12話 狂おしい化け物の再来 人知を超えてなお、彼女に焦がれるのか?
傭兵国家《月花》拠点、古城。謁見の間。
「死体の処理をしてくれる業者を探そう」
アスラが言った。
古城の周辺に、数多くの死体が転がっている。ゴジラッシュの餌にしてもまったく追いつかないレベルだ。
「俺はまず連中の死体から金目の物を漁るっす」とユルキ。
「……手伝う……」とイーナ。
「では自分が業者を探しに行きます」マルクスが言う。「ティナ、一緒に来てくれるか?」
「いいですわよ。あの死体を放置しておくと、数日で酷い臭いが充満しますわ。ぼくとしても、それは嫌ですわ」
「……てゆーかぁ」ブリットがボソボソと言う。「普通に……1万の兵に勝つとか……とんでもなさすぎなのですぅ……。降伏して良かったのですぅ……」
ブリットはメルヴィにくっ付いている。
メルヴィは少し迷惑そうだが、特に何も言わなかった。
「だいたいゴジラッシュのおかげだよ」アスラが言う。「いやぁ、ゴジラッシュめっちゃ強いね。敵に回ったら私ら普通に皆殺しにされるね」
はっはっは、とアスラが楽しそうに笑った。
実際、敵兵の半分はゴジラッシュが殺したと言っても過言ではない。
固有スキルである『王の暴虐』が強力過ぎる。さすがはかつて、人類を絶望の底に叩き落とした種族だ。
「確かに、ゴジラッシュを用いた威力偵察のおかげですね」とサルメ。
「威力偵察というか、完全に攻撃だったけどね」とレコ。
「ゴジラッシュの仲間もっといないかなぁ?」アスラが言う。「移動手段としても使えるし、戦略爆撃機としても使えるし、便利すぎてもう手放せないよ」
「たぶん最後の一体ですわ」ティナが言う。「まぁ、他の竜種とでも卵を産めるはずですので、将来子供の顔を見る可能性はありますわね」
「……えへへ……あたしが産む……」
イーナが照れながら言った。
「卵を、ですの!?」とティナ。
「とんでもないジョーク出た!」レコが嬉しそうに言う。「ドラゴンと人間のダブル!!」
「楽しそうで何よりだけど、今後について話そう」ラウノが言う。「アスラはすでに、各国の王たちに手紙を送ってしまったから、僕たちは貴族を名乗る者を殺しに行く必要がある」
突然ですが、貴族制度は廃止します――それがアスラの手紙。
今後、いかなる理由があろうとも、貴族を名乗る者は殺す。貴族を名乗ることを許した者も場合によっては殺す。そういう内容の手紙。
「そうだね。そっちは手分けしてやろう。私はちょっと、鍛冶屋に用事があるから、その国で貴族を名乗ってる奴は私が殺そう。サルメ、一緒に行くかね?」
「はい! もちろん行きます!」
「鍛冶屋に何の用があるの?」アイリスが言った。「何か作って貰うのなら、あたしの片刃の剣も注文したいわ。予備と、予備の予備と、その予備と、部屋に置いておくやつ」
「お、多いな……」とマルクスが呆れた。
「だってすぐ折れちゃうんだもん」
「いや、注文ではなく、すでに注文していた製品の引き取りだよ」アスラが言う。「アーニアで特殊部隊の育成が終わったら行こうと思ってたんだけど、ほら、楽しい戦争が始まったからね」
「それって刀って武器?」とレコ。
「そうだよ。覚えていたか」
「うん。団長が世界最強の武器って言ってたから、覚えてた。オレも興味あるな」
「でも君は留守番。というか、そうだなぁ、ユルキと動け」
「ういっす」ユルキが言う。「何すりゃいいんっすか?」
「情報の収集。貴族を名乗る者がいないかどうか、定期的に調べておくれ」
「了解っす。情報収集のやり方、ついでにレコに教えとくっすよ」
