8話 迸る狂気、桃色のお散歩 アスラ式イージス戦闘システム【血染めの桜】
兵たちは進軍した。
傭兵国家《月花》の城を落とすために。
連日の奇襲で数は減ったけれど、貴族たちの士気は高い。
彼らは負けるわけには、いかないのだ。
再び貴族の栄光を。
再び貴族の尊厳を。
もっと分かり易く、簡単に言うならば、昔のように偉そうに振る舞いたい。
これはその第一歩。
貴族を舐めたらどうなるか、貴族を攻撃したらどうなるか、貴族に逆らったらどうなるか。
傭兵団《月花》を見せしめにする。
たとえ、ジャンヌを討ち滅ぼし、一度は世界を救った者たちであれ、貴族を敵に回したらどうなるか。
それを世界に知らしめるために。
貴族全盛の世を取り戻すために。
貴族が歩けば、その私兵が歩けば、平民どもが道の隅で跪くように。
問題は、各国が出した軍の士気が低いこと。
◇
「諸君に尋ねる、諸君《月花》国民はもし総統が……間違った。この私が戦えと命じるならば、10時間、12時間、必要とするならば14時間戦う決意があるか?」アスラが言う。「諸君は総力戦を望むか!? 諸君は必要とされるならば、我々が今、想像する以上の全面的で徹底的な戦争を望むか!?」
城壁の上で、アスラはとっても楽しそうだった。
「いきなりどうしたんっすか団長?」
ユルキが小首を傾げた。
「これはナチスの総力戦演説だよ。有名な演説でね」アスラは本当に楽しそうに言う。「1度言ってみたかったんだよね! 総力戦大好き!! 泥沼大歓迎!! 国家総力戦だよ!! うち国民少ないから、最初から総力戦だけどね!!」
今にも飛び跳ねそうな勢いでアスラが身体を揺らして踊る。
「なちすって何ですか?」とサルメ。
「また今度話してあげるよ。とりあえず君たちは右手を斜め前に上げて、ヤーって言えばいいよ!」
「「ヤー!!」」
アスラの望み通り、みんなが声を揃えて言った。
アスラは満足そうに何度か頷いた。
「話は変わるけれど、実は昨日、新しい魔法を完成させたから試して来るよ」
アスラは上機嫌で言った。
敵兵たちは綺麗に並んで、一糸乱れぬ行進を続けている。
アスラたちは城壁の上だ。アイリスもまだそこにいる。
「みんなー! 団長がスタンドプレーしようとしてる!」とレコ。
「良い機会だからね。私1人で多人数を相手にする機会はあまりない」
「いや、割とあるっすよね?」ユルキが言う。「団長、割と1人で突っ走ったり拉致されたりして、1人で戦ってること多いっすよね?」
「そうだったかな?」アスラが首を傾げる。「私はいつもみんなと一緒だったよ! そんな気がする! 国家総力戦だよ!」
「……気がするだけ……」イーナが言う。「……かな? あれ? どうだっけ……?」
「総力戦って言い過ぎ」ラウノが言う。「どんだけ言いたいのかと……」
「そんなに単独行動してますかね?」サルメが言う。「拉致された時だけでは?」
ちなみに、サルメとレコは使者との交渉後、イーナの【浮船】で城壁の上に戻ってきた。
「あと、アルラウネと戦った時ぐらい?」とレコ。
大森林の奥で戦った上位の魔物。
「ほらしてない!」アスラがユルキを指さす。「アルラウネだって、殿を務めようとしたら囲われただけだし、拉致は仕方ない」
「あー、そうっすね。俺が悪かったっす」
ユルキはどうでも良さそうに肩を竦めた。
たぶん、みんな本当はどうでもいい。
半分は冗談なのだ。
「よろしい」アスラが言う。「というか、これは遊びだよ? 依頼じゃないんだから、ぶっちゃけ君らも好きにしていいよ。試したい戦術や、魔法があれば、私の許可なく試していい」
