7話 みんながみんな、強いわけじゃない 敵側にも、精神的雑魚の1人や2人はいるだろうさ
魔物殲滅隊のチェーザレとトリスタンは、アーニア王国の城下町に足を踏み入れた。
馬屋に馬を預けて、そして宿に向かって歩いた。
2人ともアーニアは初めてだったが、憲兵に道を聞いたので特に問題はない。
「魔物の匂いがするな、トリスタン」とチェーザレが立ち止まる。
チェーザレは背中に巨大な両手斧を装備している。その柄に、チェーザレが手をかける。
「俺、分からないよチェーザレ」
トリスタンも立ち止まって、背中の剣に手をやる。
トリスタンは2本の剣を左右から斜めに装備している。手をやったのはとりあえず右の1本だけ。
ちなみに、ここは人通りの多い大通り。戦闘が始まったら、間違いなく罪のない人たちが巻き込まれる場所。
「オレはな、トリスタン。魔物を殺して、殺して、殺し続けて、1つだけ特別な感覚を得た」チェーザレは柄から手を引っ込める。「それが魔物の匂いだ。分かるんだ。腐ったような、吐き気のするおぞましい匂いがするんだよ」
「どこ? 俺には魔物の気配が分からない」
「まだ少し先だ」チェーザレが微笑む。「オレもつい、反射的に武器に手をやってしまっただけだ。まだ武器は不要だトリスタン」
チェーザレが歩き始める。
「分かったよチェーザレ」
トリスタンはホッとしたように手を下ろし、チェーザレに続く。
ここで戦闘が始まらなくて良かった、とトリスタンは思った。チェーザレも同じだ。
2人とも魔物は殺したいが、人間を殺したいとは思わない。もちろん、魔物の味方をする人間は魔物なので、容赦なく殺せるけれど。
「しかし、とんでもない魔物がいる」チェーザレは嬉しそうに言った。「この匂いは最上位クラスだ。最悪、オレたちは今日死ぬかもしれない」
「魔物と戦って死ぬなら本望」
「心残りがあるとすれば、もっと多くの魔物を、もっと数多の魔物を殺したかった」
「魔物がいるなんて、ラッキーだよね?」
チェーザレとトリスタンの間を、ストロベリーブロンドの女が歩いていた。
「嘘だろお前」チェーザレが驚いたように言う。「オレの間合いに、簡単に入ってきやがった。何者だ?」
「英雄。メロディ・ノックス」ストロベリーブロンドの女は淡々と言った。「この城下町には、今日来たばかりで、愛しい愛しい女の子を探してるの」
「その子が誰であれ、英雄の情報網なら、この街にいるのは間違いないだろうな」チェーザレが普通に言った。「というか、英雄の質が上がったのか? それとも、メロディちゃんが特別か?」
「呼び捨てでいいよ」メロディが言う。「私が特別なだけ。それより、あなた強いよね? もしかして、うちのパパより強いかも? よく分からないけど、魔物を倒しに行くなら、一緒に行くよ?」
「英雄の力なんか借りるかよ」トリスタンが言った。「お前らは《魔王》だけ倒してりゃいいんだよ」
「君は弱っちいね」メロディが笑う。「だから興味ない。話しかけないで」
「なんだとクソ! 英雄如きが、偉そうにしてんじゃねぇぞボケ!」
「やめろトリスタン」チェーザレが苦笑い。「正直、今のお前じゃメロディちゃんの相手は無理だ。次元が違う。本当に人間か疑わしいが、魔物の匂いはしない」
メロディの雰囲気は、どこか浮き世離れしている。だけれど、見た目は普通の人間だ。
ただ、服装が道着だった。白い道着に、赤い袴。袴の下には道着のズボン。
「魔物退治手伝うよ? それでね」ニタァッとメロディが笑う。「倒したら、私と戦おう?」
「メロディちゃんと戦う理由がない」とチェーザレ。
「理由ならある。あなたがどの程度強いのか、知りたい。パパぐらい強ければ、候補にしてあげる。愛しいあの子より怖ければ、候補にしてあげる」
「何の候補だ?」
「お婿さん」
「冗談じゃない」チェーザレが言う。「オレは死ぬまで魔物を殺し続ける。女と遊ぶ時間も、結婚する余裕も、子供を育てる愛情も、持ち合わせていない」
「それは大丈夫。種だけでいい。あとはこっちで勝手にするから」
「それでも断る」チェーザレが真面目に言う。「女に種を撒く時間があるなら、魔物を1匹殺す方が建設的で、何より楽しい」
