EX42 キング・リョナの誕生? 「私は王には向いてない。あと、その言い方はよせ」
凄まじく強烈な平手打ちで、アイリスの身体がぶっ飛んだ。
空中でアイリスの身体がクルクルと何度か回転し、そのまま床に落ちる。
そのあんまりな威力に、団員たちは口を半開きにして固まった。
「このぐらいはやっておかないと」エルナが言う。「示しがつかないのよねー」
「強烈すぎてビックリした」レコが言う。「団長並に型が綺麗だった」
「ふふっ、綺麗だなんてありがとうレコちゃん」
エルナは少し照れた風に言った。
綺麗なのは型なんだけどなぁ、とレコは思った。
でも言わなかった。
アイリスは床に倒れたままグッタリしている。かなりのダメージを負ったのだ。
「アイリス」エルナが言う。「次はこんな程度じゃ済まないわよー? それに、何度も命令違反するようなら、不本意だけれど、称号の剥奪も有り得るわよー?」
「……は、はいぃ……」
アイリスは涙声で言った。
「エルナ、次はお尻叩きでお願いしますわ」
言いながら、ティナがエルナの尻をモミモミした。
「す、すごい情熱ね……。お尻に何か恨みでもあるのかしらー?」エルナは呆れた風に言った。「あと、こんなオバサンのお尻を揉んでも楽しくないでしょー?」
「恨みじゃなくて」ユルキが言う。「ティナはケツが好きなんだよ。俺らもケツ揉まれたぜ?」
「そんなに悪くないですわよ?」ティナはエルナの尻を揉み続けている。「年齢の割には、得点高いですわ」
「……ねぇエルナ」レコが言う。「おっぱい触ったら怒る?」
「あらあらー」エルナが微笑む。「すごく怒るわよー?」
「……そっか」
レコはエルナの胸に触ることを断念した。まぁ、レコから見るとエルナはおばあちゃんの部類なので、本気で揉みたいわけではない。
言ってみただけだ。
もっと詳しく言うと、ティナが尻を触っているからだ。レコは対抗しなければいけない、という気になっただけ。
「ティナちゃんもそろそろ止めてねー?」エルナの声に怒気が混じる。「なんならティナちゃんのお尻叩くわよー?」
エルナの言葉で、ティナはサッとエルナから離れた。
「まぁとりあえず」エルナが言う。「強さ談義には大英雄が不可欠だと思うわねー」
「……話が戻った……」イーナが言う。「まぁいいけど……」
「結局のところ」ラウノが言う。「3強の下に大英雄6人が入るよね」
大英雄は常に6人だ。西、東、中央にそれぞれ2人ずつ。
中央はノエミが死んだので、別の英雄が大英雄に昇格している。
「あと、君たちに聞いた話だけど、ルミアが大英雄並だろう? これでトップ10が決まったね」とラウノ。
「バトルロイヤルなら自分たちも良い線いくはずだが」マルクスが言う。「確かにそのトップ10には勝てないだろうな」
「じゃあ1から10までの順位決めようよ」とレコ。
そして再び議論が白熱する。
アイリスはしばらく床に転がったままだった。まだちょっとエルナが怖いのだ。頬もすごく腫れて痛い。
◇
「「キング・リョナ万歳!!」」
「「キング・リョナ万歳!!」」
トピアディスの王城で、集った臣下たちが万歳をしていた。
この臣下たちは、アスラが選んだ者たち。アーニアと同じく、専門家を集めた議会制にするのだ。
要するに、平和そうに万歳をしている連中は、国を運営するために必要な各機関のトップだ。
「やっぱりキング・リョナはやめよう諸君」アスラが言う。「キング・アスラにしておくれ」
アスラは玉座に座って脚を組んでいる。
玉座に比べてアスラが小さいので、かなりアンバランスだった。
ちなみに、アスラの頭の上には金色の王冠が載っていた。
王冠もブカブカだ。
玉座も王冠もモーリッツのサイズに合わせていたので、仕方ないのだけれど。
「「キング・アスラ万歳!!」」
「「キング・アスラ万歳!!」」
臣下たちは素直にアスラの言うとおりにした。
彼らは何気に楽しそうだ。
別に強制しているわけではない。彼らがアスラを讃えたいと言うから、「どうぞご自由に」と言っただけなのだ。
彼らも好きでやっている、ということ。
「あの団長さん」サルメが言う。「これ、どう収拾するつもりです?」
サルメはアスラの隣に立っている。
そして苦笑いを浮かべていた。
「……どうしようサルメ、私、ノリだけでここまで来てしまったよ!」
「そうですよね! そうでしょうとも! 団長さんっておだてられると、割とチョロいですよね!!」
「ああ、クソ、みんなが私になんとかしてくれ、って言うもんだから……。小太刀が素晴らしくて気分も良かったし、ウッカリ安値で引き受けてしまったよ……」
かつてこの国を運営していた者たちは、モーリッツたちに皆殺しにされた。
よって、モーリッツが死んだ今、この国を正しく運営する術を国民たちは知らなかった。
そしてアスラは統率力があるので、国家の運営ができてしまったのだ。
ちなみに、アスラは国の再建を10万ドーラで請け負った。国庫から10万ドーラ持って帰るという意味だ。
「団長さんって政治は素人のはずですよね!?」
