5話 この惑星の円周を測ったことがあるんだよ 「団長はやはり、頭がどうかしている」
「配達機関か」
城門の外で、ユルキが言った。
時刻は夕刻。午後の訓練をそろそろ終えようか、という頃合い。
太陽が傾き、空がオレンジ色に染まり始めている。
城門から伸びる道を、馬が走って来る。
馬上にはよく目立つ緑色の服を着た男。
「……早すぎない?」とイーナ。
「早朝に鳩が届いたとして」サルメが言う。「それでも1日弱は有り得ないですね」
サンジェストからここまで、1日では到達できない。
ちなみに、移動時に使う1日という単位は、日の出から日の入りまでを指すのが一般的。
普通、日の出から次の日の出まで、ぶっ通しで走り続けることはないからだ。
「うちの強行軍でも1日半は必要だな」とユルキ。
ちなみに、傭兵団《月花》の強行軍は、馬を乗り潰す方式。
もちろん、馬は馬屋から購入している。
そして、乗り潰すと言っても、別に馬を過労死させるわけではない。
目的地に到達したと同時にバテた馬を解放する。
もしくは、道中で替え馬に乗り換える時に解放する。
「だとしたら、考えられるのは2つ」ラウノが言う。「その1、僕らの知らない移動方法がある。その2、もっと近い国の配達機関から来た」
ラウノの言葉が終わってすぐ、配達機関の男が手綱を引いて馬を停止させる。
そして鞄から手紙を出した。
「よぉ、お前どこから来たんだ?」
手紙を受け取りながらユルキ。
「リヨルールです」と配達機関の男。
サンジェストよりリヨルールの方が近い。
それでも、この男の帰還は明日になる。
配達機関の馬には野営の道具が括り付けられている。
それを確認して、大変な仕事だなぁ、とユルキは思った。
「そうか、ご苦労さん。ところで、分割統治とかどうなったんだ?」
ユルキは昨日、まだリヨルールは混乱していると思って、わざわざサンジェストまで手紙を出しに行ったのだ。
「結局、帝都だけは独立を保つようです。指導者がいないので、内政は混乱していますけど、うちは通常と同じように手紙を届けています」
「あー、そっか」ユルキが言う。「どこの国も、リヨルールの帝都民を養うだけの気力はねーか」
領土を得るとは、即ちそこに住む人々を新たに国民として受け入れるということ。
当然、国は国民の生活を守らなければならない。
「周辺国はどこも大変ですからね」と配達機関の男が笑った。
「だいたいジャンヌのせいだな」ユルキも笑う。「四方八方に戦争仕掛けて、どこも傷だらけだ」
「ですね。返信を書くなら待ちますが?」
「いや、その必要はねーよ」
アスラの返事はイエスかノーのどちらか。
更に返信が必要ということはない。
「ではこれで」
配達機関の男は軽く頭を下げてから、馬を走らせて去った。
ユルキは封を切って中身を確認。
「団長の許可が出た。ハールスを潰しに行く」
「それは良かった」ラウノが言う。「メルヴィを見捨てたら、僕は怒るところだった」
「……そういう、感情で……仕事請けちゃ、ダメ……」
「そうですね。しっかり考えてから請けないと、あとで後悔します。実体験に基づいて言っています」
サルメはなぜか自慢気に、自分の胸を叩きながら言った。
「メルヴィとティナは留守番で、俺ら4人で出陣しろってさ」ユルキが言う。「万が一、最上位の魔物やナナリア、その兄が出たら一目散に撤退」
「僕も行くのかい?」とラウノ。
「団長は連れて行けって」
「分かった。役に立てるといいけど」
「つーわけで、任務と任務地の確認すんぞ。イーナ」
ユルキたちはすでに、ハールス家やその所在国について調べていた。
まず、ユルキは昨日サンジェストで手紙を出したついでに、書店に寄って情報収集用の本を購入。
本のタイトルは『世界の国々1623』と『貴族家の今後』、それから『貴族たちの最後の楽園、スロスト連邦国』だ。
