EX40 助けてください団長さん!! それより聞いておくれ、私、応援されちゃった!
サルメは即座に飛び上がって、近くの家だか店だかの屋根に登る。
それを、モーリッツが追う。巨大なモーニングスターを持ったまま、軽々と屋根へ。
モーニングスターは棘の付いた鉄球を叩き付ける武器だ。フレイル型とメイス型の2種類がある。
モーリッツのモーニングスターの鉄球は、柄と鎖で繋がっている。フレイル型だ。
モーリッツのパワーは一級品だ。スピードも悪くない。正面から戦えば、サルメはまず勝てない。
屋根から屋根へと、サルメは次々に移動していく。サルメは全力で逃げている。けれど、モーリッツは追ってくる。
つかず離れず。2人の速度が同じぐらいだからだ。
チラリとサルメは後方を確認。アスラはいない。
信頼されてます! とサルメは喜んだ。絶対に圧倒的にダメな場合、アスラはきっと助けに来るからだ。
サルメは今までの訓練や、講義を思い出しながら戦術を練る。
上下の移動を加えるため、一度道へと降りる。モーリッツが追って降りるのを確認してから、別の屋根に手をかけ、登る。
屋根を駆けながら、短剣を用意。再び道へと降りる時、少し飛んで滞空。クルッと反転して短剣を投げた。
モーリッツはモーニングスターの柄で短剣を弾く。
あ、この人、相当強いですね、とサルメは思った。
元々、モーリッツが強いのは初撃で理解していた。ここまでサルメを追った身軽さからも推し量れる。
その上で、サルメの攻撃を難なく防いでみせた。速度を落とさずに、だ。
マルクスといい勝負するか、あるいはマルクスより強いかもしれない。最低でもマルクス並、とサルメは判断。
着地と同時に、素早く駆け出す。まともに戦ったら勝てない。けれど、まともに戦う必要がそもそもない。
サルメは見習いだが、魔法兵だ。市街地での戦闘は得意中の得意。
◇
アスラは鞘を少しだけ引っ張り出して、鯉口を切る。
小太刀の柄をシッカリ握り、引っ張り出した鞘を後ろに下げる。そうすると、少しだけ刀身が見えた状態になる。
そこから、腰を捻りながら抜刀。
「どうだろう? かっこいいかね?」
抜刀後、アスラは両手で柄を握って、刀を正眼に構えて言った。
アスラに問いかけられた兵士は、身体の前面を斜めに深く斬られたので、質問に答えることができない。
斬ったのはもちろんアスラだ。抜刀と同時に斬ったのだ。
「前世の仲間に、刀マニアがいてね」アスラがニコニコと言う。「そいつは抜刀術もやってて、私も教わったんだよ。まぁ、銃弾飛び交う現代戦で刀を使うことはなかったけどね。個人の趣味ってやつ」
アスラの台詞が終わったと同時に、兵士が地面に倒れこみ、息絶えた。
「バカな……いつ抜いたんだ?」
別の兵士が驚愕したように言った。
モーリッツがサルメを追ったあと、兵士たちはアスラを取り囲んだ。人数は5人だったが、今1人死んだので残り4人。
ちなみに、誰1人アスラの抜刀を目で追えた者はいなかった。
「私は名乗った。なのに君らのボスは私らを攻撃した。明確に敵対したんだよ、私らと、傭兵団《月花》と敵対したのさ」
アスラが楽しそうに笑った。
だけれど、その笑顔は狂気。極悪という言葉がピッタリな、歪な笑み。
兵士たちが臆した。
アスラは狙いを定め、踏み込む。
そして真っ直ぐに小太刀を振った。
アスラの振りが速すぎて、狙われた兵士は反応できなかった。自分が斬られたと理解したと同時に、兵士は激しい痛みに悲鳴を上げ、地面に倒れ込む。
倒れた兵士の背中を、アスラがドスドスと2回刺した。心臓を狙って刺した。
「ふむ。スピードとテクニックを重視する私には最高の武器だね、これ」
アスラは本当に、心底から嬉しそうに言った。
「う、うわぁぁぁぁぁ!!」
恐怖でパニックを起こした兵士が、アスラを斬ろうと向かって来た。
兵士は長剣でアスラを攻撃。
アスラは小太刀でガードして、そのまま滑らせて逸らす。
逸らしたと同時に、斬り付ける。
兵士が地面に倒れる。残り2人。
「ふむ。いくつになっても、新しい玩具というのは心が躍る」
アスラは手の中で小太刀をクルッと回した。何の意味もない動作だ。ちょっとカッコイイかな、という程度。
「ま、待ってくれ……俺は別に、敵対する気は……」
「ば、ばか、将軍閣下に聞かれたら殺されるぞ!?」
モーリッツが敵対したのだから、当然、部下である兵士たちも敵対している。
「おいおい、今更逃がすとでも?」アスラが薄く笑う。「君らは試し斬りに選ばれたんだよ? 正確には、君らがわざわざ、斬ってくださいって寄って来たんだがね」
「い、嫌だぁぁぁ!!」
