12話 冒険者、団員、隠居生活 さぁどれを選ぶんだろうね?
少し時間を遡る。
金髪の女性と初めて出会ったあと。
メロディは結局、彼女を追った。アクセルの制止を振り切って、あの金髪の恐怖を追った。
周囲に何もない街道で、メロディは彼女に追いついた。
街と街を繋ぐ、重要な道。ここは平地で、道の左右は平原。
金髪の彼女が立ち止まる。それから振り返り、小さく溜め息を吐いた。
「何? やっぱり戦う?」
彼女は感情の薄い声で言った。
「お姉様、名前を教えて」
メロディは恍惚とした表情で言った。
「お姉様?」
「そう。あなたは私のお姉様。私に恐怖を与えてくれた、素敵なお姉様」
「意味不明なんだけど?」
「私ね、あんな恐怖は初めてだったの。アスラ・リョナとはまた違った怖さがあったの。私、恐怖でイッちゃったの。絶頂したの。気持ちよくて、ガクガクして、たまんないの」
「……ごめん、あたし、変態さんはちょっと……」
彼女の表情が引きつった。
「だけど、だからこそ、そんなお姉様を殺したら、どれだけ気持ちいいのだろうって、そう思うと、興奮して落ち着かなくて、つい追いかけちゃったの」
震えるほどの恐怖を、叩き潰した時の快感が欲しい。
「えっと?」彼女が首を傾げる。「結局、戦いたいわけ?」
「もちろん! もちろんよお姉様!!」絶叫するようにメロディが言う。「でも今じゃない!! 今は勝てない!! お姉様の強さは、私を凌駕している!! この私を!! 世界で一番強いと思っていたのに!! たまんない!! いつか殺す!! それまでお姉様を毎晩思い出すから!! 毎晩、毎晩、思い出して、恐怖にガクガクして、何度も何度も絶頂して、いつか恐怖を感じなくなったら、倒しにくるから、だから名前を教えて?」
「……ガチの変態さんじゃないのよぉ」女性が嫌そうに言う。「名前とか教えたくないんだけど?」
「私はメロディ・ノックス!! マホロのメロディ!!」
メロディが名乗ると、女性は少し首を傾げた。
そしてしばらく思案し、ポンッと手を打った。
「思い出したわ。マホロの最高傑作ね」彼女が言う。「ジャンヌに挑んでアッサリ殺されちゃったわね。あたしの知ってる世界だと。あんたの実力は、ジャンヌの妹ぐらいだったらしいわ。ジャンヌがそう言ってたわね」
「ジャンヌ・オータン・ララ」メロディが言う。「アスラたちが殺した。私は死んでないし挑んでもないけど、何か色々と食い違うよね、お姉様の話って」
「仕方ないじゃない。ここは知らない場所なのだから、あたしにとっては」
彼女が寂しそうに言った。
「まぁどっちでもいっか」メロディが笑う。「名前、教えて。いつか倒しに行くから」
「……本当は嫌だけど、しつこそうだから教えてもいいわ」彼女が言う。「でも本名だと、少しややこしいのよね。こっちにもいるんだもの、まだ幼いあたしが」
メロディには、彼女の言っていることがよく分からない。
でも、どうだっていいのだ。知りたいのは名前。ただそれだけ。いつか倒しに行く時に、探せるように。
「そうねぇ、とりあえず称号は《天聖》よ」
「《天聖》」
初めて聞く称号だった。
「で、フルセンマーク結束主義国の初代……って言っても分かんないわよねぇ……」彼女は真剣に悩んでいた。「いいわ、決めた。あたしは今日からスカーレットと名乗るわ」
「スカーレットお姉様」
その名を口にし、メロディは何度か頷いた。
「緋色の道を歩んだあたしが、あたしであるための名前。たとえ、知らない場所でも、あたしの歩んだ道を忘れないように」
今、この瞬間からスカーレットとなった金髪の彼女。
その薄暗い瞳に映るのは何だろう? とメロディは思った。
たぶん、そう、スカーレットはアスラよりも深い闇の中にいる。失い続け、絶望し続けた者の成れの果て。
