7話 アスラにだって統一できるさ アスラは僕の推しだからね!
アイリスは背中のラグナロクを抜いた。
今回の戦闘はガチのガチ。片刃の剣など生ぬるい。
出発前にアスラに言われたのだ。《月花》の仲間たちに言われたのだ。サルメにラグナロクを借りろ、と。
「ナナリア様のお屋敷をよくも!!」
ミノが巨体で突っ込んでくる。
アイリスはヒラリと身を躱す。
ミノは体が大きい割に、動きは速い。さすがは最上位の魔物。正真正銘、最上位の魔物だ。本来なら、英雄5人以上で討伐するものだ。
下位の魔物は訓練された1小隊で対処可能な魔物。
中位の魔物は英雄1人で対処可能な魔物。
上位の魔物は英雄1人では対処できない、あるいは対処が難しい魔物。
そして最上位の魔物は、英雄5人以上で対処するべき魔物。
区分的にはそうなっている。まぁ、どの区分も範囲が広いのでピンキリが激しい。
ミノが右手で三日月型の衝撃波を受け止め、握り潰した。
マルクスが聖剣クレイヴ・ソリッシュで放ったものだ。
尋常じゃない防御力。
人間に同じ真似はできない。
最上位の魔物は力が強く、動きが速く、そして頑丈。
アイリスは間合いを詰める。
ミノがアイリスに視線を移し、右手で魔法を使おうとした。
アイリスは驚いた。
何の工夫もせずに、ミノが魔法を使おうとしたからだ。あり得ない、そんなのあり得ない。使えるわけない。使わせるわけない。
魔法は発動までにタイムラグがある。まずMPを認識し、次に取り出す。そして性質を変化させなければ、魔法は発動しない。
剣で斬った方が早い。
魔法兵が、魔法を知り尽くした魔法兵が、使わせるわけない。ナナリアの【王立騎士団】だって、アスラが使わせてあげたのだ。
信じられないほどの無策。これが魔物? 最初から強かった者たちの怠慢。
もしも《月花》のメンバーなら、戦闘開始と同時に、常にMPを認識している。なんなら、取り出した状態で戦うこともある。
アイリスは本当に酷く驚いたけれど、普通にミノの右手をラグナロクで斬り上げた。
ミノの右手が、溜まっていた魔力とともに地面に落ちる。
ミノが驚愕の表情を浮かべた。
ミノが驚いた理由の1つは、ラグナロクの凄まじい切れ味。
ラグナロクは《魔王》の身体にすら、ダメージを与えたのだ。当然、最上位の魔物だって斬れる。
人間の、人間の職人たちの夢の結晶。かつての英雄、かつての伝説、ジャンヌ・オータン・ララのためだけに作られた究極の剣。
これもまた、人の技術。
アイリスがラグナロクを横に振る。
ミノが恐れて飛び退いた。恐れたのがアイリスに伝わった。
ミノが飛び退いた先にマルクスがいて、聖剣で一閃。
ミノは左手で聖剣をガードしようとして、左腕が飛ぶ。
ああ、普通、アイリスが伝説級の剣を持っていたのだから、マルクスだって持っているかもしれないと思うものだ。
そう考えて行動するものだ。《月花》ならそうする。安易に腕でガードしたりしない。
もちろん、普通の剣なら、剣の方が折れるのだろうけど。ミノの腕は無傷なのだろうけど。
そもそも、普通の剣は衝撃波を飛ばさない。
マルクスの固有スキルだとでも思ったの?
