11話 VSスカーレット 私のお腹がドーナツになったよ!
アスラとサルメが待合室のソファに座ってダラッとしていると、メロディが2人を迎えに来た。
更に知った顔が2人、メロディと一緒に待合室に入った。
「やっほーアスラ! あたしたち、帰って来たわよ!」
メロディの背後から、アイリスが元気に言った。
アイリスの隣のラウノは、微笑んで小さく手を振る。
「ああ、おかえり。もう君たち合格でいいから、一緒にゴジラッシュで帰ろうか」
「いいの!?」
アスラの提案に、アイリスが瞳をキラキラさせて言った。
「いいとも。ぶっちゃけ、大森林から戻っただけで十分だよ」
「それって、迎えに来るのが面倒だったから、城まで戻れって言ったのかな?」
「ご名答だよラウノ。冴えてるね」
アスラがラウノを指さして、ニコッと笑う。
「話が済んだなら行こっか」メロディが言う。「スカーレットお姉様が呼んでる」
アスラとサルメが立ち上がったのを確認してから、メロディが踵を返して歩き始める。
アスラたちはメロディに続く。
「ねぇねぇアスラ、山羊が逆立ちするんだって!」
「なんだって?」
アイリスがいきなり意味不明なことを言ったので、アスラは聞き返した。
「だから、山羊が――」
「やめろアイリス。僕が悪かった。とにかく僕が悪かったから、逆立ちする山羊のことは忘れてくれ。頼むから」
ラウノが焦った風に言った。
「想像すると面白いですね」とサルメ。
「でしょ!? 面白いでしょ!?」
アイリスが楽しそうに言った。
「アイリスさん、いつも以上に元気ですね」
サルメは少し呆れた風に言った。
「薄暗くてジメジメした森から、人間の世界に帰ってきたんだもの! 当然よ!」
「アイリス、ラウノ、拠点に戻ったら大森林の話を聞かせておくれ」
「いいわよ!」
そんな風に、気軽に世間話をしていると、謁見の間に到着した。
メロディ以外の4人がハッと息を呑んだ。
あまりにも異様な雰囲気が漂っていたからだ。
謁見の間の床には、おびただしい数の剣が突き刺さっている。
ロングソード、クレイモア、ショートソードにグレートソード。よく見ると双剣も交じっている。
すでに日が落ちているので、窓から差し込むのは星明かりと月明かり。
謁見の間の光源の多くは壁の蝋燭と、レッドカーペットに沿って等間隔に並べられた松明。
本来、謁見の間はこんな時間まで使用しないので、松明は本日限定の仕様だろう、とアスラは思った。
火の灯を反射した刀身が怪しく煌めいている。
嫌いじゃないな、この雰囲気、とアスラは思った。
レッドカーペットを進むと、割と暖かいことに気付く。松明の火のおかげだ。
ただし、松明は蝋燭と違って煤が出るので、室内で使うことはあまりない。
「素敵な演出をどうも」
立ち止まったアスラが言った。
スカーレットは玉座に座っていて、その隣にナシオが立っている。
メロディがスッとスカーレットの方に移動し、ナシオの逆隣に立った。
「剣のことなら、前からよ」スーカレットが言う。「別にアスラのために刺したわけじゃなくて、あたしの趣味」
「うげっ、変な趣味ね」とアイリス。
その発言に、みんなちょっと苦笑い。
さすがに若返っただけあって、スカーレットの声も顔もアイリスとよく似ている、とアスラは思った。
ラウノとサルメもだいたい同じようなことを考えた。
「インテリアとして優れてるわ」スーカレットが言う。「墓標のようでもあるし、戦場のようでもある。心が落ち着くの。お子様には分からないかしら?」
「あたし成人してるけど?」
アイリスの国では、15歳で成人だ。
「ああ、もういいわ」スカーレットが苦い表情で言った。「あんたはちょっと黙ってて」
