7話 開城し、投降せよ 「え? なんで? むしろ君らが投降したまえ」
「はい、じゃあみんな、ナシオについて気付いたことを共有しよう。ラウノから順番に」
アスラが淡々と言った。
ナシオは去ったが、アスラたちは謁見の間から移動していない。
「手を汚さないタイプ」ラウノが小さく肩を竦めた。「憲兵的視線だと、捕まえるのが難しい極悪人って感じかな。本人は基本、何もしないから」
「アスラを殺すのにアスラの許可を求める謎スタイル」アイリスが言う。「ぶっちゃけ、【再構築】したいならアスラを勝手に殺せばいいのに、そうしなかったわね」
「たぶん、私の心も欲しがったのだろう」アスラが言う。「無理やり殺したら、セブンアイズになったあと、私は報復する」
まぁ、だいたいの人間は勝手に殺されたら怒るか、とアスラは思った。
生き返るなら、という前提が必要だけれど。
普通、死んだら死にっぱなしなので、怒らないだけだ。
「ナシオには感情の欠落が見られました」サルメが言う。「でも少し違和感がありますね。サイコパスっぽくはないですし、無理やり感情を殺した感じでしょうか? あくまで私の印象です」
「何かを諦めている、って感じだな」ユルキが言う。「こう、なんというか、抑圧されているというか、サルメが受けた印象に近いな、俺も」
「……とっても、嫌な奴」イーナが言う。「大嫌い……。死ねばいいのに」
「イーナは振られたからね」レコが笑う。「まぁ、オレもあいつ嫌いかな。スカした感じがしてイラッとするし、団長狙ってるし、ってゆーか団長狙ってるのが一番イラッとする。死ねばいいのに」
「団長を【再構築】というのは、なかなかおぞましいですな」マルクスが言う。「団長が最上位の魔物になったら、世界が滅びそうですね」
「てゆーか、アスラの場合」アイリスが言う。「何かに成っても、成らなくても、世界滅ぼしそうだけど?」
「君らは私を何だと思っているのかね? 私は自分の住んでいる世界を滅ぼしたりしないよ? もしも滅ぼしてしまったら、滅ぼしたあと、私は何をすればいい?」
「寂しい?」とレコ。
「寂しいんですね?」とサルメ。
「いや、世界に私しかいなかったら、私はとっても退屈じゃないか」
人も魔物も滅びた世界。
つまり、闘争の相手がいない世界。
アスラにとっては、まさに地獄。
「空想の友達を作る方法を伝授しようか?」
ラウノがちょっと楽しそうに言った。
「いや、遠慮しておく。私は現実に生きる人間だからね」
言ってから、アスラは背伸びして座り込む。折れた肋骨が激しく痛んだが、表情には出さなかった。
合わせて、立っていた団員たちもその場に座る。
「まぁ、それはそれとして、ナシオは積極的に俺らに関わりゃしねーっすね」ユルキが言う。「貴族たちに俺ら討伐の許可を出したのは気に食わねーけど、まぁそんぐらいなら放置でもいいかって感じっすね」
「……え?」イーナが目を見開く。「……意味不明だし……。あいつ、あたしら舐めてるし、殺すべき……。こっちから積極的に……ぶっ殺すべき」
「ユルキに賛成」アイリスが右手を上げた。「放置でいいでしょ? 向こうに敵対する気がないんだもん」
「いやいや」レコが右手を左右に振った。「オレたちの討伐許可出してるし。敵対してるし」
「あまり深く考えてないと思うよ」ラウノが言う。「本人もたぶん、僕たちの敵になったとは思ってないっぽいし。だからユルキに賛成かな。放置しよう。敵を増やしすぎるのはよくない」
「でも彼、私たちのこと舐めてますよね?」サルメが言う。「あと、あの綺麗で上品な顔が苦痛と屈辱で歪むところが見たいです」
「ナシオに手を出すのはお勧めしませんわ」ティナが言う。「とゆーか、本来ならナナリアだって関わらない方がいいですわ」