「酒場で娼婦と話すだけだろうに」マルクスが溜息混じりに言った。「ユルキの場合は」
「いやいや、潜入とかもするぜ? 娼婦とも話すけども!」
「話を戻そう」アスラが言う。「アイリス、君の片刃の剣は別に大した武器でもないし、一番近い鍛冶屋にでも頼め。誰でも作れるだろう?」
「まぁそうだけど」とアイリス。
「よし、ではまず、今日はマルクスとティナでゴジラッシュを使い、サンジェスト……いや、リヨルールでいいかな。死体の処理をしてくれる連中を探しておくれ。ついでに、城壁の修理業者に作業再開を頼んでくれ」
「了解です」
「分かりましたわ」
「他はみんなオフでいい。明日は私とサルメで刀の回収に行く。ついでに、その国に貴族がいないか……って、いないか。そうだった」アスラは思い出した、という風に手を叩いた。「あそこはクーデターが起きて、軍事独裁政権になったんだよ。その時に、貴族は追い出されたらしい。1年ほど前だったかな?」
「ああ、あそこか」とユルキ。
「……相当、治安悪いらしい……」イーナが言う。「軍人に……逆らうと、死刑……」
「犯罪者が多いわけではなく、そもそも軍人が犯罪者」マルクスが言う。「憲兵ですら、軍の管轄で、一緒になって国民を弾圧しているとか」
「その話なら私も知ってます」サルメが言う。「女性は大通りで犯されると聞きました」
「酷い国ね」アイリスが顔を歪める。「あたし、行ったら軍人攻撃しちゃいそうだわ」
「うん。君は英雄だから、そんなこと、しちゃいけないよ?」とアスラが笑う。
「そもそもあたし、一緒に行かないでしょ」とアイリス。
「そうだね。それとアイリス、君がここを離れなかったことは、いずれエルナの耳にも入るだろう。だから、怒られる用意をしておけ」
「うっ……」とアイリスが嫌そうな表情をした。
「自分たちは離脱するよう、何度も促した」マルクスが言う。「よって、完全に自己責任だ」
「エルナって怒ったらすっごい怖そうだよね」レコが言う。「アイリスのおっぱい、ビンタしないかな?」
「それなら!!」ティナが元気よく右手を上げる。「ぼくは!! おっぱいよりも!! お尻を!! 強く推薦しますわ!!」
「おっぱいの方がいいし!!」とレコ。
「勝手にあたしが叩かれる前提で話すなっ!!」とアイリス。
「……この会話はお約束……」イーナが呆れ顔で言う。「胸尻戦争……」
「どっちも愛でろよお前ら」ユルキがヘラヘラと言う。「俺はどっちも好きだぜ?」
「じゃあ両方ってことで」とレコ。
「いいですわ。順番ですわね」とティナ。
「酷くなったんだけど!?」アイリスがユルキを睨む。「2人が結託しちゃったんだけど!?」
「……太ももとか」ブリットがボソッと言う。「その戦争に……混じっても……いいですぅ?」
「いいわけないでしょ!?」アイリスがビックリして言う。「あたしどんだけ叩かれるの!?」
「太ももなんて、お尻の支えに過ぎませんわ」とティナ。
「……太ももこそ至高ですぅ……これは、譲れないのですぅ」
ブリットはメルヴィの身体に隠れながら言った。
まぁ、ブリットの方がメルヴィよりも身体が大きいので、全然隠れられていないのだが。
「自分は鎖骨……いや、よそう」マルクスが小さく首を振る。「自分には純潔の誓いがある」
マルクスは結婚するまで性行為を行わない、という純潔の誓いを立てている。ルミアも同じ誓いを立てていた。
もうルミアは結婚したんだろうか? とアスラは思った。
あの胸をプンティが揉むのかと思うと、ややイラッとした。あれは私のだったのになぁ、とアスラは思った。
◇