「ふぅん。変わった人だね」
「あんたにだけは言われたくねぇよクソ」とトリスタンが呟いた。
◇
「……本当に、本当に、ごめんなさいでしたぁ……」
泣きながら謝るブリットに、アスラたちは苦笑いした。
アスラの脅迫一発で、ブリットは投降した。そう、憲兵団の会議室でアスラの生徒を人質に取ったけれど、逆に脅迫されてビビッて速攻で投降したのだ。
アスラたちは今、ブリットが泊まっている部屋にいる。
投降の証として、アスラはブリットに「居場所を言え」と言って、ブリットはそれを承諾。人形にここまで案内させたのだ。
「……殺さないでくださいぃぃぃ……ぐすっ……もう死にたくないのですぅ……」
死について、それなりのトラウマがありそうだ、とアスラは思った。
ブリットはアスラたちと似たような濃い色のローブを羽織っていた。薄い水色の髪の毛はボサボサで、前髪が目を隠している。
「セブンアイズの人ですよね?」ベッドに腰掛けたサルメが言う。「最上位の魔物ですよね? 情けないとは思わないんですか?」
「……ボクは、元々、こういう性格なのですぅ……。だから……他人と関わるの、嫌なのですよぉ……」
この部屋のベッドは部屋の壁際にある。そしてブリットはベッドの上で壁にもたれ、両膝を抱えて座っている。
アスラはラウノに視線で指示を送る。
ラウノが頷いて、ベッドに上がる。
ブリットがビクッと身を竦めた。
その様子を見て、サルメとユルキが顔を見合わせて苦笑い。
ちなみに、ユルキは壁にもたれて立っていて、アスラは椅子に座っている。
「もう泣かないで」
ラウノがソッとブリットの頭に手を置いた。
ブリットはビクビクと怯えている。
ラウノがブリットの髪を撫でて、それから前髪を上げる。
ブリットの瞳は髪と同じ薄い水色だった。
「前髪は上げた方がいいよ」ラウノが柔らかく微笑む。「君、ブリットちゃんだっけ? 瞳がとっても綺麗だから、前髪で隠すのは勿体ないよ」
「……き……れい?」
ブリットは何を言われたのか理解できない、という様子だった。
ラウノが大きく頷く。
「君は綺麗だよ。だから、髪を上げた方がいいと思う」
「結びましょうか?」サルメが言う。「というか、結びますね」
サルメがブリットに近付き、ローブの内ポケットから紐を出した。この紐は、サルメがたまに髪を結ぶ時に使う物だ。
サルメはセミロングなので、結ぼうと思えば結べるのだ。
「はい、これでよし」
サルメはブリットの髪型をデコ出しポニーテールに変えた。
それから、サルメはベッドの端に戻って座り直した。ベッドを椅子の代わりにする座り方。
ラウノはブリットの隣で、ブリットと同じように壁にもたれた。さすがに膝は抱えないけれど、代わりにまたブリットの頭を撫でた。
「可愛いよ」とラウノ。
ブリットは頬を染めて、瞳をウルウルさせた。今までの、怯えて泣いていた瞳ではない。
「うん。だいぶ見れるようになったね」アスラが言う。「それじゃあ、話をしよう。まず、君のことを聞こう。元人間で、今は魔物。どういうことだい? 高貴な人に選ばれたと言っていたけど、具体的に君はどうやって魔物になった?」
ブリットはナシオの神域属性・創造の【再構築】についてアスラに話した。
「死体を復活させて魔物にするって」ユルキが引きつった表情で言った。「死者の軍団かよ。気色悪いっての。死んだ奴は死なせとけってんだ」
「……うぐぅ……」
「あ、悪い」ユルキが平謝り。「ただの感想だから気にすんな」
「しかし、生き返る前の性格をそのまま引き継ぐのだとしたら、ゼルマは最初から変態だったということか」アスラが言った。「で、君の知る限り、【再構築】できるのは同時に7人まで?」
「……そうですぅ。だから、セブンアイズなのですぅ……」
「まぁ、無限に【再構築】できるなら、もっと増やすよね」アスラが言う。「もう聞くまでもないけど、君に命令したのはファリアス家かね?」
「……ナナリア様ですぅ……。ぐすっ、こんな無理目な命令……死ねばいいのにナナリア様」
「貴族王は?」とアスラ。
「ナナリア様の頼みを聞いてあげて、とだけ……」