「むしろ、なぜそんなポンポンと新たな魔法が思い付くのでしょう?」マルクスが言う。「羨ましくて、自分は死んでしまいそうであります」
「つか、城壁守るので必死っすけどね、たぶん。何かを試す余裕があるか微妙っすわ」
なんだかんだ、数の暴力は恐ろしい。
攻城兵器は事前に破壊しているが、彼らはまだ梯子を持っている。まぁ、《月花》側が意図して梯子だけ残したのだけど。
「籠城戦なんかやったことないし、緩く楽しめ」アスラが言う。「今回で多くのデータが取れるから、今度からはそれに基づく戦術が練れるさ。現状で私が知っている攻城戦の基本は、包囲、開城要求、通らなければ強行の3つ。強行を凌げばこちらの勝ちってことかな」
「その通りですな」マルクスが頷く。「ちなみに籠城する側は、基本的には援軍待ちです。援軍なしの籠城は大抵負けます」
「……基本的には、でしょ」イーナが言う。「あたしら……援軍とか、ないし」
「誰も言及しないから僕が言うけど、城壁の崩れているところは放置でいいのかい?」ラウノが言う。「あそこから中に入られて、城門開けられる可能性は?」
「……そこから入ったら、どこに出る……?」とイーナ。
「洗濯場だろう?」とラウノ。
「そこには誰がいる?」とレコ。
「ぼくとブリットとメルヴィとゴジラッシュですわ、ってティナが言ってるぞ」
アスラたちの足下にいた茶髪の人形が言った。
ブリットの種族固有スキル『人形劇』で生み出された人形で、連絡手段として配置している。
ちなみに、この茶髪の男の子の人形を、アスラはレコ人形と呼んでいる。
「そっか、だから誰も言及しなかったのか」ラウノが苦笑い。「むしろ、そっちに行った敵兵が可哀想なレベルだね」
まぁ、ティナたちは普段通りに洗濯をしているだけなのだが。
それでも、戦力はこちらよりも上だ。
まだ子供とはいえ、最上位の魔物であり、半ば伝説の存在である竜王種。
性格は薄暗くてネガティブだが、最上位の魔物で元セブンアイズの傀儡師。
幼く見えるが本当は17歳、犯罪組織を束ね、ジャンヌと組んで一度は世界を滅ぼそうとした最上位の魔物にして、神の血脈。
そして、可愛くて礼儀正しい、《月花》でもっとも可愛がられている元大貴族の少女メルヴィ。
「さて、じゃあ私は矢の雨が降る前に散歩に行ってくるよ」アスラが言う。「レコ人形は私と来い。連絡用だ。それで、新しい人形を城壁の上に用意したまえ」
「了解だ」とレコ人形がアスラの肩に乗る。
「サルメ人形も作ってください!」サルメが言う。「ブリット! 次はサルメ人形!」
「うるせぇなブス」とレコ人形。
「は? 殺しますよ? ブリット本体殺しますよ? 私、別に自分を美人とは言いませんけど、ブスではないですよね? 殺しますよ? まずブリットの目の前でラウノさん殺しますよ?」
「僕!?」とラウノが驚いて言った。
レコ人形がビクッと身を竦め、「……ごめんなさいでしたぁ……」と小声で謝罪。
そんなやり取りを見て、アスラは小さく笑った。
「イーナ」とアスラ。
イーナが頷いて、アスラの両足に【加速】を使用。
アスラがダッシュして、城壁から飛ぶ。
アスラが飛んだと同時に、イーナは【浮船】を使ってアスラの飛距離を伸ばす。
「おー、飛んだなぁ」とユルキ。
「最高記録では?」とマルクス。
「風属性ってすごいね」ラウノが言う。「島にいた時は悲しい属性だと思ってたけど、基本属性の中で一番使えるよね」
「……えっへん」とイーナが胸を張った。
◇
地面に着地したアスラは、ゆっくりと歩き始める。
正面には、5000の敵兵。