アイリスは目立つようにわざと大きな動作で肩を竦めた。
スカーレットはイラッとしたが、とりあえず息を吐いて落ち着く。
「それよりスカーレット」アスラが言う。「約束の金を受け取りたい」
「もちろん、それは用意してるわ。ナシオ」
スカーレットの言葉で、ナシオが玉座の背後に置いていたスーツケースを取った。
「だけど、少し話しましょうアスラ。あなたに興味があるの」
「そいつはいいね。私も君に興味がある。初めて会った時は、あまり話さなかったからね」
あの時、アスラたちはスカーレットを酷く警戒していた。
もちろん、今も心を許しているわけではない。
ただし、あの時ほどの警戒はしていない。なぜなら、スカーレットの正体も目的も理解しているからだ。
更に言うと、今日は金を受け取りに来ただけで、殺し合いに発展する要素などないのだから。
「みんながあんたを特別だと言うの」スカーレットは挑発するように笑う。「まぁ確かに、偽物とはいえジャンヌを倒したし、滅びるはずだったアーニア王国も救った」
「やっぱ、私らがいないとアーニアは滅びたか」
分かっていたことだ。アーニア王国は圧倒的に強大なテルバエ大王国と戦争をしていたのだから。
「サンジェスト王国も救ったわね」
「依頼主だったからね。滅びてもらっちゃ困る」
「あんたは何者?」
「アスラ・リョナ。それ以上でもそれ以下でもないね」
「あたしと同じような立場? 誰かに別の時間軸から召喚されたの?」
「私もそうかと思ったけど、違っていたよ」
「じゃあ、なぜあたしはアスラを知らないの? あなたは確かに存在していなかったわ」
「だろうね。私が3歳の時、私は死ぬはずだった。でも、運が良くてね。前世を思い出すことで、難を逃れたのさ」
「……襲撃者の大半をぶち殺すことを、難を逃れると言うのでしょうか?」
サルメが小声で言って、「団長の中ではそうなんじゃない?」とラウノが応えた。
「前世?」とスカーレットが首を傾げる。
「別に信じる必要もないけど、私は前世を覚えている。かつて、何者だったか知っている。だから、少し君たちと違うってだけ。特別だと言うなら、たぶんその一点だけだろうね」
「なるほど」スカーレットが息を吐く。「まぁ、その戯言も少しは信じられるわ。だってあたし自身、まさかの違う時間軸に呼ばれちゃったんだもの。前世を覚えているなんていう話も、頭から否定する気はないわ」
「ねぇ、違う時間軸ってどういうこと?」
アイリスが首を傾げた。
「あとで教えてあげるよ」とアスラ。
「今教えればいいじゃないの」スカーレットが立ち上がる。「あたしは未来のあんたよ」
「は? 何言ってんの? あたしはあたしよ」
アイリスは意味を理解できず、首を傾げた。
まぁ、当然の反応だろう、とアスラは思った。
いきなり未来の自分だと主張されても信じられるわけがない。
しかもちょっと違う時間軸を生きた自称自分なんて、信じる奴は頭がどうかしている。
「確かにちょっと顔は似てるけど、って! 前に会った時はもっとオバさんじゃなかったっけ?」
「……今頃?」
スカーレットの頬がヒクヒクと引きつっていた。
過去の自分のアホさに、酷く複雑な心境なのだ。
「それもあとで、説明してあげるよ」とアスラ。
スカーレットは溜息を吐いてから、右手を横に広げる。そうすると、ナシオがその手にスーツケースを渡した。
わぁお、うちの執事みたいだ、とアスラは思った。
スカーレットがアスラたちに歩み寄る。
「サルメ」
「はい」
アスラの声で、サルメが2歩ほど前に出る。
そしてスカーレットからスーツケースを受け取り、すぐに床に置いて中を検めた。
サルメは大きく頷いてから、スーツケースを閉める。