両腕を失ったミノがパニックを起こした風に咆哮した。
その咆哮に怯えるようなアイリスやマルクスではない。ゴジラッシュの咆哮の方が何倍も恐ろしい。
すでに距離を詰めていたアイリスが【閃光弾】を使用。ミノの目が眩む。
マルクスが【水牢】を用いてミノを地上で溺れさせる。
ミノが苦しみもがくが、マルクスは上手に【水牢】の位置を操って、一度もミノの顔から外さなかった。
弱ったミノの首を、アイリスがラグナロクで確実に落とす。
地面に転がったミノの首を、もう一度ラグナロクで二つに割る。相手は最上位の魔物。そこまでやるのだ。油断も手抜きもナシだ。
結局、あっという間に制圧してしまった。
最上位の魔物二体を、あっさり制圧した。
ミノは殺し、ナナリアはいつでも殺せる状態だ。
これが、現時点での《月花》の最大戦力。一切の手加減なしの、ガチの戦闘能力。
普段は訓練がてらに行動しているし、戦力も均等に分けたりしている。
アスラがそもそも育成を重視しているからだ。
今回はそういう一切合切を無視して、最強最大の戦力を集めた。
総務部のティナさえ引っ張ってきた。そして、ティナには【守護者】ジャンヌも付いてくる。
アイリスはラグナロクを振って血を払い、背中に仕舞った。
強くなっている。
あたしは、確実に、強くなってる。
戦場で踊るアスラを見て自信を失っていたけれど、確実にアイリスは成長している。
追いつける。あたしは、絶対アスラに追いつける。
気がかりなのは、テルバエで出会った金髪の女性だけだ。
考えてしまうのだ。これほど鮮やかに最上位の魔物を狩ったのに。それでも考えてしまう。
あの女性なら、1人でナナリアとミノを倒してしまえるのではないか、と。
しかも、アイリスたちよりも短い時間で。
◇
始まりの国イーティス。
「彼女はまだ戻らない?」
ナシオは微笑みながらそう言った。
ここはイーティスの神王城。
他国の王城に比べて、装飾過多な城だ。
ステンドグラスに、金銀財宝でしつらえた調度品の数々。
目が眩むほどに輝かしい。
「まだ戻らん。もしかしたらこのまま、戻らないかもしれん。だが我々に何ができる?」
神王が言った。
神王は50代の男で、体格は平均的。
ちなみに、ここは謁見の間だが、神王とナシオの二人しかいない。
「何も」ナシオが両手を広げる。「彼女は僕より遙かに強い。命令なんてできない。だから説得したわけだしね」
神王は玉座に座っていて、ナシオはその対面に立っている。
「彼女は怒っていた」
「そりゃそうだろう?」ナシオが言う。「君が魔法で彼女を呼び出した。彼女の承諾もなく、ただただ、預言を完遂するためだけに。僕だって怒ってる。君の勝手で浅はかな行動にね。制御できるかどうかも怪しい、考えられる限り、この惑星の歴史の中で、過去も未来も含めて、あれほど強い者はいない。そういう類いの存在を、君は独断で呼び出した。殺されなかったのは奇跡だよ」
「彼女がワシを殺さなかったのは、ワシの命はどうせ近く尽きるからに他ならない」
「あの魔法を使った影響だね?」
代々、神王だけが【継承】する魔法がある。
かつて、銀色の神は最初の神王に言った。
あまりにも強力すぎて、生涯にただ1度しか使えない魔法だと。命を削る魔法故に、使いどころは自分たちで考えろ、と。
「今が使いどころだ貴族王」神王が言う。「フルセンマーク統一はゾーヤの悲願。たとえ神滅10年戦争が起こらなくとも、たとえ《天聖》アイリスが生まれなくとも!」
預言には続きがある。
神滅10年戦争でジャンヌを倒したアイリスは、ジャンヌを依り代とした究極の魔王も打ち破る。
「《天聖》アイリス」ナシオが言う。「可哀想な人だよ、本当に」
人々のため、世界のため、フルセンマークのため。アイリスは多くを失いながら戦って、やっと平和を手に入れたのに。
しかし。
結局、人々は戦争を始めた。あまりダメージのなかった国が、傷付いた国々を侵略し始めた。
「彼女の絶望がどれほどか、我々には理解すらできんだろう」神王が言う。「だが、それがあったからこそ、彼女はフルセンマークを統一した」
自らを《天聖》と名乗ったアイリスは、すでにかつてのアイリスではなかった。
人的資源をすり減らし、血で血を洗うような天下統一を成し遂げる。
史上最強の暴君。独裁者。フルセンマーク最初の結束主義者――ファシスト。
人類は結束するべきである! 人類はまとまるべきである! 人類は一つであるべきだ! この《天聖》の下で! この《天聖》が世界を変えよう!
