6話 逃げる者は殺す さぁ頑張れ、応援してあげるから
間に合わなかった。
リュシたちは夜までに目的地に到着できず、夜通し引き返し、僅かな時間眠り、再び想定を開始。
そしてまた間に合わなかった。
引き返し、蒼空の薔薇に到着。かがり火があるので、周囲は割と明るい。
みんなボロボロだ。覇気がない。当然だ、丸2日ほとんど眠っていないのだから。
リュシもほとんど思考が働かない。こんなの、仮に間に合っても全滅する。この状態で山賊退治なんて不可能だ。
「よし、夜が明けたら出発するよ。準備したまえ」
アスラが元気な声で言った。
なんで? なんで元気なの?
アスラはリュシたちとずっと一緒だった。最初に言った通り、アスラはほとんど口を挟まなかった。
「教官、1日だけ、休ませてください」
リュシはなるべく丁寧に、そして悲痛な風に言った。実際、かなり悲痛なのだけれど。
ちなみに、みんなまだ馬上である。
「は? どうして?」
アスラは意味が分からない、という風に首を傾げた。
「このままでは、たとえ到着しても任務の遂行は不可能です。全滅してしまいます……」
「よろしい。小隊長がそう判断するなら、今日は休んで明日の朝、想定を開始する」
アスラはあっさりと許可を出して馬を下りる。
「ええ!? なんでそんな優しいの!?」
アイリスが酷く驚いた風に大きな声を出した。
くそっ! 余計なことを言うな英雄!!
リュシたちはみんなそう思った。
このアイリスという英雄は、優しいの基準が崩れてしまっている。どんな人生を歩んだのだろう、とリュシは思った。
「私はいつも優しいだろう?」
「ないない! あたしとラウノを大森林の奥地に捨てた人の台詞じゃない!」
「だ、大森林……だと?」
トンミが目を丸くした。
「英雄を複数、護衛に付けて探索する恐ろしい森……ですよね?」ヴィクが言う。「そこの奥地に、捨てた?」
「嘘でしょ……」リュシは開いた口が塞がらない。「大森林に捨てられて、たった2人で戻ったってこと? 数多の魔物が出るのに?」
「ま、まぁ余裕だったわよ?」
ふんす、とアイリスが胸を張る。
ラウノが聞いていたら「いや、色々あったよね?」と突っ込みを入れることは間違いない。だがここにラウノはいない。
「君は蒼空騎士じゃなくて魔法兵だからねぇ。あのぐらいは踏破してもらわないと困る」
「あ、そっかー!」アイリスが手を叩く。「立場が全然違うのよね!」
「そう。それにマルクスが優しくしろって、うるさくてね」
アスラが肩を竦めた。
マルクスは確かにリュシたちの味方だった。1番優しかった。
ギリギリで人間の限界を理解しているというか、リュシたちが死ぬ寸前でアスラに「教官、そろそろ……」とストップをかけてくれていた。
「というか、隊が全滅するのは最悪の結果だよ」アスラが言う。「時には引くことも大切なんだよね。よく判断した。まぁ、遅れる分、山賊たちが暴れている可能性はあるけれど」
「そう……ですね」
今回は想定だとリュシは分かってはいるが、実戦だったら自分たちが遅れることで被害が拡大するのだ。
「ま、とにかく休め。次の想定開始は明日の朝。今日はこのまま解散」
みんな厩舎に馬を戻してから、フラフラと解散し、そして泥のように眠った。
◇
翌朝、リュシたちは想定開始の1時間前に集合していた。場所は厩舎の前。
「どうすれば間に合うか、誰か意見ない?」
地図を地面に広げて、リュシが言った。
「そうは言ってもぉ? ルートも2つ試したしぃ? 他のルートはぁ、明らかに遅くなる気がするしぃ?」
サーラが小さく首を振った。
ちなみに、みんなよく眠ったし食事も摂ったので元気だ。まぁ、入浴の余裕はなかったので臭いままだけれど。
「もっと早い馬を選ぶ、とかですかねぇ?」とヴィク。
