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8話 「あんたたちおかしい! 絶対おかしい!」 私基準なら、私たちは普通だよ?


 アイリスは防戦一方の自分に腹を立てていた。

 こんなんじゃ、誰も救えないじゃない。

 こんなんじゃ、目の前で泣いてる女の子1人助けられない。

 アイリスはアスラを救いたい。

 復讐という薄暗い場所から連れ出してあげたい。

 余計なお世話だとしても、放っておけないのだ。

 アスラがひとでなしに育ったのも、きっとピエトロたちの行為がキッカケ。

 だから、

 ただ、アスラを抱き締めて、もういいんだよって、そう言ってあげたい。


 でもそのためには、まずアスラを倒さなくてはいけないのが現実。

 救うために倒さなくてはいけない。

 そういう現実も、有り得るのだと、アイリスは悟った。

 だから。

 迷ってはいられない。

 アスラは強い。中央の正統派剣術を達人の域で使ってくる。

 中央の剣は、横に振る動作が多い。

 アイリスは剣を縦にしてアスラの横薙ぎの斬撃を受け止める。

 そして。


「ごめんね、軽いこと言って。あたし、悪気はなかったの。本当にごめんね」


 まず自分の非を詫びた。

 間違ったら謝る。基本的なこと。

 でもアスラは謝罪を受け入れる様子はない。


「あたしが、アスラを助けてあげるからっ!」


 アイリスは闘気を放って、自己最大能力を発揮。

 アスラが剣を引くよりも圧倒的に速く、アイリスはアスラの剣を叩き落とした。

 そのまま手首を返し、下から斬り上げるように剣を動かす。

 そしてアスラの顎先で剣を止めた。

 アスラは酷く驚いたように剣先を見ていた。


「ははっ、ははっ。そうか。君は英雄だったねアイリス。それが君の本来の力か。将来の大英雄候補、さすがだね」


 アイリスは剣を鞘に収めて、

 ゆっくりとアスラを抱き締めた。

 アスラは抵抗しなかった。


「もういいんだよアスラ。村の人たちは、きっと誰もアスラに復讐して欲しいなんて思ってない。アスラのお母さん、最期に笑ったんでしょ? それって、生きて、どこかで幸せな人生を送って欲しかったからじゃない?」


