9話 売国奴の首を刈るのが趣味ですわ でも可愛い女の子はもぉぉっと好きですわ!
ウラリーは自分の屋敷のリビングで、ドーラをばら撒いて笑っていた。
「いやぁ、儲かったなぁおい」
レジスはソファに座って、札束の海を眺めながら酒を飲んでいる。
「1000万ドーラ! 笑いが止まんないんだけど!?」
ウラリーは普段の丁寧な喋り方を完全に忘れている。というか、こっちが本性だ。いつもは優しくて民思いの素晴らしい代表を演じているに過ぎない。
「ああ、最高! 売国って最高!」
ウラリーは床のドーラ札を両手いっぱいに拾い上げ、そして空中にバッと舞わす。
ヒラヒラと落ちるドーラ札を眺め、酷くいい気分だ。
低いテーブルの上に置いてある強い酒を、グラスに注ぐ。レジスが飲んでいるのも同じ酒だ。
ちなみに、かなり高価なブランデー。
「次は何して稼ぐよウラリー?」
「決まってるでしょ? イーティスが税を上げたとか、そういうことにして私らの懐に入れればいいのよ。何かしらあるでしょ」
「ははっ、全部イーティスのせいにするわけか!」レジスが笑う。「お前、本当、悪い女だなぁ!」
「あら? そんな女の方が好みでしょ? いい思いできるんだから」
ウラリーはブランデーを一気に飲む。
「国民も国も、イーティスでさえ、金のなる木ってなもんか!」
ガッハッハ、とレジスが下品に笑った。
ウラリーも釣られて、ヘラヘラと笑った。
とっても、とっても、幸せな気分なのだ。
高価なブランデーに、有り余るお金。更に、今後も定期的にアホな国民から搾取可能なのだ。死ぬまで甘い汁を吸うことができる。
嬉しくてたまらない。
「まずは何を買うかな」レジスが真剣に悩む。「1000万もありゃ、ぶっちゃけ普通に暮らせば余裕で死ぬまで保つ、ってか余るか!」
「普通? 何言ってんのレジス。贅沢の限りを尽くすの! 私たちは、最上級の食事をして、最上級の服を着て、最上級の家に住み、最上級の男娼を買って、何もかもを最高品質で揃えるのよ!」
「そりゃいいや! けど、さすがに一気に買い込むと国民に怪しまれるんじゃねーか?」
「ま、その辺りは多少の警戒が必要かもね。でも正直、疑うような奴は粛正すればいいのよ。お金はあるのだから、暗殺者ぐらい雇えるでしょ?」
レジスもウラリーも完全に舞い上がっている。
現在、屋敷にはこの2人しかいない。1000万ドーラを堪能するため、使用人たちは全員帰らせているからだ。
「本当、とんでもないクズですわねー」
だから、その声に2人は驚き、目を丸くした。
「たくさんのクズを見てきたから言うけど、こいつらはクズの中では普通のクズだよ。もっと酷いのもいた」
「普通のクズ、という言い方は少し妙だな」
レコ、マルクスの2人は、まるで気軽な友達のような雰囲気で言った。
グレーテルだけが、怒ったような表情をしている。
「て、テメェら!」
レジスが立ち上がり、剣を抜く。
「何の用ですか?」とウラリー。
「今更、丁寧に話さなくてもいいですわよ?」グレーテルが溜息交じりに言う。「所詮、あなたはクズに過ぎず、国家の代表の器でありませんし」
「何の用かって聞いてんだよ傭兵ども!」
レジスが威嚇するように大声で言った。
しかし傭兵団《月花》の3人は、少しもビビった様子がない。
「売国奴に天誅を下す、というのは少し綺麗な言い方ですわね」
グレーテルがクレイモアを抜いた。
「オレの目的はその金」
レコが床一面に広がるドーラ札を指さして言った。
「これは私とレジスのお金よ! 薄汚い傭兵めっ! レジス!! 構わないから斬り殺しなさい!!」
「おっしゃ! 行くぞゴルァ……」
レジスの最後の方の言葉は、掠れてしまった。