何人かの敵兵が、少し驚いたように表情を変化させた。けれど、彼らはすぐに元の険しい表情へ。
これは戦争なのだ。命を奪い合う、正真正銘の戦争。
「前世の話なんだけどね」アスラが楽しそうに言う。「イージス戦闘システムという名の最強の防空システムがあったんだよね。アクティブ・フェイズドアレイ・レーダーによる全周監視、そいつは500キロ先まで見通せる」
敵兵たちは止まらない。
当然だ、少女1人のために、進軍を止めたりしない。
誰かがアスラに気付き、「アスラ・リョナだ!」と叫んだ。
それで少し、敵兵たちがざわついた。
「イージスに全てを任せる全自動モードでは、索敵から攻撃までを、全部勝手にやってくれる。同時に捕捉、追跡可能な目標は120以上。同時攻撃可能数は10前後。イージスが脅威度を判定し、自動的に迎撃してくれる」
敵の弓隊が弓を構えた。
目標はアスラではなく、城壁の上の団員たち。
他の部隊はまだ前進している。
前進しながら、「アスラを討ち取れ!」と誰かが叫ぶと、「いや、生け捕りだ!」と別の誰かが叫んだ。
「シースパロー艦対空ミサイルを躱されたら、127ミリ単装速射砲で、それも躱されたら20ミリ高性能機関砲で! まさに鉄壁! 神が娘に贈った最強の盾の名を冠するだけあるだろう!? ははっ! だから私もそういう魔法を考えたんだよ! 最強の盾となり得る魔法を!」
敵兵たちが剣を、または槍を構える。
アスラを攻撃するためだ。
弓隊は最初の矢を放った。
「見たまえ! アスラ式イージス戦闘システム【血染めの桜】!!」
アスラの周囲に数多くの花びらが浮かぶ。
これ自体はいつもの【乱舞】である。【乱舞】を等間隔で、綺麗に並べたにすぎない。
ついでに、アスラの歩みに合わせて動かしている。
◇
ある新聞記者が記事にしたある兵士の証言。
――つまり、アスラ・リョナはたった1人で向かって来たと? 自分の周囲に花びらを浮かせて?
まぁそうなるな。でも正確じゃねーよ。『向かって来た』なんて生ぬるい表現は間違ってる。
――と、いいますと?
殺しに来たんだよ。俺たちを、みんな、ブチ殺しにきたんだ、あのガキは。
あのガキの展開した魔法は、クソ、思い出しただけで吐き気がする。
――大丈夫ですか? 休憩しますか?
うるせぇ。始まったばかりだろうが。クソ、どいつもこいつも、ただの花びらなんざ気にもかけず、突っ込んで、そんで、みんな爆発して粉々だ。
100人が死んでやっと理解したんだよ俺たちは。
誰もあのガキに、アスラ・リョナに、触れることさえできねーってな!
――それがアスラ・リョナの、魔法兵の実力? 戦争そのものを、根本から変えてしまえるほどの戦力という話ですが……。
そんなんじゃねぇよ。そんなん、別に問題じゃねーよ。いつか誰かが対応するさ。戦闘方法の違いなんて、いつか誰かが克服する。そうじゃねーんだよ。
――つまり?
もう誰も攻撃できねー。そうだろ? 近寄ったら花びらが爆発して死ぬんだからな!
そしたらあのガキ、どうしたと思う!?
――どうしたんです?
花びらが俺たちを追尾して、クソ!
花びらの方から寄って来て、わざわざ寄って来て、俺たちに貼り付いて爆発しやがった!
――恐ろしい魔法ですね。
違う! 恐ろしいのは魔法じゃねー!
そん時のアスラ・リョナだ!
笑ってやがったんだ!! あのガキは!!
ダンスみたいにステップを踏んで!!
鼻歌を歌いながら!!
ピクニックを楽しんでいるように俺たちを殺して回ったんだよ!!
――言葉が出ませんね。
クソ! 当たり前だクソ!
