7話 1500万ドーラ欲しくない? それだけあったら、きっと団長も喜ぶし
「その女を斬れば、自由都市国家の民は意地でも降伏しないだろう。分かるなグレーテル?」
マルクスがグレーテルを睨んで言った。
マルクスに睨まれて、グレーテルは小さくなって頷いた。
「オレたちの仕事は自由都市国家をイーティスに編入すること」レコが言う。「方法は自由だけど、労力は少ない方がいいよね?」
「それも……分かりますわ」
市民たちを殺して回るよりも、ここで話をまとめた方が遙かに早いし楽なのだ。
「やるじゃねぇか小さいの。俺様の抜剣を止めやがった」
レジスが感心した風にレコを見た。
「別に? おじさんあんまり強くないでしょ?」
「ああ? テメェ、調子に乗ってんなよゴラァ」
「まぁまぁ」エステルがレジスを宥める。「私としては、穏便に運びたい。ウラリーは書類を見せろ。それから話を詰める」
「自分たちはもういいか?」とマルクス。
エステルが頷いたので、マルクスはテントの外に出た。
レコとグレーテルもそれに続く。
「仕事、余裕だったじゃねーか」
レコの肩でジッとしていたレコ人形が言った。
「500万ドーラも貰っていいのかと思うほど、簡単な仕事だった」マルクスが言う。「しかしウラリーの外道っぷりには辟易してしまった」
「自分の国を金で売るなんて」グレーテルが言う。「信じられませんわ」
「まぁ、価値基準は人それぞれだから」レコが言う。「ところで、500万を1500万にする方法あるけど聞きたい?」
「是非」とグレーテル。
「ふむ。1500万は魅力的だな。団長は国家運営で金が必要だろうし、聞こう」
「んじゃあ、迎えはまだいいか?」レコ人形が言う。「今ならキンドラ空いてるぜ?」
「まだいい。団長には仕事が無事終わったと伝えてくれ。しかし戻るのはもう少し先になりそうだ、とも」
「分かった。アスラまだ戻ってねーけど、戻ったら伝えるぞ」
「あ、ついでに団長に愛してるって伝えといて」
レコが言うと、レコ人形はやれやれと肩を竦めた。
「それでレコ、1500万に増やす方法は?」
「うん。単純明快だけど、ウラリーって気に入らないでしょ? オレはどうでもいいけど、グレーテルが酷く怒ってるし、マルクスも嫌いでしょ? ああいう奴」
レコの言葉に、マルクスとグレーテルが頷く。
「金の受け渡しが終わったら、暗殺して金はオレたちが持って帰ろう。1500万もあったら、団長はきっと乳首を抓って引っ張ってもいいって言ってくれるよね?」
「団長の乳首は止めておけ。しかしまぁ、実に単純な案だな」マルクスが肩を竦めた。「野盗の発想だが、ウラリーが気に入らないのも事実。まぁ、だが殺すほどかと聞かれると微妙な線だが」
「死ぬべきですわ」グレーテルが強い口調で言う。「あれは国家の寄生虫。国民はけっして幸せになれませんわ。自分の利益が最優先ですもの、あいつは」
「そんなことを言い始めると、死ぬべき人間だらけになってしまうがな」
「まぁ、マルクスが殺す気ないならグレーテルが殺せばいいよ」レコが提案する。「別にオレがやってもいいけどさ」
「わたしがやりますわ」
グレーテルは強い意志を持って頷いた。
「レコは暗殺の際にレジスが近くにいるならレジスをやれ」マルクスが言う。「ちょうどいい相手だ」
「了解。ところで金の受け渡しっていつだろう?」
「分からん。だがエステルに言って急がせればいい。自分たちも最後まで見届ける義務があるから、とかなんとか言っておけばいいだろう」
3人はしばらくその辺でストレッチをしたり、軽く近接戦闘術の訓練をした。
イーティスの兵がワラワラと寄ってきて見学し、「小さいのに強いなぁ」とか「いい女だな」と声を上げた。
誰もマルクスのことは言わなかった。マルクスの場合は見た目からして強そうなので、強くて当たり前だからだ。
女子供に目が行くのは仕方ない。
そうこうしていると、エステルたちがテントから出てきた。
「終わったのか?」
マルクスは訓練を止めて、エステルに寄って行く。
レコとグレーテルも続いた。
「ああ。大して詰めるところもなかった。自由都市のイーティス編入、都市長は引き続きウラリーだ」
「それでは、お金は私の屋敷の方に届けてくださいね。10日以内に」
ウラリーはニッコニコの笑顔で言った。
レジスもニヤニヤと笑っている。
「分かった。待っていろ」エステルが言う。「それまでに、市民たちにイーティス編入を話しておけよ? いざこちらの文官が行ったら叩き出された、などということのないように」
話すだけでなく、納得させろという意味。
無駄に抵抗することのないように。そのために高い金を支払うのだから。
「ええもちろん」ウラリーが言う。「傭兵団の人たちもどうも、いい働きでしたよ?」
「ほう。ならば報酬を貰おうか」とマルクス。
「ご冗談を。イーティスから受け取るでしょう? あまりがめついと身を滅ぼしますよ?」
ウラリーの言葉に、マルクスは肩を竦めた。
そっくりそのまま返そう、とマルクスは思った。