昨夜の内に回し読みして、内容を把握。
「……任務は、ハールス家の抹殺……。単純明快……特に気を付ける点も、ない」
「だな。撤退条件を満たすような事態が起きなきゃ、特に問題はねーな」ユルキが笑う。「んじゃあサルメ、任務地であるスロスト連邦国はどんな国だ?」
「はい。その名の通り、連邦制の国です。各国で中央集権化が進む中、貴族たちがそれぞれ領土を治めています。簡単に表現するなら、高度な自治権を有したいくつかの地域の集まりです」
「そうだな。中央政府の代わりに、スロスト領主会ってのがあるな。時代の流れに取り残された、貴族たちの楽園」
「……ちなみに、ノロネン家は、スロストの……所属じゃない。別の……国で、中央官僚やってた……。ヘルハティの隣国……」
「君らはいつも、任務前にこういう確認作業をやるの?」とラウノ。
「ああ。必ずやる。つっても、本当にただの確認だ。スロストの主要産業は? ラウノ」
「金と銀の鉱山」ラウノが言う。「それと、それらの加工。裕福な国だよ。まぁ、だからこそ貴族たちが集まってるのだろうけど」
「つまり?」とユルキ。
「……金銀財宝、いっぱい……じゅるり」
イーナが涎を垂らしながら言った。
サルメがローブの袖でイーナの涎を拭う。
「それって、任務に何か関係があるのかい?」
「ラウノさん」サルメが真面目な表情で言う。「死人に財産は不要です。特に今回は、ハールス家そのものを滅ぼしますので、相続する人もいません」
「……ハールス家の貴重品を盗む気なんだね?」
ラウノは呆れたように言った。
「おう。俺らいつも持って帰ってるぜ?」
悪徳商人のウーノから宝石をもぎ取って売り飛ばした。
フルマフィの支部からも、高価な調度品を持って帰って売り捌いた。
アスラはそれらを咎めない。
そういや、《焔》から現金を奪ったこともあったか、とユルキは思い出していた。
「君ら本当にクズだね」ラウノが笑う。「まぁ、大量殺人犯の僕が言うのも変だけど」
「そのうち慣れるさ」ユルキも笑った。「さて、ここで問題。スロストは東の果て、大山脈の麓。クソほど遠いってことだ」
「……ここからだと……馬で7日か8日は必要……。あたしらの……強行軍で」
「一般的な強行軍では10日ぐらいでしょうか」サルメが言う。「普通に急いで13日前後。ゆっくり行くと17日前後ですね」
「……サルメ、計算早い……」
「10日も強行軍は無理だ」ユルキが言う。「馬代だけでもバカにならねーし、そもそも俺らの身体が保たねー。特にケツや太もも」
「ゴジラッシュを使えば?」とラウノ。
ゴジラッシュの速度なら1日もかからない。
「それを言おうとしたんだよ、俺は」ユルキが肩を竦めた。「ただ問題があって、ティナがいねーと、ちゃんと目的地まで飛んでくれるか疑問なんだよな」
サンジェストに行った時も、ティナが同行していた。
ある程度の意思疎通は、ユルキたちでも可能だ。
来い、待て、食え、飛べ、などの簡単なものだが。
「ティナはお留守番です」サルメが言う。「団長さんの命令は絶対です」
「……安全に馬か……速度重視で、ゴジラッシュか……」イーナが言う。「正直……ちょっと変な方に飛んでも……ゴジラッシュの方が、早い……」
「まぁそうだな。使っていいかティナに聞いてみるか。出発は明日の朝。飯食ったら準備して出る。馬かゴジラッシュか、どっちかで。いいな?」
◇
アスラはベッドにうつ伏せに転がってフルセンマークの地図を見ていた。
今日の2回戦は特に苦労せず勝ち抜いた。マルクスも同じく。
ただ、明日の3回戦は2人とも鬼門になる。
アスラの相手はエルナの弟子であるハンナ。
マルクスの相手はアクセルの弟子。
「えい」
唐突に、レコがアスラの背中に座った。
