11話 交渉の決裂は死を意味する 「この剣はいいですね団長!」
アスラたちは貴族軍の陣内、司令官用のテントの中にいた。
「初めまして。私は中央フルセンの大貴族、ジオネ家の当主、コラリー・ジオネ・レレ」
コラリーは20代後半の女性だった。
髪の色は赤で、低い位置で1つに括っている。
顔立ちは可もなく不可もなく。少々、キツそうな印象がある程度。
コラリーの鎧はフルプレートで、金色だった。
「私は傭兵団《月花》団長のアスラ・リョナ。または、傭兵国家《月花》の初代皇帝かな」
「「え?」」
自分を皇帝と言ったアスラに、レコとサルメが目を丸くした。
ちなみに、アスラとコラリーは簡素な椅子に座っている。シンプルなテーブルを挟んで対面している状態。
アスラの背後に、ラウノ、レコ、サルメが並んで立っている。
コラリー側にも、貴族たちが数名、立っている。
話し合いの場として、アスラがここを指定した。理由は単純で、座りたかったから。
「帝国でも築き上げる気なの?」
アイリスが苦笑いしながら言った。
アイリスも簡素な椅子に座っている。位置はアスラともコラリーとも違う辺。アスラの左手側、コラリーの右手側。
「英雄アイリスだったか?」コラリーがアイリスを見ながら言う。「英雄がなぜこの場に?」
「知っての通り、英雄はこの戦争に関しては完全に中立よ」アイリスが言う。「でもだからこそ、立会い人に相応しい。アスラに頼まれたのよ、この場を取り仕切るように」
アスラは存在を忘れていたレコ人形を使って、城の中に引っ込んでいたアイリスに呼びかけたのだ。
交渉するから君が立ち会え、と。
正確にはアスラからレコ人形。レコ人形からブリット。ブリットからアイリスというルートで伝達された。
「なるほど。まぁ良かろう」コラリーが上から目線で言う。「我々としても、《月花》の降伏を英雄が確認してくれるのはありがたい」
「ん?」とアスラ。
「とてつもなく卑怯な連中と聞いている」コラリーが言う。「降伏したフリをして、こちらが油断している時に攻撃されても困る」
「んん?」とアスラが首を傾げた。
「そうだな、ひとまずこちらの条件としては、アスラ・リョナの死刑だけは確定させたい。しかしながら、他の団員は禁固3年ほどで許す」
「んんん?」とアスラは逆側に首を傾げた。
「これはかなりの譲歩だ。本来は全員一律で死刑の予定だった。しかしこちらの被害も甚大。降伏を申し出てくれたからこそ、ここまで譲歩できるのだ。強硬派のタルヴォも死んだしな」
「ねぇ団長」レコが言う。「このオバサン、何か勘違いしてるよ?」
「なっ!? オバサンだと!?」コラリーが目を見開く。「貴様、平民の分際でなんという物言い!! 貴族への侮辱罪だ!! 子供でも許さん!! 貴様は禁固1年追加だ!!」
「戦場の銅鑼は話し合いの合図」ラウノが言う。「必ずしも降伏の申し出というわけじゃない。もちろん、それが多いというのは知ってるよ? でも早とちりだね」
「何?」とコラリーが目を細める。
「降伏するのは君たちだよ」アスラが真面目に言う。「夜のうちに撤退したまえ。明日の朝まで残っていた者は皆殺しにする」
「バカを言うな!」コラリーがテーブルを叩く。「なぜ我々が降伏するのだ!?」
「いや、バカなのかね? 君らはここに辿り着くまでに、兵士の半分と攻城兵器を失った。そして今日の戦闘ではどれだけ死んだ? ん? こちらの被害は未だゼロだよ? そろそろ分かるだろう? 君たちでは、私たちに勝てない」
「ふざけるな!! 我々貴族は、卑しい傭兵などに屈しない!!」
「貴族? 各国が出した兵のほとんどは平民だろう?」アスラがニヤニヤと笑う。「貴族の世を望んでいるだろうか? 果たして、本当にそんなクソみたいな世の中を望んでいるだろうか?」
「望む望まないではない!! それこそが世界の正しい姿なのだ!! 我々貴族による支配だけが、唯一絶対的に正しい世界なのだ!! それを理解しない者は処刑する!!」
「そんなに大きな声で言うと、外の兵士たちに聞こえるよ?」
「構うものか!! 私は大貴族だぞ!! 逆らうなら首を刎ねてやる!!」
コラリーはすごい剣幕でそう言った。
サルメがテクテクと歩き、テントの入り口へ。
「兵士のみなさん、どうします?」サルメが外の兵たちに言う。「うちの団長は優しいので、撤退すれば追撃はしません。ですが、貴族の支配を取り戻すために明日も戦うというのであれば、今日のような優しい戦闘は望めませんよ?」
サルメの言葉で、テントの周囲に集まっていた兵たちがざわつく。
