3話 過去は過去、過ぎて去ったもの けれど、たまに思い出して絶望するの
「愛しの我が家に帰ったら、堂々と熊が座ってた時ってどんな反応すりゃいいんだ?」
「……ユルキ兄、熊なら殺せばいいし、むしろ熊の方がマシ……」
「なぜ友達感覚で座っているのかしら? 和やかな雰囲気でお茶まで飲んでいる理由は?」
宿に戻ったユルキ、イーナ、ルミアがそれぞれの感想を零した。
「まぁそう邪険にすんな」アクセルが笑う。「茶はそっちの嬢ちゃんが淹れてくれたんだヨォ」
「あ、えっと……大英雄様ですし……失礼がないように、その……お茶を……」
サルメがビクビクしながら言った。
「ふん。私がお茶を出してやれと言ったんだよ。ってゆーか、サルメはそんなに怯えなくていい」
アスラがやれやれと両手を広げた。
アスラはもう服を着て、ベッドに腰掛けている。
アスラの隣にレコが座っていて、マルクスは壁にもたれて立っていた。
「それでアクセル様、どんな用なの?」
ルミアは椅子に座りながら言った。
イーナとユルキは立ったまま。
「おう。テメェらが犯罪組織潰すって聞いてヨォ。潰す前に幹部とっ捕まえてヨォ、情報仕入れて、俺様にも流せや、な?」
「なぜ大英雄が犯罪組織に興味を持つのかしら?」
「姉ちゃん、口調に棘があるぜ?」
「アクセル様がアスラを半殺しにしたからじゃないかしら」
「俺様は謝ったし、この左手で手打ちだろ?」
「その通り」アスラが言う。「引きずるなルミア。それで? なぜ興味を持つ? あと、君は情報が早いね」
「テメェらの動向はずっと監視させてもらう。未来永劫、ずっとだ。が、まぁそれはいい」アクセルが言う。「その犯罪組織がヨォ、人類の脅威なんじゃネェかって、英雄の間で意見が割れててヨォ」
「なるほどね」ルミアが言う。「巨大な組織犯罪は人類にとって害だと言い出す若い子がいたのね?」
「なんで若いって分かったんだ姉ちゃん」
「そういうのって若者の特権でしょ? 英雄になったばかりの、真っ直ぐで正義感の強い若者ってとこでしょ?」
「そんなとこだ」アクセルが肩を竦めた。「んでな? 相手が人間だってんで、俺様ら英雄も意見割れてんだけどヨォ。……噂、知ってるか?」
「噂? 何の?」とアスラ。
「その犯罪組織の頂点はゴッドって呼ばれてんだがヨォ。そのゴッドの名前がな、ジャンヌ・オータン・ララ、って噂だ。もしそれが事実なら、俺様らが動くって話で決着したんだ」
「ほう。ジャンヌ・オータン・ララね」アスラが少し笑った。「そりゃすごい。歴史上、最速で英雄になって、更にその称号を剥奪された最強の英雄、だったかな?」
「ジャンヌの最速記録はヨォ、この前破られたぜ?」
「そうかい。まぁ、記録ってのはそういうものだね。それで、君らは10年経ってもジャンヌを探し続けているわけかい?」
「そりゃな。あいつは今や、英雄の汚点だ。一般的にそういう扱いだろ?」
「君は違うのかいアクセル?」
「ふん。心情的にはな」アクセルが肩を竦めた。「つーか、俺様らだけじゃネェ。各国の憲兵も探してる。未だにあいつが手配書リストのトップに君臨してんだ。いい加減、色々清算しなきゃならネェだろ?」
「清算ね。まぁ好きにしたまえ。我々にはあまり関係ない。請けた依頼はあくまでアーニア支部の壊滅だからね。情報があれば回してあげるよ」
「そりゃ助かるぜ」
アクセルが右手を広げて笑う。
「大英雄アクセル」マルクスが少し興奮した様子で言う。「ジャンヌを見たことが? どんな容姿だった?」
「そりゃあるだろうぜ。《魔王》討伐でご一緒したからヨォ。綺麗な姉ちゃんでヨォ。真っ直ぐな目だったぜ?」アクセルは視線をルミアに移す。「そうだなぁ、成長してたら、ちょうどそっちの姉ちゃんみたいな感じになってんじゃネェか?」
「それは光栄ね」とルミア。
「ま、でも姉ちゃんはジャンヌじゃネェ。似てるが違う。ジャンヌみてぇな神性がネェ。神の性質、ってやつだ。つーか、大虐殺かましてのうのうと傭兵やってるわけネェ。犯罪組織束ねてるって方が信憑性が高いわな」
「そりゃそうでしょ」