世界の果てと表現してもいい、とメロディは思った。
それほどまでに、スカーレットは壮大なのだ。壮大な闇と壮大な人生。
「いつか、いつか倒すから、スカーレットお姉様」
マホロであることなど、些細なことに思えるほどの敵に出会えた。
人生を全てスカーレットに捧げてもいいとさえ思った。
最後の敵。最後の最後に倒すべき敵。スカーレットさえ倒せば、もう何も必要ない。人生の終着点のような存在。
「さよなら変態さん」
スカーレットは歩き始め、メロディはその場で見送った。
◇
アスラたちがルミアを救出した日。
テルバエ大王国の病院、その一室。
よく晴れた午後。
「それにしても班長のボス、本当にガラが悪いね」
ベッドの上で上半身だけ起こしたプンティが言った。
窓を開けているので、プンティの銀髪がそよ風で揺れる。空気の入れ換えを行っているのだ。
少し寒いので、そろそろ閉めようかな、とプンティは思った。
「あたしゃもう班長じゃねーよ」椅子に座っているペトラが言う。「それにな、コンラート船長は見た目はこんなんだが、いい人だぜ?」
ペトラは24歳の女で、黒髪。傭兵として鍛えているので、筋肉質。
乱暴な性格がそのまま表情にも表れているし、目付きも悪い。服装は普通の村人風。特に尖ったファッションではない。
そんなペトラだが、実は面倒見がいい。プンティもかなり世話になった。
「そうだよー? コンラートさんは、いい人だよ?」
ペトラの対面に座っているオルガが言った。
オルガは22歳の女で、見た目が麗しい。海を思わせる綺麗な青い髪に、スレンダーな身体。ふわふわした、柔らかそうな身体だ。
鍛えていないけれど、一般の女性よりは少しだけ引き締まっている、という感じ。
元詐欺師なので、見た目の美しさには気を使っているのだ。大抵の男は美人に弱いから。
ちなみに服装は、ペトラよりオシャレだ。特注ではないけれど、量販店で買える中では高くて綺麗な服。
「ワシのガラが悪いのは昔からだ!!」コンラートが豪快に笑う。「それにペトラ、オルガ、ワシはいい人じゃねぇ。今は冒険王だが、かつては海賊王だからな!!」
コンラートは51歳の男で、白髪交じりの金髪。伸ばした顎髭も同じ色。
身体が大きく、ムキムキだ。そろそろ寒さがキツくなる時期だが、なぜかコンラートは上半身裸にベストを羽織っているだけだった。
ちなみに下半身にはきちんとズボンを着ているし、ブーツも履いている。
「あと、寒くないのかなー?」
「小僧!! 筋肉があれば寒くなどないのだ!! ふははははは!! 貴様ももっと肉を付けろ!!」
「あ、うん……」
プンティは微妙にアクセルを思い出していた。
系統的には同じ人種だと思ったからだ。
ちなみに、海賊王という単語はスルーした。ペトラの友人を通報したくない。
「おいおい、人口密度高くないかね?」
アスラが入室して言った。
アスラに続いて、ルミアも入室。
キラキラと輝くほど美しい茶色のセミロングの髪に、30歳が近いとは思えないぐらい若々しい見た目。
世界で最も美しい女性、とプンティは思っている。
服装は黒のローブ姿だったが、それすら美しい。いや、ルミアの輝く美貌を引き立てる小道具に見える。
これだけ美しいのに、ルミアはとっても強い。更に、やや心に闇を抱えている。でも何より、何より一番素敵なところは――。
「プンティ君!! ただいま!!」
ルミアは超ダッシュでベッドに突っ込んで、小さく跳躍してベッドの上のプンティに抱き付いた。
「おかえり!! ルミアさんおかえり!!」
まだケガが完治していないので、プンティは色々と痛かったけど、そんなの瞬間的に吹き飛んだ。
ルミアの一番素敵なところ、それはデレデレしてくれるところ。
「おい見たかね?」アスラが言う。「ルミアのやつ、私を突き飛ばしたぞ」