「しかし向こうから関わって来た」マルクスが言う。「兄妹揃って、我々《月花》を舐めていると感じる。最悪、殺さないまでも痛い目に遭わせるべきだろう」
「……ナシオ様に、勝てるわけないのですぅ……」ブリットが言う。「絶対、無理なのですぅ……。ナシオ様は、セブンアイズの1位より強いのですよぉ?」
「1位がどれほど強いのか、俺ら知らねーし」ユルキが苦笑い。「まぁ、団長の判断に任せるっす」
ユルキの言葉で、全員の視線がアスラに向いた。
アスラは少し考えてから、溜息混じりに言う。
「ナシオをどうするかは、保留する。とりあえず貴族たちをぶっ殺そう……じゃなくて、一度だけチャンスをやって、それを棒に振ったら皆殺しにしよう」アスラが言う。「せっかくだから、泥沼にしよう。泥沼の籠城戦ってやつをやろう。すぐに講和したとしても、十分楽しめるように、泥沼を泳ごう。連中の攻城兵器を全て破壊して、梯子だけ残そう。人間対人間の泥沼になるように、ね」
「数の暴力でオレたち殺されないかな?」とレコ。
「バカ、レコ、それがいいんじゃないか!」アスラが言う。「とはいえ、たぶん大丈夫だよ。質はこっちの方がいいからね。ほら、梯子は一人ずつしか登れないし」
それに、とアスラは思う。
どうせ連中がこの城に辿り着く頃には、半分以下の兵力になっているはずだから。
主にゴジラッシュの能力で。
◇
数日後。
傭兵国家《月花》の城壁の上。
団員たちはフル装備でそこにいた。
アスラに至っては、背中にラグナロクを装備している。
「見たまえ諸君! 実にいい眺めじゃないか!」
アスラが嬉しそうに言った。
拠点の古城から少し離れた場所に、貴族軍が陣を敷いている。弓が届かない距離を計算して陣を敷いているのだ。
まぁ、コンポジットボウを使えば届くけれど。
「割と根性あるっすねー」ユルキがヘラヘラと言う。「あんだけ、連日襲撃してやったのによぉ」
貴族軍は全部で5000前後。当初の予定の半分以下。
それは、アスラたちが毎日、毎日、威力偵察という名の襲撃を繰り返したからだ。
その時に、攻城兵器は完全に破壊した。よって、予定通り貴族軍は梯子しか持っていない。
「……まぁ、挫折されても……つまんないし……」
ニヤニヤと笑いながらイーナ。
「てゆーか、もう講和交渉してもいいんじゃないの?」アイリスが言う。「向こう、到着した時点で戦力が半分以下とか……むしろ同情するわ」
「交渉というか、ルール通りなら開城要求があるだろう?」とアスラ。
攻城戦は無駄に時間を消費する。もちろん兵も。
だから、必ず最初に開城要求がある。多くの場合は、命を保証するから投降しろとか、そういう感じ。
「開城要求は講和交渉に入らないからね!?」アイリスが言う。「ちゃんと途中で交渉してよ!? うっかり皆殺しとかやめてよ!?」
「そう約束したじゃないか」アスラが肩を竦める。「君の心意気を無駄にはしないよ。でも講和交渉は今じゃないね。最低でもタルヴォと貴族数人は殺しておかないと、終わらないよ」
「というかアイリス」マルクスが言う。「もっと離れろ。お前は我々から離脱しているのだからな」
「その線からこっちに入らないでくださいね」
サルメが城壁に置いた槍を指さす。槍が線の代わりなのだ。
アイリスは《月花》から離脱するようにと、大英雄命令を受けている。
「てゆーか、城の中にいてよ」レコが言う。「エルナにバレたら絶対怒られるよ?」
「戦闘が始まったら、中に入るわよ」アイリスが言う。「助けてって言っても助けてあげないんだからね?」
「お、使者が来たね」
アスラが言った。
馬に乗った兵士が1人、城門へと近付いている。
みんなの視線が使者へと集中する。
「……た、助けてあげないんだからね……?」
スルーされたアイリスは、寂しそうに呟いた。
「使者と話したい人!?」とアスラ。
