表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

164/295

9話 とりあえず戦術を変更する あと、サルメはティナ送りね


 古城のアスラの部屋。

 任務から戻ったサルメが、泣き腫らした顔でアスラの部屋に入った。


「やぁ、命令違反でみんなを殺しかけたって?」


 アスラはすでにローブを脱いで、ラフな格好をしている。

 時間的には夕食前。アスラとしては、夕食の時に色々話をしようと考えていた。今後の行動についてだ。

 でもその前に、サルメに罰を与える必要がある。

 サルメは力なく頷いた。

 それから、椅子に座っているアスラのすぐ近くまで移動。

 サルメはそこに正座して、まず土下座した。


「本当にごめんなさい……」サルメは泣きながら言った。「あんなことになるなんて……」


「呪いの方は大丈夫かね?」

「はい、ユルキさんとイーナさんのおかげで、魔王弓を手放せましたから……」


 サルメはまだ顔を上げない。


「怨嗟の声を聴いたかね?」

「聞きました……。恐ろしくて、おぞましくて、正気を失いました……」

「柔らかメンタルだね。私はあの声と楽しくお話ししたよ、確か」


 アスラは淡々と言った。

 あれほどの怨嗟の中で楽しく会話できるアスラは、やはり自分とは違う種類の人間なのだとサルメは思った。


「君は着実に成長している。肉体的にも、技術的にも、精神的にもね。だけど、勝手な行動を取る癖がある。私とトピアディスに行った時は上手にやったのに、もしかしてユルキを舐めてるのかな?」


「違います! そんなことないです!」


 サルメは顔を上げた。

 ユルキの実力を、サルメはよく知っている。それに、今回助けてくれたのもユルキとイーナだ。


「ああ、そうだね。君は自分さえ良ければ仲間なんてどうでもいいんだろう?」

「そんな! 違います!」


「サルメ。君が教会を壊したことはどうでもいい。ぶっちゃけ、一般人に人的被害が出ていても、私は気にしないさ。ミスって1000人死にましたって言っても、私は君や仲間が無事ならそれでいい。そりゃ、巻き込まない方が私らの評価は高まるがね」


 アスラは市民を巻き込まない。基本的には。


「ああ、だけど君の勝手な行動でユルキやイーナ、それにレコを失いかけた。魔法兵1人を育てるのに、一体どれだけの労力が必要だと思う? 君の勝手な行動1つで、全部消し飛ぶとこだった。素手で触るな、とユルキが言ったならそれに従え。上官の命令は絶対だ」


