EX50 私はもう、アスラに関わりたくない 「うん。みんなそう言うよ」
アスラは弓を構え、紅いMPの矢をつがえる。
自分自身のMPを遙かに凌駕した、頭がおかしいレベルのMPをそこに取り出している。体内からではなく、魔王弓から。
「ほら、デモンストレーションだ」
アスラは紅い矢を山の頂上に向けて放った。
極太の紅い光線となったMPの矢が、山頂を削り飛ばして空の果てに飛んで消えた。
あまりにも強大で禍々しい魔力だったので、庭で寝ていたゴジラッシュが半狂乱でアスラの元に飛んできた。
でもティナがすぐにゴジラッシュを宥める。大丈夫だから、と。
「ふふっ、お手軽に携行できる127mm単装速射砲を手に入れた気分だよ。ケガする前に全裸土下座してもいいんだよエステル」
アスラはニヤニヤと言った。
「なるほど。だが私は躱す。問題ない。エルナ殿、合図を」
エステルは引かなかった。構えも解かない。
しかしエルナが難色を示す。
「相手を殺さないことが条件って、わたし言ったわよねー?」
「大丈夫、威力をもう少し落とすから、半殺しで済ませてあげるよ」アスラが言う。「てゆーか、本人は躱すって言ってるし、大丈夫じゃないかな?」
「問題ない」エステルが強い口調で言う。「私の実力を皆に示したいし、ちょうどいい」
「テメェの実力はみんな知ってるだろうが」アクセルが苦笑い。「無理すんな」
「私は大英雄だ。傭兵相手に引いたとあっては、他の英雄たちに示しがつかん」
「相手が悪かったんだヨォ。俺様なんかほれ」アクセルが鉄製の左腕を上げる。「アスラに吹っ飛ばされたんだぜ? マジで無理すんな。今なら決闘始まってネェし、負けじゃネェからヨォ」
エステルは構えを解いて、少しだけ考えるような素振りを見せた。
「可哀想だから、これはじゃあナシにしてあげよう」
アスラは魔王弓を毛布に戻して、丁寧に包んだ。
そうするとサルメがタタッと走って来て、毛布に包まれた魔王弓を回収した。
続いて、レコが普通のクレイモアを持ってアスラに走り寄る。
そしてクレイモアをアスラに渡して、みんなの輪に戻った。
「これなら文句ないだろう?」アスラが言う。「なんなら、魔法もナシでいい。クレイモア勝負だよ。まさか逃げないだろう? 大英雄様なんだから」
「なんでテメェはそんなエステルと戦いてぇんだ?」とアクセル。
「別に深い意味はないよ。エルナ、アクセル以外なら誰でも良かったしね」
単純に、他地方の大英雄の力量を測りたいだけである。
「私はやる。手加減されて逃げるようでは、大英雄は務まらない。たとえ、全裸で土下座することになっても、私は逃げない。神の名の下、最高に美しい土下座をしよう」
「よし、じゃあエルナ、合図を頼むよ」
「はぁ……仕方ないわねー。それじゃあ構えて」
エルナが右手を上げる。
アスラがクレイモアを額の前で構える。刃を横に寝かせた状態だ。これがクレイモアの基本的な構え。
主に遠心力を使って横に振るのだ。
エステルも同じように構える。
「始め!」
エルナが右手を勢いよく下ろした。
同時に、エステルが踏み込んだ。
恐ろしく速い踏み込み。
一瞬で間合いを詰め、クレイモアを力強く横に振った。
アスラはそれをクレイモアでガードしつつ、素早く横に飛ぶ。衝撃が凄まじい。エステルはパワーとスピードを両立させている。
こんなの受け切れない。
飛んだアスラをエステルが追う。
アスラは着地と同時に迎撃。クレイモアを横に振った。
エステルは速度を落とすことなく膝を突き、そのまま滑って上体を背後に反らし、アスラの一撃を回避。
回避と同時に上半身を起こし、起こす力に合わせてクレイモアをぐるんと回すように縦に振った。
アスラが後方に飛び、回避。
エステルが立ち上がり、その場で構え直す。
「ただの傭兵にしては強すぎるな、アスラ」
「そりゃどうも。ぶっちゃけ、逃げるので精一杯だがね」
若くフレッシュな大英雄。動きのキレが半端じゃない。
アクセルはよく衰えたと言っていたが、意味が理解できた。今のアクセルがエステルと戦えば、よくて引き分け。9割は負ける。
「ゾーヤ様の信徒になる準備はいいか?」
「銀色の像にクソを塗ってあげるよ」
