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5話 絶望と恐怖の話をしよう 僕はたぶん、驕っていたのだ


 プンティは馬を借りて、南東の主戦場のすぐ近くまで走って来た。

 街道をただ走るだけなので、特に何事もなく平和だった。

 今の今までは。

 街道の真ん中に、女性が立っている。

 その姿を見て、プンティは馬の速度を落とした。

 主戦場はもう目と鼻の先。

 こんなところに立っている女性が一般人であるはずがない。

 女性はとっても整った色っぽい顔立ちをしていて、髪の毛は茶色のセミロング。緩くウェーブがかかっている。


「その黒いローブ、《月花》の人かなー?」


 女性は真っ黒なローブに身を包んでいた。

 それはムルクスの村で戦った《月花》の3人と同じ格好。


「傭兵団《月花》副長、ルミア・カナールよ。迎えに来てあげたの。プンティ君に勇気があるなら、一緒にアーニアの陣まで行きましょう。将軍が直々に立会人を務めてくれるそうよ」


「へぇ。お出迎えとはありがたいねー。もしかして、銀髪の情報屋から僕のこと聞いた?」


 プンティに情報を売ったあと、プンティの情報を《月花》に売ったのだと予測。

 ちゃっかりした少女だ。


「そうね。決闘したいんでしょう? 受けるわ。お互いの条件は立会人の前で確認しましょう」


 ルミアがプンティに背を向ける。


「僕が悪人だったら、後ろから攻撃されるとか思わなかった?」


 プンティは馬をゆっくり歩かせて、ルミアの隣に並んだ。


「決闘したいって言う人が、そんな無意味なことしないでしょう?」

「まぁね」


 本当にこの人強いのだろうか?

 なんだかおっとりしているし、傭兵っぽくない。

 でも歩き方が美しいので、弱くはないか?


「ルミアさん、って呼んでいいかなー?」

「好きにどうぞ」

「ルミアさんって、どのぐらい強い?」

「決闘が始まったらすぐ分かるわ。それにしても、よく戦争中に自分勝手な行動ができるものね。テルバエ軍って軍規が緩いのかしら?」

「僕は特別だから」


 そう。プンティ・アルランデルは特別な人間だ。

 英雄の息子として生まれ、英雄の息子として育てられた。

 一騎打ちに限れば、テルバエ大王国内でプンティに勝てるのは父のマティアスぐらいか。

 英雄や英雄候補を除けば、ほとんど負けナシの人生を歩んできた。

 中位の魔物ですら、プンティは1人で倒せる。


「わたしが将軍なら、そういうのは許さないのだけれど」


 ルミアは少しだけ肩を竦めた。


       ◇


 アーニア陣で、何人かの兵士と《月花》のメンバーがプンティとルミアを囲んだ。


「じゃあ、プンティの望みは《月花》のイーナの身柄でいいね?」


 アスラは楽しそうに言った。


「情報屋、なーんで速攻で僕の情報売るかなー」

「手間を省いてあげたんだから、駄賃が欲しいぐらいさ」

「まぁ、確かにそうか。お迎えのおかげで安全にアーニア陣内に入れたし。てか、君本当に何者?」

「決闘が終わったら教えてあげるよ」


 アスラはニコニコと笑っている。


「貴様の望みであるイーナ・クーセラはここだ」


 アーニア軍の将軍、テロペッカの隣にイーナが立っている。

 イーナは後ろ手に縛られている。縛ったのはアスラだ。本当に差し出す気がある、というポーズのためだ。

 ここでプンティに逃げられるわけにはいかない。


「わたしの望みはプンティ君の身柄。わたしが勝ったら、プンティ君は一切の抵抗をせず、アーニア軍の捕虜になること」


 プンティ1人で、テルバエ軍が捕えた全アーニア兵と交換することもできる。

 それほどの人物なのだ、プンティは。

 まぁ、

 ()()()()()()()()()