「ふん。君はいちいち正論を言うね。私だってそうだと思っているさ。君、思ったより胸あるね。着やせするタイプかい?」

「え?」

「まぁいいさ。復讐が無意味だというのは、私も同意する。他にやるべきことがあるだろう、って話さ」


 アスラはアイリスから離れて、自然にクレイモアを拾った。


「そう。前に進もうアスラ。あたしに何か手伝えることあったら言って?」

「君、本当にいい子だね」


 アスラはゆっくりとピエトロの方に歩いた。

 ピエトロはほとんど放心している。


「一応、女中隊長の名前だけは聞いておくよ。もちろん、進んで探す気はないけどね」

「……タニア・カファロ」


 ピエトロは長く息を吐いた。

 自分が殺されないと思って安心したのだろう。


「ありがとう」


 アスラは自然に、座っているピエトロの胸にクレイモアを突き刺した。

 その光景を、アイリスは理解できなかった。

 だから何の反応もできなかった。


「では死ね」


 アスラがクレイモアを押し込む。

 ピエトロはガクガクと小さく震え、何がなんだか分からないという表情で絶命した。


       ◇


 プクーッ、とルミアが頬を膨らませた。


「試合形式みたいなのじゃなくて、本気の殺し合いだったら、アスラの方が勝つのよ? わたしのアスラは強いのよ? 理性飛ばしてたから負けたのよ?」


「いや、副長、殺し合いで団長が勝つのは困るかと思いますが? アイリスは英雄だから負けない、という風なことも言っていたかと」


 マルクスは苦笑い。


「とりあえず一件落着ってことで、そこらの調度品、持って帰っていいっすかね団長」

「好きにしたまえ。けれど、半分は団の金にすること」

「ういーっす」


 ユルキが機嫌良さそうに物色を始める。

 イーナとレコもそれに続いた。

 レコがサルメにも来い来いと合図して、サルメも物色に参加した。


「マルクス、いつも悪いんだけど、シルシィを運んでやってくれ」

「分かりました団長」


 マルクスはまだ床に倒れているシルシィをお姫様抱っこする。

 さっきの戦闘でシルシィを踏まなくて良かったとアスラは思った。


「あー、みんな聞いてくれ。分かっていると思うが、私は作戦行動中に暴走してしまった。命令違反のルミアと一緒に、私も罰を受けるから、何か考えておいておくれ」


「……あい」とイーナが嬉しそうに返事をした。


「エロくてもいい?」とレコ。


「構わん。私とルミアが嫌がることなら何でもいい。ぶっちゃけ、普通にボコボコにされても、私もルミアも大して効かないからね。こんな時、拷問訓練が仇になるよね」

「あら? やっぱりわたしも罰を受けるのね……。全部上手くいったのに……。情報もちゃんと得たのに……」


 ルミアは少し不満そうに言った。


「自分のための情報だろう? 私がいたら、私がピエトロと話してそのまま殺すから、先に会いに行ったんだろう?」アスラが苦笑いする。「私は君にどんな屈辱を与えてどんな痛みを与えるかずっと考えていたんだけど、まさか最後の最後に自分もやらかすとは思わなかったよ」


 アイリスに敗北した時、幼いアスラは大人しくなって、

 ピエトロが死んだ時に、幼いアスラは完全に鳴りを潜めた。


「ちょっと待ちなさいよぉぉ!!」


 ずっと固まっていたアイリスが、突然叫んだ。


「なんで!? ねぇなんで!? なんであの流れでピエトロ殺したの!? てゆーか、なんで誰も突っ込まないの!? おかしいでしょ!? もう復讐は終わりっていう雰囲気だったでしょ!?」


「いや、ピエトロは死ぬだろ普通」とユルキ。


「団長が殺さないなら自分が殺した」とマルクス。


「……アレは死んでいい……」イーナが言う。「……サッパリした……」


「わたしは最初からピエトロだけは絶対死ぬと思っていたから、アイリスがどうしてそんなに取り乱しているのか理解できないわ」


「団長いじめた奴は死ねばいい」とレコ。


「私もピエトロは死んでいいと思いました」


 サルメが少し強い口調で言った。


「な、なんでよ!? なんでそんな当たり前みたいな空気なの!? あたしがおかしいみたいじゃない!? あたし、なんでアスラ抱き締めたの!? 復讐やめて欲しかったからだよ!?」


「第一に、私はピエトロを殺しに来たわけだから、目的を達成しただけだよ」アスラが肩を竦める。「第二に、君は正しいし、優しい子だし、割と好きだよ。でも、君に従う理由はまったくない」


