7話 敗戦前の王様たち 「あ、ちょっとイーティスに出張してきます!」
「猟奇的すぎてビックリしますね」
資料を見終わったサルメが言った。
ここは《月花》拠点の古城。その食堂。
「でしょ? 頭を使う訓練にいいかと思って持って来たの」
アイリスはそう言ったが、本当は少し違う。
1人で考えても、答えに辿り着けなかったのだ。よって、まだ休暇中だが拠点を訪れたというわけ。
「イーティスでこんな事件が起きてたんだね」
レコは興味深そうに資料を見ている。
この場にいるのはアイリス、レコ、サルメ、ロイク、そしてブリットの5人。
「なぁ、その死体の絵……」
ロイクの表情は引きつっている。
まぁ、全身に杭を打たれた死体を見たら、普通はそういう反応をする。アイリスも去年なら、ロイクのような表情になったはず。
慣れたもんよねぇ、あたしも。
良いことなのか悪いことなのか。まぁ少なくとも、冷静に判断ができる分、成長したということ。
「……うちに届いた……手紙の絵にソックリですぅ」
ブリットが言った。
「手紙って?」とアイリス。
「これ」とレコがローブの内ポケットから手紙を取り出す。
アイリスがその手紙を受け取り、宛先と差出人を確認。
親愛なるアスラ・リョナ様。あなたの同類より。
「あ、ちなみに団長さんには報告済みです。同類から手紙が届いてます、って言ったら、中を見ろって言われたので、それで封を切ってます」
サルメが説明。
「ふぅん」と言いながらアイリスは中身を確認。
入っていたのは絵だった。
アスラの絵。全身に杭を打たれ、血を流し、苦悶の表情を浮かべるアスラの絵。
添えられた文字は『いつか君をこうしたい』だった。
「熱烈ね……」とアイリス。
「どうせ団長に杭を打つなら、オレが打ちたい!」
レコはブレない。
「あんた本当、将来が不安だわ」
アイリスは苦笑いを浮かべ、手紙をレコに返す。
「……って、あれ?」アイリスが首を傾げた。「どうしてレコがその手紙を持ってるの?」
「いい絵だから、オレが貰おうかなって」
「あ、そう……」
アイリスは再び苦笑い。
「私も欲しかったのに……先を越されました……」
ぐぬぬ、とサルメ。
「へへ。オレが最初に『この絵、欲しい』って団長に言った」
「ボクが伝えたですぅ……」
ブリットが胸を張った。
最近のブリットは以前よりいくらか明るくなった。アイリスはそういう印象を受けた。
ブリットが前髪を切ったから、というのもある。
以前のブリットは前髪が長く、目を隠していたのだが、今は眉毛ぐらいで切り揃えている。
「団長さんは目の前の戦争が楽しすぎて、絵なんかどうでもいい、って感じでした」サルメが言う。「私も欲しいって言えば良かったです……」
「戦争?」とアイリスが首を傾げた。
「ロイク、説明を」
サルメがロイクに振って、ロイクは現在のトラグ大王国の状況をアイリスに伝えた。
アイリスは内戦が始まったことを、少しだけ悲しく思った。でもそれだけだ。無血革命なんて夢想は抱いていない。
内戦への発展は当然、想定内だ。
それよりも。
「サルメが仕切ってるの?」
「もちろんですとも」サルメが胸を張る。だが胸は小さい。「私が1番の先輩ですから!」
「オレの方が先に《月花》に入ったのに」
「誤差ですよ誤差! 私の方が年上ですし!」
自信満々のサルメに、アイリスは若干の不安を覚えた。
「それよりアイリスさん。早速イーティスに潜入しましょう!」
サルメが何か言い出した。
「ここに籠もっているよりも、実際に現地に行った方が訓練になります!」
「え? でも、イーティスは一応敵地だし、行っていいの?」
アイリスは団員ではないので、自分の判断でイーティスに行った。だがサルメたちは正式な《月花》の団員なのだ。
「敵はスカーレットだけです。イーティスそのものは、別に問題ないですね。行きましょう!」
「……またみんなの前でお尻叩かれて泣くことになるんじゃ……」
アイリスが苦笑いすると、レコとロイクも頷いた。
「だ、大丈夫ですよ! これは訓練の一環ですから! 潜入訓練と、思考訓練! 別に依頼されてるわけじゃないので、犯人が分からなくても問題ないですし!」