 そのことは誰にも話していない。


「立会人はワシが務める。不足はなかろう?」


「戦闘中に悪いね、将軍様」プンティが言う。「指揮を執らなくて平気?」


 アーニア軍とテルバエ軍は、今も戦っている。

 昼過ぎなので、当然のことだが。


「マティアスが出てこない限り問題ない。《月花》のおかげで、連中は消耗している。それにどちらかというと、貴様の身柄の方が我々に益が多い」

「そりゃそうか。君たちは僕が誰か知っていて、その価値も理解しているってことだね。武器を貸してもらえる?」


 兵士の1人が、プンティに剣を投げ渡した。


「わたしの方も剣でいいかしら?」

「好きな武器でいいよー。魔法も使っていいし、何をしてもいい。でも、乱入だけは許さない」


 プンティは自信満々でそう言った。


「ワシが乱入など許さん」テロペッカが言う。「ワシの名誉を懸けよう。これは公正な決闘となる」


「いいから早く始めなよ」アスラが言う。「せっかくのショーだから、本当は酒でも飲みたいところだがね」


 身体がまだ酒を受け付けないのが、非常に残念。


「うむ。では双方、最終確認だが」テロペッカが言う。「相手を殺すことは許さん。どちらの身も、我々には重要だ」


 ルミアとプンティが頷く。


「では決闘を始めよ!!」


 テロペッカの合図で、プンティが動いた。


「ほう、速いじゃないか」


 アスラが呟く。

 プンティは一気に距離を詰めて横に一閃。

 ルミアはその一閃を片手で持った剣で受け止める。

 プンティが目を丸くした。


「サルメ、お茶は用意してくれたのかしら?」


 ルミアはとっても気軽な感じで言った。

 プンティは後方に飛んで一度距離を取った。


「どうぞ、副長さん」


 サルメがティーカップをルミアに差し出す。

 ルミアはティーカップを左手で受け取った。


「これ、乱入じゃないわよ? お茶が飲みたくなっただけなの。気にしないで攻撃していいわよ」


 そう言って、ルミアがお茶を一口飲む。


「舐めんなよっ!」


 プンティは怒りを露わにして、再び距離を詰めた。


       ◇


 有り得ないっ!

 プンティは焦っていた。

 全ての攻撃を、ルミアは片手で握った剣で弾いてしまう。

 時々、左手のお茶を飲む余裕っぷり。

 斬り上げても、回り込んでも、どこをどう攻撃しても防がれる。


「なんなんだよあんた!!」


 プンティは両手で剣を握り、本気で打ち込んでいるのだ。

 それなのに、ルミアは涼しい顔で受け止める。


「剣にはちょっと覚えがあるの」

「そんなレベルじゃないだろ!!」


 プンティは攻撃するのを止めた。

 一息入れないと、プンティの体力が保たない。


「なんであんたみたいな人が無名なんだよ!」


 まるで。

 そう、まるで大英雄と対決している時のよう。

 過去に一度だけ、プンティは大英雄アクセル・エーンルートに戦ってもらったことがある。

 アクセルは武器を扱わない、無手の大英雄として知られている。

 東フルセン地方では間違いなく最強の男だ。

 そんなアクセルと戦った時のような絶望感がある。

 もちろん、アクセルは本気じゃなかったし、あとで聞いたら「2割程度の力だった」と言っていたが。


「あんたは一体、誰なんだよ!」

「すでに名乗ったわよ」


 ルミアはティーカップを地面に置いた。

 中身を飲み干したのだ。


「有り得ない、有り得ない、あんた、自分がどのぐらい強いか理解してる!? 噂にすら聞いたことがないなんて有り得ない!」

「この10年、フラフラしていたのよ。クソ生意気な女の子を育てながら」


 ルミアが初めて剣を構えた。

 剣の柄を額の前で並行にする構え方。

 刀身が横に寝ている状態。


「その構え……中央の……?」


 ルミアの構えは中央フルセン地方の剣術。

 東フルセンでは、剣先を相手の顔に向けて構えるのが主流。


「さすが英雄候補。中央の剣術も知っているのね」

「あんた、本当に誰なんだよ……。ルミア・カナールって、偽名……」


 プンティは言葉を途中で止めた。

 正確には、喋れなかった。

 すでにルミアの剣の刃が、プンティの左頬に触れていたから。


「反応ぐらいして欲しかったわ。今の英雄候補って、昔より質が落ちてるのかしら?」

「こ、降参……します……」


 プンティは膝から崩れ落ちた。

 絶望。

 無力感。

 そして何より、恐怖。

 あの一瞬。

 プンティが偽名と言ったあの一瞬のルミアは、

 まるで《魔王》のような恐ろしさがあった。

 この人は本当に人間なのだろうか?

