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EX60 世界に絶望と戦火を広げる武器 「考えただけでゾクゾクする。君もかね?」


「やぁ猫ちゃん、準備はいいかね?」


 アスラはトピアディスの武器屋を訪れていた。

 ステンロース父娘が経営する武器屋で、奥は工房になっている。

 つまり、武器の製造と販売の両方を行っているのだ。


「ばっちりだにゃー!」


 リトヴァ・ステンロースは大荷物を背負って、笑顔で言った。

 リトヴァは17歳の少女で、髪の色は赤。髪型は雑なポニーテイル。

 瞳の色も髪と同じ。額にゴーグルを装備している。服装は、厚手の茶色い作業着。

 去年の時点ではまだ職人には程遠い鍛冶師見習いだった。


「父ちゃんは若干、心配だにゃー!」


 リトヴァのオヤジが店のカウンターに座っている。

 その表情は、言葉の通り娘を案じていた。


「だったら君も来ればいい」アスラが言う。「元々は君を誘ったんだ。でも君が、猫ちゃんは去年と比べてかなり技術が伸びたから、すぐ一人前になれる、自分は故郷を離れたくないから、猫ちゃんにチャンスをやってくれって言ったんだよ?」


 猫ちゃん、というのはリトヴァのこと。

 リトヴァの語尾が「にゃー」なので、アスラはそう呼んでいる。


「いやいや、技術は心配してないにゃ」オヤジが苦笑い。「傭兵国家ってのは、ちょっとやっぱ物騒だろう?」


「少し前のこの国よりずっとマシだよ」


 アスラは肩を竦めた。

 この国、トピアディスは現在アーニア帝国の管理下にある。

 だがその前は、軍事独裁政権だった。

 まぁ、独裁者は私がウッカリ殺してしまったけれど。


「オヤジ、心配しなくてもいいにゃ! アスラたちを攻撃するほどのアホなんて、滅多にいないと思うにゃ!」

「それはどうか分からないけど、警備隊が守るよ。敵によっては私らもね。だから安心して、うちで武器を作っておくれ」


 傭兵国家《月花》の城下町に、武器工房を建てたのだ。もちろん、最新の設備が揃っている。その上、今後の主力武器であるマッチロック式マスケットの製作も可能な工房だ。

 分かり易く言うと、火縄銃のこと。


「新しい武器が作れるなんて、ワクワクするにゃ!」

「おう。父ちゃんも若けりゃ、一緒に行ったんだけどもにゃ! ありゃいい武器になるぞ!」


 アスラはすでに、火縄銃の設計図を2人に見せている。


「猫ちゃんの助手……鍛治師見習いはこっちで見繕っておいたよ」


 かつて、ユルキが投資していた孤児院に問い合わせたのだ。

 うちの国で鍛冶をやってみたい子はいるか? と。

 もちろん、アスラたちが誰で、どんなことをする国か、全て説明した。その上で、3人が挙手したので、特に面接もせずに雇った。


「助かるにゃ! むふふ。ウチが工房の主だにゃー! 嬉しいにゃ!」


「助手のことは君がしっかり育てるように」アスラが言う。「まぁ本人がどの程度やるかにもよるけど、簡単に解雇しないように」


「ウチは優しいにゃー! 手取り足取り、技術を叩き込むにゃ!」

「そうしておくれ。マスケットの試作品はどのぐらいで作れそうかな?」

「やってみないと分からないにゃ。初めて作るものだしにゃ」

「まぁ、それもそうか。あれは今後の戦争を根本から変える武器だから、まだ外に情報を漏らさないように」


 アスラはオヤジに視線を移して言った。


「おう。大丈夫だ。父ちゃんはシコシコ剣でも作ってるにゃ。あー、アスラと前に一緒だった美人とシコシコしたいもんだにゃー」

「オヤジ!」


 リトヴァが怒って床を蹴った。

 オヤジが笑う。


「それってサルメじゃなくてルミアだよね?」

「おう。当然だにゃ」


 オヤジはルミアの容姿を思い出したのか、鼻の下が少し伸びた。


「私はどうかね?」とアスラ。


「おうおう、誘ってくれるのは嬉しいがにゃ、アスラ嬢ちゃん」

「誘ってない。聞いただけだよ。私は美少女だから、きっとやりたいはずだ」

「いやいや、勘違いしちゃいけねー」


 オヤジが首を振る。

 そして立ち上がって、両手を自分の胸に当てる。