「従うとか従わないとかじゃなくて!」

「続きはまたにしよう。とりあえず撤収する」


 アスラは面倒になったので、撤収準備を始めた。


       ◇


 アーニア王国、貿易都市ニールタの憲兵団支部。

 アスラがピエトロを殺した翌日。


「ありがとうございますアスラさん。わたくしを助けて頂いたことも、フルマフィを壊滅させてくれたことも」


 シルシィはいつもの白い制服を着ていた。

 しかし、顔にはガーゼと包帯。

 たぶん制服の下も。

 けれど、

 ルミアが何時間かは回復魔法を使ったので、もうそれほど酷いケガというわけではない。


「私は君が辞めると思っていた。その制服を着て、私を呼び出したということは、まだ憲兵団長を続けるんだね?」

「はい。憲兵になった時、こういうことは覚悟していました。でも、ごめんなさい。あなたたちのこと、話してしまいました」

「いいさ。誰も怒ってない。君は拷問訓練を受けたわけでもないしね」

「ごめんなさい」

「そんなに気になるなら、貸しにしておく。いずれ返してもらおう。いいね?」

「はい。本当にごめんなさい」


 謝りながら、シルシィは札束を執務机に置いた。


「約束の3万ドーラです。それと、アーニア国内での罪は免責。ユルキとイーナは手配書から削除しました。こちらも国内限定なので注意してください」

「どうも。また何かあれば声をかけてくれ。まだ数日はここに滞在する」


 今日はオフで、明日は罰を受けて、それから少し訓練して、戦争の情報を集めて、それから国を出る。


「あ、忘れるところだった」


 アスラはポケットから折り畳んだ紙を取り出す。


「ルミアがピエトロから引き出した情報だよ。各国の憲兵で共有するといい」


 アスラは紙を執務机に置いて、代わりに札束を取った。

 シルシィはアスラの置いた紙を開いて、中を確認する。


「アスラさん……、字、綺麗ですね」

「あ、ああ、そうかね?」


 最初にそれを言われるとは思わなかったので、アスラは面食らった。


「はい。しかし、《宣誓の旅団》のメンバーが……?」

「そうらしい。10年間しっかり鍛錬していたなら、そのミリアムという奴は普通に英雄並だろうとルミアが言っていたから気を付けろ」

「分かりました。各国の憲兵に伝えておきます」


       ◇


 中央フルセンの古城。

 そこには肌を打つ音が連続して響いていた。


「ああ、ジャンヌ姉様、もう許してくださいませ!」


 寵愛の子が、全裸でジャンヌの膝の上に乗って、お尻を叩かれていた。

 ミリアムは寵愛の子が羨ましいと思った。

 ジャンヌを前にすると、誰もが懺悔したくなる。そして誰もが罰を与えて欲しくなる。

 まるで神を前にしているかのように。


 強烈な神性。

 10年前のジャンヌは、ここまで凄まじい神性を持っていなかった。

 神性はあったけれど、神と混同するほどではなかった。


 10年前、ジャンヌが有罪になった時に《宣誓の旅団》は解体され、メンバーは散り散りになった。

 ミリアムは運良く、ジャンヌと再会できたのだが、ジャンヌはもう以前のジャンヌではなかった。

 まず髪の毛が真っ白になっていて、大きく雰囲気が変わった。それから、喋り方も変わっていた。


「ダメです。アーニア支部が壊滅しました。誰の責任ですか?」


 ジャンヌはいつも黒い服を着ている。喪服のような、シンプルな黒い服。

 ジャンヌの膝の上で涙を浮かべる寵愛の子は、セミロングの赤毛で、見るからに生意気そうな顔立ちをした女の子。

 身体は鍛えているので、引き締まっているが、全体的にこぢんまりとしているので、14歳ぐらいに見える。本人は17歳だと主張していた。

 寵愛の子の尻はすでに腫れ上がっているのだが、ジャンヌは許す気がなさそう。


「ああ、ティナ、あたくしはあなたを愛していますよ? でも、ちゃんと答えないと酷いですよ?」


 ジャンヌは少し怒ったような表情を作った。

 でもジャンヌの瞳は少し潤んでいて、頬も紅潮している。

 その表情が愛らしく、ミリアムはドキドキした。


「あの、ジャンヌ様」ミリアムが声をかける。「そもそも、アーニアはあたしの配下なので、罰を受けるならあたしのはずでは……?」


 神性を持ったジャンヌの罰は、罪悪感を浄化する。本当に完全に罪の意識を消し去ってしまう。

 だからミリアムは自分から罰を求めてしまう。


「ミリアムを含むゴッドハンドを束ねているのは、ぼくですわ」寵愛の子が言う。「ですので、最終的な責任は、全部ぼく……いだいっ!」


 ジャンヌの平手が寵愛の子の尻に落ちた。