「おい、重いじゃないか」
「団長なんで地図と睨めっこしてるの?」
「ハールス家のあるスロスト連邦って遠いなぁ、って思って見てたんだよ」アスラが言う。「あと、フルセンマーク全体の大きさを再度把握してる」
「ふぅん」
レコはアスラの背中から腰に移動して座り、アスラの背中をマッサージする。
「本当にマッサージしてくれるとはね」アスラが言う。「あとでマルクスにもしてやれ」
「はぁい」
「それは楽しみだ」
マルクスは自分のベッドに座って、本を読んでいた。
本のタイトルは『大魔法使いイカロスの書』だ。
「大森林と大山脈が大きすぎる」アスラは地図を見ながら言った。「推定にしても、なぜこんなにも巨大に描き込む必要がある?」
フルセンマーク大地の全体地図は、全て大森林と大山脈も込みで描かれている。
それらも合わせれば、現代のヨーロッパより少し大きいか、同じぐらいに見える。
しかし、実際に人間が生活している範囲はもっとずっと小さいのだ。
「恐れでしょうね」マルクスが言う。「昔から、人々は魔物の住む大森林と、天然の要塞である山脈に畏怖しています」
「それだけかな?」アスラが言う。「私はもっと別の理由じゃないかと思っているんだけどね」
「と、言いますと?」
「絶対に外に出られない、と思わせるため」
「外? 外とはどういう意味です?」
「フルセンマークの外だよ。大森林の向こう、大山脈の向こう、あるいは海の向こう」
「考えたこともないですね。そこに何かあるんでしょうか?」マルクスが首を傾げた。「人類はフルセンマークにしか存在していないのでは?」
「それが妙だと思ってね。大森林や大山脈は越えられないにしても、外洋船があるのに、新大陸発見の報はないし」
「存在していないからでは?」
「団長ってたまに変なこと言うよね」とレコが笑った。
「変かな? 君らはこの惑星が丸いってことは知ってるね?」
「当然です」とマルクス。
「私は以前、ルミアとフラフラしていた頃、この惑星のおおよその大きさを測ったことがあるんだよ」
「はい?」
マルクスが本をパタンと閉じた。
衝撃的な話だったので、真面目に聞くことにしたのだ。
「それほど難しくないよ」アスラが微笑む。「離れた街で同じ長さの棒を立てて、同じ時間にその影の長さをまず測る。影と棒の角度の差と、街の距離から円周を計算した」
「すみません、意味が分かりません」
「オレも!」
レコはずっとマッサージを続けている。
「ま、私も確かそういうやり方があったなぁ、という程度だから、誤差はもちろんあるだろう。でも驚くべきことに、私が前世で暮らしていた惑星とほぼ同じ大きさだった」
前世の話だが、2000年以上前に同じような方法で惑星の円周を計算した奴がいた。
「……壮大過ぎて、付いて行けません団長」
「そもそも話の要点が分からないオレ」
「要するに、大きな惑星なのに、フルセンマーク大地しか存在していないのだとしたら、酷く孤独だねってこと」
まぁ、有り得ないだろうけど、とアスラは思った。
アスラはこのフルセンマーク大地という土地について、いくつかの仮説を立てている。
だけれど、どれも確たる証拠はない。
「話が大きすぎて、自分は実感ないですね。フルセンマークは十分に広く、人も多いです」
「まぁね。あまり私らには関係ないけど、面白そうだから大森林か大山脈を越えてみたいとは思うんだよね」
「団が大きくなれば、調査隊を編成してもいいですね」マルクスが言う。「コトポリのカーロあたりも誘ってやれば、喜ぶでしょう」
大森林の探索に情熱を燃やしていた男だ。
「そうだね。死ぬまでにやりたいことリストに加えておくよ」
「オレは死ぬまでに団長とエッチしたい!」
「エッチの意味も知らんくせに生意気言うな」
アスラは小さく溜息を吐いた。