「だとしても、まず報告しようぜ?」
ロイクが至極真っ当なことを言った。
「オレも実地訓練は問題ないと思うけど、報告しないのは大問題。絶対にサルメがお尻叩かれることになる。オレは痛くないから別にいいけど、意見は言っておかないとね」
「……そ、そうですね」サルメが冷静に頷く。「コホン、あー、ブリット」
「アスラに繋いだのですぅ……。というか、ずっと繋いでるのですぅ」
ブリットは今までの会話を全部アスラに教えていた。なんなら、捜査資料の内容も伝えている。
実はブリット、サルメがお仕置きされているのを見るのは割と好きだったりする。根が邪悪なので、他人の不幸は蜜の味がするのである。
イーナタイプなのだ。
「あー、えー、報告は、ですね、するつもりでしたよ? ええ、もちろんですとも! 今までの流れは軽いジョーク! 報告して許可を得て、それから行くつもりでしたよもちろん!」
ブリットの言葉を聞いて、サルメが必死な様子で言った。
「君は出張が好きだね」ブリットがアスラの口調を真似して言う。「別に構わんよ? でもスカーレットに見つからないように。君らの実力じゃ、間違いなく殺されるから」
アスラはとっても機嫌が良さそうだった。
サルメはホッと胸を撫で下ろす。
「ああ、そうだ、こっちはもうすぐ終わりそうだから」ブリットが言う。「終わったら手伝うかい?」
「あ、いえ、別に大丈夫です」サルメが言う。「あくまで訓練の一環で、依頼ではないので」
「そうか。では、ほどほどで戻りたまえ。たぶん君らは犯人に辿り着けない。以上」
アスラの口調を真似たブリットが言って、アイリスたちは首を傾げた。
「なんで辿り着けないって分かるんだ?」とロイク。
「さぁ?」サルメが言う。「私たちが未熟だからでしょうか?」
「つっても、あたしはもう立派な魔法兵よ? みんなで協力したら犯人逮捕できるんじゃないの?」
「……もう、アスラは返事しないですぅ……」ブリットが言う。「今日中に、ケリを付けないと……なんか厄介な英雄が戻ってくる……らしいですぅ。まぁ……焦っては、いないみたいですけどぉ……」
ブリットは人形の目と耳を通して、向こうの状況を割と正確に把握している。
「そう。アスラの心配はするだけ無駄だし、イーティスに行く準備しましょうか」
アイリスはパッと切り替えた。
「そうですね。では1時間後、中庭集合で」とサルメ。
「了解」とレコ。
「マジで誰も団長らの心配しねーのな?」ロイクが苦笑い。「革命だぞ革命。気にならねーの?」
「分かってないわねロイク」
やれやれ、とアイリスが首を振った。実にウザい態度だ、とロイクは思った。
「まったくですね。まるで《月花》初心者のようです」
サルメもやれやれと肩を竦め、若干バカにする風な口調で言った。アイリスより更にウザい態度だ、とロイクが苦笑い。
「敵に団長はいないから」
レコは淡々と言った。
「そ。それが真理よ」アイリスが言う。「敵にアスラはいない。でも味方にはいる。以上。他に言うべきことはないわね」
「その全幅の信頼すげぇな。俺はなんだかんだ、まだそこまでじゃねーな。いや、もちろん信頼はしてんだけどな? 尊敬もしてるし、畏怖もしてる。でも、そこまでじゃねーなぁ」
「別にいいよ」レコが言う。「これ以上団長フェチが増えると面倒だし」
「ロイク、簡単な話ですよ」サルメが言う。「すごく、本当にすごくシンプルな話なんです。ロイクが反革命派だったとして、勝てると思いますか? 団長さんに、あるいは《月花》に」
サルメの言葉で、ロイクは2秒ほど思考した。
そして大きく頷いた。
「絶対勝てねーな」
つまり、アスラが奴隷解放派の味方をした時点で、奴隷は解放されるのだ。
「アスラの心配なんかするぐらいなら」アイリスが言う。「アリの数を数えた方がまだ建設的よ。相手がスカーレット並なら心配してもいいけど、そんなことないでしょ?」
アイリスは思う。
スカーレットなら、たぶんアスラを殺せる。
アスラがどんなに姑息な手を使っても、最後には正面からねじ伏せるだけの実力を持っている。