 ちなみに、ジャンヌは古いが頑丈な椅子に座っている。その椅子には背もたれも肘置きもない。簡素な椅子だが、それはジャンヌが《宣誓の旅団》の頃から使っている物。


「そうですね。あたくしが不祥事を起こした者全てを罰して回るのは大変です」

「はいですわ……」

「ティナ、あたくしはあなたを本当に愛しているのです。ちゃんとお願いできますね?」

「……姉様、どうか、ぼくを罰してくださいませ……」


 寵愛の子が、罰の再開をお願いする。

 しばらく尻を叩く音だけが響く。

 そしてやっと、寵愛の子が気絶してジャンヌは叩くのを止めた。

 本来、平手で尻を叩かれたぐらいで人間は気絶しない。

 けれど、ジャンヌは闘気を用いて自分に出せる限界の力でずっと叩いていたのだ。

 そこらの村娘なら、10打も保たないだろう。

 それを寵愛の子は50打以上耐えた。

 普通の女の子に見えるのに、なぜ寵愛の子はあんなに頑丈なのだろう? とミリアムは思った。


「少々、手が痛みます」


 ジャンヌは自分の右手を左手で撫で始めた。

 ジャンヌ・オータン・ララの本気の打擲。

 そんなに全力で叩いていたら、自分の手のダメージも大きい。


「大丈夫ですかジャンヌ様。寵愛の子も、起きた時には罪悪感が消え、あなたに感謝すると思います」


 ミリアムは知らない。

 寵愛の子が日常的に虐待されていることを。

 寵愛の子に罪悪感などもう長いこと存在していない。

 つまり、寵愛の子は痛みしか受け取っていないのだ。

 日常的に愛を囁かれながら、当たり前のように理不尽な暴力に晒されているだけだと、ミリアムは知らない。


「そうですね。みんなそうです。何か報告があるのでしょう?」

「あ、はい。アーニア支部を壊滅させた傭兵団《月花》ですが、その中に1人、ルミアを名乗る者がいます」

「続けて」


 ジャンヌの表情が変わる。


「中央の剣術を使い、戦争に長け、魔法を使う。茶色い髪で、美しい女性だそうです」

「彼女は【神罰】を使いましたか?」

「それは分かりません。その報告はありませんし、【神罰】はジャンヌ様の魔法では?」


 10年前、【神罰】を使えたのはジャンヌただ1人。

 ジャンヌは急に薄暗い目でミリアムを見据えた。


「【神罰】改め【神滅の舞い】」


 漆黒の翼を翻し、目が覚めるほど美しい堕天使が舞い降りた。


「ミリアム。あたくしは神など信じない。もしも神があたくしの前に現れたなら、八つ裂きにします。そんなあたくしが、神の罰など使うはずがない。そうでしょう?」


 堕天使はいつの間にかミリアムの前にいて、

 闇の色をした剣でミリアムの肩を貫いた。

 ミリアムは痛みに呻き、膝を突く。


「はい……すみません」

「分かればいいのです。あたくし、あなたのことは別に愛していませんので、あまり怒らせると殺してしまいますよ? だから気を付けてくださいね」


 堕天使が消える。

 寵愛の子が羨ましい、とミリアムは思った。

 ジャンヌに愛されていて、羨ましい。


「近く、彼女に会いに行きましょう」ジャンヌが言う。「あたくしの姉妹なら、彼女を救ってあげなくては」


「分かりました。ルミアだったらいいですね。生きていて欲し……」

「ミリアム」


 ジャンヌが表情を歪め、左手で自分の顔を覆った。


「なぜそう、あたくしを怒らせるような発言ばかりするのです? 彼女が死ぬわけがない。死んでいるわけがないでしょう?」

「す、すみません……あたしはただ……」


「死にたいのですか?」ジャンヌは酷い形相で言った。「それとも、あたくしの罰が恋しいのですか?」


「いえ、あたしは……」ミリアムは少し迷ってから言う。「はい……恋しいですジャンヌ様……」


 最後に罰を受けたのは2年ほど前だろうか。すでにミリアムの心には新しい罪悪感がいくつも芽生えている。

 浄化して欲しい、と願う。

 一度あの憑き物が落ちるような素晴らしい感覚を味わってしまうと、癖になる。定期的にそれが欲しくなる。まるで麻薬のように。


「いいでしょう……」ジャンヌが小さく息を吸った。「傷の手当を済ませて、服を脱いであたくしのところへ。でもその前に、ティナを降ろすのを手伝ってください」


 ジャンヌは不安定だ。ずっとそうだった。

 あどけない子供のような仕草を見せたり、いきなり恐ろしい表情をしたり、なぜ怒ったのか分からないようなことで怒る。

 ああ、でも。

 そんなジャンヌ様が愛しい。


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