プンティへと続く道の前にアスラが立っていたからだ。
「お、おう。てか、プン子の嫁さん……」ペトラがルミアを指さして言う。「ジャンヌ軍の幹部の人じゃね?」
「うっそー? すごーい」オルガが嬉しそうに言う。「犯罪者いっぱーい!」
「私は犯罪者じゃない」アスラが言う。「なぜなら私は法の外側にいるからね」
犯すべき法などない、という意味だ。
「相変わらずだな!! ちなみにワシもそっち系だ!!」
「君も相変わらず声がデカいね」
やれやれ、とアスラが肩を竦めた。
「アスラ、ありがとう」とプンティが言った。
「いいさ。ルミアは私らの保護下だからね。ってゆーかイチャイチャするな。イライラする」
アスラが言うと、ルミアは小さく咳払いしてベッドを降りた。
「ルミアの初めては私が欲しかったのに」アスラは拗ねたように言った。「でもまぁ、私には私のヒロインがいる。ふふっ、金髪の可愛い英雄ちゃんがいるからねぇ」
「……それアイリスのことよね?」ルミアが言う。「あんまりいじめないようにね?」
「君が言うかね? 初めてアイリスに会った時、君は鞭……」
「とにかく!」ルミアがアスラを遮った。「助けてくれて本当にありがとうアスラ。みんなにも言っておいてね?」
「僕からもありがとうアスラ。マルクスたちにも言っておいて」
「ああ、いいとも。それで……」
「ねぇねぇアスラ、あたしとイチャイチャするぅ?」
オルガが明るく言って、アスラを抱きしめた。
オルガの胸がアスラの顔に当たっている。
ニヤニヤしているアスラを見て、プンティは少し引いた。
「いい気持ちだがちょっと待っておくれ」
アスラがオルガを押しのける。
オルガは素直にアスラから離れた。
「やはり君は団に戻るなルミア」アスラが言う。「そっちのバカップルの方がお似合いだよ」
「ルミアさん? 団に戻るって?」とプンティ。
「……ねぇプンティ君、わたしたち、終わりにしましょう?」ルミアが悲しそうに言う。「わたしは存在するだけで、周囲に迷惑をかけてしまうわ。そういう人生だったの。わたしのせいで、一体どれだけの人が死んでしまったか……」
「私には迷惑かけてもいいと?」アスラが言う。「まぁいいけど」
「いいのかよ」とペトラが突っ込んだ。
「嫌だよ」プンティがベッドから降りる。「みんな死んでしまったけど、それはルミアさんのせいじゃない。やったのはノエミだよ?」
「それは分かってるわ。でも、わたしがいればまた同じことになるのよ……」
「可能性はあるね」アスラが言う。「君はジャンヌの関係者で、《月花》の関係者でもあるからね」
「だったら、山の中とか、森の中とか、周囲に誰もいない場所に住もう?」プンティが言う。「不便かもしれないけど、僕はルミアさんがいれば平気だよ?」
「てゆーかぁ、返り討ちにすればよくない?」オルガが言う。「よく分からないけど、襲われるかもって話でしょー? だったら、返り討ちにすればいいじゃん。強いんでしょ?」
「素晴らしい!」アスラが手を叩く。「まさにその通り!! 今回のノエミはたまたま偶然すごく強かったけど、同じレベルの敵に襲われることなんて滅多にない」
「僕も、もっと強くなるから。ルミアさんを守れるぐらい」
プンティは真っ直ぐな瞳でルミアを見ていた。
「でも……」とルミアは煮え切らない。
「んじゃあ、移動したらどうだ?」コンラートが言う。「常に動いてたらどうだ? 一カ所に定住せず、あちこち移動すりゃ少しは安全だろ?」
「そりゃいいやコンラート船長」ペトラが言う。「つかプン子も幹部さんも、あたしらと来ればいいんじゃねーの? あたしらなら、普段は海の上だし、襲われることは滅多にねーよ。氷の船とかなければな」
「それだと、あなたたちが危険でしょ?」とルミア。
