8話 君を今すぐ殺したいっ! これがきっと愛だよね!
あけおめ!!
アクセルはこの日を心待ちにしていた。
スカーレットを倒す日を。
強くなりたい。誰よりも強くなりたい。ただ純粋に、ただ一途に、ただひたすら、強さだけを求めた。
若返って、魔物になって、長い寿命を得て、人間を超える能力を得て、それでもアクセルは満足しなかった。
誰よりも、何よりも強く。
この世界に、俺様より強い奴がいるってのが気に入らネェ。
魔物となったアクセルは、人間の時には理性で抑えていた欲望を抑えられなくなった。
即ち、最強への道。目指したかった道。人間の人生では到底、届かないような途方もない道のり。
どいつもこいつも打ち倒し、頂点に立ちたい。そこから景色を眺めたい。死ぬなら頂上で。大英雄よりも遙か高みへ。
「神域属性・天魔、攻撃魔法【死者の怨念】」
スカーレットはいきなり大技を使用。
風景が姿を変える。
初見では焦ったアクセルも、2回目なので特に動じることはない。
「おおっと!? 景色が変わって見えるのは私だけかぁ!?」アスラがノリノリで実況する。「修練場がまるで荒野のようだぞ!」
血に濡れた道が敷かれ、スカーレットが一歩進むと骸の群れが地面から這い出した。その数は100前後。
観客が悲鳴を上げる。白骨たちがカタカタと歯を鳴らしながら這い出すのだから、普通の人が見たら恐ろしいに決まっている。
「凄まじいMP……じゃなくて、魔力消費だね!」アスラが言う。「スカーレットの魔力量はどうなっているのか! これは魔王に匹敵するかも知れないよ! あ、私じゃなくて、英雄たちが倒す方の魔王ね!」
アスラはとにかく盛り上げた。盛りに盛った。
実際のスカーレットのMP量を、アスラは知らない。だから本当に盛っただけ。
しかし客席は沸いた。最初は悲鳴を上げていた連中も、アスラが陽気に喋るものだから、恐怖が軽減されたのだ。
「ちっ、アスラのせいで緊張感がネェぜ」
アクセルは骸を軽い蹴りで破壊する。
骸はバラバラになって、そして消えた。
襲い来る骸を、アクセルは全て簡単な攻撃で粉砕。骸はあまり強くない。
ただ数が多いので、体力を無駄にはできない。
スカーレットが更に一歩進み、新たな骸が出現。今回も100前後。
それからも、スカーレットが歩く度に骸の数が増えた。
「だいたい1000体で打ち止めってところかな」アスラが言う。「それとも、埒が明かないと思って、あえて骨たちの出現を終わらせたのかもね」
骸の出現がピタリと止まり、スカーレットは小さく深呼吸。
アクセルは相変わらず、軽い動きで骸を砕き続けた。
そして。
骸の合間から鋭い剣撃が走った。
「うおっ!」
アクセルはその一撃をギリギリで回避。
スカーレットが骸に交じって攻撃を加えてきたのだと理解した。
同時に、次の斬撃。
アクセルはそれも回避。
反撃しようとした時にはスカーレットの姿がない。
「ファイア&ムーブメントってやつか……」
骸が邪魔でスカーレットの位置を把握できない。
アクセルは骸の処理速度を少し上げた。
時々、スカーレットが攻撃を加えてくるが、全て躱した。
俺様の方がもう強いっ!
アクセルは確信した。力、速度、技術、魔力。それら全てにおいて、今はアクセルが上回っている。
少なくとも、アクセルはそう判断した。
更に、アクセルはスカーレットの攻撃パターンをある程度理解していた。無駄にスカーレットの側で過ごしたわけじゃない。
ちゃんと日々、研究していたのだ。いつか倒すために。
「ここだろ?」
アクセルはスカーレットの剣を躱すと同時に拳を放つ。何の変哲もない普通のパンチだが、速度が乗っていて型が綺麗で、そして何より力がある。
「ちっ」
スカーレットは舌打ちと同時に回避行動。
アクセルの拳を紙一重で躱し、逆にアクセルの手首を取る。
もちろん、剣を持っていない方の手で取った。
そしてそのまま。片手でアクセルの手首を捻ろうとした。
けれど。
「捻れないっ!?」
スカーレットは咄嗟に飛び退く。同時に大量の骸がスカーレットを隠してしまった。
「わぁお! 悲報だよ悲報!」アスラが驚いて言った。「スカーレットの技術を、アルがパワーだけで跳ね返してしまったね! 普通、手首を捻れば誰でも転がすことが可能なんだよね。私が大人の男を転がすこともね。仮に転がせなくても、崩すことはできる。もちろん、それには技術が必要だけど、捻れば倒せるか崩せる。捻れば、ね」
アスラは少し間を置いてから続ける。
「だけど、アルの屈強な手首は捻れない。スカーレットに無理なら、どんな人間にも捻れない。私でもきっと無理だろう。純粋なパワーが、精練されたテクニックを超えたってことだね。身体の小さい者には悲報としか言いようがないね」
つまりアスラにとって悲報ってことだろうな、とアクセルは思った。技を極めたアスラにとって、技の通用しない相手と戦うのは悪夢でしかない。
もちろん、素手で体術を使って戦う場合の話。殺し合いの話じゃない。
まぁ、俺様の手首を捻りたいなら、俺様と同等のパワーとテクニックが必要だぜ。
「驚いたかスカーレット? アスラの言うとおりだぜ」アクセルが骸を処理しつつ言う。「復活当時よりも、自分のパワーをしっかりコントロールできるようになったからヨォ。もう俺様の方が強いぜ」
その上で、アクセルは毎日、毎日、鍛錬を続けた。
主に速度と技術を上げるための鍛錬だった。
それらは今日、実を結んだ。全ての面において、スカーレットを超えたのだ、とアクセルは思っている。
「その勘違い、面白くないわ」
スカーレットが指を弾くと、骸が全て消えて、景色が元に戻った。
「お? なんだ降参か?」
アクセルがニヤニヤと言った。
「バカ言わないでよ。天魔生成【神罰改め】――」スカーレットは静かに言う。「――【最後の審判】」
ああ、そうか、とアクセルは思った。
こいつはジャンヌと深く関わった奴だったか。魔法が影響されても仕方ない。
そして何かが舞い降りる。
その姿は、目が覚めるほどに美しく。
右側の背中に黒い6枚の翼。
左側の背中に白い6枚の翼。
頭の上に天使の輪っかが浮かんでいて、顔には黒い幾何学的な模様が浮かんでいる。
服装は戦闘服に軽い鎧。兜は装備していない。手には赤色の大剣。
天使と悪魔を混ぜたようなその姿は。
「ルミア……」
アスラの声が、鉄製音響メガホンを通して微かに聞こえた。
そう。その顔は、その姿は、ルミアによく似ていた。スカーレットの元いた世界では、ジャンヌ・オータン・ララと呼ばれた魔王。
「かつてのライバル」スカーレットはアスラを見ていた。「そしてたぶん、好きだった人。好きの意味は、よく分かんない。恋愛だったのか、畏敬だったのか。どうであれ、あんたと同じよ」
◇
スカーレットの唇を読んだアスラは全てを理解した。
◇
ああ、そうかスカーレット!