ノエミ・クラピソンは馬に乗って、人気のない道を進んでいた。
空は高く、青く、果てしなく遠い。
ここは中央フルセンと東フルセンの境目あたりか。
ノエミは生前と同じく、修道女の格好をしている。容姿も生前とまったく同じ。長い水色の髪に、欲情を駆り立てる肉感的な身体。
生前と違うのは、槍を持っていないことぐらい。
今のノエミに、物理的な槍はもう必要ない。
「のんびりしてるね、君は」
ノエミの進行方向に、銀髪の青年が姿を現した。
ノエミは慌てて手綱を引いて馬を停止させる。
「貴族王様? どこから?」
ノエミは馬から降りる。
銀髪の青年――貴族王ナシオは今のノエミのご主人様だ。見下ろすのは不敬だと思って降りたのだ。
もっと詳しく言うと、痛い目に遭いたくない。
ノエミは生き返ったその日、溢れる力を過信した。己の戦闘能力を過信して、下克上を狙ったのだ。
そしてナシオに叩きのめされた。
ノエミは生前にそうしていたように、地面に伏せて命乞いをして、ナシオの犬にしてもらった。
「僕は僕と縁のある場所なら、あるいは人、物でもいいけれど、縁があれば、どこにでも出口を作れるんだよ」ナシオは微笑んでいる。「セブンアイズは僕と縁が深いからね。ふふっ、ブリットのおかげで、僕はいつでもアスラに会うことができる」
「アスラ?」とノエミが首を傾げた。
「ああ、そうか。君は覚えていないんだったね。なぜ自分が死んだのか、誰に殺されたのか、忘却している。よっぽど酷い死に方だったみたいだしね。心が思い出すことを拒絶しているんだね」
「我を殺した者には、いずれ報復する予定です」ノエミが言う。「まぁ、覚えてはいませんが、一応」
「そんなことはどうでもいいよ」ナシオが言う。「君は早く大森林で役目を果たしてくれなきゃ」
「はい貴族王様。我は必ず、あなた様の命令を遂行します。けれど、我はどうしても、どうしても知りたいのです」
「人知を超えた化け物となった今でも」ナシオが言う。「君はあの子に焦がれるのか、だっけ?」
ノエミはすでに、テルバエ大王国に向かう理由をナシオに説明している。
そこに彼女がいるという情報を、ノエミはすでに得ている。貴族王家の絶大なる情報収集能力のおかげだ。
「はい。我は、偉大なるセブンアイズの一員、それも2位という素晴らしい立場を得ました。それに相応しい実力も。我はすでに、人ではない。我はもはや、正真正銘の、化け物となりました。ですが、それでも、我はまだ彼女を気にしている」
「だから会って確かめたいんだろう? 君の心がまだ動くのか。未だ、彼女は眩しいのか」
いつまでも輝き続けた彼女。
正しくは、彼女ら。もはや伝説に近い姉妹。
ともに、同じ名を名乗った姉妹。
「彼女の名は、すでに滅びてしまった名。されど、狂おしく、愛しい名。彼女はもう、歴史の1ページに過ぎない。通り過ぎた過去。さしずめ、過去を求める我は亡霊と言ったところでしょう、貴族王様」
「では急げ亡霊。君が過去になってしまう前に。彼女を連れて任地へ向かえばいい」
それだけ言って、ナシオの姿が消える。種族固有のスキルを用いて、違う空間に入ったのだ。
「我はすでに過去です。彼女と同じ」
ノエミは1人、呟いた。
「ジャンヌ・オータン・ララ」
いつか、いつの日か、全ての人が彼女を忘れたとしても。
それでも、我だけは。
「過ぎて終わった者同士、深い森で愛し合おうじゃないか」
ノエミはやはり、生前と変わっていない。
相手の気持ちをまったく理解していないし、尊重する気もないのだから。
これにて第十一部終了になります。連載再開までしばらくお待ちください。