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4話 思い悩む英雄 「それよりセブンアイズがどんどん増えるんだけど」


 アスラたちが威力偵察に出たあと。

 アイリスはまだ《月花》の拠点にいた。

 今日はアスラ、マルクス、ユルキ以外のメンバーは全員オフである。


「ラウノ?」


 アイリスは特に何をするでもなく、フラフラと中庭に出た。この古城の中庭は、割と緑が多くて心が落ち着くのだ。


「アイリス、まだいたの?」


 ラウノはベンチに座って、のんびり空を見ていたのだが、視線をアイリスに向けた。

 アイリスはキョロキョロと周囲を見回したが、ブリットはいなかった。


「ブリットなら、ティナとメルヴィと掃除だよ」

「そっか。えっと、ティナたちは総務部だったわよね?」


 アイリスはラウノに近寄り、隣に座った。


「そう。《月花》の非戦闘員。裏方ってやつだね」ラウノの声はとっても穏やかだ。「それにしても、僕たち戦闘員はオフの日って暇だね」


 ラウノは黒いローブ姿だ。それは《月花》の正式な戦闘服。防御力が高く、暖かい。その上、内側にはポケットがたくさんある。

 ちなみに、暑い時期になったらメッシュ加工の涼しいローブに衣替えする。


「ゆっくり休んで英気を養う日も必要よ」アイリスが言う。「明日はラウノたちが威力偵察に出るんでしょ?」


 アスラたちは東の部隊を偵察したが、ラウノたちは中央の部隊を偵察する。全世界から敵兵が集まっているので、順番に偵察して回るのだ。


「そう。ついでにサンジェストで物資の買い込み」


 アスラたちも、偵察後はアーニアで物資を買って戻る予定だ。


「そっか」


 しばらく沈黙。

 中庭には色々な植物が生息している。

 ジャンヌの墓であるクレイモアにも、蔦植物が絡まりつつあった。まだ下の方だけだが、この調子だと1年後には剣が植物で見えなくなりそう。

 それはそれで幻想的かもしれないけれど、とアイリスは思った。


「話したいことがあるなら、聞くよ?」とラウノ。


「え?」

「アスラに頼まれてるんだよ。団員のメンタルケア。アスラがいない時限定だけど」

「あたし団員じゃないわよ?」


「でも仲間だろう? 大丈夫、無料だよ」ラウノが微笑む。「君は心がもやもやしているね?」


「あたしに成ったの?」

「いや、さすがに見たら分かる。成ろうか?」

「うん。お願いするわ」


 アイリスが言うと、ラウノが目を瞑ってゆっくり呼吸した。

 他の誰かに成る能力。ラウノだけの特別な能力。それは魔物たちの固有スキルに匹敵する。

 他人に深く深く共感し、他人の痛みや苦しみまで全部背負ってしまえる。もちろん、幸福や喜びも。

 ラウノのような人のことを、アスラはエンパスと呼んでいた。


「君の心を、あるいは頭を悩ませている問題は2つある」とラウノ。


「そう、その通りよ。さすがね」


 アイリスは曖昧に笑った。

 本当に、《月花》では隠し事ができない。秘密を持つのが極めて難しい環境だ。みんながみんな、他人の心を覗けるから。

 アスラ式プロファイリング。

 もちろんアイリスも使える。だから、やろうと思えば自分で自分を分析できるのだ。


「どちらもアスラに関わること、だね」

「アスラと《月花》、かしら?」

「いや、どっちもアスラだよ。第一に、アスラに必要とされなかったのが辛い」

「あ……」


 言われてやっと理解する。アイリスは理解する。

 あたしは、アスラに「一緒に戦っておくれ」って言って欲しかったのだ、と。「君の力が必要だ」と言って欲しかったのだと。


「認められたい?」ラウノが言う。「いや、違うかな。それは少し違う。対等でなければ。そう、対等でなければ、いつか、いつの日か、アスラを倒せない」


「うん……」アイリスがしょんぼりと言う。「結局、どれだけ好きになっても、アスラは敵になると思う。あたしのか、英雄のか、あるいは世界の」


「今も十分、世界の敵だよ」ラウノが笑った。「みんながアスラを、いや、僕たちを殺そうと躍起になっているのだから」


「でもアスラが勝つ」アイリスは断言した。「そしてまた憎しみが広がって、アスラはどんどん敵を作って、血で血を洗う毎日が続く」


「アスラの望んだ世界だね」

「あたしは望んでない、そんなの、全然望んでないわ」


「巻き込まれるのが嫌、というわけではないね」ラウノが言う。「アスラがみんなに憎まれるのが嫌なんだね? 君はアスラが好きだから」


「うん……」アイリスが曖昧に頷く。「そう……だけど……」


「どうにもできないのが辛い?」


 ラウノが言うと、アイリスが再び頷く。今度は曖昧ではなかった。


「みんなに聞いた話だけど」ラウノは優しい声で言う。「以前はルミアという人が副長で、アスラを制御していたんだよね?」


「そう。ルミアがいなくなってから、アスラはもうメチャクチャ。殺さなくていい状況でも笑いながら殺したりするのよ? 今回だって、相手が降伏しても皆殺しにするって言うし……」