兵士の1人が背を向けて走り出す。
「ちっ」とアスラは舌打ち。
兵士の頭が吹っ飛んで、走り出した勢いのまま地面に倒れて少し滑った。
花魔法【地雷】だ。
「く、クソがぁぁぁぁ!!」
最後の兵士は長剣でアスラを攻撃。
アスラは躱して、回り込み、兵士の胴を薙いだ。
兵士の上半身がズレて、ボトッと地面に落ちた。次いで、下半身が崩れ落ちる。
「いい斬れ味だ。素晴らしい。本当に素晴らしい」
刀身を眺めながら、ニヤニヤとしているアスラ。その姿は、完全に頭がイカレた殺人鬼のようだった。
ひとまず、小太刀を何度か振って血を払う。それからゆっくり、なるべくカッコよく刀身を鞘に収めた。
周囲を確認すると、少し離れたところに立っていた兵士たちが、どうしていいか分からないという表情でアスラを見ていた。
彼らは周囲を封鎖しているので、持ち場を離れることができない。
「臨機応変に動けないのかな?」
モーリッツの命令は絶対。封鎖しろと言われたら、死んでも封鎖である。勝手に持ち場を離れたら、上級国民であっても痛い目を見る可能性がある。
と、近くの民家の窓から、子供が見ていた。
いや、子供だけじゃない。多くの家や店の窓から、人々がアスラを見ていた。
「なんだい!? 何か私に文句でも!? 言っておくけど、私はあのデカイ男も殺すよ!?」
アスラが大きな声で宣言した。
そうすると、
「頑張ってお姉ちゃん!!」
子供がアスラを応援した。
「バカ! なんてこと言うんだ!」
子供はすぐに、親に抱きかかえられて窓の側から消える。
「……応援されてしまった」アスラはぬふふ、と笑った。「応援されるなんて滅多にないから、なんだか少しアレだね、照れるね」
大抵は非難される立場なので、アスラは妙な気分だった。
◇
サルメは息を殺し、気配を殺し、チャンスを窺っていた。
店と店との間の小道で、サルメは自分を小石か何かだと信じた。そのぐらい、完璧に気配を消したのだ。
「クソが!! 出てこい!!」モーリッツが通りで叫んでいる。「どの道、貴様らは逃がさんぞ!!」
サルメは気配を押し殺したまま、MPを認識する。
「出てこないなら!! この辺の民家を全て破壊してやる!! いいか!! 息子を殺した外国人のせいだ!!」
モーリッツがモーニングスターで近くの家を何度も攻撃して、家が崩れる。
何種類かの悲鳴が聞こえ、そして聞こえなくなる。たぶん、家の中にいた人たちは死んだ。
サルメはMPをモーリッツの目の位置で取り出し、性質を変化させる。
闇属性の生成魔法【目隠し】。相手の視界を完全に奪い去る、サルメ唯一の魔法。
モーリッツは視界が黒く塗りつぶされ、「なんだ!?」と叫んだ。
サルメは軽やかに、通りに舞い出る。
そして言葉を発さず、殺気も発さず、素早くモーリッツに忍び寄る。
ラグナロクを抜いて、額の前で構え、全力で横に薙ぐ。
完璧だった。サルメは完璧だった。魔法兵として、現在のサルメのレベルで完璧な行動だった。
モーリッツから隠れ、チャンスを窺い、視界を奪い、気配を消したまま急襲。
通常の敵なら、ほぼ間違いなくこれで勝負が決する。市街戦において、魔法兵は最強だ。そして急襲は魔法兵の真髄。
だが。
モーリッツはモーニングスターの柄の部分でサルメの渾身の一撃をガードした。
「なっ!?」
サルメの攻撃は完全に止められてしまった。それどころか、ラグナロクとモーニングスターの柄がぶつかった衝撃で、サルメの方が弾かれた。
基本的なパワーの差が大きすぎるのもあるし、今のサルメではラグナロクの斬れ味を活かし切れない。
モーリッツの視界は奪っている。つまり、サルメの気配の消し方が半端だったのだ。忍び寄れていなかった。
とはいえ、今のサルメにとっては最高の急襲。まぁ、相手が悪かったのだ。
サルメは即座にラグナロクを背中に仕舞った。そうしないと、手が痺れてラグナロクを落としてしまうと判断したのだ。
「そこか!!」
モーリッツがモーニングスターを振る。
サルメは飛び退いた。
地面が抉れる。
モーリッツの視界は戻っていない。
つまり、攻撃を防がれた動揺を読まれた。それで位置が割れた。
相手が強すぎる。サルメが戦っていい相手じゃない。
そういう時、どうするかもサルメは教わっている。
即ち。
「無理ですぅぅぅぅぅぅぅ!!」サルメは半泣きで叫んだ。「団長さぁぁぁぁぁん!! 助けてくださいぃぃぃぃぃぃぃ!!」
全力で逃げろ。
それは相手に屈服したわけではない。戦術的、あるいは戦略的な撤退は後の勝利を目指したもの。
サルメは走った。
なりふり構わず、全力で走った。このまま戦ったら絶対に殺される。
