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月花の少女アスラ ~極悪非道の戦争好き傭兵、異世界転生して最強の傭兵団を作る~  作者: 葉月双
十六章

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222/310

1話 私は誰かを救いたいと心から願ったのに それでも世界は残酷で

大変お待たせしました、16章連載開始します! 今回は、毎週月曜・木曜18時更新に戻します。


「どうした騎士見習い? 助けに入ったくせにそのザマか?」


 黒髪の少年が、金髪の少女を蹴っ飛ばした。

 少女の名前はリュシエンヌ・トマ。名前が長いので、多くの人は彼女をリュシと省略して呼ぶ。愛称というほど、親しみを込めて呼ぶ者はいない。

 リュシは金髪をポニーテイルの形に括っている。年齢は今年16歳になったばかり。


「お前が助けたボケは逃げちまったぞ?」


 茶髪の少年がケラケラと笑った。

 2人の少年は、最近流行しているギャング団のメンバーだ。


「逃げたなら、良かった……」


 リュシは訓練用の木剣を握ったまま、地面に膝を突いている。


「つーか、騎士見習いって雑魚くね?」

「雑魚い雑魚い! 見習いがこれじゃあ、蒼空騎士って雑魚の集まりなんじゃね?」


 少年たちが楽しそうに笑った。

 リュシの服は蒼空騎士養成学校である『蒼空の薔薇』の制服なので、誰が見ても騎士見習いだと分かる。

 ちなみに、青を主体とした制服で、女子は短いスカートに黒いタイツが基本。

 元々は女子もズボンだったのだが、今の団長であるミルカ・ラムステッドが「スカートの方がいい」と力説し、女子はスカートになった。


「おら、なんとか言えよ雑魚騎士」


 黒髪の少年がリュシの顔面に蹴りを入れる。

 リュシはガードしたが、横に倒れた。半分はわざと倒れた。そうした方が痛くないと知っていたから。


「蒼空騎士は、弱くなんかない!」


 リュシは立ち上がり、剣を構えた。


「いや、弱いだろ」と茶髪の少年が笑う。


 リュシが正面から木剣を打ち込む。

 しかし茶髪の少年は軽く躱して、リュシの腹部に拳を叩き込んだ。

 リュシは「ぐえっ」という醜い悲鳴を上げて、木剣を取り落とす。それから腹部を押さえてしゃがみ込んだ。


「うわー、お前バチクソ入れたのか? 可哀想だろ?」黒髪の少年が言う。「これから連れて帰ってみんなで犯すんだぞ? 傷だらけじゃ勃起しねーって奴もいるんだぞ? やれない奴が可哀想だろ?」

「知るかよ。つーか、元々こいつ美人でもねーし、俺様はストレス解消奴隷にした方がいいと思うけどな?」


 リュシの見た目は、特に悪いわけではない。

 ただ、化粧っ気もないし、美人でもない。日々を騎士としての鍛錬に捧げているので、ある意味では仕方ないのだけれど。


「なんで……なんでよぉ……」


 リュシは悔しくて泣いた。

 毎日、頑張って鍛えているのに。それなのに、正騎士の試験に合格できないどころか、ギャングにさえ勝てない。

 弱い人たちを助けたくて騎士を目指したのに。

 唯一の救いは、助けた少女がすでに逃げてくれたこと。リュシが助けに入らなければ、その少女が彼らの玩具にされるところだったのだ。


「おい、なんでって聞いてるぞ?」

「なんでって、今の奴隷そろそろ死にそうだし、全然何しても反応なくなったからなぁ。新しい奴隷が欲しいって思ったわけよ? 騎士見習いとか最高じゃね?」


 ケタケタと少年たちが笑っている。

 こういう理不尽な連中に虐げられている人々を、リュシは救いたいと願った。

 世界には理不尽な暴力が溢れていて、リュシもその被害者だった。

 リュシは泣きながらも、もう一度木剣を握って立ち上がる。


「お? まだやるのか?」黒髪の少年が苦笑い。「現状で顔腫れてるし、輪姦するって言ってんじゃん? 終わったら普通に家に帰してやるって。けど、これ以上傷だらけになると、マジで奴隷にすっぞ? 何を隠そう、傷だらけの女に勃起しないのは俺なんだよ」


