EX49 大英雄会議と決闘 やっぱり会議って無意味だよねー
その日、大英雄6人が《月花》の古城に集った。
「とりあえず、自己紹介をしてくれると助かる」アスラが言った。「私は君らをまったく知らないからね」
ここは《月花》拠点の古城、その会議室。
今日のために綺麗に掃除をして、更に総務部が飾り付けを行っている。大英雄が集っても問題ない会議室を目指したのだ。
「俺様もか?」とアクセル。
会議室の中心には大きな円卓があって、大英雄6人とアスラ、マルクスの計8人が座っている。
円卓には全員対等という意味が含まれている。
「いいね。じゃあアクセルから」とアスラ。
「ちょっと待て、前菜を平らげるぜ」
アクセルは自身の前に置かれているコース料理の前菜をガツガツと食った。
「私からでいいか」アスラが溜息交じりに言った。「傭兵団《月花》の団長、または傭兵国家《月花》の初代皇帝アスラ・リョナだよ。趣味は人殺し」
アスラの趣味を聞いて、大英雄たちが目を細める。一瞬で嫌な空気に。
アクセルは気にせず皿を平らげ、エルナは小さく溜息を吐いた。
「くくっ、冗談だよ」アスラが邪悪に笑う。「そう怒らなくてもいいだろう? 人類の味方の大英雄様」
「団長。わざわざ挑発する必要はないかと」マルクスが呆れ顔で言う。「あ、自分は副長のマルクス・レドフォードです。本日は、その、本日……」
「緊張しているなら無理に喋るなマルクス」アスラが楽しそうに言う。「気持ちは分かるがね? 何せ大英雄様が6人だからね」
「よし、美味かったぜこの草の盛り合わせ」アクセルが言う。「俺様はアクセル・エーンルートだ。まぁ、みんな知ってるだろうがな。趣味は格闘だ。で、肉はまだか?」
「草じゃなくてサラダよー?」エルナがニコニコと言う。「わたしはエルナ・ヘイケラ。異例の弓使いとか、問題の弓使いとか、色々と言われていたわねー。よろしくね、新大英雄ちゃん」
エルナは新たに中央の大英雄になった女性を見ていた。
「よろしく頼む」と女性が小さく頭を下げた。
「流れで君、自己紹介を頼む」とアスラ。
「うむ。私はエステル・モルチエ。神の従僕だ」
エステルは赤い髪をポニーテイルの形で括っている。顔立ちは美しく、凜々しい。
純白のフルプレートアーマーを着込んでいるので、胸の大きさなどは不明。
まぁ、鍛えているからどうせ大きくないけど、とアスラは思った。
「いくつだ?」とアクセル。
「29歳だ。まだまだ若輩者で、至らぬ点もあるだろう。諸先輩方にはご指導ご鞭撻のほどお願いする」
「ノエミの代わりにしては真面目だね」アスラが言う。「性行為は好きかね?」
「経験がない」エステルが言う。「だが興味はある。とっても、興味がある。ハッキリ言って、私は性交を経験したい。なぜ誰も私を誘ってくれんのか。私はそんなにブスだろうか? 答えてくれ、絶世の美少女と名高いアスラ・リョナよ」
「いや、別にブスではないよ」
ああ、クソ、地雷を踏んだかもしれん、とアスラは思った。
「ではなぜ! なぜ私は29歳にもなって処女なのだ!? 誰か誘ってくれてもいいのではないか!? なぜだ!? なぜ誘ってくれん!?」
「……君が怖いのだろう」アスラが言う。「厳格な雰囲気や、自分を神の従僕だと自信満々で言うところや、神聖十字連の隊長であることもね」
実はすでに大英雄全員の身元をアスラは調べている。
エステルはあらゆる武器を扱うオールラウンダー。でも普段持ち歩くのはクレイモア。結婚歴なし。
「それの何が悪いと言うのか! 私は神聖十字連を率いていることを誇りに思っている。それに、神に仇なす者を葬るのは人類の義務! もちろん、体罰で更生するならそれでも構わん!」
だから、そういうのが怖いんだよ。
どう考えても君、死ぬほど束縛するタイプじゃないか。
しかも、言うことを聞かなければ体罰のオマケ付きである。よほどの物好きでなければ、エステルを口説こうとは思わない。
アスラはジェスチャーでエステルの隣の女性に自己紹介を促した。