アスラ・リョナは楽しそうに、本当に楽しそうに、魔法の解説、いや、自慢を始めやがった。
大きな声で、自慢し始めたんだ!
――ほう。
最初は生成魔法で創った花びらに、変化を加えて【地雷】にしたらしいけど、俺たちに寄って来た花びらには【誘導弾】を付与したらしいぜ? 1枚ずつ、丁寧に付与したってよ、クソ。
――付与? どういう意味です?
君たちの知らない性質だよね、って笑いやがった。
底知れねぇ。あのクソッタレは本当に底が見えねぇ。
俺はよぉ、《魔王》なんて見たことねーんだけど、たぶん、こんな感じなんだろうなって、血の海を見ながら思ったぜ。
チクショウ、生きてて良かった……。
◇
「遠い……」
城壁の上で、アスラを見ていたアイリスが呟いた。
地上から数多の矢が飛んでくるけれど、さすがに当たるようなアイリスではない。
「アスラが遠い……」
勝てない。今のアイリスでは、アスラに勝つ未来が見えない。
数多くの制約を課した試合なら勝てるけれど、そんなの、一体何の意味があるのか。
実戦で勝てなければ、何の意味もない。
「なんでよ……なんでこんなに、差があるのよぉ……」
メンタルだけの問題じゃない。人を殺せるとか、殺せないとか、そういう些細な問題じゃない。
100人斬りそのものは、サンジェスト王国でアイリスも達成している。
でも、もっとアイリスはボロボロだったし、息も絶え絶えで、1日かけて100人を倒したのだ。
アスラは鼻歌混じりのお散歩で、100人以上を殺した。
任務でも何でもない、依頼でも何でもない、遊びの戦争で。
◇
「難点はMP効率の悪さかな」
アスラは散歩を続けながら呟いた。
すでに100以上の死体が転がっている。
アスラは自分の魔法を兵士たちに解説し、自慢した。
皆殺しにしないのであれば、聞かせておけばアスラの恐ろしさが広まる。
魔法を知られるデメリットよりも、多くの人間がアスラを恐れた方がいい。その方がメリットがある。
それに、どうせ魔法は知られる。戦闘方法も知られる。そして誰かが、いつかどこかで対策する。そういうものだ。
「まぁ、効率の悪さは仕方ない。完成したばかりの魔法だから、今後、成熟させていけばいい」
二段構えの最強の盾【血染めの桜】。アスラ自身、かなりのお気に入りだ。
こんな風に、戦場を気ままに散歩できるのだ。
まぁ、MPが尽きるまで、という制約があるけれど。
と、
巨大な三日月型の衝撃波が地面を削りながら飛んで来た。
アスラは花びらを全て自分の前面に集結させる。【誘導弾】を付与しているので、巨大な衝撃波の衝突と同時に花びらが爆発。衝撃波を消し飛ばす。
「あーあ、花びら全部消えちゃったじゃないか」
やれやれ、とアスラ。
「臆するな!!」
聖剣を掲げたタルヴォが叫ぶ。
「征け! 貴族の世を取り戻すために!! アスラ・リョナは俺に任せて、お前たちは征け! 城にいる者は全て捕えよ!!」
タルヴォの自信に溢れた力強い声で、兵士たちに活力が戻る。
兵士たちは雄叫びを上げ、アスラを無視して城壁を目指した。
「さっきの衝撃波の威力は尋常じゃない」アスラはタルヴォを見て言う。「君もしかして、人間辞めたかね?」
ナシオによる【再構築】の可能性に、アスラはすぐ行き着いた。
前回、マルクスが戦った時は人間だった。それは間違いない。あの時点で魔物だったなら、マルクスが気付く。
「アスラ・リョナ」タルヴォが聖剣の切っ先をアスラに向ける。「外道め。貴様は必ず公開処刑にしてやる。貴族に刃向かった平民がどうなるか、多くの平民どもに見せつけてやる。金輪際、二度と、誰も我々貴族に刃向かわないよう、残虐に」