9話 能無しが増えれば衰退もするさ 「それより俺のパンツを洗い直してくれ」
貴族軍の兵士たちは巨大な梯子を次々に城壁に立てかける。
そして我先にと梯子を登り始めた。
梯子の先頭を征く者はほぼ間違いなく死ぬのだけれど、彼らにとってはそれすら名誉。
まぁ、そう思っている者とそうでない者との差は城壁の上からでもよく理解できたけれど。
「見て見てサルメ! 【普通の砂】!」
レコは城壁の上で、両掌を上に向けて砂を生成。
それから掌を引っ繰り返して砂を落とした。
先頭で梯子を登っていた兵士の目に、レコの落とした砂が命中。
兵士はその場で目を擦った。
「ほい!」
レコが短剣を下に投げる。
短剣は目を擦った兵士の脳天に突き刺さる。
兵士は息絶えて、梯子から落ちた。その時に、3人ほど巻き込んで落ちた。
「どう? 4人まとめて倒したよ。オレの【普通の砂】すごい!」
レコがはしゃぐ。
城壁の上には、矢が雨のように降り注いでいる。
はしゃぎながらも、レコはちゃんと矢を躱していた。
「今のは別に魔法がすごいわけではないかと」サルメが言う。「むしろ私の魔法の方がすごいです。【目隠し】!」
サルメが生成魔法を使って、新たに梯子の先頭になった兵士の視界を塞ぐ。
兵士は「なんだ!? 急に暗闇に!」とパニック状態に陥り、勝手に転落した。
弓矢を下に向けて構えていたサルメは、唖然とした。
けれど、すぐに我に返って矢を放つ。
その矢は新たに先頭になった兵士の顔を貫いた。
「ど、どうですか? すごいでしょう?」
「魔法で倒したの1人だけ!」
「それを言うなら、レコなんて0人じゃないですか」
サルメが少しムスッとして言った。
「それよりサルメ、オレ思ったんだけどね」
「はい。なんでしょう?」
「これ、城壁守るの難しくない?」
レコは城壁をグルッと見回した。
現在、城壁に立てかけられた梯子の数は全部で5つ。
城門のある正面城壁が南向きなので、レコたちは南城壁と呼んでいる。その南城壁に3つ、東西の城壁に1つずつの梯子がかかっている。
やがて北側の城壁にも梯子がかかるはずだ。
「ユルキさん次第でしょうね」
言いながら、サルメは再び【目隠し】を使用。
なるべく魔法をたくさん使って、基礎的なMP量を増やす必要がある。
魔法をガンガン使えばMPが減る。そして、休めば減ったMPは回復するのだが、その時に少し増えるのだ。
要するに、使って使って使いまくれば、MPが増える。そしてMPが増えれば、固有属性を得ることができる。
「今やっと1つの梯子が燃えたところだね」
レコの視線の先で、ユルキが梯子を燃やしていた。
城壁の上には油の入った壺がいくつも配置されている。
作戦は単純だ。みんなが登ってくる敵兵に対処している間に、ユルキが順番に梯子を燃やして回る。
半端に燃やさないよう、しっかり念入りに焼き尽くす。
そうすれば、彼らはもう城壁内に侵入する術を失って、新たな攻城兵器の到着を待つか、諦めるかの二択になる。
アスラの命令で攻城兵器は全て破壊したけれど、梯子という希望を彼らに残した。
彼らはその希望に縋って、だけど希望ごと焼き払われて絶望する。
そうやって心を折っておけば、講和しやすい。
「ここ任せていいですよね?」サルメが言う。「私、背面の城壁を見てきます」
「うん。元からその予定だもんね」
サルメはレコに呼び止められたに過ぎない。
◇
ラウノは梯子を登ってきた敵を剣で斬り裂いた。
そのすぐあとに、敵を蹴っ飛ばして城壁から落とす。
敵の数が多すぎて、矢も短剣も尽きた。
だから仕方なく、城壁の上で1人ずつ斬り殺すことにしたのだ。
「ユルキが逆回りしてるから、ここはほぼ最後なんだよね」
しんどいなぁ、とラウノは思った。
「本当の最後はマルクスの持ち場でしょ? ところでユルキは、崩れている城壁は飛び越えるのかしら?」
彼女が言った。
彼女はいつもと同じ笑顔で、いつもと同じ口調。
ラウノの妄想の中にだけ存在する、愛すべき彼女。
南城壁の西よりの梯子が、最後にユルキが燃やす予定の場所。そこをマルクスが守っている。
ちなみにラウノがいるのは西の城壁。
「だろうね。僕でも飛べるさ。たぶん。僕も早く【浮船】を覚えないとなぁ」
ユルキは今、南城壁の東よりの2つ目、レコの持ち場の梯子を燃やしている。