「ソレーヌ・ウードンだよ嬢ちゃん。まぁ、ヨロシク頼むわ」
ソレーヌは50歳の女性だが、若々しく元気だ。
しかし本人は引退したいと考えている。そもそも、ノエミが裏切らなければ、ソレーヌが引退してエステルはその後釜になるはずだったのだ。
ちなみにソレーヌは元小貴族だ。アスラの勧告に従って、もうリリ号は名乗っていない。
得意武器はノエミと同じく槍。
「ええっと……おれは……ギルベルト。ギルベルト・レーム……。引退したい……」
ギルベルトは弱気な口調で言った。
金髪を逆立てていて、革のパンツに革のジャケット。首元には金ネックレス。チンピラみたいな見た目である。
ショートソードの二刀流を扱う。アスラの調べでは、この中で一番強い。試合形式の話であって、殺し合いならエルナだ。
持てる全てを使っていいなら神聖十字連を動かせるエステルに分がある。
まぁそれでも、とアスラは思う。
全盛期のアクセルには誰も勝てないのだろうけど。
「ワシはホルスト・エンゲルベルト」
ずっと腕組みをしている55歳の男性。ギルベルトと同じく、西側の大英雄だ。
顔が凄まじく怖いのだが、実は気さくな性格だと調べは付いている。
最近では孫を溺愛している。
武器は長剣の二刀流。アクセルほどではないが、筋骨隆々。
と、執事がスープをカートに乗せて入室。
メルヴィがササッと空になった前菜の皿を片す。そして執事がスープを置く。
完璧な手際だ、とアスラは思った。
「ヘルムート……おれの代わりに大英雄やって……」
「ギルベルト殿。わたくしめはすでに引退しております」
「お前本当、いい加減にしろよギルベルト」アクセルが言う。「ホルストもなんとか言ってやれよ」
「美味そうだ」
ホルストはスプーンを使ってスープを啜った。
執事とメルヴィが退室。
「それで議題は何だろうか?」エステルが言う。「私の紹介はもう終わってしまった。ファリアス家もそこのアスラが滅ぼしたのだろう?」
「ナシオは生きてんだろうがヨォ」アクセルが言う。「見つけてぶち殺す。いいな?」
すでに大英雄たちにファリアス家のことは説明済みだ。まぁ、アスラが説明したわけではない。
エルナとアクセルが説明したのだ。
「最後の情報だと」ホルストが言う。「ナシオは憲兵に称号を返上すると言って消えた」
「……おれたちも、英雄たちに捜索を指示したけど、現時点では見つかってないね……」
「無理だろうね」アスラが言う。「完全に潜るつもりなら、最悪2度と会えない。打ち切った方がいいだろうね」
「マジで言ってんのかヨォ?」
「マジだよ。今後はどこかで運良く出会えることを祈るしかない。私らでも見つけるのは無理だろうね」
「そうかヨォ、畜生……」
アクセルは悔しそうに拳を握った。
その後は、アクセルがテルバエ大王国で出会った金髪の女性の話をしたり、それぞれが気付いたことなどを話し合った。
ほとんどは雑談だ。
やっぱり会議って意味ないよねー、とアスラは思った。
「まぁ、今後しばらくは人材不足の解消に力を入れる、ってことでー」
エルナがそう締めくくって、大英雄会議が終わった。
中央と東は深刻な人材難だ。西は面接がないので、他よりはマシだが、それでも人材は不足している。
アスラが指をパチンと弾く。
エルナとアクセルが警戒して椅子から飛び退いた。
「せっかくだからさぁ、大英雄の力を試してみてもいいかな?」アスラが言う。「なぁに、殺しはしないよ? 戦闘能力の参考までに、ね」
今後、英雄と敵対した時のために。
「面白い」エステルが言う。「では若輩者である私が相手しよう。せっかくだから、決闘でどうだ?」
「構わないよ。望みは?」
今回は別に殺し合う必要はない。試合形式でも不都合はないのだ。
「マルクス・レドフォード」エステルが言う。「私は好みか?」
「嫌いではないが、自分はデートはしない。純潔の誓いがある」
「純潔の誓いだと!? 素晴らしい! 神の従僕か!?」