「そうだよサルメ!! 私は政治なんか興味もないし、やったこともないよ! でも恐ろしいことに、できてしまったんだよ!! 私は私の能力が恐ろしいよ!!」
アスラとサルメがモーリッツを殺してから、すでに5日が経過していた。
団員たちからの手紙で、拠点にエルナが滞在していることは把握している。孫と遊ぶ感覚でメルヴィを可愛がっているという話だ。
まぁ、メルヴィはみんなが可愛がっているけれど。
「そろそろ拠点に戻って、エルナと貴族王への対応を話し合いたいんだよね」
アスラは急に真面目に言った。
「そうですね。それに、貴族を名乗っている者たちを殺しに行く必要もありますし」
サルメも真面目に言った。
「やはりこの国はアーニアの属国にするのが一番だよね」
「はい。アーニア王国がアーニア帝国になりますね」
属国を持てば、立派な帝国だ。
実はすでにアーニア王に手紙を書いて送ったあとだ。今頃、アーニアの議会が荒れているはずだ。トピアディスを属国として統治するかどうかで。
ちなみにトピアディス内で、反対する者はいなかった。何せ、王族もいなければ中央官僚もいない、誰かの助けがなければ国を運営できない状態なのだから。
「それはそれとして、私は国王とか向いてないなぁって思うよ」
「そうですか? 割といい王様してますけど?」
「戦争したい」
「最高に向いてないですね」
「どこでもいいから攻め込みたい」
「本当に向いてないですね。今すぐ国王止めて帰った方がいいぐらいです」
アスラが国を統治すれば、滅亡へ向けてまっしぐらだ。
それはアスラ自身が一番良く理解している。だから、この国を統治することはできない。
自由気ままな傭兵稼業が一番だ。
◇
貴族王の屋敷、地下室。
ナナリアは魔殲の女の叫び声を聞いていた。
その悲痛な声は、広い地下室で反響して、心地良い音楽と化す。
「ああ……やはり人の悲鳴が一番である」
セブンアイズの元2位、ミノタウロスがうっとりとした表情で言った。
ノエミ・クラピソンが新たに2位となったので、ミノは3位に格下げされたのだ。
「相変わらずね」
ナナリアは地下室のテーブルで優雅に紅茶を飲んでいた。
地下室は肌寒く、薄暗い。壁に松明が四つも点っているが、それでも薄暗い。なのに、ナナリアの周囲だけ、花が咲いているような雰囲気。
やっぱり、私の高貴な雰囲気はどこでも高貴なのね、とナナリアは思った。
「やはりナナリア様は美しい……」
ミノがナナリアに視線を移して言った。
ミノは身体が大きいので、地下室が狭く感じる。
「どうも」ナナリアは小さく肩を竦めた。「ありがとうミノちゃん」
ナナリアは貴族王家について探っている者がいる、という話を憲兵から聞いた。
同時に、憲兵はそいつらを捕縛しようとしたけれど、無理だったことも。相手が強かったのだ。
それで、ナナリアが直接出向いて捕まえた。その時に、相手が魔物殲滅隊のメンバーだと知った。
ちなみに、魔殲は2人いたのだけど、もう1人はうっかり殺してしまった。
「おのれっ!! 貴族王の妹の正体が、貴様のような化け物だとは!!」
魔殲の女が言った。彼女の手足はすでに潰れている。
ミノの神域属性・重圧の生成魔法だ。
「はいはい」ナナリアは特に気にした様子もなく、紅茶を飲む。「それにしても、なぜ急に我が家が魔物を飼っているなんて噂が流れたのかしら?」
ミノが右の拳で魔殲の顔を殴りつけた。ナナリアを化け物呼ばわりしたからだ。
魔殲の歯が全部飛んで、鼻が潰れ、骨も砕けた。
「ナナリア様、意見を言っても?」とミノ。
「どうぞ」とナナリア。
「足で踏み潰すより、やはり両手で頭を潰した方が気持ちいいと我が輩は思うのだが、ナナリア様は如何に?」
「それ意見って言うか質問よね!?」ナナリアが驚いて言う。「あと、私はそんなことしないから分からない!」
「そうか……」
ミノはガックリと項垂れた。
その図体で項垂れないで欲しいわね、とナナリアは思った。でも言わなかった。
「トドメを刺すなら、踏み潰せば?」
ナナリアの発言に意味は無い。項垂れるミノを見て、何か言ってあげようという気になっただけ。
「おお! さすがナナリア様!! 素晴らしい!!」
ミノはウキウキで魔殲の女を踏みつけた。
何度も何度も踏みつけた。
肉が潰れる音。骨が砕ける音。内臓が破裂する音……なのかは定かではないが、色々な音が混じっていた。
音楽と言えば、音楽に聞こえなくもない。
最初は混じっていた悲鳴が消えて、いつしかミノが床を踏み締める音だけに。
完全に潰し終わってしまったのだ。
もう踏むべき部位が残っていない。魔殲の女の肉体はまるで赤いカーペット。
「ああ……いい」
ミノは恍惚の表情で天井を見上げる。
セブンアイズって変態ばっかりね、とナナリアは小さく溜息を吐いた。
特に新しく加わったノエミは性癖がヤバイ。
ナシオがいなかったら、ナナリアは犯されていたかもしれない。思い出しただけで、げんなりする。
強くならなきゃ、とナナリアは思った。
セブンアイズの1位には絶対に勝てないとして、現時点ではミノにも下手したら負ける。