「はぁい!!」「はい!!」
レコとサルメが元気よく手を上げた
「じゃあ、仲良く行っておいで」
アスラが優しい口調で言うと、レコとサルメが顔を見合わせてニコッと笑う。
それから、2人は助走を付けて城壁から飛ぶ。
「……【浮船】……」
2人が地面に落ちる前に、イーナが2人に支援魔法を施す。
右手でレコ、左手でサルメに。【浮船】の2つ同時展開。
「あいつらは階段から下りるということを知らんのか……」
マルクスが呆れた風に言った。
「イーナが助けてくれるって確信してたね」ラウノが言う。「そして実際、その通りだった」
「助けなくても死にはしないよ。受け身取れるんだから2人とも」
アスラが楽しそうに言った。
◇
「こちらの要求は1つ。開城し、投降せよ」使者が馬に乗ったままで言う。「条件として、死刑の際に拷問はなしとする。お前たちの死刑は確定している。しかし拷問ありとなしでは、大きく違う。これはタルヴォ様の温情である」
「開城と投降なので、要求は2つでは?」とサルメ。
「あと、条件が悪すぎる」レコが言う。「拷問なしとか団長が泣くから、むしろ積極的に拷問しないと! 未だかつてないぐらいの、すごい拷問じゃないと団長が死んでも死にきれないよ!」
「団長さんはいいかもしれませんが、私は拷問とかなしの方がいいですけど……」
サルメが呆れた風に言った。
「じゃあ、団長だけいっぱい拷問する方向でどう?」
レコの提案に、使者が困惑。
「それはいいですけど」サルメが言う。「こっちの条件も伝えないと。ちゃんとした条件です」
「お前たちに条件を提示する権利などない」使者が言う。「こちらの要求に従うか否か、だ」
「半分に減ったくせに強気だね」とレコが笑う。
「私たちの遊びで半分に減らされた分際で生意気です」とサルメ。
「要求を蹴る、という意味でいいか?」使者が言う。「我々は怒っている。お前たちの非道に、お前たちの急襲に。この要求を蹴って、緩く死ねると思うなよ? 平民の分際で貴族に逆らう時点でお前たちはクソなのだ。全員でお前たちのケツの穴を犯してやる。我々貴族に対する暴虐、不敬、徹底的に思い知らせてやる。全世界に見せてやる」
「使者が貴族だった!」レコが楽しそうに言う。「使者貴族! 貴族なのに使者! 下っ端だよサルメ! 下っ端貴族! こういうお使いって下っ端がするもんね!」
事実、使者は小貴族家の跡取り息子だ。当主ですらない。
だからこそ、レコの発言に強く拳を握って怒った。
それでも、自制するだけの理性があった。使者が攻撃するなど、あってはならないこと。
「……レコ、それだと私たちも下っ端ということになりませんか?」
「はっ!? しまった!! ってオレたち下っ端だよ?」
「そうでした。私たち、下っ端でした……」
サルメがガックリと肩を落とした。
「笑っていられるのも、今のうちだぞクソ平民どもが……」使者が怒り心頭で言う。「要求を蹴ったこと、必ず後悔させてやる……」
そして引き返そうと、使者が馬を操る。
「あ、待ってください」サルメが言う。「みなさんに伝えて欲しいのですが、貴族は近く滅びます。私たち《月花》が滅ぼします」
「それは君らが降伏しても遂行する」レコが言う。「激烈な武力をもって、貴族という制度をこの世界から排除する」
「こちらの条件も一応、伝えておきますね」
「今すぐ降伏しろ。そうすれば、少なくとも命は助かる」
「でもそれだけです。私たち《月花》は、貴族の尊厳を根こそぎ破壊します。貴族の特権を全て剥奪します。嫌なら抵抗してください。とことん抵抗してください」
「その方がオレたちは楽しめるし、団長も喜ぶから、頑張ってね」レコが醜悪な笑みを浮かべる。「最後の一人まで向かって来て欲しいな。団長が嬉しいと、オレも嬉しいから」