「はい。ごめんなさい。2度とないようにします」


 サルメはずっと泣いている。自分の命令違反が、仲間3人を殺しかけた。それがどれほど恐ろしく、そして愚かなことかは理解しているのだ。


「君は君以外の誰にも成れない。君はラウノとは違うしね」アスラが言う。「いいかサルメ。君には罰を与える。だけれど、君がやるべきは反省であって自己否定ではない」


 サルメは自己肯定感が極端に低い。それがサルメの性格を歪ませている。


「君は君のままでいい。ただ、命令に従ってくれればね。さて君への罰だけど――」


 自己肯定感はすぐには伸びない。もちろん、メンタルトレーニングも施しているので、初期のサルメよりはずっと良くなっている。

 今後も地道にメンタルトレーニングを続けて行くしかない。


「――私がいいと言うまで毎日、気絶するまでティナに尻を叩いてもらえ。《月花》初のティナ送りってやつだね」


 アスラは冗談っぽく笑いながら言った。

 でも冗談ではない。

 想像以上に過酷な罰だったので、サルメは一瞬硬直して、それから大声で泣き出した。


       ◇


「ノエミのスキルだか魔法だかは、スプレーキラー専用って感じだよ」


 アスラが言った。

 アスラたちは食堂で夕食を摂っている最中だ。


「大量殺人犯って意味です」とアイリスがエルナのために補足。

「まぁつまり範囲攻撃よねー?」


 まるで仲間のように普通に食事しながら、エルナが言った。

 ちなみに、エルナにはもう全て説明済みである。

 ファリアス家が最上位の魔物であることについて、「わたしたちに嘘を吐いたわねー?」とエルナは怒った。

 しかしアスラは「いや、確信がなかったんだよ。曖昧な情報は話せない。判断材料にされると困る」と淡々と嘘を重ねた。

 アスラってば嘘を吐くことに何の罪悪感もないんだから、とアイリスは思った。


「そうだ。かなり広い範囲攻撃だ」マルクスが言う。「もし魔法なら、いつぞやの雪女の魔法より強力だ」


「ええっと、雪女は確か」エルナが言う。「海で倒したのよねー? 新英雄のメロディちゃんが」


「それより執事」とアスラが執事を呼んだ。


 食堂の隅に立っていたヘルムートがアスラの近くへ移動。


「今日の料理は君がほとんど作ったと聞いたが事実かね?」

「はい団長殿。お口に合いませんでしたか?」


「逆だよ。素晴らしかった」アスラが微笑む。「今後も励め。ただ、こんな美味い飯が続くと、サバイバル状態の時に泣きそうだよ」


 サバイバルでは爬虫類や昆虫を平気で食べる。アイリスもそれらを食べるけれど、当然好きではない。


「ありがたいお言葉です団長殿。しかしブリット嬢とメルヴィお嬢様のお手伝いもありましたから」


 ヘルムートが小さくお辞儀をしてから、食堂の隅へと戻る。


「ぐぬぬ……」


 一緒に食事をしているティナが悔しそうに言った。

 ちなみに、ヘルムートは仲間ではないので一緒には食べない。あとで1人で余りを食べるのだ。

 アスラの命令ではなく、ヘルムートの希望だ。


「ティナの料理も十分美味しいわよ」


 普段はティナがメインで料理を作っている。アイリスはそのことに感謝している。

 ティナの名前が出た瞬間に、サルメがスプーンを落として慌てていた。


「ぼくは家事得意ですわ。でも本職には勝てませんわね」


 ティナが小さく肩を竦めた。

 ヘルムートはコックじゃない、とアイリスは思った。でも言わなかった。


「でも、お仕置きはこの中の誰よりも上手ですわよ?」


 言いながら、ティナがサルメを見た。 

 サルメは拾ったスプーンをまた落とした。

 みんな「面白いなぁ」と思いながらビビるサルメを見ていた。

 もう全員が、サルメのティナ送りを知っている。


「というかアスラ」ティナが言う。「こんなにノンビリしていて、大丈夫ですの? ルミアのこと……」


「大丈夫だよティナ」アスラが言う。「ノエミがルミアを殺す気ならもう殺してるから」


「そうですの。それなら安心……なわけないですわ!!」


 ティナは長机を引っくり返しそうになった。もちろん、本当に引っくり返したりはしないけれど。

 机の裏側に両手が触れていたので、若干危なかったのも事実だが。

 あまりにも激しい突っ込みだったので、みんなの視線がティナに集中。


「アスラはもうルミアが死んだと思って行動していますの!?」


「そうだよ。私らは人質がすでに死んだものとして行動する」アスラが淡々と言う。「とはいえ、まぁ一応ノンビリしている理由はちゃんとある」


「聞きますわ」


 ティナは小さく深呼吸していた。


「1つ」アスラが人差し指を立てる。「今言ったように、殺す気ならすでに死んでいるし、そうでないならずっと生きているさ。ノエミの性格上、殺すとしてもしばらく楽しむ。それに大森林に一人ぼっちなんてノエミには耐えられない。だから長く生かしておく可能性が高い。よって、夜の大森林を捜索するなんてハイリスクな真似はしたくないね」


「確かにそうよね」アイリスが言う。「大森林だものね……。何が出るか分からないし、月明かりと星明かりだけでノエミと戦うのは不利よ。ノエミは見えなくても関係ないもの」