「男ってのはな! おっぱいが全てだにゃ! 分かるかにゃ!? おっぱい! 嬢ちゃんにはないもんだにゃ! ガッハッハ!!」


 オヤジは自分の胸を両手で撫で回しながら言った。


「ご、ごめんにゃ?」


 リトヴァがいたたまれない気持ちで言った。


「いいさ。どうせ私は貧乳だよ。でも、大人になったら大きくなるかもしれない」


 まぁそうなったら、自分が最初に揉むけれど、とアスラは思った。


「おう。そん時また誘ってくれ嬢ちゃん!」オヤジが笑う。「ほら、そろそろ行くにゃ! 別れが寂しくなるにゃ!」


「オヤジ、別に今生の別れってわけじゃないにゃ。休暇では戻るにゃ」


 リトヴァが手を振って、オヤジも手を振った。

 アスラも手を振ってから、店を出た。

 リトヴァも店を出て、だけど立ち止まり、1度振り返る。


「オヤジ、ウチを育ててくれてありがとうにゃ! 立派な鍛冶職人になるにゃ!」

「バカヤロー! さっさと行っちまえ! 父ちゃん、泣いちゃうにゃ!」


 リトヴァは気持ちよく笑って、店の戸を閉めた。

 新しい人生の始まりの日は、いつだって気持ちがいい。

 空だって晴れている。

 でもリトヴァ、君が作る武器は、この先。

 そう、この先ずっと、延々と、長い長い年月。

 人を殺しまくる。

 それこそ、数え切れないほどに。


       ◇


 数日後。


「君を粉々にしてすり潰して、歯磨き粉にしてあげようか?」

「団長、その歯磨き粉で歯を磨くの?」

「ああ、君の歯を丁寧に磨いてあげるさ。だから私の可愛い胸を侮辱するのはやめろ」


 アスラは右手をレコに差し出した。

 レコはその右手を嬉しそうに掴んだ。

 その瞬間、アスラは小手返しを使用。レコがグルンと宙を舞う。

 そして床に落ちたけれど、レコはちゃんと受け身を取った。よって、ダメージはあまりない。


「ウチの工房で、姉弟喧嘩するの止めて欲しいにゃ!」


 リトヴァが苦笑いしながら言った。

 ここは《月花》の城下町、リトヴァ工房。

 まぁ、城下町と言っても、警備隊の宿舎と工房しかないのだけれど。

 現在、服屋も建設中。他にも、国として運営するのに必要な建物は全て建てる予定だ。


「様式美ですよ」とサルメ。


「あー、楽しかった」


 レコが起き上がる。


「それで猫ちゃん、いや、工房長。試作品が完成したって?」

「そうだにゃー! もう夢中で作っちゃったにゃ! その間、助手たちには本を読ませていたにゃ!」


 リトヴァが工房の隅を指さした。

 そこには学習用の机があって、多くの技術書が積まれている。

 そして3人の少年少女が、一生懸命にその本に目を通していた。


「よし、試し撃ちをしてみよう」


 アスラが言うと、リトヴァが試作品をアスラに渡した。

 アスラは外に出て、実際に火縄銃を撃って見せた。


「すごい音」とレコ。

「閃光もですね」とサルメ。


「うん。いいね」アスラは火縄銃をリトヴァに渡す。「これを量産しておくれ。そしたらアーニアとサンジェストに売り飛ばすから」


「まずは私たちが使うのでは?」とサルメ。


「もちろん私らも使うし、使い方を覚えるけど、アーニアとサンジェストを強くするのに必要だよ」アスラが言う。「イーティスの侵略がこのまま北に向かったらサンジェスト、東に向いたら、私らはアーニアで戦う」


 実はすでに、そういう趣旨の手紙を両国の王から受け取っている。

 アスラは今も、2人の王と文通を続けているのだ。


「間に合いますか?」サルメが言う。「その、生産能力的に、配備できないのでは?」


「まぁ、スカーレットの気分次第では、銃の配備は間に合わないね。その時は、私らがイーティス軍相手に使って、売り込むさ」


 だからアスラはコンポジットボウを解禁した。アーニアでもサンジェストでも、生産が始まっているはずだ。

 こちらは、国主導での武器の刷新である。よって、ある程度の配備が完了するはずだ。


「コンポジットボウと違って、設計図は売らないんですよね?」

「まぁ最初はそうだね。新型が開発できたら、旧式の設計図は売ってもいい」


 傭兵国家《月花》は武力を輸出する。

 武力の中には、武器が含まれててもいいだろう?