イーナは東の城壁を守っている。
「てゆーか、アスラもみんなも、なんだってこんなバカみたいな戦力差で戦争しようって思うのかな? 楽しそうに総力戦とか言っちゃってさぁ」
1人、また1人と剣で斬り殺しながらラウノが言った。
「そうよね。あまりにも差がありすぎて、少し怖いわね」と彼女。
「怖がる必要はないよ」とラウノ。
「そうよね。ラウノが守ってくれるものね」彼女が言う。「だけれど、だけれどラウノ、相手は5000よ?」
「分かってる。分かってるよ。僕だって分かってる」
「死体の処理が大変よ?」
「ゴジラッシュでも食べ切れないだろうしね」
「ええ、その通りよラウノ。きっと古城が臭くなっちゃうわ。わたしは嫌よ? そんなの怖すぎるわ」
「貴族軍の生き残りたちが、回収して帰ってくれることを願うしかないね。それと、さっきも言ったけど怖がる必要はないよ」
まぁ、貴族軍が降伏したら皆殺しは行わない。
それでも、死者の数は尋常じゃないはず。
「実際に臭い思いをするのは僕だし」
◇
ティナたちが洗濯をしている隣で、ゴジラッシュはスヤスヤと気持ちよさそうに眠っていた。
まんまるくなって眠っているゴジラッシュは、猫のようで可愛らしい。
「おいラッキーだぞ! ここから入れるぞ!」
「崩れてる箇所があるとはな! みんなこっちだ!」
貴族軍の兵士たちが、ゾロゾロと崩れた城壁を乗り越えて敷地内に入ってくる。
「……に、人間の兵士ですぅ……怖いのですぅ……」
ブリットは洗濯物を投げ捨ててメルヴィに抱き付いた。
「ちょっとブリット!?」ティナが怒った風に言う。「せっかく洗った洗濯物ですのに! ああ、ユルキのパンツが!」
ユルキのパンツは敵兵の頭に乗った。
その様子を見て、ブリットが笑った。怯えながら笑った。
ブリットの笑いが伝染したメルヴィも笑った。
「ふざけんなクソ! パンツかぶるために来たわけじゃないぞ!」
「このパンツ野郎!! ぐははは!」
敵兵たちも笑った。
そしてユルキのパンツを地面に叩き付けた。
「あう、あう」メルヴィが我に返った。「洗濯物、さっき、ブリットちゃんが投げ捨てたので最後だったのです……」
「ブリットはお仕置きですわね」とティナ。
「……いやぁ、お仕置きは嫌ですぅ! 助けてぇラウノ様ぁぁ!」
ブリットは自分の足下にいる金髪の人形に言った。
この金髪の人形はブリットのお気に入り。
「じゃあゴジラッシュが起きる前に、彼らを始末してくださいませ」ティナが兵士たちを指さす。「そうしたら、洗い直すだけで許してあげますわ。ぼくは姉様みたいな虐待はしませんの」
正当なお仕置きしかしない予定なのだ。
あと、ブリットの尻はあまり魅力的ではない。普通なのだ。極めて普通。やはり《月花》ではアイリスの尻が至高、とティナは思った。
「おれらを始末するってよ!」
「やってみろチビども!」
「おい! さっさと捕まえろ! 城にいるやつは全員捕縛だ!」
兵たちが剣を抜く。
ちなみに、敵兵の数は20人。
「……ぐすん……。お仕置きされたくないですぅ、だから、死ねですぅ」
ブリットがメルヴィから離れる。
それと同時に、敵兵5人の頭に人形が乗っかる。正確には、そこで人形を作ったのだ。
そして即座に爆発させた。
敵兵5人の頭が砕け散る。
ブリットは更に人形を作ろうとしたが、爆発音でゴジラッシュが目を覚ました。
「あ、ゴジちゃん、起きちゃいました」とメルヴィ。
ゴジラッシュは周囲を見回し、敵兵たちを見つけ、激しく咆哮した。
ティナたちはみんな耳を塞いだ。
生き残った敵兵15人のうち、10人が尻餅を突く。ゴジラッシュの咆哮にビビッたのだ。
ちなみに、彼らはゴジラッシュを大きな石か何かだと思っていた。丸まっていて動かなかったからだ。
ゴジラッシュが口の中に魔力を溜めようとしたのだが、
「ダメですわよ」
ティナが言うと、ゴジラッシュは固有スキルの使用を中断した。
「寝てていいですわ」
ティナがゴジラッシュに寄って行って、何度か撫でる。
そうすると、ゴジラッシュは再び丸くなった。
「ブリットの攻撃は音が大きいですわね」ティナが言う。「仕方ないから、あとはぼくが倒しておきますわ。ブリットはさっさと洗い直しですわ」
ティナは敵兵たちを順番にぶん殴って、城壁の外へとぶっ飛ばした。