 強力な範囲攻撃を持っているのだから、暗闇ではノエミの方が有利。

 それに、ずっと大森林にいるなら地の利も向こうにある。


「でも、仮にルミアが生きているとしますけれど」ティナが言う。「酷い目に遭ってるかもしれないなら、早めに助けた方がいいですわ」


「ノエミの性格上、間違いなく拷問しているだろうね」アスラがヘラヘラっと笑う。「でもルミアにそんなの効かないよ」


「でも、姉様のお尻叩きでルミア気絶してましたわよ?」


 お尻叩きという言葉で、サルメの表情が歪んだ。そして小刻みに震えた。

 もう許してやってもいいんじゃね? と思考したユルキ。

 そんなユルキの思考を察して「甘い」と睨み付けたイーナ。

 団員たちの表情でのやり取りが理解できるようになったアイリスは少し嬉しかった。


「あらあら、ルミアが生きてるだけでもビックリなのに、ジャンヌにお尻を叩かれていたことにもビックリだわー。でも想像するとなんだか妖艶な感じだわねー。美人姉妹だからかしらねー」


 エルナには今アスラたちが何をしているかも話している。よって、ルミアをコッソリと保護していることも話した。

 実はアクセルも知っているのだが、アスラはそのことを伏せた。


「普通に痛みが累積すれば気絶ぐらいするよ」アスラが言う。「そういう意味じゃなくて、効かないというのは精神的に折れやしないってこと。大丈夫だよ。私が鍛えたんだから。ノエミのゆるーい拷問じゃ物足りなくて、イライラしているさ。少なくとも、ノエミの教団のお仕置き部屋は私にはヌルかった」


「自分で進んで木馬に乗ったって言うアスラちゃんの姿は衝撃だったわねー」


 エルナが遠い目をして言った。

 アイリスはその光景を直接は見てない。見ていたらきっと死ぬほど引いていたはずだ。当時のアイリスなら。

 今ならもう慣れているので平気だ。


「ははっ、懐かしい話だね」アスラが笑う。「よし、話を戻そう。ルミアはノエミを精神的に追い詰めている可能性すらある」


 ティナが首を傾げた。


「いや、あのねティナ」アスラが優しく言う。「君やジャンヌの前では、ルミアはいい子ちゃんだったかもしれないけど、あいつ本当は相当にエグいからね? 完全に私側の人間だからね? 私と出会う前から、毎日毎晩、どうやって敵兵をぶち殺そうかって考えてたイカレ女だからね?」


 かつてジャンヌ・オータン・ララは戦況を引っくり返すほど敵を殺した。

 アイリスの年の頃には、すでに戦場を駆け回っていたのだ。


「あれほどの美貌に、秘めた暗闇」マルクスが言う。「惹かれないはずがない」


「よっぽど好きだったんだね」ラウノが言う。「なんなら話聞こうか?」


「いや、話すほどのことではない。自分が勝手にルミアを好きだったというだけだ。プンティ殺しておけば良かったと少し思っているが、それは内緒だ」

「そろそろ続きを言ってもいいかね?」


 アスラが言うと、みんなが頷いた。


「理由2つ目」アスラが指を二本立てる。「メンバーの入れ替えを行う。範囲攻撃の外からコンポジットボウで狙撃する係が欲しい」


「あら? 弓を使うのー?」エルナがニコニコと言う。「遠くから狙撃するのねー。いいわねー」


「で、続きだけど、狙撃はイーナにやらせる。だからティナとイーナを入れ替えたい」

「なんでですの!?」


「ノエミはたぶん、君に殺意を向けないだろうね」アスラが言う。「いや、向けるかもしれないけど、確信がない。ナナリアは君を嫌っていたから、少し挑発すれば殺意を抱くと思ったがね」