「ところで団長」レコが言う、「スカーレットの気が西に向いたら?」


「そのことについて、夕食の時に話すよ」アスラが視線をリトヴァに移す。「とにかく、よくやった工房長。君の工房は、きっと世界でも有名な工房になるだろう」


 最先端の武器を産み出した素晴らしい工房として。

 ついでに、世界に悪意と殺意をばら撒いた工房としても。


       ◇


 夕食時、古城の食堂。


「奴隷解放運動の支援、ですか?」


 マルクスがアスラを見ながら言った。


「西側の国の1つで、奴隷解放運動が広がっているらしく」アスラが便箋を振る。「私らに革命を手伝って欲しいんだってさ」


「なるほど。社会構造の抜本的な変更ですわね」グレーテルが言う。「確かに、革命と呼ぶに相応しいですわ」


「人が人を奴隷にするなんて、おかしな話よ」


 アイリスが怒った風に言った。


「私もそう思うよ。全ての人間は自由であるべきさ」アスラが言う。「自由に生きて、自由に死ねばいい。全ての人間は私に殺される権利があるし、私を殺す権利もある。そういうもんさ」


「そ……、それは違う気が……」


 アイリスが苦笑い。


「ちなみに、かつてのグレーテルの国」とアスラ。


「違いますわ。わたしの国は、売国奴に売り払われて、今は別の国の一部ですわ」


「その別の国が、今回の任務地になる」アスラが言う。「詳しい依頼内容は、会って話したいそうだけど、まぁ、奴隷解放反対派の粛正だろうね」


「革命ってのは血が流れるもんだもんな」とロイク。


「そういえば……、コンラートも元奴隷」イーナが言う。「……主人をぶっ殺して、逃げて……そして海賊王になった」


「オレは団長の恋の奴隷」とレコ。


「そんな言葉、君はどこで覚えるんだい? ユルキはもういないってのに」


 アスラが苦笑いしながら言った。


「アイリスの読んでるエロい本に書いてた」

「エロくないわよ! ラブロマンスなんだから! 濡れ場の1つぐらいは、そりゃあるけど! そういうんじゃないの!!」


 アイリスは必死になって反論した。

 その必死さが面白くて、みんな笑った。


「さて、私はこの依頼を請ける。楽しそうだから、私が指揮をとる。1度、革命ってやつをやってみたかったんだよね。それと、イーティスが西に向かった時の拠点にしたいんだよね」


「それなら、政府側に付いた方がいいのでは?」とマルクス。


「そっちからの依頼はない。それに大丈夫。革命派を勝たせて、政権も奪取させればいい。私たちとズブズブの政権さ」アスラが悪い顔で笑った。「それじゃあ、革命好きだよーって人は挙手!」


「革命は関係ないですけれど」グレーテルが挙手。「わたしの故郷らしいので」


「俺も行こうかな。面白そうだし」とロイク。


「かつては革命を阻止する権力側だったんだけどね、僕は」


 ラウノも手を挙げた。

 そして次々にみんなが手を挙げる。


「さすが私の部下たち。面白そうなことが好きなんだね。でも全員は不要だよ。よろしい。私が選別しよう。まず副長。君には古城での訓練や、他の依頼が入ったらそっちを任せたい」


「了解です。あとで詳しく革命の話をしてください」


 マルクスは残念そうだったが、すぐに気持ちを切り替えた。


「そしてアイリス、君は東の英雄だけど、西で暴れて大丈夫かい?」


「私利私欲じゃないし、私怨でもないから義務違反はないわ。でも西の大英雄に聞いてみるわね、余計な揉め事の種になりたくないし。てか、英雄は関わってないのかしら? どっち側でも」


「さぁね。行って調べる。どっちにしても、君は外れてくれないかな? ほら、休暇を取るって言ってたよね? それを今取って、家に帰ればどうだい?」


 万が一、英雄が関わっていた場合、アイリスがいると不便だ。

 なぜって?

 関わった英雄を殺す可能性だってあるのだから。


「あー、そうね。父様の調子も悪いみたいだし、いいわ。あたしは1回、実家に戻るわ」


 元々、アイリスは近々戻る予定だった。

 少し早まっただけのこと。


「さて、それじゃあメンバーは、ラウノ、イーナ、グレーテル」


「そんな! オレは置いてけぼり!」とレコ。


「ああ。訓練して早く強くなっておくれ。次は君とサルメの試験だよ。夏の間か、遅くても秋には行う予定にしてる」


 現在は春真っ盛り。

 ロイクとグレーテルの試験は、早くても冬になるだろう、とアスラは思った。


「頑張る!」


 レコは素直に頷いた。


「それじゃあ、栄誉ある革命軍の諸君は、明日の朝1番に城門前に集合」


 ああ、私は2つの革命に関わるのか、楽しいね、とアスラは思った。

 1つは奴隷解放の革命。

 そしてもう1つは、銃火器の登場によって戦争を根本から覆してしまう軍事革命である。

 まぁ、後者は少し時間がかかるけれど。


これにてExtraStory、終了になります。十五章開始までしばらくお待ち下さい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 自分的に最高に好きな作品です。アスラやほかの団員達が仄暗い一面を持ちながらも魅力的で3日ほどで全部読んでしまいました。伏線等もまだまだありそうでとても楽しみです。最終的にはアイリスとアスラ…
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