 ちなみに、ここは裏通りなので人通りは少ない。まぁ、仮に人通りが多かったとしても、少年たちにはあまり関係ない。

 少年たちは憲兵など恐れてはいない。いや、何も恐れてはいないのだ。

 なぜなら彼らはまだ若く、本当の恐怖に出会ったことがないから。


「どけ」


 突如響いた凜とした少女の声。

 次の瞬間、黒髪の少年の股間に足が生えた。

 正確には、銀髪の少女が黒髪の少年の股間を後ろから蹴り上げたのだ。

 黒髪の少年が断末魔のような、凄まじい悲鳴を上げながら地面を転がり回った。

 リュシは何がなんだか、最初はよく理解できなくて硬直した。

 茶髪の少年も同じだったようで、目を丸くしている。


「道を塞ぐんじゃない。迷惑だろう?」


 銀髪の少女は当たり前のことを当たり前のように言った。

 この子は状況を分かっていない? とリュシは思った。

 だって、相手はギャング団だ。まぁ、そうだと知らなかったとしても、普通は関わらないし、道を変えるものだ。


「このガキ!」


 茶髪の少年が銀髪の少女を殴ろうと動き始める。

 少女を助けなきゃ、と思ってリュシは間合いを詰めた。


「動くな。団長の邪魔になる」


 背後から誰かに抱き付かれて、リュシは動きを止めた。正しくは、動きを制御された。ここまで完璧に押さえ込まれたのは、学校の教官に制圧術を教わった時以来。


「何者なの?」

「オレはレコで、あっちのは団……えっと、アスラ」

「なんで私に触ろうとする? いくら私が可愛いからって、いきなりそれはない」


 アスラと呼ばれた少女はキョトンと首を傾げて、少年のパンチを躱した。


 え? 躱したの?


「マジかこのガキ、俺様のパンチが……」


「ん? 今のパンチだったのかい? 顔を撫でられるのかと思って、うっかり避けちゃったよ。だってキモいだろう? パンチなら当たっても良かったね。どうせダメージないだろうし」