「ふむ。積極的に私らに関わる気はないけど、妹がどうしてもと言うから仕方なく、って感じかな?」
「……はいぃ、そんな、雰囲気でしたぁ……」ブリットがアスラを見詰める。「あの……えっと……お話が終わっても、どうかボクを生かしておいてくださいなのです……」
「いいよ。君のような雑魚を殺す意味はない」アスラが肩を竦めた。「それに君、私が何もしなくてもナナリアに殺されるんじゃないのかね?」
「……ひぃぃ……そうでしたぁ……」
ブリットが震え始める。
アスラはラウノに視線を送る。
ラウノがブリットの遠い方の肩に手を置いて、そっと抱き寄せた。
「大丈夫だよ。僕たちは傭兵だから、君が守って欲しいなら、等価で守ってあげるよ?」
「……ボク、お金持ってないのですぅ……」
「いやいや、金などいらんよ」アスラがニヤニヤと言う。「たまーに、君の人形を使わせて欲しい。それだけでいい」
偵察、監視、暗殺など、用途は多岐に渡る。非常に便利なスキルなのだ。せっかく投降したのだから、取り込まない手はない。
「本当に……ボクを守ってくれるのですぅ?」
「もちろんだよ君。人形を使わせてくれるかね?」
アスラが言うと、ブリットが頷いた。
「それから、セブンアイズのことや、ファリアス家のことをあとでもっと聞かせておくれ」
ブリットが再び頷く。
「セブンアイズの6位が雑魚で良かったです」サルメが言う。「能力はすごいのですけど、性格が雑魚で本当、良かったです」
まぁ、とアスラは思う。
みんながみんな、強い心を持っているわけではない。それは人間にしても魔物にしても同じことだ。
「んじゃあ、俺らのホテルに移動ってことでいいっすよね? 俺らがこっちに来るのはナシでいいっすよね? せっかくの高級ホテルっすからね」
「当然だユルキ。私は今夜もホテルのカードテーブルに行くんだからね」
アスラはカードでそこそこ勝っている。あまり勝ちすぎると相手がいなくなるので、手加減しているのだ。
「ブリットは僕の部屋で一緒に泊めるよ」
ラウノが言うと、ブリットが頬を真っ赤に染めた。
「そうしてくれ」
ブリットを逃がさないための措置だ。
ラウノがブリットに成っていれば、ブリットの思考が理解できる。だから、ブリットが仮に裏切ったり逃げ出そうと考えたらすぐに対応できる。
ほぼ間違いなく、ブリットは素なので、大丈夫だとは思うけれど。
そう思った瞬間に殺気を察知。ブリット以外の全員が同じ殺気に反応して武器を抜いた。
ドアが蹴破られる。
両手斧を持った男が入ってきて、一直線にブリットを狙って駆けた。
アスラ、ユルキ、サルメ、ラウノがタイムオンターゲットで短剣を投げた。
両手斧の男は、同時に弾着した短剣を斧の一閃で3本叩き落とす。残りの1本は身体をズラして躱した。
「……いやぁぁぁあ!」
ブリットがラウノに抱き付く。
それを見て両手斧の男が動きを止めたので、アスラは発動寸前だった魔法の使用を中断する。
ユルキとサルメは2本目のナイフを投げようとしていたのだが、手放す前に中断。
「人口密度高すぎだね」
アスラが立ち上がる。武器を優先したので座ったままだったのだ。
合わせてサルメも立ち上がった。
「気付いていないのか?」両手斧の男が言う。「その水色の髪の女は人間じゃない。死ぬべき者、魔物だ」
「知ってるとも」アスラが笑う。「そうか。君は魔殲か。名前は確かチェーザレだ。マルクスが寄越した手紙に、君の特徴が書いてあったよ」
「銀髪の少女、黒いローブ」チェーザレがアスラを睨む。「アスラ・リョナか。なるほど。貴様らは、ドラゴンだけでは飽き足らず、人型の魔物まで取り込むか」
「私は私の役に立つ者は魔物でも人間でも歓迎するよ。ただし、魔殲以外だよ?」
「万死に値する。貴様は万死に値する。オレは今回、お前を殺す気はなかった。弟子のトリスタンがいつかお前を倒せるように、お前の実力を見るだけのつもりだった」
チェーザレの表情が、徐々に憤怒へと変貌していく。
「だが!! 許せるものか!! ここに来て、更に魔物とつるむだと!? 捨て置けるものか!! 貴様は今日死ね!! 人類の裏切り者め!! 死んで詫びろ! それしか選択肢はない! オレが与えない!!」