 今回の戦争に参加した者は最後の1人まで殺し尽くす。相手の降伏を認めない。アスラはみんなにそう言った。


「君がルミアの代わりを務めたいけど、上手くできなくて辛い?」


「正確には……覚悟がなくて辛いの」アイリスが悲しそうに笑う。「アスラは、私に意見するなら私を殺せって言うのよ? 無茶でしょ……」


「ルミアはそうしてたんでしょ?」とラウノ。


「うん。ルミアはアスラが殺人鬼に落ちるなら、アスラを殺す覚悟だった」アイリスが遠くの空を見ながら言った。「自分がアスラを育てたから、その責任もあったのだと思うわ」


「今のアスラは殺人鬼?」

「そう思うわ。魔殲だって、別にわざわざ戦争を宣言しなくても良かったと思わない? どっちかが全滅するまで戦うなんて、野蛮すぎるわよ」

「どうかな? 魔殲は話し合いに応じるタイプじゃないし、遅かれ早かれそうなったと思うよ? 仮に話し合っても、お互いに利がある落としどころは見つからないよ」


「そうかもしれないけど」アイリスは納得できない。「それでも、話し合う努力はして欲しい。できるなら今回も」


「ふむ。今回に関しては、舐められ過ぎてるのが問題だよ」ラウノが言う。「ある程度、恐怖を与えなきゃ。本当に皆殺しにするかどうかは分からないけど、簡単に許しちゃダメだよ。僕たちは傭兵で、舐められたら終わりだよ」


 貴族連中が《月花》を攻撃するのは、《月花》に勝てると思っているから。

 ちっぽけな傭兵団だと思っているから。

 そして、それに呼応する連中のなんと多いことか。それは即ち、どいつもこいつも、《月花》を甘く見ているのだ。

 更に《月花》の団員は全員総じて舐められるのが嫌いだ。正直、アイリスも舐められるのは好きじゃない。


「恐怖による抑止なんて、長く続かないわよ」とアイリス。


「それも分かってるよ。きっとアスラもね。怖いモノ知らずはいるし、君が言ったように血で血を洗う毎日になるかもね。だけど、それでも、傭兵団《月花》は媚びないし屈服しないし、諦めないし負けない。僕が確信している《月花》の理念は2つ」


「依頼は絶対に達成する」アイリスが言った。「あるいは、請けた依頼を達成するために最善を尽くす。もう1つは、舐めた奴は殺してもいい?」


「その通り。魔殲に対しても今回も、2つ目の理念に従って行動しているに過ぎない」ラウノが言う。「アスラは別に殺人鬼に落ちちゃいないよ。アーニアでチェーザレと戦った時、アスラは無関係の人を巻き込まなかった。僕は見てないけど、市民は死んでない。それは間違いない」


「その辺の分別は付くのよね……。ルミアの影響じゃなくて、アスラ自身が普通に暮らしている人に興味持ってないというか、なんというか……」


 でも、とアイリスは思う。

 いざとなったら、アスラは躊躇なく一般人でも巻き込める。


「無関心ではないみたいだよ?」ラウノが言う。「戦闘で民家の壁を壊してしまったけど、あとで修理費を払っていたから」


「そういう細かいケアちゃんとしてるのね!?」


 アイリスがビックリして言った。


「アスラは君が言うような殺人鬼じゃないよ」ラウノが微笑む。「それでも、今回の皆殺しの件が気に入らないなら、一度アスラと話すと良い」


「それは気に入らない! やっぱりどんな理由があっても、皆殺しなんて野蛮だし、あたしは許せない! それは悪だと思うし、必要ないことだし、それでもやるなら殺人鬼よ!」


 皆殺し以外の落としどころは見つかるはず。

 もちろん、ある程度の戦闘は必要だ。相手が話し合いに応じるだけの被害は仕方ない。

 要は、そこでキッチリ講和すればいいのだ。

 その方がスマートだし、カッコイイし、傭兵としての格だって上がるはずだ、とアイリスは思った。


「君は英雄だからね」ラウノはずっと微笑んでいる。「それでいいと思うよ。アスラとは、一度ぶつかってみてもいい。少年少女って感じで、僕は好きだなぁ」


「ラウノ、もしかしてバカにしてる?」


「まさか。違うよ」ラウノが両掌を見せる。「僕はもう善悪では悩まない。正邪でも同じ。自分のことをよく理解しているから。世界が綺麗じゃないと知っているから。だけど、君は違う。大いに悩めばいい。大いにぶつかればいい。それは若さの特権だし、昔は僕もそうだったんだから」