アイリスは高らかに叫び、そのイデオロギーを余すことなくフルセンマークに叩きつけた。
あくまで、預言の中の話だ。そしてそれが預言の最終章。フルセンマークの統一。預言はそこまでだ。
「皮肉なものだなナシオ」神王が言う。「我々、神に仕える者たちはみな、《天聖》に滅ぼされるはずだったというのに」
「しかし僕たち貴族は予定通り滅ぶ」
ナシオが微笑んだ。
「そのようだな」神王が言う。「アスラ・リョナ。預言を破壊し、貴族を絶滅させた張本人。一体、何者なのだ?」
「分からない。ただ、可愛い子ではある」とナシオ。
「ふん。可愛い子、か」
「僕のお嫁さんにしたい。5年後ぐらいにね」ナシオが肩を竦めた。「アスラはいい子だよ。頭がおかしいし、極悪だし冷酷だけど」
「それはいい子とは言わんだろう……」と神王が苦笑い。
「それでも。それでもアスラは《天聖》やジャンヌみたいに、闇に落ちて感情のままに行動したりしない。いつも冷静で、必要なら僕を仲間にだって誘えるし、手紙まで送ってくれた」
「ずいぶんと、アスラを買っているようだな」
「そうだね。だってアスラはこの世界を好きでいてくれる。世界がどうなろうと、残酷であっても、憂鬱が蔓延っても、優しさと愛に満ちあふれても、アスラは世界を好きでいてくれる。僕ですら、時々は世界を嫌いになるのに」
「なぜアスラが世界を好きだと分かる?」
「いくつか根拠はある。まず第一に、アスラは絶対に絶望しない。だから、絶対に闇に落ちない。まぁ元から闇の中にいるって可能性もあるけれど」
「世界や他人を憎まない、ということか。聖人君子か何かか?」
「真逆だよ。アスラは楽しみのために動いている。基本的にはね。傭兵という仕事が大好きなんだろうね。これが最大の根拠。アスラにとって、この世界は遊び場なんだよ。自宅の裏庭感覚。楽しい遊び場だから、当然好きに決まってる」
「危険な思想だ。世界を遊び場だと思っているような奴は、まともじゃない。触らない方が良いとワシは思うが?」
「そうかい? じゃあ聞くけど、ノエミ・クラピソンは危険ではなかった?」
「12歳のガキだった」神王は苦々しい表情で言う。「まさか大英雄になり、更に裏でジャンヌと繋がり、邪教徒どもを率いていたとはな。ワシに忠実だとばかり思っていた」
「なるほど。まぁ、さほど興味はないし、責める気もないよ、僕は」
情報として知っているだけだ。
しかも、情報を集めたのはナナリアで、ナシオではない。
新たなセブンアイズの素性ぐらいは詳しく知っておかないと、というのがナナリアの主張。
「近親相姦を繰り返す貴様に責められるいわれもないがな」
「それは失礼」ナシオが肩を竦める。「ともかく、話を戻そう。危険というなら、君が勝手に呼んだ彼女の方がずっと危険だよ。フルセンマークの統一なら、僕はアスラにやらせようと思っていたのに」
「貴様の言うことを聞くか? アスラ・リョナは」
「いや、聞かないさ。でも依頼なら受けるよ。どこかの国の王を天下統一に向かわせるという工作は必要だけどね」
「なるほど」神王が頷く。「この1600年で、フルセンマークは分裂と戦争を繰り返した。そのことを、預言を通じて知ってしまったゾーヤの悲しみを、貴様は覚えているか?」
神王は当然知らない。神王は人間だ。ゾーヤの時代には生きていない。
「覚えているよ。姉さんはだけど、結局フルセンマークが統一されることも知っていた。それが救いだとも言っていた。だから僕も、統一に力を貸す。君が呼んでしまった彼女が戻ってくれれば、ね」
貴族が滅びたのはちょうど良かった。歴史の表舞台から姿を消し、暗躍するのにうってつけだ。
「戻らなければ?」と神王。
「予定通りアスラを使う」ナシオが言う。「アスラのいいところは、《天聖》みたいに壊れる心を持ってないってことさ。どれだけ殺戮しても心に痛みを感じない。まぁ、先に彼女を見つけてもう一度話してみるけどね」