「おい小さいの、今度会ったら、細かく刻んでやるからな? 精々ビビってろ」
「ビビる? オレが?」レコが驚いて言う。「おじさん、顔だけじゃなくて頭も悪いんだね。可哀想」
「あんだとこのガキ!!」
レジスが長剣に手をかけると、エステルがレジスの顔面を掴んだ。
「おい。私は神王様のための任務が1つ終わって、祝杯でも挙げたい気分なんだ。水を差すな。それとも、大英雄の戦闘能力を知りたいか?」
エステルが低い声で言ってから、レジスの顔面を離した。
「だ、大英雄様とは戦えねーよ」
冷や汗を流しながら、レジスはヘラヘラと笑った。
「さっさと行け」エステルが犬を追い払うような仕草を見せる。「私は本国に手紙を書いて、さっき言った通り祝杯だ。《月花》のお前たちもどうだ?」
「頂こう」とマルクス。
ウラリーとレジスは普通に歩いて自由都市国家の城門へと向かった。
◇
「うぉぉぉぉ! 俺は帰ってきたぞぉぉぉぉ!!」
古城を目の前にして、ロイクは喜びのあまり叫んだ。
両膝を地面に突いて、両手を大きく天に伸ばしたその姿は、まるで神に最大限の感謝を示す者のようだった。
太陽はすでに傾いていて、空はオレンジ色に染まっている。
「お疲れ諸君。今日はもう自由にしていい」
アスラが楽しそうな表情で言った。
「さすがに……疲れました」
サルメが地面に座り込む。
「尋常じゃない水泳訓練と砂浜での戦闘訓練」ロイクが思い出しながら涙を流した。「そして極めつけは、海からここまで行進……」
行軍ではなく行進である。
規則正しく整列し、一糸乱れぬ行進である。
「団長の気分で……いきなり『小隊止まれ!』の号令……」イーナがげんなりして言う。「止まれなかったら……股間をキックされるという……あたしの処女膜……生きてるかなぁ……」
「俺の玉もやべぇ……」
「ちゃんと手加減したよ?」アスラが言う。「それにアイリスが戻ったら回復してもらえばいい。それまでは、腫れに効く薬でも塗っておけ。薬はサルメがよく知ってるだろう?」
「は、はい! 知ってます!」
名前を呼ばれたので、サルメはサッと立ち上がって気を付けの姿勢を取った。
「休め」
アスラが言うと、サルメが楽な姿勢に。
「もう訓練は終わりだよ。好きに過ごしていいって言っただろう?」
「え、えっと、ついウッカリ癖で」
サルメは苦笑いしてから、再び座り込んだ。
「しかし君たち体力ないね。ちょっと行進したぐらいで疲れすぎだよ。たかが50キロかそこらじゃないか」アスラがやれやれと首を振る。「休憩だって挟んだし、給水タイムだってあった。余裕だよこんなの」
「団長の体力、底なしかよ」
ロイクも座り込んだ。
そうこうしていると、警備隊の連中が3人寄ってきた。
正確にはスリーマンセルである。警備隊が古城周辺を巡回する時の最小単位だ。
古城内の巡回はツーマンセルで、場所への配置は1人から数人まで様々。ちなみに城門の前には2人を配置している。
とはいえ、警備計画はアスラではなく警備隊長が制作したものだ。
アスラはそれを見て、不備がないことを確認し、許可しただけ。
「団長、お疲れ様っす」
そう言った警備員は、赤毛の少年で年齢は16歳になったばかり。
名前はヨウニ。監獄島の出身である。
「やぁヨウニ。君、少し髪が伸びたね。結べるんじゃないか?」
「切るか結ぶか、悩みどころっす」
ヨウニは微笑みながら言った。
「ヨウニ、お前もこっちの訓練受けてみろよ」とロイク。
「ははっ、俺は警備隊として団長を守るって決めてんだ」
ヨウニとロイクは年齢が近いので、割と仲がいい。
警備隊も傭兵育成初級訓練は受けるのだが、それは魔法兵の訓練課程に比べたらずっと楽なものだ。
「期待してるよ。ところでラッツは?」
「ラッツ隊長はティナ総務部長と監獄島の様子を見に行ってるっす。ゴジラッシュで」
警備隊の隊長を務めているのがラッツ。元運輸大臣の補佐官だ。
ちなみに、現在の警備隊は大隊規模なので、ラッツは大隊長となる。警備隊の正式名称も警備大隊だ。
「そうか。彼には転職してほしいんだよね。戻ったら私に会いに来るよう伝えておくれ」
「転職っすか? 隊長が何かやらかしたとか?」
「いやいや、昇進だよ昇進。傭兵国家《月花》の国家運営大臣になってもらおうと思ってね」
「へー、そりゃ、よく分かんないっすけど、すごそうっす」
「私の部下の中で、1番官僚っぽい仕事のできる奴だからね」
「なるほど。伝言は了解っす。俺たちは巡回に戻るっす」
言ってから、ヨウニは他の2人と一緒に歩き始めた。
「さぁて、私らは最新の風呂にでも入ろう。予定通りなら、もう完成しているはずだよ」
「いいですね!」サルメが立ち上がる。「総務部に頼んで沸かしてもらいますね!」
サルメは急に元気になって、駆け足で古城へと向かった。
「マジかよ、割と余裕あるじゃねーかサルメ」
「そりゃ、君とは違うよロイク」
アスラは小さく肩を竦めてから、歩き始めた。
イーナはアスラに続いたが、ロイクはまだしばらくその場に座っていた。