       ◇


 タルヴォは唖然としていた。

 たった1回、たった1回の襲撃で、1000を超える兵が死傷した。


「……化け物どもめ……」


 タルヴォはきつく拳を握る。

 そもそも、あのドラゴンが規格外だ。あれは竜王種だ。かつての伝説。ファリアス家が総出で退治した脅威。


「……竜王種を、手懐けているだと……ふざけやがって……」


 普通のドラゴンですら、飼うのは難しい。それを、《月花》は自由自在に操って見せた。

 と、兵が1人、タルヴォの元へと駆け寄ってきた。


「あの、タルヴォ様」兵が申し訳なさそうに言う。「ニーロ様が討ち死にです」


「ニーロが?」

「はい」


 弟との仲は、あまりいい方ではなかった。意見が合わないのだ。大貴族であることに誇りを持っているタルヴォと、家柄に興味のない弟。

 タルヴォが蒼空騎士になったのは、ハクを付けるため。弟が軍人になったのは、国を守るため。


「ドラゴンの攻撃か?」

「いえ、アスラ・リョナの攻撃です」

「そうか……」


 だが嫌いではなかった。弟のことは、嫌いではなかったのだ。

 思想が違っていても、たった1人の弟だった。これでまた、タルヴォが《月花》を攻撃する理由が増えた。


「遺体は?」タルヴォが思い出した風に言う。「せめて母国に送って、盛大な葬儀を」


「いえ、それがその……」兵士は酷く辛そうに言った。「バラバラ……でして……」


「バラバラ?」

「その、アスラ・リョナの魔法で、その……粉々に……」


 兵士の言葉を理解するのに、少しだけ時間が必要だった。

 普通、遺体を集められないほど粉々になって死ぬことはないからだ。


「そう……か。分かった、下がれ」


 タルヴォはフラフラと、司令官用のテントに入った。

 そしてすぐに椅子に座り込んだ。そうしないと、崩れ落ちてしまいそうだったから。

 弟は、遺体すら残らなかった。


「これで、この被害で……最初の関門だと……」


 冗談じゃない。もし、連日このレベルの襲撃を受ければ、《月花》の城に辿り着く前に全滅してしまう。

 と、テントの中に銀髪の少女が入ってきた。

 16歳前後の少女で、肌が白い。赤と黒の高価なドレスがよく似合っている。


「ナナリア様!?」


 タルヴォは驚き、すぐに立ち上がって礼をした。胸に手を当てて、軽く頭を下げる礼。


「苦戦しているようね」

「……はい。恥ずかしながら、この有様です……」

「連中は預言を壊し、セブンアイズの7位、5位、3位を殺したのよ? このぐらいは当然だわ」

「正直、甘く見ていました」


 所詮はちっぽけな傭兵団。数で押せば、必ず勝てると思っていた。


「厄介なのは竜王種ね。私も《月花》のドラゴンを見たことはあったけれど、まさか竜王種だったとはね」


 すでに絶えた種だと、誰もがそう思っていた。ナナリアやナシオですら。


「お兄様も無責任よね」ナナリアが言う。「特に何も考えずに、この戦争の許可を出したのよ? 私ビックリしたわ」


「はぁ……」


 タルヴォはどう返事をすればいいのか分からなかった。


「その上で、もしアスラが死んだら、死体を持って帰ってくれー、なんて私に頼むのよ? さすがの私も怒っちゃって、お兄様に言ったのよ」


「何をですか?」とタルヴォ。


「貴族王なら貴族王らしく、貴族たちに助力してあげて! って」ナナリアがタルヴォに近寄る。「珍しく私が大きな声を出したから、お兄様は困ったように笑って、でも了承してくれたわ」


「おお! それはありがたい!」タルヴォが喜んで言う。「まさかナナリア様が参戦してくださるとか? もしくは、セブンアイズを拝借……」


 タルヴォの言葉の途中で、ナナリアは軽くジャンプした。

 そしてタルヴォの顔を両手で挟み、そのまま首を折って殺した。

 木の枝を折るぐらい、何の感情もなく、一切の迷いもなく、ただ殺した。


「あなたがセブンアイズになるのよ」ナナリアが薄暗く笑う。「さぁお兄様! 貴族王の務めを果たしましょう!」


「分かったよナナリア」テントに入ったナシオが言う。「でも【再構築】はたくさんの魔力を使うし、今日はあまりいいのが作れる気がしないよ、僕は」


「でも戦力アップ!」ナナリアが子供みたいに言う。「貴族たちが負けちゃったら、貴族の権力や威光は地に落ちるわよお兄様! そんなわけには、いかないでしょ!? 私なんて、わざわざミノちゃんも呼んだんだから」


「はいはい。でもミノちゃんは参加不可だよ。それは僕が許可しない」

 ナシオは貴族の権力にも威光にも、あまり興味がない。失われたとしても、別に構わない。

 ()()()()()()()()()。それでも世界は回る。貴族の力が失われることなど、預言で知っていたのだから。

 今日だって仕方なく出て来たのだ。ナナリアがあんまりにも、うるさく頼むから。

 まぁでも、とナシオは思う。

 出たついでに、アスラに会ってから屋敷に戻るのも悪くない。


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[一言] 貴族王もアスラも楽しそうで何よりだな!
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