「それ本当にやったら殺す」エステルが真顔で言った。「冗談でも言うな。私は神聖十字連の隊長だ。神に仇なす者は葬る」
「そうなれば私も本気で殺しにかかる」アスラが笑う。「試合とは違うよ?」
「私も殺し合いの方が得意だ」
エステルが距離を詰める。
アスラがクレイモアを振る。
エステルもクレイモアを振って、お互いのクレイモアが空中で激突。
凄まじい衝撃波と衝撃音。
アスラの方が弾かれて、体勢を崩してしまう。
そんなアスラの胴体に、エステルの前蹴りが炸裂。フルプレートの蹴りだ、型が綺麗でなくてもダメージが大きい。
アスラがよろける。
エステルは右手でクレイモアを持って、左の拳を握り、アスラの顔を殴りつけた。
フルプレートの拳である。一撃でアスラの意識が飛びかけた。
ああ、クソ、気持ちいい。
そこからはもう一方的だった。エステルはクレイモアを仕舞って、殴る蹴るだけでアスラを痛めつけた。
アスラが血を吐いて、地面にうずくまった。
「もういいだろう?」エステルが言う。「降参しろ」
「なんで?」アスラが笑う。「楽しいのに、まだやろうよ」
アスラが立ち上がる。すでにクレイモアは落としている。握る力はない。
普通の人間なら、絶対に立てないレベルのダメージを負っているのに、アスラは立った。
それを見て、エステルが目を丸くする。
「なぜだ? 勝てないと分かっただろう?」
「知らないよ、そんなの。もっと続けよう」
久しぶりにボコられて、気持ちよくなっているからに他ならない。
私はこんな風にめちゃくちゃにされるのが結構好きなんだよね。
私をグチャグチャにしてくれる強敵はとっても素敵だ。
「どうなっても知らないぞ?」
エステルはアスラの腹部を殴り、少し離れて顔を蹴った。
アスラはもう防御すらままならない。無様に地面を転がった。
「ああ、クソ……立つよ? 私はまだ立つよ? ふふっ、楽しいねー?」
アスラは血塗れで笑いながら言った。
エステルはその様子にゾッとした。
「降参して欲しいならさぁ、腕ぐらい折っておくれよ」アスラは相変わらず笑っている。「ほら、ボキッといこう。脚もいいよ。ボキッとね。ふふっ……」
そしてアスラは立った。
エステルは後ずさった。寒気がした。
エステルはやっと気付いたのだ。ああ、アスラ・リョナはどうかしている。正気じゃない、と。
「団長、あまり大怪我ですと今後の仕事に響くのでそろそろ自重してください」
マルクスが淡々と、だが強い口調で言った。
「そうだよ団長」レコが言う。「オレ、さっきからビーンってなりっぱなしだよ? ズタボロの団長が可愛すぎて、もう苦しいよ」
「……ねぇ痛い? 団長、痛い? 痛いよね……。ふふっ」
イーナが恍惚とした表情で言った。
「うちってマジで変態ばっかだな」ユルキが言う。「団長がボロクソにされてんのに、誰も心配してねーんだもんなぁ」
「メルヴィは心配していますよ」サルメが言った。「半泣きでじーやに抱き付いています」
「アスラ、負けたお仕置きが欲しければいつでも言ってくださいませ」ティナが目を爛々とさせて言う。「サルメのが終わったので、退屈ですわ!」
「お前たちは……」エステルが言う。「なぜヘラヘラしているんだ?」
みんなどうかしている、とエステルは強く思った。こいつら、団長だけじゃなくて全員イカレてる。
「みんなして私の楽しみを、奪おうってことかね?」アスラが言う。「ああ、でもマルクスの言うことは一理ある。降参する」
言い終わって、アスラはそのまま倒れ込んだ。
マルクスがアスラに【絆創膏】を使用した。あとで医学的な治療も行う予定だ。
「エステル」アスラが言う。「私はすでに神典を暗記している。どの節でも言えるよ?」
「なっ……」エステルが驚愕の表情を浮かべた。「なら私は何のために戦ったのだ!?」
「ふふっ、君みたいなタイプの弱点はね、簡単に騙されることだよ。良かったね、弱点が分かって。改善したまえ」
エステルは苦々しい表情を浮かべたが、すぐに息を吐いた。
「私はもう、アスラに関わりたくない。《月花》にもだ」
「嫌われてしまったかな?」
アスラは少し笑って、サルメにハンドサインを出した。
それを見て、サルメが魔王弓をエルナに渡した。