 なるほど、とアイリスは頷いた。

 戦闘経験の低いティナをあの範囲攻撃に晒すのは酷だ。

 アイリスは過去、ティナに一撃で倒されている。だけれど、今ならそんな結果にはならない。

 アイリスが成長しているからだ。パワー、テクニック、スピード、メンタル。全てがあの頃のアイリスを凌駕している。

 でも、ティナはあの頃と戦闘能力という意味では何も変わってない。

 パワーだけなら、今でもティナの方が上だろうけど、とアイリスはティナを見た。


「ぼくは、【守護者】がないと邪魔だと言いたいんですの?」

「そこまでは言ってない。情報がアップデートされたから、戦術も同じくアップデートしたに過ぎない」


 ノエミがかなり強いということ。範囲攻撃がえげつないということ。

 より安全に、より確実に殺そう、というだけの話。

 ああ、安全は考えてないわよね、とアイリスは思った。


「従えるね?」とアスラ。

「分かりましたわ。ではルミアをお願いしますわね。ぼくは爺やに料理でも教わりますわ」

「喜んで、ティナお嬢様」とヘルムート。


「よし、では今日は各自ゆっくり休むこと」アスラが言う。「ああ、でもその前にみんなで酒でも飲みながら、サルメのケツを見学しようか? ビフォーアフター見たいだろう?」


 アスラの言葉で、サルメがまた泣き出した。


「ならここでお仕置きしますわ」とティナ。


 レコが席を立って、サルメの横に移動。それからサルメの背中をさすって慰めた。


「ねぇアスラちゃん」エルナが言う。「わたしに狙撃させてくれないかしらー?」


「なんだって?」とアスラが苦笑い。


「ほら、ノエミは元英雄でしょ? 前回はアスラちゃんたちがあっさり殺しちゃったから、今度はわたしが同じ大英雄として、片を付けたいのよねー」

「本当は?」

「遠くから狙撃したいわ! できれば魔王弓で!」


 エルナがグッと拳を握って、いい笑顔で言った。


「魔王弓はダメだよ」アスラが言う。「呪われるし、すぐに使いこなせるとは思えない」


 サルメが「ごめんなさい、ごめんなさい」と呟き始めた。


「でもまさか、教会1つ破壊してくるなんてねー」エルナがやれやれ、と溜め息混じりに言う。「煽っちゃったから少し責任感じるわねー。人死にが出てなくて幸いだったわー」


「気にしなくていい。うちの不手際だからね。そうだよねサルメ?」

「は、はい。私の不手際です……私の……ごめんなさい……」


「そう。認めて反省したまえ」アスラが言う。「君は反省だけすればいい。一応言っておくけど、誰も君を嫌ってないし、むしろみんな君が好きだよ」


「それはそうと、魔王弓はわたしにくれるのよねー?」とエルナ。

「そのつもりだけど、君が呪われると面倒だからアクセルがいる時に渡そう」


 エルナが呪われたらアクセルに丸投げする予定だ。

 まぁその前に、アスラも使ってみたいと思っているけれど。


「今回の狙撃に関しては、専用の弓を私が貸そう」


「どの程度、離れればいいのかしら?」エルナが言う。「そうねぇ、元大英雄を殺せるとアスラちゃんが判断する距離はどのぐらいかしらー?」


「500メートル以上」アスラが言う。「難しいけど君ならきっとできるだろう。朝一で感覚を掴んでおくれ。練習時間は1時間。それを過ぎて感覚が掴めなければ、予定通りイーナでいく」


「いいわー」エルナが微笑む。「イーナちゃんはその感覚を得ている、ってことねー」


「よろしい。では明日の朝一に練習したまえ」アスラが言う。「終わったら、私、マルクス、イーナ、エルナで出撃」


「え? あたしは?」アイリスが不思議そうに言った。「エルナ様が狙撃するなら、イーナいらないでしょ?」


「念のためだよ。君は待機だ」


 だって、狙撃には【加速】が必須なのだから。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