「団長を撫でようなんて許せない」


 リュシを抑え込んでいるレコが言った。声の質から判断して、少年。たぶん私より年下だ、とリュシは思った。

 目の前の銀髪の少女アスラも、明らかに13歳か14歳ぐらいの見た目だった。


「舐めてんのかクソガキが! 俺様を誰だと思ってんだ!?」

「知らんよ君なんか。いいからどいてくれ。私はこの先に用があるんだよ」


 この先には蒼空の薔薇しかないはずだが、とリュシは首を傾げた。


「ふざけんなぁ!」


 茶髪の少年が再び殴りかかった。


「私が可愛いからって、寄ってくるなよ」


 アスラはやれやれ、と肩を竦めながら少年の拳を回避。

 少年は連続で何度も攻撃を放ったが、アスラは全部回避した。


「まさかとは思うのだけど、もしかして攻撃なのかい?」


「団長、それはないって」レコが言う。「どう見てもダンスだよ」


「だよね? ダンスだよね? 私が可愛いからってダンスに誘ってる感じかね?」

「団長をダンスに誘うなんて許せない。揉んでやる」


 言いながら、レコはリュシの胸を揉んだ。


「ひゃぁ!」とリュシは悲鳴を上げた。

 レコを振り払おうとしたが、でも無理だった。


「こらレコ。セクハラするな。そういうのはアイリスにしたまえ」

「だってアイリス、また実家に帰っちゃったし」


 セクハラするから実家に帰ったのでは? とリュシは思った。

 まぁ、リュシは事情を何も知らないけれど。


「それにアイリス、最近また胸が小さくなってた。団長が鍛え過ぎたせい」


 レコは拗ねた子供みたいな口調で言った。


「ちくしょー」


 茶髪の少年が肩で息をし始める。

 地面を転がっていた黒髪の少年は、だいぶ痛みが落ち着いたようで、今はもう転がっていない。でも立てない様子。


「悪いんだけど、私は君とダンスをする気はない。私とダンスがしたければ美少女か美女を連れて来い。そしたら美少女とも美女ともダンスしてやる」


 結局、茶髪の少年とはしないという意味だ。


「殺してやるぞクソガ……」


 茶髪の少年は言葉を切ってビクッと震えた。

 リュシは全身の毛が逆立って汗が噴き出すような感覚に陥った。

 アスラの表情が、急に酷くおぞましいナニカに変化したから。


「今、私を殺すって言ったのかい?」


 ニチャァ、とアスラが笑った。

 それは酷く、本当に酷く極悪な笑みで。

 未だかつて、リュシはこれほど醜悪な笑みを見たことがない。


「つまり君は、この私と戦争するって、そういうことだね? そうだよね? 殺すってそういうことだよね? 殺し合いだよね? 君と私の殺し合いだよね? それはつまり、小さな小さな戦争だね? 私と君だけの、2人だけの細やかな戦争。ああ、ダンスしたいだけの一般人なんかに興味はないけれど、戦争するなら話は別だよ? グチャグチャにしてあげるよ。あるいは君が、私をそうしてもいい。楽しもう。せっかくだから楽しもう。悲鳴と嗚咽と血の海を楽しもう。よし、まずは足」


 アスラが指をパチンと弾くと、茶髪の少年の足が爆発した。

 血と肉と骨がそこらにばら撒かれ、リュシは「ひっ」とその場に尻餅を突いた。すでにレコはリュシを支えていない。


「ぎゃああああああああ!! 俺様の足がぁあああ!!」


 茶髪の少年は気が触れたように地面を転がり回った。


「もう1本いっとく?」


 アスラはとっても楽しそうに指を弾く。

 そうすると、茶髪の少年の残った足も吹っ飛んだ。

 それと同時に、茶髪の少年は死んでしまった。痛みと恐怖で死んでしまったのだ。脳がこれ以上生きることを拒否したのだ。


「ああ、もう終わってしまったよレコ。だけど、戦争はやはり楽しい。一方的で絶対的な虐殺であっても楽しい。いつか私もこんな風に、虫けらのように誰かに殺されてみたいものだよ。ふふっ」


 アスラは気が触れている、とリュシは思った。

 アスラは異常なほどに強いし、殺したのはゴミクズのギャングだけれど。

 それでも、リュシにはアスラの方が危険な生物に思えた。


「こいつは?」


 レコが笑顔で指さしたのは、地面に伏せている黒髪の少年。


「道を譲ってくれるだろう?」


 アスラがそう言うと、黒髪の少年は恥も外聞もなく地面を転がって隅っこに寄った。

 ああ、力なき正義は無力なのだ。

 リュシは以前からそのことを知ってはいたけれど。

 今日は心底からそれを痛感した。

 力があれば、他人を助け、自分の身を守り、更に悪党を更生させることも、あるいは可能かもしれない。

 更生が無理でも、拘束して憲兵に引き渡すことができる。

 リュシがアスラを見詰める。

 アスラもリュシを見ていた。


「君、蒼空の薔薇の生徒だね?」

「ええ。私はリュシエンヌ・トマ。みんなはリュシって呼ぶ。アスラだっけ? あなたも薔薇生になりに?」


 薔薇生というのは、蒼空の薔薇の生徒の略称。


「なぁレコ。私は法則を発見したかもしれない」

「善人っぽい女の子は金髪で髪を結んでるって?」


 レコが呆れた風に言うと、アスラは沈黙した。

 2秒後。


「も、もちろんそれだけじゃ、ないさ」アスラが言う。「剣がメイン武器で、更にちょっと頭が弱そうな部分も似ている」


 私の頭が弱いって言ってる?

 頭のおかしい人に頭が弱いって言われるの、割とショックだなぁ、とリュシは苦笑い。


「でもアイリスと違ってこの子、リュシはすごく弱いよ?」

「ふむ。その弱さから見るに、君はバツ組かな?」


 アスラに問われて、リュシは頬が真っ赤になった。

 恥ずかしいのだ。恥ずかしくてたまらない。

 バツ組というのは、正騎士の試験に落ちた者が行く組。

 リュシはもう3回も落ちている。


「正解みたい」とレコ。


「じゃあ弱さは問題ない。30日で最強騎士に早変わりさ」


 アスラがとっても楽しそうに言った。

 レコは小さく息を吐いて、哀れな生物を見るようにリュシを見た。

 リュシにはその視線の意味が分からなかった。


「じゃあまたね、リュシ」


 アスラは嬉しそうな表情でリュシに挨拶して、軽やかな足取りで歩き始めた。

 レコがアスラに続く。

 リュシは翌日、教室に現れたアスラを見て仰天することになる。

 アスラが生徒ではなく、教官だったから。


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