もちろん、死を確信した上で戦わなければいけない時もある。サルメにはその気概もある。でも今は違う。
なぜなら、サルメに倒せなくてもアスラなら倒せるからだ。命を懸ける必要などない。
走りながら背後を確認すると、モーリッツが追って来ている。
ただ、視界は奪っているので、追いつかれる心配はなさそうだ。
サルメは自身の逃走速度を調整。これは敗走ではない。あくまで勝つための手段なのだ。
◇
サルメの叫び声が、シンと静まった城下町にこだました。
「な、なんて情けない声を……。いや、私はいいよ? 演技だと分かるから……。でも、これ聞いた奴は君がガチでビビったと思うよ?」
アスラは苦笑いしながら首を振った。
「ああ、でも、それでいい」
それから、抜刀の用意をする。
深呼吸し、集中する。
サルメが何個か先の角を曲がって大通りに入った。
サルメはアスラを認識して少し笑った。
通りを封鎖していた兵士たちが、サルメを止めようとした。
けれど、サルメは咄嗟に走りながらラグナロクを振って兵士をぶっ殺す。
サルメはもう弱くない。むしろ、一般的な視点では強い方だ。
要するに、サルメを追っているモーリッツがアホほど強いのだ。普通に英雄並か、最低でも英雄候補並。
サルメがアスラを通り過ぎる。
アスラは瞬間的に集中の極地に入った。
全てがゆっくりに見える。美しく緩やかに流れる世界。音のない、完璧な世界。
すでに【目隠し】の効果は切れている。まぁ、アスラはサルメが【目隠し】を使ったことを知らないし、どちらでもいいのだけれど。
モーリッツがモーニングスターを振るための予備動作に入った。通りすがりにアスラを叩き潰すつもりなのだ。
アスラはあのトゲトゲの鉄球で殴られたら、きっと気持ちいいだろうな、と思考した。
全身の骨がバキバキに砕けて、内臓も潰れて、最高だろうな、と。
まぁ問題は、あの鉄球で殴られたらたぶん死んでしまうことだ。
アスラの防御力は低い。スピードには自信があるし、テクニックは極めたと感じている。パワーだって同年代では男女問わず高い。
だけど防御力はダメだ。ローブは頑丈だが、鎧ほどじゃない。そしてアスラは人間なのだ。剣で斬られたら死ぬし、槍で突かれても死ぬ。そういうか弱い人間なのだ。
モーリッツが迫る。
すれ違いざま。
小太刀を鞘から抜き放つ動作で一撃。モーニングスターの鎖を断ち切る。鉄球の棘がアスラのローブを裂いたけれど、遠心力で鉄球自体は逸れた。
モーリッツが酷く驚いた風に目を見開いた。
アスラは即座に手首を返しながら二の太刀を浴びせ、モーリッツの右手を落とした。
モーリッツが左手でモーニングスターの柄を掴み直す。
この状況でも武器を最優先で確保したモーリッツに感心しながら、アスラは三の太刀でモーリッツの脇腹を斬り裂いた。
「ぐっ……」
モーリッツは制動をかけ、即座に右の脇を締める。同時にアスラの方を向く。
右手首から先は地面を転がっている。
振り返ったアスラと、モーリッツは目が合った。
アスラが微笑み、言う。
「さようなら」
モーリッツの背後から忍び寄ったサルメが、飛びながらラグナロクを横に振った。
サルメは完全に相手の隙を突いた。
モーリッツはアスラに斬られた時点でサルメを忘れた。元々サルメは逃げていたので、脅威ではなかった。
更にモーリッツはアスラの言葉を聞いていたし、アスラを警戒していた。アスラがとんでもない実力者で、自分が死ぬかもしれないと感じたからだ。
モーリッツがサルメに気付いた時には、もう躱せない状態だった。
だから。
モーリッツは命と引き替えにサルメの腹部を柄で薙いだ。
モーリッツの首が地面に落ちて転がる。
サルメも地面に落ちて、腹部を強打された勢いで少し滑った。
アスラは足下に転がったモーリッツの首を、サッカーボールのように軽く蹴り上げた。
そして小太刀を鞘に仕舞ってから、落ちてきた首を両手で挟む。
ゆっくりと両手でその首を掲げる。
サルメは腹部の痛みで、地面をゴロゴロと転がっていた。
アスラがしばらく首を掲げていると、
成り行きを見守っていた人々が外に出て来て雄叫びを上げた。
喜び、飛び跳ね、中にはアスラに抱き付こうとした者もいた。アスラはサッと躱したけれど。
「独裁者は死んだ!!」アスラが宣言する。「君たちは自由だ!! この国はもう自由だ!! 独裁者の犬共よ!! 文句があるなら相手になろう!!」
軍人たちはすでに武器を捨て、投降の意思を見せている。
アスラはモーリッツの首を、とりあえずポイッと捨てた。もう用はない。
ちょっと応援されたので、それっぽいサービスをしただけだ。