そしてレジスはさっきまで座っていたソファに、座り込むように倒れた。
「は?」
ウラリーがレジスを見て目を丸くした。
酔いが回って倒れたのかと思った。
しかし、よく見たらレジスの額に短剣が突き刺さっているのが分かる。
レコの投げた短剣だ。
「ほら、やっぱり弱かった」レコが溜息交じりに首を振る。「今のを避けられない奴は、用心棒だか護衛だか知らないけど、そういう仕事に就く資格はないと思う」
「よくやったレコ」マルクスがレコの頭を撫でる。「札を血で汚さなかった」
「うっ……」
クレイモアでウラリーの首を叩き落とそうとしていたグレーテルが、言葉に詰まった。
ここで首を刈ってしまうと、札が血塗れになってしまう。
「えへへ。団長にもオレがよくやったって言ってよ?」
レコは嬉しそうに微笑んだ。
「ああ。しかし今は、さっさと金を集めてしまおう。ケースはそこに転がっているのをそのまま使えばいいだろう」
マルクスは床に無造作に転がっているスーツケースを見ながら言った。
ちなみにスーツケースは2つ転がっている。各500万ドーラずつ仕舞える仕様だ。
「はぁい」
レコは床に座り込んで、札を集め始める。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
ウラリーがレコに寄って行き、手を伸ばす。
その手首をマルクスが掴み、強引に腕力だけでウラリーを部屋の外に引っ張り出した。
「では、あとは好きにしろグレーテル。自分たちは金を集めておく」
そう言って、マルクスは室内に戻る。
ウラリーの前にはクレイモアを持ったグレーテルが立っている。
「は、話し合いましょう!」
「いいですわよ。何を話しますの? 今日はいい天気ですわね。誰かの首を斬るにはうってつけの日だと思いませんこと?」
「な、な、なんで私に構うのよ!? お金が欲しいなら、300万! そう! 300万あげるから、もう帰ってちょうだい! 傭兵には十分な額でしょ!?」
「それはないですわね。理由は2つ。1つは、わたしがあなたを気に入らない。だから殺す。2つ目は、レコも副長も1000万を持って帰って団長に褒めて欲しい。だから、どう頑張っても、あなたは死ぬし、お金も残りませんわね」
グレーテルがクレイモアを額の前で構える。
クレイモアの使い方は《月花》に入ってから教わったのだ。
グレーテルは西の出身なので、元から使えるのは二刀流か双剣である。
「何がそんなに気に入らないの!? 理解できない!」
「昔、売国奴のせいで国を失ったお姫様がいましたの」グレーテルが言う。「その子は、売国奴を殺すことだけを夢に見て生き続けたのに、結局、その子が手を下すこともなく、売国奴は病気であっさり死んでしまいましたわ」
7年は前の話。
「以来、国を問わず売国奴を見つけると、とりあえず殺してますの。当時の自分の復讐心を慰めている、という感じですわ。ご理解頂けましたか?」
「……そのお姫様が、あんたってわけ? 私はとばっちりじゃないの」
ウラリーは苦々しい表情で言った。
「どうでしょう? もっと全てを簡単に説明すると、わたしは売国奴が嫌い。だから殺す。わたしが気に入らないなら、わたしを殺してくれてもいいですわ。そういう覚悟で、この3年は各地で売国奴狩りをやっておりましたの。色々な国に雇われて」
「それが、なんで傭兵に?」
ウラリーが質問した。
何か分かれば、交渉の材料が手に入るかもしれないから。
ウラリーは伊達に代表を務めているわけじゃない。実務能力は高い。本性がクズなだけで。
「美少女が2人もいる、と聞きましたので」
グレーテルが頬を染めた。
「……は?」
ウラリーは意味を理解できなかった。そして、今後も理解することはない。