そして大事そうにスーツケースを抱え、アスラの少し後方に移動。
「じゃあ、これで取引は終わりだね」アスラが言う。「また何かあったら、相談しておくれ」
アスラが踵を返し、他の3人もそれに続く。
「ねぇアスラ、あたしの部下になる気はない?」
「なるわけないだろう? 私は傭兵団《月花》の団長だよ? たぶん死ぬまでそうであるだろうさ」
「そう。じゃあ仕方ないわね」
次の瞬間、スカーレットは床の剣を抜いて、一瞬でアスラとの距離を詰めた。
アスラが振り返る。
同時に、スカーレットがアスラの腹部に剣を突き刺した。
アスラはスカーレットと目が合う。
スカーレットの目は、楽しそうに笑っていた。
サルメがスーツケースを落とした。
アイリスが片刃の剣を抜いて構える。
ラウノも両手に短剣を構えた。
空気が張り詰める。
「どういう、つもりかな?」
アスラが問う。
同時に、ハンドサインを送る。
動くな、今は。
「どうかしら? 試したかったというのもあるし、あんたは有能だから敵に回る前に死んで欲しかったってのもあるわね。傭兵って、思想も何もないから、お金で雇われるでしょ? 敵に回ると面倒かな、って」
スカーレットが剣を引き抜くと、アスラは背中から床に倒れた。
即座に【花麻酔】で傷口を塞ぐ。
「いい一撃だよスカーレット。今のは躱せない。タイミングも速度も完璧。実に素晴らしく気持ちのいい一撃だったよ。でも、ああ、だけれどスカーレット、私と敵対する奴は、どうして後ろから私を攻撃するのかねぇ。何かルールでもあるのかね?」
アスラはジャンヌを思い出しながら言った。
今ではあの瞬間も、大切な日常の1コマだ。
ナシオとメロディが駆け寄ろうとしたが、スカーレットが制した。
「油断したあんたが悪い。でしょ?」
「ああ、まったくその通りだよ。クソ、金を受け取りに来たんだ私は。なんでそのついでに、可愛いお腹をドーナツにされなきゃいけない? レコが聞いたら嘆くか、もしかしたら喜ぶかもね。団長の痛がってる顔、興奮する! ってね」
アスラは楽しい気分になっていた。
いきなり腹を刺されて、いい気分なのだ。
とっても、とっても楽しくて素敵な気分。
特に、死の匂いがするのが最高だ。
滾る!
天井を映したアスラの視界に、スカーレットが映り込む。
「試して分かったのだけど、特別視されてた割には、大したことないじゃない」
スカーレットは少し笑った。
◇
「あんたは死ぬべきよ」
スカーレットが長剣を構え直す。
アスラの腹部を貫いて、血で濡れている長剣。
「残念だよスカーレット。私なら君の理解者になれるのに」
アスラが右手をパチンと鳴らした瞬間、アイリスがスカーレットに斬りかかった。
スカーレットはアイリスの一撃をガード。
「へぇ、やるじゃないの」
「いきなり刺すなんて!」
アイリスは怒っていた。
スカーレットとアイリスが斬り結んでいる間に、ラウノがアスラを抱き上げる。
「わぁお、お姫様抱っこだね」アスラが冗談を言う。「ナシオの側に」
ラウノは質問せずに頷く。そして玉座の方へ移動。
サルメは落としたスーツケースを拾い、ラウノに続いた。
アイリスに押されて、スカーレットはレッドカーペットからはみ出し、数多の剣が刺さっている場所で斬り合いを続けた。
「ナシオ、私を古城に連れて戻れ」
アスラの命令に、ナシオはすごく嬉しそうな顔をした。
「えっと? 私はどうしたらいいのかな?」
メロディがナシオに質問した。
スカーレットに助けを制されたので、やることがない。
「アイリスたちの戦いを見てたら? いつかスカーレットを倒す時のために」
ナシオはそう言って、別の空間への扉を開いた。