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6話 腐れ外道の売国 甘い汁をちゅーちゅーするのが趣味


 数日後。

 マルクスたちは自由都市国家の近くで陣を張っているイーティス軍と合流した。

 エステルが自由都市国家攻略軍の司令官を紹介して、マルクスは司令官と簡単な挨拶を交わした。

 それから《月花》のために用意されていたテントに移動し、ホッと息を吐く。


「これからどうしますの?」とグレーテル。


 グレーテルは長剣とクレイモアを背負っている。神王城で貰った武器だ。


「早速、自由都市国家に行ってみるか」


 マルクスは一度、大きく背伸びをした。


「私はどうする? 一緒に行くか?」


 エステルは相変わらず、白い鎧を装備している。


「好きにしろ」

「では一応、行くとしよう」


 マルクスたちはテントを出て、ゆっくり歩いて自由都市国家の門へと向かう。

 自由都市国家は城塞都市なので、門を通らないと中に入れない。

 イーティス軍の陣から門までは、だいたい500メートルぐらいだ。

 今日は晴れているが、少し肌寒い。


「それでマルクス、どうするの?」レコが言った。「指示は?」


 レコの肩にはレコ人形が乗っている。


「ひとまず、自分が話をする」

「オレは?」

「戦闘になるまでは、特にやることはないな」

「そっか。グレーテルも同じだよね?」

「そうだ。自分が話している時は、ただ立っていればいい」

「了解」


 それからしばらく、みんな黙って歩いた。

 マルクスたちが門まで100メートルの距離まで近づくと、自由都市国家の人間たちがゾロゾロと門から出てきた。


「このあと、あいつらは手を繋いで並ぶ」エステルが言う。「完全に無抵抗だ」


「違うよ」レコが言う。「武器を持ってないだけの抵抗勢力」


 アスラがそう言ったので、レコにとってはそれが真実。


「……お前たちは、本気で皆殺しにする気なのか?」

「さぁ。指揮官はマルクスだから、マルクスがそう指示するなら、オレはやるよ?」

「わたしは気が進みませんけれども、新参者のわたしが命令違反はよろしくないですわ」


 レコは積極的に、グレーテルは消極的にだが、どちらもやる気である。

 自由都市国家の人間たちは、エステルの言葉通り、手を繋いで横一列に並んだ。

 更にその後ろでも同じように手を繋いで並び始める。


「へぇ。これが人間の鎖なんだね」とレコ。


「本物の鎖に比べると、ずいぶん脆いな」


 マルクスが立ち止まると、他のメンバーも立ち止まった。


「お帰りください」


 人間の鎖を構成している1人の女性が言った。

 薄紫の髪の女性で、年齢は20代の半ば。

 特徴らしい特徴のない、見た目は普通の人物だ。


「お前が代表者か?」とマルクス。


「はい。私たちは屈しません。お帰りください。何度来ても同じです」

「自分はまだ何も要求していないが?」

「いつもの降伏勧告では?」


 代表の女性が首を傾げた。


「まぁそうだ。イーティスへの編入を認めた方がいい。お前たちのためだ」

「お断りします。我々は無抵抗です。殺しますか? そんなことをしたら、周辺諸国は即座にイーティス包囲網を敷くでしょうね」

「なるほど。お前、自分は安全だと思って言っているな?」

「まさか。私は命を懸けて、この国を守るつもりですが?」


「それは嘘だ。お前は、お前たちは、安全だと思っているから、そこに立っていられる」マルクスが言う。「我々が手を出さないと思っているんだ。イーティス包囲網? 自分には何の関係もない」