次の瞬間には、グレーテルがクレイモアを振って。
ウラリーの首はアッサリと床に落ちた。
ウラリーの身体は血の噴水と化して、背中から床に倒れた。
「うちの団長様とアイリスは本当、可愛いんですのよ? 売国奴狩りも止めたわけじゃありませんけれど、自分の幸福も少しは見ないとダメですわ」
グレーテルは今年22歳になる。
そろそろ、新しい人生を歩んでもいい頃合いだ。
ポジティブに言うなら、前に進んだのだ。
「可愛い女の子って本当、最高ですわー」
◇
マルクスが陣に戻ると、エステルが不思議そうな表情で寄ってきた。
「どこに行っていた?」
「自由都市国家を見て回っていた」
「残りの2人、レコとグレーテルは?」
「買い物だ」
または、死体の処理中。
更に、レコがウラリーの筆跡を真似て書き置きも用意している。
ふがいない自分のせいで、国家を守れなかったのでレジスと少し旅に出ます的な内容だ。国民のみなは、イーティスの文官に従うようにとも添えているはず。
色々なことを穏便に済ませるためだ。
「そうか。ところで例の件は……」とエステル。
「大丈夫だ。後日、団長がそちらに向かう」
報酬の受け渡しの話だ。
スカーレットがアスラを指名したのだ。アスラじゃないと、500万を渡さない、と。
「すまないな」エステルが苦笑い。「神王様は、アスラに興味を持っている。私としては、あまり関わって欲しくもないがな」
「団長もスカーレットに興味を持っている。自分としては、あまり関わって欲しくないがな」
マルクスも苦笑い。
「お互い苦労しているようだなマルクス」
「自分は苦労だとは思っていない。日々を楽しんでいる。エステルも少し気を抜け。宴会の時のお前は、少し好きだ」
エステルは酔うと脱ぐ。
普段、鎧でガチガチに固めているのは身体だけでなく心もなのだ、とマルクスは気付いた。
もちろん、指摘はしなかった。
「そ、そうか……」
エステルが頬を染めて、視線を逸らした。
「さて、自分たちはすでに迎えを呼んでいる。もうじきお別れだ」
「あ、ああ。助かった」エステルが言う。「市民皆殺しなどという、胸くその悪い事態が起こらなくて幸いだった。まぁ、《月花》の手腕と言うよりは、あの代表たちの策略ではあるが」
「そうだが、自分たちがいなければ彼らの策略も意味はなかった。傭兵が出てくるまで価値を高めたわけだからな。500万はもらうぞ」
「もちろんだとも」エステルが右手を差し出す。「できれば今度、個人的に会えないか?」
「個人的?」マルクスはエステルの右手を握った。「自分はデートはしないと言ったはずだが? それに神の従僕でもない」
「私も、少しは思考を改めることにしたのだ。神王様が神典を焼き払ってしまったからな」
握手した手を離し、エステルは肩を竦めた。
「そうか。だが自分には純潔の誓いがある。期待に添えるかは疑問だ」
「わ、私が年中発情しているみたいに言うな! 興味はあるが、別に、今回のは、普通の、その、友人としての誘いだ!」
「いいだろう。手紙をくれ。返事を書く」
「分かった! 待っていろ! 神への賛辞のような素晴らしい手紙を書いてやろう!」
「普通の手紙でいい」
そう言って、マルクスは《月花》のテントへと引っ込んだ。
そして椅子に座り、小さく息を吐く。
「ルミアを忘れるには、まだ少しかかりそうだが……」
マルクスはルミアに惚れていた。
今でもまだ、その想いが少しだけ残っている。
「だが、自分も前に進む時か……。しかし、エステルかぁ……」
エステルなら、年齢的にも見た目的にも問題はない。
やや性格がアレだが、いい相手である。
傭兵国家《月花》の国民になってくれるなら尚良し。
あるいは、
たぶん敵対するであろう勢力の、有力者でなければ。