「私たちは、今のところ遊びで戦っています。全然、本気じゃありません」サルメが言う。「でも明日からは、本気です。私たちは魔法兵として、みなさんを地獄の底に叩き落とします。1分たりとも、みなさんに安息はありません。皆殺しです。私たちはまだ、ドラゴンさえ使っていません。ちなみにですが、明日以降は降伏も撤退も許可しません。最後の1人まで、きっちり殺します」
「撤退など私が許さん!!」
コラリーが立ち上がり、サルメの側へと移動。
「逃げる者は私が直々に殺してやる!! 貴様ら平民の兵は、我々貴族のために死ぬべきだ!! 我々が戦えと言ったら、死ぬまで戦え!! そして貴様は勝手なことを言うな!」
コラリーはサルメの肩を掴んで、サルメを地面に引き倒した。
そして剣を抜く。
「ちょ、ちょっと!」アイリスが慌ててコラリーの腕を掴んだ。「冗談でしょ!? あたしが立会い人してるんだけど!? 話し合いの場でしょ!?」
「そもそも! 英雄も全て貴族の支配下に置かれるべきだ!」
コラリーがアイリスを睨む。
「なんでよ!?」
アイリスがビックリして言った。
「倒されました……。私、倒されました団長さん」
サルメがウルウルした瞳でそう訴えた。
「よろしい。反撃したまえ」
「え? ちょっとアスラ……」
アイリスがアスラに視線を向けたその瞬間。
サルメは掌底でコラリーの顎を撃ち抜いた。下からジャンプするように、かなりの威力で撃った。
コラリーが引っ繰り返って、そのまま立たなかった。正確には、脳が揺れたせいで立てないのだ。
「諸君。交渉は決裂かね?」
アスラはテントの中の貴族連中に言った。
貴族たちは困ったように顔を見合わせた。
「言っておくが、決裂した瞬間に、私は君らを皆殺しにするよ?」アスラがニヤニヤと笑う。「私らにはそれができる。嘘だと思うなら試してみたまえ。交渉は決裂かね?」
「い、いや、交渉を続けよう」
50代の男が、さっきまでコラリーが座っていた席に腰を下ろした。
「自分は中貴族の……」
「誰でもいい」アスラが言う。「興味もない。夜のうちに撤退したまえ。明日の朝、残った者は全部殺す。以上。君たちはそれを了解すればいい」
「そ、それは交渉とは呼ばないだろう!?」男が言う。「一方的過ぎる!!」
「では決裂かね?」
アスラが言うと、男は黙った。
「君はよく理解しているようだね」男に成ったラウノが言う。「アスラが本当のことを言っていると。決裂した瞬間に、死んでしまうと、分かっているんだね」
貴族軍はすでに、戦場で踊るアスラの狂気に触れている。
すでに、ほとんどの兵は心が折れているのだ。
貴族たちも同じく。
外が少し騒がしかったので、アスラはサルメに視線を送る。
「あ、兵士のみなさんは国に帰るそうです」サルメが言う。「滅びゆく貴族のために《魔王》の相手はできないと言っています。どこに《魔王》がいるのでしょう?」
「団長のことでしょ、きっと」とレコが笑う。
「私の言葉を了解したかね?」とアスラ。
「……分かった」中貴族の男が言う。「了解した。きっと、ほとんどが明日の朝まで残らないだろう……」
「よろしい。では帰ろう」
アスラが立ち上がり、歩き始める。
ラウノとレコがそれに続く。
「あ、言い忘れ」アスラが立ち止まって振り返る。「貴族復活の夢は諦めたまえ。君らはもう貴族を名乗れない。国に帰れば分かるだろうけど、君らはもう貴族ではない。そういう制度は私が廃止にした。今後、貴族を名乗る者は《月花》が殺す。周囲の人間も巻き込んで、徹底的に殺す。想像できなければ、ハールス家を思い出せばいい。今後、貴族を名乗る者の末路だよ」
◇
翌日の朝、残った貴族軍は100に満たなかった。
70か、多くて80ほど。
しかし彼らには攻城兵器もなく、梯子もない。放置しても問題はない。
「出てこいアスラ・リョナ!!」
城門の前で、コラリーが叫ぶ。
「決闘だ!! 出てこい!! 貴族を舐めるとどうなるか!! 私が貴様に教えてやる!! 出てこい!!」
あんまりうるさいので、アスラは城門を開けた。
「決闘なら自分が受けよう」
聖剣クレイヴ・ソリッシュを握ったマルクスが歩いて城門を出た。
アスラは急いで賭けを始める。
「私は10秒以内に1000だよ!!」
「私だって10秒以内です」とサルメ。
「いや、あえて遊ぶだろ?」ユルキが言う。「何回か振ってみたいだろうしな。30秒だ」
「……マルクスは、真面目だから……、もっとシッカリ……聖剣を試すはず……」イーナが分析する。「だから、1分」
「じゃあオレ45秒にする」とレコ。
「僕は……」
「待てラウノ。マルクスに成るのはなしだよ」
「ちっ、じゃあとりあえず20秒で」
「あたしなら結構試すと思うから、1分30秒ね」アイリスが言う。「てゆーか、なんで残ってんのよあの人。救いようないわね」