「どれが早い馬か、お前分かるのかよ?」とトンミ。
蒼空の薔薇で飼育している馬たちに大差はない。早い馬を手に入れるなら、民間を頼るしかない。
「簡単な方法があるよ?」レコが言う。「馬のための休憩しか取らない。以上。これで間に合うよ」
レコの提案は常軌を逸している。重い鎧を装備してずっと馬を操るのだから、人間の消耗だって激しい。
「オレたちは急ぐならそうするし、もっと急ぐなら替え馬を用意して馬を使い潰す」
「お前らと一緒にすんなよ」トンミが嫌そうに言う。「教官も、お前も、イカレてる。人間の休憩なしとか、無理に決まってんだろうが」
「でも、馬と一緒に休むし、大丈夫だって」レコが言う。「てゆーか、前の2回はどっちも休みすぎなんだよね。あんなに休んだら間に合うわけない」
「休憩なしとかぁ、絶対無理だしぃ」
サーラは再び首を振った。
「無理なのは、他の方法で時間通りに到着するのが無理」レコが言う。「他に方法はないよ? それとも、永遠にこの行ったり来たりを繰り返す?」
レコ以外のみんなが苦い表情を浮かべる。この往復だって、かなり消耗するのだ。繰り返したくなんてない。
「覚悟を、決めよう」リュシが言う。「今日は馬の休みだけで、移動を続けよう」
「おいマジで言ってんのかよリュシ」
「冗談でしょう?」
「うちはぁ、無謀だと思うけどぉ」
「それでも!」リュシが大きな声で言う。「それでも他に方法が思い付かないでしょ!? あと、私が小隊長なんだから、従って!!」
「てめぇ、生意気言ってんじゃねーぞ?」
トンミが酷くリュシを睨む。リュシは少しビクッとしたけれど、トンミを睨み返した。
「オレは従う。オレの提案だし。それに」レコが肩を竦める。「教官が任命した小隊長に刃向かうって、教官に刃向かうのと同じだしね」
レコの言葉で、トンミは引き下がった。
教官に、アスラ・リョナに刃向かうのだけはない。犯罪ファミリーに刃向かう方がまだマシである。
みんながそう思っていることを、レコは知っている。だから、場をまとめるために言ったのだ。
「とにかく、今日は人間の休憩なしを試すから」リュシは決意を秘めた声音で言った。「食事は全部馬上で済ますこと。トイレは馬を休ませる時に済ます。いい?」
「「蒼空」」
◇
「ま、間に合った……」
リュシは安堵の息を吐いた。
作戦通り、人間のための休憩を取らずに移動を続けた結果である。
リュシたちは街道から少し離れた場所で馬を下りて、近くの木に馬を繋ぐ。
木にはマルクスがもたれていた。
「よし、やっと来たか。明日の打ち合わせをしておく」
マルクスが周辺の詳細地図を地面に広げる。
「山賊が出没するのはこの山道だ。襲撃が起こった場所、全てに印を付けているから、この印をよく見て、だいたいのアジトの場所を推理しろ。自分はどこにアジトがあるか知っているが、何も言わない」
そう、この想定では山賊のアジトも蒼空騎士が探さなくてはいけない。
リュシたちは疲労困憊だったが、地図を覗き込み、それぞれ意見を交わした。
明日の捜索の予定が決まったところで、馬に積んでいた寝袋を広げる。隠密なので火は焚かないが、交代で見張りをする。
ちなみに、眠るのは背の高い草の中である。街道から見て、人が寝ているとは思わない場所。馬たちは木の陰や茂みなどに上手く隠した。
翌朝、リュシたちはこの場に馬を残して歩いて山の中へと入った。
ちなみに、アイリスは留守番である。リュシたちと一緒に山に入ったのはアスラとマルクス。
だが当然、2人とも特に何も言わない。
リュシたちも無言で、昨夜当たりを付けた地点を目指す。
しかし最初の地点にアジトらしき建物も洞窟も発見できなかった。
よって、少しの休憩を挟んでから次の地点へと向かう。
そこにもアジトはない。だが問題ない。捜索は山の下、マルクスと合流した地点から順番に行っているだけで、可能性の高い順ではない。