ルミアが言うと、アクセルは小さく息を吐いた。
「ちっと昔話を聞いてくれや、ルミア・オータン」
ルミアは少しだけ反応を示した。
その反応が困惑だとアスラには分かった。
団員たちもみんな、少しだけ目を見開いた。
マルクスだけは何の反応も示さなかったので、その可能性をすでに考察していた可能性が高い。
「俺様は未だに、ジャンヌが自国の王と第二王子を殺したなんて信じられネェ」
ジャンヌはその罪で英雄の称号を剥奪され、死刑判決を受けた。
「こりゃ俺様の推測だがヨォ、ジャンヌはたぶん、王族の権力闘争に巻き込まれたんだろうぜ。そんでな、裏で英雄も噛んでんじゃネェかって疑ってんだ」
「それは面白い説だね」アスラが笑った。「権力闘争じゃなくて、英雄が噛んでるって方」
「俺様はヨォ、嘆願書まで書いたんだぜ? ジャンヌの死刑を見直してくれってヨォ。俺様は大英雄っつっても、東の大英雄だ。中央には中央の大英雄がいて、そいつがジャンヌの処刑を承諾してっからヨォ、救えなかった」
「嘆願書? アクセル様が?」
ルミアが少し驚いたように言った。
「ああ。ジャンヌはヨォ、公開拷問を受けてたろ? 俺様は直接見ちゃいねぇが、話聞いただけで虫酸が走るぜ。18の少女をヨォ、あいつら、全裸で引き回して民衆に石を投げつけさせて、そっから気ぃ失うまで鞭で打ち続けた。元から中央の連中はいけ好かネェが、吐き気がしたぜ俺様はヨォ」
「気が合うわね。わたしも中央の連中は嫌いよ」
「けど、そんな目に遭いながら、ジャンヌは一度も声を上げなかったんだろ? 顔を伏せることもなかったって話だ。事実ならヨォ、どんだけ強ぇんだよあいつは」
「さぁ、ただ全てがどうでも良かっただけなのかも」
ルミアは少し悲しそうに見えた。
「かもしれネェな。だとしても、だ。そんなジャンヌが、処刑の時になって、いきなり【神罰】喰らわすか? 俺様はその場にいなかったがヨォ、あとで行ってみりゃ死体の山だったぜ。ありゃ【神罰】使わネェと無理だぜ」
「他の魔法とは一線を画する究極の攻撃魔法、【神罰】」マルクスが言う。「ジャンヌを最強たらしめていた魔法か」
「どんな魔法?」とレコ。
「死の天使の具現化。その天使は英雄と同等の戦闘能力を持つ。ジャンヌはその天使を同時に三体、具現化できた」ジャンヌマニアのマルクスが説明する。「よって、一時的ではあるが、ジャンヌは1人で英雄四人分の戦闘能力を発揮できた」
「ふぅん」とレコ。
アスラはその様子が少し面白かった。
レコはすでに【神罰】を見ているから。
そして、レコは見たことに気付いている。
「あとで知ったんだがヨォ、ジャンヌの妹も捕まってたんだ。共犯の疑いでな。たぶん、だがヨォ、妹庇ってたんじゃネェかって思ってヨォ。んで、処刑の時に……」
「守るべき者がすでに死んでいたと知った、あるいは死んだと思わされたってとこかな?」
アスラが小さく両手を広げた。
「そんなとこだろうな」アクセルが息を吐く。「ジャンヌの陰に隠れちゃいたが、妹の方も姉と同じ魔法戦士だったらしいぜ? 俺様は魔法には詳しくネェが、妹は光属性で、まだ固有属性は持ってなかったらしいぜ?」
「ジャンヌの妹、ルミア・オータン」マルクスが説明するように言う。「ララは当代貴族号で、妹はララを名乗れない。まぁ、ジャンヌの方も有罪になった時点でララ号は剥奪されているが、今でもみな、ジャンヌ・オータン・ララと呼ぶ」
「まぁ、なんだ、すまなかったな。ジャンヌ姉ちゃん助けてやれなくてヨォ」
アクセルはルミアを見ていた。
みんながルミアを見ていた。
「わたしは、ルミア・オータンじゃないわ」ルミアが寂しそうに笑った。「それに、仮にそうだったとしても、あなたが謝る必要もないでしょう?」
「そうか」アクセルが立ち上がる。「名前と容姿と実力。どれも符合するんだがヨォ。違うっつーんなら、違うんだろうぜ」
アクセルは懐に手を入れて、札束をアスラに投げ渡した。
「これは?」
「依頼だ。うちの若い奴を監視役にする。そいつは試合なら俺様と対等に渡り合える将来の大英雄候補だ。が、頭ん中がお花畑で困ってんだ。ちっと鍛えてやってくれや」