「関係ないわけが……」


「自分たちは傭兵団《月花》であって、イーティスの兵じゃない。よって――」マルクスが聖剣を抜く。「――イーティスが包囲されようが何の関係もない」


 マルクスが剣を抜いたので、レコも両手に短剣を装備。

 それを見て、グレーテルはクレイモアを抜いた。

 人間の鎖を構成している者たちの表情が強張った。


「そもそも、遅かれ早かれ周辺諸国はイーティス包囲網を敷く。お前たちの死など、何の関係もない。ただの無駄死にだが、まぁそれも自分たちには関係ない」


「ちょっと待ってください」代表の女性が焦った風に言う。「傭兵なのですよね? イーティスに雇われたのですか?」


「そうだ」

「イーティスは侵略者です。なぜ味方するのですか?」

「金を払ってくれるからだろうな」


 傭兵団《月花》は善悪の判断をしない。

 相応しいドーラさえ払えば、誰の味方でもする。


「……話をしましょう」


 代表の女性が唾を飲み込んだ。

 分かっているのだ。傭兵がどういう存在なのか、彼女は知っているのだ。

 あるいは、《月花》の名を聞いたことがあるのか、とマルクスは思った。


「武器を仕舞ってください。対話による解決を目指しましょう。人間は話し合えます」

「命を懸けて、国を守る覚悟なのでしょう?」


 グレーテルが少しイラッとした風に言った。


「しかし相手が傭兵だと言うなら、話は別です」


 代表の女性は酷く焦った風に言った。


「話を聞こう」


 マルクスが聖剣を地面に刺した。

 レコが短剣を仕舞い、グレーテルはどこか不満そうにクレイモアを仕舞った。

 グレーテルの不満は代表の女性に向いている。

 代表の女性がホッと息を吐く。

 人間の鎖を構成している者たちも、あからさまに安堵した。

 その様子に、グレーテルが酷く苛立った。


「グレーテル。守れなかった国のことは忘れろ」

「別に……そんなんじゃ……」


 マルクスが言うと、グレーテルは悔しそうに拳を握った。


「って、わたしのこと、調べましたの?」


「表面的な経歴だけだ」マルクスが言う。「ロイクもお前も」


「……そうですの……」


「誰も深入りする気はないよ?」レコが言う。「話したければ聞くけど、その気ないなら別に話さなくてもいいし」


「あの、こちらの話を……」と代表の女性。


「すまなかった。まずこちらの要求は、自由都市国家のイーティス編入だ」マルクスが言う。「イーティス側が欲しているのは人ではなく土地だ。そして自分たちは正規軍ではなく傭兵。この意味、分かるな?」