君は2回目なんだね!
君は、君は君の世界のジャンヌと寝たんだね!
私と同じように!
私と寝たように!
ああ、君は繰り返すんだね。
繰り返したいほど気持ちよかったのかな?
その手で好きだった相手を殺したことが。
ああ、私も早く君を殺したいよ!
あるいは君に殺されたい!
この闘いに交じっちゃおうかな!
戦争もしたいけど、君を今すぐ殺したいっ!!
◇
「神域属性・華月【月の欠片】」
アスラは我慢できなくて修練場に月の欠片を山ほど降らせた。
それは自由な魔法。性質の枠に囚われない、神域属性本来の魔法。遙か昔の、神世の魔法。
空中に巨大な魔法陣が浮かぶ。神世の時代を彷彿とさせる本当の魔法は、魔法陣が浮かぶのだ。
そしてその魔法陣から、直径30センチ程度の小さな月が数え切れないほど落下した。
それも凄まじい速度で。
「テメェ!!」
アクセルは『魔装』を使用し、降り注ぐ月を殴り壊した。
殴られダメージを受けた月が砕け、そしてそのまま消える。
スカーレットは咄嗟に魔王剣を召喚し、暴雨の如き月を切り払う。
【最後の審判】に呼ばれたルミアもどきも、手に持った剣で【月の欠片】という名の流星群を斬った。
小さな月たちの攻撃が収まった頃、客席はシンと静まっていた。
「何すんのよ!」
スカーレットはアスラを睨み付けた。
「ごめんね!」アスラがヘラヘラと言う。「君のこと、すごく愛しくて、たぶんこれ、愛しいって感覚だと思うんだけど、経験ないからたぶんだけど、君が愛しくて、だから瞬間的に殺したくなったんだよ」
アスラの発言を理解できた者は、おそらくいない。
スレヴィかもしくは《一輪挿し》でもいれば、きっと何度も頷いたことだろう。でもその2人はすでに死んでいる。
「修練場の地面をボコボコにしやがって」アクセルが言う。「闘い難いったらネェぜ」
アクセルの『魔装』は全身を覆っている。顔も含めて。だから表情は読めないが、きっと呆れた風な表情だろう、とアスラは予測した。
「テメェもやるなら、降りてこいや」
アクセルがクイクイっと右手でアスラを手招き。
「テメェがこんなに強いとは想定外だぜアスラ。こいよ、俺様は最強目指してんだ。テメェが強いなら、やるっきゃネェぞ?」
自身の最強を証明したいアクセルにとっては、アスラもいつかは倒すべき相手の1人となった。
「いや、もう冷静になったから大丈夫」アスラはずっとヘラヘラしている。「さっきは本当に瞬間的に、おかしくなっちゃったんだよね」
なるほど、なるほど、とアスラは思考する。
誰かを愛すると、人間は時に意味不明の行動をする。今のがまさにそれである。
どうやら、私も一般人に近づきつつあるようだね。
少なくとも、アスラはそのように納得した。
「あんたの愛、重すぎるんだけど」スカーレットが引きつった表情で言う。「そんな命がけの愛され方はしたくないわね」
「ははっ! それよりみんな、試合を止めてごめんね!」アスラが観客に向けて言う。「私のウッカリで地面は穴だらけだけど、関係ないよね!」
「テメェ……ウッカリで致死級の魔法使ってんじゃネェぞ」
魔物として産まれ直す前のアクセルなら、きっと死んでいた。死なないまでも、ケガを負ったに違いない。
というか、多くの人間は今の攻撃に耐えられない。
そんなアスラの強さを、アクセルは嬉しく思った。
今日じゃなくてもいい。いつか倒す。
ちなみに、後日談になるのだが、観客たちはこう語った。
「1番ヤバいのは唐突に星を降らせたアスラ・リョナ。脈絡もなくいきなりだぞ? それを笑いながらウッカリで済ませた。狂ってるとしか思えない。銀色の魔王という称号に相応しいイカレっぷりだった」