 微かに震えながら、プンティはそんなことを思った。


       ◇


「ぶっちゃけ、副長だけいれば俺らいらなくね?」

「うむ。過去二回の任務、今回の任務、全て副長だけで良かったのではないかと思う」

「……怖い怖い……副長怖い……」

「言葉が、出ません」

「オレ知ってた。こうなること」


 アーニア兵が無気力状態のプンティを縛り上げている間、《月花》のメンバーがそれぞれの感想を漏らした。


「ユルキ。私は君らが必要だから団に誘ったんだ。君らがいるから、チームを2つに分けたり、色々なことができるんだよ」

「そうは言われても、副長が戦うとこ見ると、やっぱ実力差に切なくなるっす」

「慣れろ」


 アスラはユルキの背中をバシンと叩いた。


「マルクス。心配しなくても君も十分に強い。それに君は連携が得意だろう? ルミアは連携に関してはやや苦手だ。それに扱い難い部分が多い」

「……自分は扱いやすいという意味ですか?」

「それはいいことだマルクス。落ち込むな。ルミアは個人の戦闘能力について言えば、完全に規格外なんだよ。時々、人間かどうかも疑わしいね」


 ハハッ、とアスラが笑う。


「イーナ。ルミアが怖いのは一騎打ちの時だけさ。ルール無用の殺し合いなら私の方が勝つ」

「それは……そう思うけど……」

「まぁ、ルミアの水に砂糖を入れるのはもう止めておけ」


 アスラは上機嫌で言った。

 実際、かなり機嫌がいい。ルミアの剣術を久しぶりに見たというのもあるし、全てが予定通りに転がったのもある。


「……分かったけど、あたしのこれ」イーナがクルッと背中を見せる。「……解いて?」


「そのままでいいわよ。砂糖のお返しをしましょう。鞭があればいいのだけれど……」

「……嫌……助けて団長……」


 イーナが泣きそうな顔でアスラを見た。


「まぁまぁルミア」アスラが言う。「また今度にしてくれないかな? 私たちはもう帰るよ。こっちもこっちで、やることがあるからね」


「もう帰るの? このままわたしたちと一緒に戦わない? 勝ちへの道は見えているわ」


 ルミアが言うが、アスラは首を横に振った。


「そうだね。君たちはきっと、テルバエ軍を撤退に追い込むだろう。ここから見える戦闘だけで、彼らにもうあまり余力がないのが分かる。お手柄だ。頭を撫でようか? 望むならね」


「別に望まないわ。それより、本当に帰るの?」

「帰るよ。まぁその前に、プンティに挨拶しておくか」


 言ったあと、アスラはプンティの方に歩いて行った。

 プンティは縛り上げられ、ぼんやりと地面を見ていた。


「やぁ、大変な目に遭ったねプンティ」

「……団長、って呼ばれてたね……」


 プンティは顔を上げたが、目に光がない。


「ああ。自己紹介が遅れたか」ふふっ、とアスラが笑う。「私はアスラ・リョナ。傭兵団《月花》の団長をやっている。ありがとうプンティ。君のおかげで、全ての捕虜を奪還できる」


 そして。

 テルバエ軍に戻ったプンティはもう怖くない。

 プンティの心は折れている。


「……最初から……全部……計算してたんだねー」

「もちろんだ」


 私はルミアの正体を知っている。

 で、あれば、


「英雄候補如きがうちのルミアに勝てるものか。ルミアに勝ちたければ本物の英雄を連れて来い。ではご機嫌よう。よく晴れたいい日だ。ゆっくり絶望に浸るといい」

「ああ……もう君には会いたくない……ルミアさんにも……」

「よし。行くぞイーナ、レコ」


 アスラは馬を繋いでいるところに移動して、自分の馬に飛び乗る。

 それから左手を伸ばしてレコを引っ張り上げてやる。

 レコがアスラの後ろに乗って、アスラに抱き付く。


「胸に触るなレコ」

「団長、胸どこ?」

「殺すぞお前。もっと下を掴め」


 アスラがちょっと怒った風に言うと、レコは慌ててアスラの腹の辺りに両手を下げた。


「……団長、レコこっちで引き取る?」


 イーナも自分の馬に跨がった。


「いや、問題ない」


 言ってから、アスラは馬を歩かせる。

 イーナもそれに続く。

 アーニア陣を抜け、しばらく進んだところで、アスラは方向転換。

 北に進路を取った。

 北には森がある。《月花》が初陣を飾ったあの森だ。


「さて。始めるぞ?」

「はい団長」

「……団長、みんな騙した……」


「作戦行動だイーナ。何も問題ない」アスラが極悪な笑みを浮かべる。「テルバエのクソどもに、プンティが味わった以上の絶望を贈ってやろうじゃないか! 彼らはどんな顔をするんだろうね! 楽しみで仕方ないよ私は!」


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― 新着の感想 ―
>「胸に触るなレコ」 >「団長、胸どこ?」 >「殺すぞお前。もっと下を掴め」 このくだり、大好きですw
[一言] 団長が狡猾というより英雄息子がバカだと思います。英雄息子の身分を知って決闘受けたなら相当自信ありと普通に思い至るでしょう。 そして英雄息子は村人虐殺に見逃がしどころか手を貸していたので、ざま…
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