エステルは目をキラキラさせてマルクスを見ていた。
「いや、自分は神に興味がない。悪いが、信仰心はない」
「そうか……」
エステルはガッカリした風に肩を落とした。
「性交がしたいだけなら、うちのユルキを貸そう。神の従僕でないとダメなら、うちのメンバーは諦めておくれ」
アスラの言葉に、エステルは首を横に振った。
性交はしたいけれど、相手は神の従僕がいいのだ。
「他に望みは?」
「では、私が勝ったら《月花》全員、神典を暗記してもらおう」
「全員はダメだね。私だけだ」
「マルクスは?」
「諦めたまえ。私だけでなければ受けない」
「……まぁ、いいだろう。団長が神典の素晴らしさに気付き信者となれば、団員も信者になる可能性がある。それで、そっちの望みは?」
「全裸土下座でもして、『私は大英雄のくせに傭兵に敗北した雑魚です』とでも言ってもらうか」
「よかろう」
エステルはたぶん、何を望んでも断らなかっただろう、とアスラは分析した。
エステルは自分が勝つと信じているのだ。
アスラもそう思っていたのだけれど、少し意地悪したくなった。
◇
古城の外。
すでに死体処理業者は作業を終えて撤収している。
城壁修理業者の作業もほぼ終了。近く撤収する予定だ。
そして新たに、宿舎を建設する業者を呼んでいる。警備隊専用宿舎を城の外に作るのだ。
「相手を殺さないことを条件に加えてねー?」エルナが言う。「てゆーかアスラちゃん、反則したら怒るわよー? 絶対にダメよー? 絶対に合図まで攻撃しちゃダメよー? いいわね?」
「分かっているとも」
アスラはヘラヘラと笑っている。
周囲には《月花》のメンバーと大英雄たちが勢揃いしている。
ちなみに、アイリスは戻っていない。
ユルキは嬉しそうに賭けを始めた。ほとんど全員がエステルに賭けたのだが、アクセルがアスラに賭けた。
エステルがクレイモアを抜いて、額の前で構える。
「クレイモアでいいのかい? 私はクレイモアの達人だよ?」
アスラはルミアに習ったのだ。達人と名乗っても問題ない。エステルがルミア以上の腕前だとは思えない。
「問題ない。アスラの武器は?」
エステルが聞くと、アスラはニヤッと笑った。
そうすると、サルメが分厚い毛布を抱えてアスラの隣に駆け寄った。
サルメは毛布をその場に置いて、すぐに立ち去る。
アスラは毛布を広げて、白い骨弓を素手で掴んだ。
魔王弓。
使用者を呪うイカレ武器。エステル以外の大英雄たちが驚愕の表情を浮かべた。
エステルはみんなの様子を察して困惑。
「おいテメェ、それどっから持ってきやがった!?」
アクセルが怒った風に言った。
「……素手はまずいって……」ギルベルトが狼狽している。「……どうしよう、アスラちゃんが……呪われる……」
「勝てないから一か八か、か」ホルストが言う。「嫌いではない。が、危険すぎる」
「な、何事だ?」
事情を知らないエステルが言った。
「あとで説明してやんぜ」ソレーヌが言う。「今はアスラ嬢ちゃんを助けねーとな!」
「いやいや、必要ないから」
アスラはケロッとして言った。
そのあまりにも普通な様子に、慌てていた大英雄たちが困惑した。
「サルメに呪われた感想を聞いてたからさ、私なら絶対に呪われないって自信があったんだよね」アスラは上機嫌で言う。「怨嗟の声? はん。私には天使の歌声と大差ないね。何一つ共感できやしないね。呪われる奴ってのは、多かれ少なかれ怨嗟の声に共感してしまっているんだよ。その点、私は全く共感しない。連中がどれほど泣こうが、死ぬほど喚こうが、血が吹き出すほど憎もうが、何も感じないね」
「呪いより狂気だぜ」アクセルが苦笑い。「そりゃ人の心がネェってことだろうが」
「ははっ、どうかな? 私だけがマトモなのかもしれないよ?」アスラは楽しそうに言う。「てゆーか、怨嗟の声たちは私に絶対服従を誓ったから、私はこの弓を自在に操れる。死んでくれるなよエステル。君が死んだら、英雄みんな殺す羽目になっちゃうからね」