 マルクスの言葉で、人間の鎖を構成する人たちが怯えた。

 自由都市国家の人間は全員、死んでいても問題ない、という意味だ。

 そして彼らは、それを正確に理解した。だから怯えたのだ。

 正々堂々、高潔を是とする正規軍には無抵抗の市民は殺せない。正確には、余程のことがないと殺せない。

 もっと詳しく言うと、汚名が残るような命令は誰も出したくないのだ。

 現に膠着状態が続いていた。

 でも傭兵は違う。金さえ払えばすぐにでも殺戮を開始する。


「正式な書類を用意して、そちらのテントに赴きます」


 代表の女性が言うと、周囲がざわついた。


「代表……」

「代表……諦めるのですか……?」


 そんな声が市民たちから上がった。


「みなの命の方が大切です。傭兵は容赦しない」


 代表の女性は鎖から外れ、市民の方を向いて言った。


「生きていることの方が大切です。ここが引き際だと思います。なるべく有利になるよう、交渉してきますね」


 代表の女性が寂しそうに笑った。


「お笑いですわ」グレーテルが小声で言った。「屈さない? 命を懸けて国を守る? 本当、お笑いですわ……って痛いっ!」


 レコがグレーテルの太ももを抓った。

 レコはグレーテルのローブの中にソッと手を入れて、ズボンの上からだが割と強く抓っていた。


「マルクスは忘れろって言ったよ?」レコが言う。「過去に引きずられて任務に支障をきたしたら、団長も怒るよ?」


「……別に判断を誤ったりしませんわ。ってか、ローブに手を入れ慣れてませんこと?」


 グレーテルは少しムスッとして言った。


「団長のローブに手を入れようと日々頑張ってるから」


 だがまだ一度も成功していない。


「よし。では待っているから書類を持って来い」


 マルクスが聖剣を地面から抜いて、鞘に戻した。

 代表の女性が門を抜けて自由都市国家の中へ移動。

 人間の鎖を形成している市民たちは、そのままそこに残った。


「……こんなにアッサリ、解決するものなのか?」


 エステルが不思議そうに言った。


「どうかな?」マルクスが少し微笑んだ。「レコ、気付いたか?」


「もちろん」とレコが頷く。


「なんだ? 何かあるのか?」


 エステルが首を傾げた。


「楽しみにしていろ。たぶん、面白い」

「オレもそう思う」

「戦闘になるなら、私は離れるぞ?」

「大丈夫だ。戦闘はない」


 マルクスはハッキリと言い切った。

 エステルが再び首を傾げた。

 グレーテルも困惑している。マルクスとレコが何の話をしているのか、グレーテルには分からないのだ。

 それからしばらく待っていると、代表の女性が護衛らしき男を連れて出てきた。

 男の方が30歳前後。見るからに元盗賊とか、そういう雰囲気だ。

 しかし市民には好かれていた。


「レジス様!」

「どうか代表を守ってください!」


 市民たちが護衛らしき男――レジスを見る目には敬意がある。

 レジスは腰に長剣を装備していて、スケイルアーマーを着込んでいた。


「おう! 俺様に任せとけ!」


 レジスはドンッと自分の胸を叩いた。


「護衛を連れて行きますが、許可して頂ければと思います」

「好きにしろ」


 言ってから、マルクスが踵を返して歩き始める。

 代表の女性とレジスがマルクスに続く。

 そのあとから、エステルが続く。

 レコとグレーテルは左右に広がって、代表の女性とレジスを囲むような位置取りへ。

 万が一にも、逃がさないための措置だ。

 ちなみに、グレーテルに位置取りを指示したのはレコである。

 レコはいい感じに育っているな、とマルクスは思った。

 陣に戻ると、兵たちが驚いていた。それはそうだ、今まで何を言っても屈さなかった代表の女性を連れて戻ったのだから。

 マルクスは代表の女性とレジスを《月花》のテントに案内した。


「ところでエステル、正式な書類にサインするのはお前でいいのか?」

「私で問題ない。これでも神聖十字連の隊長で、神王様の右腕を自負している」


 エステルは小さく肩を竦めた。


「よし、ではお前たちは座れ」


 マルクスが木製の簡素な椅子を指さした。

 代表の女性とレジスが、椅子に座る。

 エステルも座った。

 しかし《月花》の3人は立ったままだ。


「改めまして、私は自由都市国家の代表、ウラリーと申します」

「傭兵団《月花》副長のマルクスだ」


「私は神聖十字連隊長、エステル。イーティス側の代表と思って貰っていい」エステルが言う。「早速だが、そちらの書類を拝見しよう」


 エステルが言うと、ウラリーがニッと笑った。


「いくらで、買いますか?」


 ウラリーの台詞に、エステルは目を丸くした。


「さすがに傭兵が出てきたら潮時ですが」ウラリーが言う。「今まで散々、価値を高めたのです。いくら出します? 平和的にうちの国家を併合するのに、イーティスはいくら払いますか?」


「くくっ」っとマルクスが笑った。


「腹黒い嘘吐きだと分かってたけど」レコが言う。「割とクズだね」


 表情、仕草、口調から、マルクスとレコはウラリーの裏の顔に気付いていた。


「待て。意味が分からない。どういうことだ?」とエステル。


「なんのことはない」マルクスはウラリーとレジスを順番に見た。「この2人にとっては、計画通りということだ」


「最初から売るつもりだったんだよ」レコが言う。「正規軍は余程のことがないと、無抵抗を装う市民は殺さない。だから人間の鎖を使って、難攻不落に見せかけた。そうすることで、自由都市国家の価値が上がるから」


「傭兵が出てきたら、そこが価値の最大値だ」マルクスが肩を竦めた。「この2人は戻って最後まで抵抗することを市民に強要できる立場だ。よって、ここで金を支払わなければ血の雨が降ることになる」


 マルクスとレコの解説に、ウラリーとレジスが目を丸くした。

 全て正解だったから驚いたのだ。


「賢いですね……。それでエステルさん。いくら出せますか?」

「逆に、いくらならいいんだ?」


「1000万ドーラでどうです?」ウラリーが言う。「もちろん、この取引は秘密ですよ?」


「まぁ、それで流血を避けられるなら、私はそれでも構わんが」

「ではもう1つ」

「まだあるのか……」

「自治権を残してもらえるなら、いえ、仮に自治権がなくても、私が代表でいられるように計らってくれます?」


「甘い汁は吸えるだけ吸うってなもんだ」レジスが笑った。「ちゅーちゅーってな!」


「売国奴めっ!」


 グレーテルが叫んだ。

 レコが苦笑い。

 マルクスは特に表情を変えなかった。


「正真正銘の、本物の売国奴ですわ! 腹立たしい! あなたたちを信じている市民のことを、なんとも思いませんのっ!? それでも代表ですの!?」


 グレーテルが酷い剣幕で言ったものだから、レジスが立ち上がって剣の柄に手をかけた。


「何を言っているんです? 私がこの年齢で代表をしているのは、汚いことをたくさんしたからですし、それも美味しい思いをしたいからですよ? 国? 市民? そんなの私の踏み台ですね。何か問題でも? なんなら、奴隷として《月花》に何人か提供しましょうか?」


 ウラリーは蔑むような目でグレーテルを見た。


「腐れ外道めっ!」


 グレーテルが背中のクレイモアを抜こうとして、マルクスがそれを制した。

 レジスも抜く寸前だったが、抜けなかった。

 レコが右足の裏で、レジスの長剣の柄頭を押さえたからだ。

 レコの俊敏な動きに、レジスは驚愕した。


「一応、言っとくけど」レコが言う。「それ抜いたら、その瞬間に敵として処理するよ?」


 そしてゆっくりと、足を柄頭から退かした。


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