「お花畑? 精神疾患でもあるのかい?」
「そうじゃネェ。人間の善性を信じてるし、実戦経験もネェ。始めの合図があるまで自分が攻撃されるとも思ってネェし……」
「そりゃ英雄みんなそうだろう?」アスラが肩を竦める。「善性や実戦経験じゃなくて、攻撃されないと思ってること」
「……まぁな。人間に殺されるとは、思ってネェな。俺様も、テメェらに会うまでは思ってなかった」
「だろうね。それで暗殺対策はできたかね? まぁ、地下シェルターにでも引き籠もらない限り、常に死の危険はつきまとうがね。英雄でなくても」
「しぇるたーってなんだテメェ」
「……頑丈な地下室にでも隠れていろ、ってことだよ。誰にも殺されたくないなら。極力誰にも、何にも関わらずに生きていくしかないね」
「んなことできるわけネェ。英雄にも英雄の生活っつーか、人生があんだヨォ」アクセルが顔を歪める。「今更、英雄はどこの組織にも所属しちゃいけネェ、なんてことも言えネェ。家族を持つなとも言えネェ。国を捨てろとも言えネェ」
「だったら殺される可能性は残るね」
「今まではそれで上手くいってたんだクソッ!」
「つまり君らみんな、お花畑だったってことだよ。まぁ安心しろ。その将来の大英雄候補とやらには、私が非情な現実を叩き込んでおいてやる」
「ああ、そうしてくれや。テメェらみたいなクソがいるってこと、知っただけでも成長できるだろうぜ。ちなみに、ジャンヌの最速記録を塗り替えた奴だ」
アクセルは右手を振ってから部屋を出た。
「英雄を鍛えるというのも面白そうでいいね。というか、5万ドーラはあるよこれ。色々と片づいたら豪遊しようか」
アスラが笑顔で札束を振る。
「いいっすね。でも鍛えるって、英雄ならもう強いっしょ? メンタル的なことっすよね?」
「でしょうね」ユルキの問いにルミアが答える。「英雄って、だいたい英雄になった時には実戦経験があるし、人を殺したこともあるし、世界のことも分かっているものよ。それらが欠けている、ってことでしょうね」
「あ、あの、それより」サルメが言う。「聞いてもいいですか?」
「ダメよサルメ」ルミアが言う。「まだ話したくないと言ったはずよ?」
「そ、そうですね。ごめんなさい」
みんなルミアのことを気にしている。
そろそろ話してもいいと思うのだけどなぁ、とアスラは思った。
多くのことをアクセルが言ってしまったのだから。
「さて、それじゃあ本筋に戻ろう。情報は?」
「ういっす。麻薬買う振りして売人とっ捕まえて、色々と吐かせたっす」
「……この国には、フルマフィ以外にも、地元の犯罪ファミリーがある……」
「けれど、縄張り争いはもう終わっているわ。それぞれの縄張りがハッキリしている状態で、どちらも抗争は望んでいないから、平和にそれぞれの縄張りで商売をしている感じね」
「んで、フルマフィの縄張りに移動して、そっちの売人も捕まえて吐かせたっす」
「……リトルゴッドの名前は知らないみたい……アジトも」
「下っ端は知らないみたいよ。でも、その売人の上司は闇カジノを経営していて、その場所も教わったわ」
「よろしい」アスラが拍手する。「それでその売人はどうした?」
「殺して死体を隠したっす」
「……あたしたちのこと、知られない方がいいって、思ったから……」
「それも満点。早速、その闇カジノに踏み込もう。全員、装備を整えて10分後に宿の前に集合。サルメとレコはまだ武器は持つな。では解散」
◇
「……突入!」
イーナの合図で、マルクスがドアを蹴破って中に入る。ユルキとルミアが続いて、最後にイーナ。
アスラはサルメとレコを自分の背中に隠しながら、のんびり歩いて中に入った。
通路にいた人間はすでに死体になっている。どうせフルマフィの関係者だから、アスラは特に気にしない。
「ユルキ兄っ! 魔法ダメってあたし言った……!」
「お、魔法使えって言ったんじゃねぇの?」
「違う! マルクス……消火して、早くっ!」
ユルキが【火球】を使って誰かを丸焦げにした。
酷い匂いと煙。
マルクスが水属性の攻撃魔法で、火が建物に燃え移る前に消火。