コラリーはサルメの一撃で沈む程度の実力しか持ち合わせていないのだ。
この場に残ったのは完全に自殺行為。
「君は出てくるなよアイリス? マルクスがあの女を殺したらそのまま戦闘になるからね」
◇
マルクスは小さく深呼吸した。
城門から少し離れた場所に、マルクスは立っている。
マルクスの前にはコラリーが立っている。
コラリーの金色の鎧が眩しい。
マルクスとコラリーの周囲には、貴族軍が円を描くように立っていた。即席の決闘場だ。
ちなみに、《月花》の団員たちも貴族軍とともに見学している。
「それで望みは?」
マルクスは聖剣を握って、何度も構えを確認している。
「アスラ・リョナの首……いや、貴様ら全員の首」
コラリーが長剣の切っ先をマルクスに向けた。
「そうか。では我々も、貴様ら全員の首だ」
「いいだろう」
コラリーが肯定したので、貴族軍の連中がざわついた。
「いや、俺は逃げるぞ!」
「決闘とか聞いてないし!」
「あの女の実力じゃ無理だ!」
次々に貴族軍がその場から逃走を始める。
マルクスは溜息を吐いた。
昨日、団長が何と言ったか、連中はもう忘れている。
走り出した連中の頭が、順番に爆裂した。
「逃げることは許さないよ?」アスラが言う。「私は昨日、チャンスを与えたはずだよ? 2度目はない」
アスラの発言で、アスラの近くにいた貴族軍の兵士たちが腰を抜かす。
「全員の頭に爆発物を仕込んだ」アスラが言う。「逃げたら即、爆発させる」
それが嘘だとマルクスは知っている。
敵兵の数が多すぎる。全員に仕込む時間はなかった。というか、今も仕込んでいる途中のはずだ。
魔法は便利だが万能ではない。ピンポイントで生成するのは少しばかり大変なのだ。
「こ、こうなったらコラリー様を応援するしか!」
「頑張ってくださいコラリー様!」
兵たちには、他にできることがない。
「自分はいつでもいい」マルクスが言う。「先に攻撃していい。それが合図だ」
「舐めるな!!」
1秒。コラリーが踏み込む。
2秒。コラリーが斜めに剣を振り下ろす。
3秒。マルクスは軽く弾く。
4秒。マルクスが後方に飛んで距離を取る。
「『十字の月影』!!」
5秒。マルクスは縦と横に素早く聖剣を振る。
6秒。そうすると、ほぼ十字の衝撃波が生まれ、地面を削りながら飛翔。
7秒。衝撃波がコラリーに命中。
8秒。金色の鎧が砕け、コラリーの身体から血が噴き出す。
9秒。コラリーが地面に仰向けに倒れ、そのまま息を引き取った。
10秒。周囲が状況を理解。
11秒。兵士たちの悲鳴が轟く。
12秒。《月花》の団員たちがやるべきことを開始。
マルクスも新たな武器を使って兵士たちの処刑を始める。彼らはすでに右往左往している。
本当になぜ残ったのか疑問だった。
なんだかんだ、数が多いので全員殺し終わった頃には割と疲労していた。
いつの間にか参加していたゴジラッシュが、バリバリと兵士の死体を鎧ごと食べている。
「まぁまぁ反撃されて、オレ、割とケガしちゃった」
レコがヘラヘラと言った。
よく見ると、全員ケガをしている。マルクス自身も、腕に矢が刺さっていた。
「クソ、どいつもこいつも私に向かって来やがった」
アスラが一番酷いケガを負っている。
兵士たちは恐怖がピークを越えて、とにかくアスラを殺さなければ、という心理状態に陥っていた。
パニックとも言う。
「ボロボロの団長見るの、久しぶりで興奮する」とレコ。
「全員で連携しても、やっぱり敵が多いとキツイですね」サルメは肩で息をしている。「団長さんが最初に20人ぐらい、頭を吹っ飛ばしてくれたんですけどね……」
「だな」ユルキが座り込む。「雑魚でも群れりゃ、かなり厄介だぜ」
今回残っていたのは、全員貴族の私兵だ。各国の兵は昨日のうちに撤退している。
なんなら、貴族でも残っていたのはコラリーを含む数名だけ。
たぶん中央の貴族だろう、とマルクスは推測した。コラリーに逆らえない者たちが残ったのだ。
そうでなければ、自殺志願者が残ったのだ。
「敵が統率……できてない状態でも……、やっぱりガチはしんどい……」イーナが言う。「もっと、騙し討ちとか……待ち伏せとか、あたしらっぽい方が……いい」
「まったくその通りだね」アスラが座り込む。「私だけ突っ込んで、君らは離れて援護で良かったかもしれないね」
アスラには【血染めの桜】がある。
素晴らしい魔法だが、仲間が近くにいると使えないという難点がある。
「でも決闘は見たかったです」とサルメ。
そうなのだ。結局のところ、それでみんな近くにいたのだ。
「まぁいい。ひとまず城に戻って休もう」




