが、グレーテル以外は聞く耳を持たなかった。
「メルメルですわよ? なんでサルメを指定するのか分かりませんわ。というか、サルメもなんでレコですの? どう考えてもメルメルですわ」
「おい、お前たち勝手に発言するな」マルクスが言う。「指定は今なら変更してもいいぞ?」
しかし誰も変更しない。みんな自分が正しいと信じているのだ。
そしてマルクスが少数派を明かす。
グレーテルだった。
みんな酷く驚いていた。誰もグレーテルを指定していないので、当然だけれど。
「なんで分かったの?」とアイリス。
「みんなに成ったから。そしてみんなの思考をトレースした。誰が誰を指定するかも、僕は分かっていたよ」
ラウノは優しい笑みを浮かべながら、とんでもないことを言った。
「はぁ……ラウノがワードウルフから外されるはずね。《月花》で鍛えられて、更に磨きがかかったわね。本当もう特殊能力の部類だわ」
やれやれ、とアイリスが首を振った。
「ありがとう。僕も、僕が読み合いで負けることはないと思っているよ。相手がサイコパスでなければ、ね」
ラウノが小さく肩を竦めた。
ラウノは誰にでも成れるわけじゃない。成れるのはあくまで普通の人間だけである。
誰かに成る能力は、そもそも凄まじい共感能力が基盤となっている。よって、誰とも共感しないサイコパスには成れないのだ。
「アスラは特殊すぎるわね」
◇
「私は別に特殊な存在ってわけじゃないから、気楽に接しておくれ」
バーベキューパーティに参加したアスラが言った。
他の参加者たちはアスラをチラチラと気にしながらも、話しかけられないでいた。
だからアスラが気を利かせてあげたのだ。
私は実に優しい魔王様だ、とアスラは自画自賛。
「このパーティで無礼があっても、君たちを殺さないと約束するよ」
アスラは焼けた肉を片手に言った。
ここはフラメキア憲兵団に所属する憲兵の家。その庭である。
30人近い人間がこのパーティに参加しているが、基本的には憲兵関係者とその同伴者である。
「おう! 教官は頭イカレてるけど、意味もなく殺したりはしねぇぞ!」ハンネスが言う。「酒の席での粗相だってマジで大目に見てくれる。みんな話したがってたろ!? 今がチャンスだぜぇ! うえーい!」
最後はビールを掲げ、そしてグビグビと飲み干すハンネス。
そして、ハンネスの言葉でやっと、参加者たちが順番にアスラに話しかけ始めた。
アスラは丁寧に笑顔を浮かべ、話をしてやった。
みんなあっという間にアスラのことを好きになった。
はん、実にチョロいもんだねぇ、とアスラは思った。
「あの、なんで俺も警備に選ばれたんです?」
事務処理班のシモン・カセロが言った。
「君が頑張ったおかげで、大聖堂の警備ができるからねぇ」
「……2部隊、10人までが限界でした」
シモンは少しだけ苦笑い。
「十分だよ。本来なら憲兵は入れない場所だからね」
ちなみに、明日は大聖堂の下見に行く予定である。怪盗のルートなどを推測し、どこを重点的に警備するかを決める。
「でも聖騎士団は良く思ってないから、協力は難しいかと……」
「だろうね。別にいいさ。彼らは彼ら。私らは私らでやればいい」
「それで、俺を選んだ理由は何です?」
「現場で活躍したいだろう?」
アスラがニヤッと笑う。
「ええ、まぁ、そりゃ……」
「嫌かね?」
「まさか! 嬉しいですよ! こんな大きな仕事、初めてですから!」
「意欲はあるみたいだね?」
「もちろん!」
「ならば問題ない。頑張れ」
シモンを選んだ理由は他にもあるけど、それは今は言わなくていい。
ただ、場合によっては引き抜くのもアリだ、とアスラは思っている。