「副長! ちゃんと……殺して!」
ルミアが殺さずに戦闘不能にした相手に、イーナがトドメを刺す。
「全部殺せって指示しなかったでしょ?」
「……しなくてもやってよぉ! ここのボス以外、みんな死んでいい……!」
「じゃあ最初に言ってよね」
ルミアが肩を竦めた。
「……チグハグですね。でもこっちは無傷ですね」
サルメが呟いた。
「イーナ、指揮下手」レコが言う。「でもなんだかんだ、順調に制圧してる」
「相手が弱いからね。イーナは指揮経験がないから、ここの雑魚で練習させてるんだよ」
アスラが笑う。
「ところで、どの人がボスかどうやって判別するんですか?」
「最後に残った奴がボス。支配人だね」アスラが説明する。「大抵、下っ端から向かって来て、最後に大物が残る」
「今の団長みたいに?」とレコ。
「私は本来、好戦的だから最初に突っ込むこともある。でも闇カジノの経営者なら、最初に突っ込んできたりしないよ。喧嘩の腕より知能を買われているだろうからね」
◇
闇カジノの支配人の顔面に、マルクスが【水牢】を生成。
しばらく苦しめたのち、【水牢】を解除。
支配人が咳き込む。
「よし、大人しくなったね」
アスラがニヤニヤと笑う。
手には拷問用の大きな鞭を持っていた。
「リトルゴッドの名前とアジトの場所を吐けば、楽に殺してあげるよ?」
アスラは椅子に座っている。
支配人は後ろ手に縛った状態で床に転がしていた。
ここは闇カジノのスタッフルーム。
すでにカジノにいたフルマフィの連中は全員あの世に送った。
まぁ、今回アスラはイーナの指揮を見ていただけで、特に何もしていないが。
「お前ら……自分たちが何をしているのか……分かってんのか?」
支配人は30代後半の男。それなりに鍛えているようだが、所詮はそれなり。
「私の経験上、拷問はそれほど有効ではないんだよ」アスラは支配人の言葉を無視した。「訓練された兵士や、強い信念を持った者にはまったく意味がない。時間の無駄なんだよね。けれど、君のような半端な悪党には非常に効果的なんだ」
アスラが立ち上がり、鞭を振るう。
空気を裂く音に続いて、破裂音。
床に叩き付けただけだが、その威力がどれほどのものか、一発で分かる。
「この鞭は一撃で皮膚が裂ける。普通の人間なら2発で失禁、3発で気絶。かのジャンヌ・オータン・ララですら、5発で気絶したそうだよ?」
アスラはとっても楽しそうに言った。
「それからまぁ、普通ならだいたい7打か8打で死に至る。なぜ死ぬかって? 痛いからさ。文字通り、死んだ方がマシなぐらい痛いんだよね。まぁ、私なら10回は耐えられるけど。死ぬ方じゃなくて気絶する方だよ?」
「逆に言うと、団長でも10回で気絶するほど恐ろしい武器ってことっすね」
「……ユルキ兄も、7回耐えたじゃん……。ちなみにあたしは6回だった……」
「自分は8」
「わたしが最大で12回まで耐えたわ」
「実は5回耐えればいいんだよね」アスラが言う。「それ以上は危険だから、処刑でなければもう打たれないからね。さて君は何回耐えられるかな?」
支配人の表情が恐怖に歪む。
少し待ったが、支配人は何も言わなかった。
1回は打つ必要があるか、とアスラは思った。
「な、なんてことしてんのよあんたたち!」
スタッフルームのドアは開けたままにしていたのだが、そこに金髪ツインテールの少女が立っていた。
少女の見た目は15歳前後。
グリーンの瞳に、整った顔立ち。美人と言って差し支えない。
「おや? アクセルの言っていた若い英雄かな?」
アスラが首を傾げる。
少女の気配に、レコとサルメ以外は気付いていたので、特に驚くこともない。
少女は背中に剣を背負っていた。
少女は煌びやかな白いブラウスを着ている。フリルで装飾されていて、首元に黒のリボン。
スカートは黒で、ブラウスと同じように煌びやか。当然フリルもある。スカートの丈は膝より少し上ぐらい。
白黒ボーダー柄のニーハイに白のブーツ。
どれも酷く高価なものだと見ただけで分かる。
少女はキッとアスラを睨み付ける。
「あんたたちは人でなしよ!」