ブリットが殺した5人の死体は、あとでゴジラッシュの餌にするのでそのまま放置。
ブリットはユルキのパンツを含め、さっき投げ捨てた洗濯物を拾い集めた。
◇
タルヴォの斬撃を、アスラは綺麗に受け流していた。
「バカなっ!」
タルヴォがアスラから距離を取った。
「何が?」とアスラ。
ちなみに、レコ人形はすでに地面に降りている。
「俺は人の領域を超えたはず! なぜ貴様如きを殺せんのだ!」
「ああ、そんなことか」
やれやれ、とアスラが肩を竦めた。
けれど、けっして油断はしていない。きちんと集中している。よって、タルヴォが何をしても対応できる。
「それにその剣、普通のクレイモアではないな!? 聖剣クレイヴ・ソリッシュの斬撃を受けて、欠ける気配すら見えん! それは何だ!?」
「ラグナロク」アスラが言う。「またはジャンヌの剣。どっちでも」
「……なるほど。伝説級のクレイモアか」タルヴォが歯噛みする。「しかし、だがしかし! なぜ俺の攻撃を受けることができる!? 俺の能力はすでに英雄の領域!」
タルヴォの発言に、アスラは心底呆れた。
とんでもないバカだ。
「教えてあげようか?」
「許可する! 言え平民!」
アスラが舌打ち。
「なんだその態度は!? 大貴族たる俺が許可したのだ! さっさと言え!」
「お願いします、だろう?」
アスラが真面目に言ったので、タルヴォは一瞬、意味を理解できなかった。
少し呆けて、それからプルプルと震え始めた。
「ふざけるな平民の分際で!! くそったれが!! 許さん!! 貴様のような、貴族を舐めた平民は断じて許さん!!」
「ふむ。そんなんだから、貴族は衰退するんだよ」アスラがニヤリと笑う。「勘違いしているようだからハッキリ言うけど、君は少しもすごくないんだよ?」
「何を言う! 貴族というだけでも、俺は素晴らしい存在だ! その上、俺は大貴族の当主だ!! お前こそ勘違いするなよ平民! 平民なんぞ、俺たち貴族が生かしてやっているに過ぎないんだ!」
貴族全盛の時代、貴族たちは人の命さえ、気ままに奪っていた。
暇だから棒で殴り殺そう、誰がトドメを刺せるか勝負だ、みたいな。そんな遊び感覚で人々を殺していた。
「理解したまえよ。運良く貴族に生まれたというだけで、君は特別でもなんでもない。ただの人どころか、クズの部類さ。そういう、能無しのボンボンが増えたら、そりゃ衰退するさ。だって能無しなんだもの。当然だろう?」
「おのれぇぇ!! それ以上の侮辱は許さん!! 『光刃月下』!!」
タルヴォが剣を縦に振る。
そうすると、三日月型の巨大な衝撃波が地面を削りながら飛翔。
アスラはそれを右に飛んで回避。
衝撃波は貴族軍を巻き込みながら城壁の手前まで進み、そこで消えた。
「本当にダメな奴だね君は」
タルヴォが賢明な人間なら、ここでアスラと戦わず、城壁を破壊すればいいのだ。一撃では無理かもしれないが、何度も撃ち込めば『光刃月下』で城壁を破れる。
「なぜ当たらない!! 威力も速度も申し分ないはずだ!!」
なぜってそりゃ、とアスラは思う。
君、元が大したことないんだもん。
力と速度が増しても、使いこなせていないのだ。
人間を超えても、技が人間の領域に留まっているのだ。それも凡庸な人間の領域に。
そもそも、タルヴォの剣術は蒼空騎士のものだ。
アスラは蒼空騎士の剣術を完璧にマスターしている。なぜならマルクスがいるから。よって、太刀筋の先読みもできる。受けられないはずがない。
「ぶっちゃけ言うけど、真っ直ぐ飛んでくるだけの衝撃波なんて、普通躱すだろう?」
音の速度や光の速度で飛んでくるわけでもないし。
仮にその速さで飛ぶとしても、アスラは躱す自信がある。
なぜなら、剣を振り抜かなければ衝撃波が発生しないから。タルヴォが振り抜く間に移動すればいいだけの話。
タルヴォの振りが凄まじく速かったとしても、先読みすればたぶん躱せる。
「おのれ!! 俺は偉大なるセブンアイズになったのだ!! 負けるはずがない!!」
タルヴォはその場で、剣を何度も振るう。
その度に衝撃波が発生するが、アスラは難なく全て躱した。
「やれやれだよ」アスラが言う。「魔物になって、セブンアイズになって、それでやっと英雄程度の実力しかない君が、なぜ私に勝てると?」