「私ら《月花》は危険に晒してもいいと?」アスラが言う。「まぁいいけどってゆーか、危険は歓迎だけど」
「アスラはちょっと黙ってよーね?」
オルガが再びアスラを抱きしめた。
「ケツ触ってもいいかね?」
「いいよー」
アスラはオルガの胸に顔を埋めながらオルガの尻を撫でた。
「ワシらは冒険王とその仲間だぞ? 危険など承知の上だ」コンラートが言う。「それに強い仲間は大歓迎。小僧も姉ちゃんも、ワシらと冒険しようぜ?」
「冒険って、どこに行くつもりなの?」
「ここじゃねーどこかだ姉ちゃん」コンラートが言う。「ワシは海が大好きでな。海を渡って、新しい陸を見つけてぇんだ。ま、まずは船を確保するとこからだがな」
「ここじゃねーどっかなら、安全だろ?」ペトラが言う。「あたしだって元ジャンヌ軍だし、《焔》だしで、憲兵にも追われてんだよ」
ルミアは少し考えるような素振りを見せた。
「返事はすぐじゃなくていい」コンラートが言う。「ワシらはしばらくこの街の宿にいる。が、長くはいねぇ。冒険王だからな。返事を待ってるぜ。じゃあな」
コンラートが病室を出て、ペトラもそれに続いた。
「あー、あたしを置いてったー!」
オルガも急いで2人を追った。
「ふぅ……」
アスラは満足そうな、爽やかな笑みを浮かべていた。
アスラってこんな奴だっけ? とプンティは思った。
「ねぇルミアさん。方法なんていくらでもあるんだから、終わりなんて言わないでよ」
プンティはとりあえずアスラのことは放置して、ルミアをジッと見詰めた。
「……少し、考えさせて」
「うん。いいよー。僕はまだしばらく入院だから、ここにいるよ」
「じゃあ私は帰るけど」アスラが言う。「ルミアは考えがまとまったら手紙でも出しておくれ。選択肢は3つ。団に戻るか、冒険者になるか、プンティと2人で山奥かどこかで暮らすか」
「じっくり、考えるわ」ルミアが言う。「宿にでも泊まって、1人で」
「分かった。それで依頼の方は進めてもいいのかね?」
「ええ。急いではいないけれど、お願い」
「分かった。まぁ、急がないなら本格的に動くのは大英雄会議後だね。それまでは会議室を綺麗にしなくちゃ。大英雄たちが集まっても遜色ない感じにね。《月花》のメンツってやつだね」
「それってティナたちの仕事じゃないのかしら?」
「そうだね。少し手伝うって話だよ。私らの予定は、訓練、大英雄会議、そこで他地方の大英雄に喧嘩を売って……」
「ちょ、ちょっと!?」
ルミアが驚いて言った。
プンティも口を半開きにしている。
「実力を見たいだけさ。殺し合いじゃないよ。あとは、魔王弓を使ったり、色々やってから神王退治に本腰を入れる。でいいかな?」
「え、ええ。そっちの都合で大丈夫よ。大英雄に喧嘩売るって、本当、相変わらずというか、なんと言うか」
ルミアは苦笑いしていた。
「ふん。それにしても、君の人生を2度も破壊しようとしたノエミのための依頼とはね。呆れるというか何というか。まぁ、ノエミを狂わせた元凶っちゃ元凶だけどね」
なぜ神王を殺したいのか、ルミアはすでにアスラに説明している。
アスラはヒラヒラと手を振って病室を出た。
「ごめんなさいね、プンティ君」
「いいよ。てか、弱気なルミアさんも可愛いしー?」
プンティが言うと、ルミアは薄く頬を染めた。
「もう……」ルミアが言う。「わたしも、宿に行くわね」
「うん。またね」
プンティは考えていた。
アスラの出した選択肢なら、別にルミアと別れる必要はない、と。
2人で暮らすなら当然、別れたりしないし、もしかしたら結婚まである。
冒険者には2人揃って誘われたのだから、一緒にいられる。
ルミアが《月花》に戻るなら、プンティも入団すればいいだけの話。
どれを選んでも離れる必要などないのだ。
これにて第十二部終了になります。連載再開までしばらくお待ちください。