可能性が高いのは次のポイントだ。
リュシは気を引き締めて、進んでいく。山を歩くこと自体は、それほど苦ではない。応用訓練でやったからだ。
蒼空騎士団は憲兵の仕事を請けることが多い。よって、必然的に賊退治が増える。そして、船が必要な海賊と違って、お手軽な山賊は割と数が多いのだ。
と、前方に山小屋を発見。リュシは即座にハンドサインを出す。
止まれ、屈め、身を隠せ。
「……本格的だな……」とトンミ。
確かに、とリュシも思った。
見張りの山賊たちは、本物の山賊に見える。
見た目も雰囲気も、かなり悪そうなのだ。持っている武器も、作り物ではない。
もちろん、リュシたちの剣も本物の剣だ。多少のケガはお互い覚悟の上。想定訓練とは、それだけ厳しい訓練なのだ。
「役者とかぁ? 雇った感じぃ?」とサーラ。
「かもしれませんね。まぁ、正騎士の人らもいるでしょうけど」とヴィク。
「そんなことより、どうするの?」とレコ。
「見張りの2人を、レコとサーラで先行して倒して。2人は動きが素早いから。私とトンミ、ヴィクの3人は見張りを無視して山小屋に突入」
「「蒼空」」
「突入後、私とトンミで敵を殲滅。ヴィクは人質や拉致された人がいたら保護。サーラも突入後はヴィクと保護に回って。レコは私とトンミを補助。いいわね?」
「「蒼空」」
「分かってると思うけど、パニックを起こして先輩たちか、役者の人か分からないけど、山賊役の人たちを殺さないように」
リュシが言って、みんなが頷く。
リュシたちは木に隠れ、なるべく音を立てないように山小屋に近寄る。
そして、「突入!」というリュシの合図でレコとサーラが先行。
2人の見張りを強襲し、撃破。
予定通り、3人は山小屋に突入。トンミが先頭でドアを蹴破った。
そして中に入って、3人は凍り付いた。
燻るマリファナの煙。集団で犯され、泣き叫ぶ女の人。カードゲームをしている者たち。典型的な山賊のアジトの姿がそこにあった。
「なんだてめぇらぁ!!」
誰かが叫び、山小屋の中にいた山賊たちが武器を手にする。
「え、演技……じゃない?」
リュシは頭が混乱した。
女の人は本当に犯されているし、ここにいるのは、正真正銘の山賊にしか見えない。
「青い鎧、蒼空騎士?」
カシラらしき男が顔を歪めた。
レコとサーラも突入。しかしリュシたちが動いていないので、怪訝な表情を浮かべた。
「ああ、ごめん、言い忘れてた」リュシたちの背中から、アスラの声。「彼ら本物の山賊だから、殺さなきゃ殺されるよ? それと、撤退は不可。逃げる者は私が殺す。以上、頑張れ」
とっても、とっても、とっても、アスラの声は楽しそうだった。
聞いてない。こんなの聞いてない。想定訓練だったはず。
本物の山賊? どうして? 実戦? 本物の、殺し合い?
怖い。帰りたい。実戦の覚悟なんてできてない。それはリュシだけでなく、トンミ、ヴィク、サーラも同じだった。
でも逃げようとしたらアスラに殺される。やるしかない。怖いけれど、アスラの方がもっと怖い。
「ば、抜剣!!」
リュシが叫び、剣を持った手で剣を抜こうとした。
結果、それは単に剣を振り回したに過ぎない。しかも味方の近くで。
「危ないっ!」とサーラが叫んだ。
レコがヴィクを突き飛ばす。リュシが振った剣の、軌道の外に移動させたのだ。ヴィクがケガをしないように。リュシが味方を斬らないように。
「バカ野郎! 混乱してんじゃねー! 俺ら剣抜いてんだろうが!」
トンミが叫んだ。
そうだった、突入の合図を出した時に、みんな抜剣したんだった、とリュシは思った。
「なんだこいつら? 蒼空騎士にしては雑魚っぽくね? おい、やっちまえお前ら、勝てるぞ!」
カシラが叫び、山賊たちが雄叫びを上げた。