エルナは魔王弓をすぐに使おうと素手で掴んだが、結局は怨嗟の声に飲まれた。
アクセルがエルナを気絶させ、魔王弓はアスラの元に戻った。
「かつての英雄たちがヨォ」アクセルが言う。「いつかその武器を使える英雄が現れて、《魔王》退治が少しでも楽になる日を信じてたんだがヨォ」
アクセルは酷く寂しそうだった。
使えたのが英雄でないどころか、世界の敵になり得るアスラだったから。
◇
大英雄たちはすでにそれぞれの国に帰り、アスラは自室でベッドに転がっていた。
全身包帯の痛々しい姿である。
調子に乗りすぎたなぁ、とアスラは少し反省した。
今はアイリスがいないのだ。ダメージを受けすぎるのは良くない。
「アスラ、話したいことがあるんだけど?」
ラウノがアスラの部屋に入った。
「ん? ボコられる私に欲情したから一発やりたいって?」
「ないない」ラウノが笑う。「僕はロリコンじゃないし、愛する妻がいるからね」
「幻だけどね」とアスラ。
ラウノは肩を竦めただけ。
「まぁ座りなよ」
言いながら、アスラはベッドを転がって端まで移動して、そのまま腰掛ける。
ラウノは普通に椅子に座った。
「話したいことは2つだよ」
「執事なら泳がせておけ」
「やっぱりアスラは気付いてたね」
ラウノは特に驚くこともなくそう言った。
「マルクス、ユルキ、イーナも気付いてるさ」アスラが言う。「執事は私らを観察している。最初は雇い主を見極めているのかと思ったけど、あれは違うね」
「うん。情報を得ようとしている感じだね。憲兵の潜入捜査兵っぽいんだよね」
「分かるよ。でも憲兵じゃないだろう?」
「だろうね。誰の依頼かな? 心当たりは?」
「分からない。だから泳がせておけばいいさ」アスラが言う。「それに、知られて困る情報はない。私らの全部を知ってもらって構わない。その上からぶち殺せばいいだけだから」
「なるほど、了解したよ、団長」
ラウノは初めて、アスラを団長と呼んだ。
アスラはそのことに気付いて、嬉しくて笑った。
「分かっていたけど、君、正式に団員になるんだね」
「うん。これからもよろしく、団長」
「それが話したいことの2つ目じゃないよね?」
「もちろん違う」ラウノは真剣な表情で言う。「僕は疑問に思ってたんだよね」
「と言うと?」
「なぜアイリスを置いて帰ったのかな? 今まで、何度もアイリスとはぶつかっているはず。でも、そんな風に突き放したことってないよね?」
「ふふっ、さすがラウノ」アスラが微笑む。「今のところ私とマルクスしか知らないことだけど、君には話してもいいかな」
「嬉しいね。僕は信頼されてるってことだよね?」
「ああ。そうだね。とりあえず、団員たちには内緒ね。執事がどこのスパイか分からないからねぇ。団員たちには自然に振る舞って欲しいんだよね。アイリスがいない、戻らない、という事実に対してね」
「戻らないんだ?」
「潜入捜査中だよ。どうも、私らを狙う謎の組織があるらしい」アスラが言う。「アイリスがしつこく勧誘されてたんだよね。それをアイリスが私に話してくれたから、じゃあ受けろと言ったんだよ」
「ほう。いつからアイリスは内通を?」
「執事を仲間にする少し前かな」
「でもさ、潜入させなくても、敵を捕まえて拷問して吐かせたらいいのに」とラウノ。
「それでもいいけど、アイリスのレベルアップに繋がるだろう?」
アスラはアイリスを育てたい。凄まじく強力な敵に育て上げたい。
「潜入捜査はかなり大変だからねぇ」ラウノが言う。「確実に成長するね」
「それに、アイリスの望みでもあるんだよね。彼女も自身の成長を望んでいる。それと、誰も殺さず解決したいってさ。だから任せた」
「殺さずって? どうやって?」
「傭兵団《月花》を狙う組織がマトモなはずがない。必ず何か悪事に手を染めているはず。だから証拠を集めて憲兵に突き出す。それがアイリスの考えだよ」
「憶測に基づいているから、ちょっと微妙だね」
「いいんだよ、それでも。臨機応変に対応するよ、きっと。楽しみだなぁ、成長したアイリスに再会する日が」
本当にとっても待ち遠しい。
ああ、私の愛しいヒロイン、どうか無事でいておくれ。
君を殺すのは、私だよ。あるいは、君は私を殺さなきゃいけないのだから。