未来の自分だから贔屓しているわけじゃない。
剣を交えたから分かるのだ。
あれは怪物だ。
自分があれほどの戦闘能力を得られるか、アイリスは自信がない。
だからこそ、心を溶かせれば、と思ってお菓子を持って行ったのだ。
◇
敗戦の色が濃い。
トラグ大王国、謁見の間は悲嘆に暮れていた。
何人もの文官、武官たちは疲れ果てていて、玉座に座る王の顔色も悪い。
「なぜ……ここまで差があるのだ……」
王が呟いた。
本来、戦力はこちら側、つまり国王派の方が多かったはずなのだ。
それなのに、連戦連敗。兵は死ぬか降伏し、みるみる減っていった。
「そりゃアンタ、ヨーゼフのやつがアンタよりガキどもを選んだからだろ?」
ケタケタと笑うのは、王を護衛しているノーラ。
ノーラは口の利き方も態度も悪いが、これでも英雄だ。
「ヨーゼフ様……なぜ……あのような言葉に……」
文官の1人が言った。
謁見の間にはいくつもの地図と、軍隊を模した駒が散らばっている。
ヨーゼフがなぜ王都を離れたか、すでにみんなが知っている。そして、アスラに騙されたのだということも。
なんせ、アスラ自身が種明かししたのだから。人質を取ったと言ったが、アレは嘘だと。
「あと、アタシを護衛にして戦場に出さなかったのも問題だねぇ」
ウンウン、とノーラが頷く。
ちなみに、ノーラはいつもと同じツナギ姿だが、ノーラエッジは装備していない。
まだ修理が終わっていないのだ。まぁ、アスラたちとの戦闘後すぐに護衛の命令を受けたので、修理の時間はなかったわけだが。
よって、護衛中のノーラは西では一般的な双剣を装備している。
「今日一日……」王が憔悴した声で言う。「今日を凌げば……ヨーゼフが戻るはず……」
村に戻り、本当は誰も人質にされていないと知ったヨーゼフは、急いで王都に戻っている。そのことは、ヨーゼフ本人が手紙で知らせている。
「……我が王、食事を持って参りました」
侍女が2人、謁見の間に入った。
2人はカートを押している。カートには王の食事とノーラの食事が載っている。
ちなみに、文官や武官たちは順番に食堂に行って食べるのだ。
「もう、昼か……」
一日が長い、と王は思った。
「なぁアンタたちは、奴隷だろう?」ノーラが侍女に絡む。「なんでこっちの味方してんだい? うん?」
「い、いえ……その」
茶髪の侍女が怯えながら言ったが、言葉の続きは出なかった。
「ハッキリ答えなきゃ、ぶん殴るよ?」
ノーラが言うと、茶髪の侍女はビクッと身を竦めた。
そして、そんな茶髪の侍女を守るように、黒髪の侍女が前に出た。
「へぇ、度胸があるんだねぇ」
ノーラは黒髪ショートカットの、貧相な体型の侍女に言った。
「……いじめ、ないでください……あたしたち……他に、行き場は……ないです」
ビクビクしながら、黒髪の侍女が言った。
「ノーラ、よせ」王が言う。「余の侍女たちをいじめるでない……」
「はいはい、我が王様」
ノーラはヒラヒラと手を振って、テーブルに移動。
今は平時ではないので、王は自室ではなくこの場で食事を摂る。
侍女2人がテーブルに食事を並べ、黒髪の侍女が毒味に少しずつ食べる。
「侍女の特権だねぇ」ノーラが面白そうに言う。「王城の料理なんて、アンタみたいな奴隷にはたまらないだろう? たとえ毒味でも」
「……はい」
黒髪の侍女はそれだけ言って、テーブルから離れる。そして茶髪の侍女とともに柱の方に移動し、そこで待機。
食べ終わった食器を片付けるのも、彼女らの役目。
王とノーラが食事を摂る。
そして、ほぼ食べ終えた、という頃。
「大変です!」
伝令兵が駆け込んできた。
「連中が!! 宰相派の連中が! ここに乗り込んできました!!」
その言葉に、王は頭がクラクラした。
つまり、もうこちらの戦力は全滅か、それに近い状態だということ。
ノーラが立ち上がり、身体を伸ばす。
「こーんにーちはー!!」
謁見の間に、酷く明るい声が響いた。
「デリア・ケッペンとその護衛!! アスラ・リョナでぇぇす!! もちろん奴隷解放派で宰相派!! 栄誉ある革命軍だよぉぉ!!」
王にはその声が魔王の名乗りのように思えた。