2話 「英雄の拳は岩をも砕く!」 誇張だろう? 誇張だよね? マジで割るのかね?
「ふぅん。じゃあ、この男は父親じゃなくて執事なんだな?」
ユルキは、「どうか、この子を」と言って息絶えた男を指さした。
メルヴィがコクンと頷く。
今はメルヴィから事情を聞いている最中。
「お父様は、死にました」
メルヴィは大きなクリクリした黒い瞳に、涙をいっぱいに溜めて言った。
「それは辛かったね」
ラウノはメルヴィを自然に抱き上げ、その背中を撫でた。
「ふぇーん……」
メルヴィはラウノにしがみついて泣き出した。
「とりあえず、請け負っていいのか微妙なとこだな」
「今までの話を整理すると、ノロネン家は貴族王に刃向かってルル号を剥奪されました」サルメが言う。「そして、ハールス家がノロネン家の討伐を命じられ、討伐が完了した暁には、晴れてハールス家が新しい大貴族に抜擢される、と。合ってます?」
サルメが聞くと、メルヴィはラウノの胸の中で何度か頷いた。
「……やや、まずいかも……?」とイーナ。
「ハールス家だけなら問題ねーけど、貴族王はまずいな」とユルキ。
「レッドダイヤでも厳しいですよね」とサルメ。
ナナリア・ファリアス・ロロの恐ろしさを、みんな知っている。
特にユルキはその場にいて死にかけたのだから、気が進まない。
ただ、レッドダイヤは惜しい。
「正直……その三人だけなら……」イーナが私兵たちの死体に目をやる。「……3000ドーラぐらいでいい……」
「3000ドーラだけ払ってもらって、メルヴィは追い出しますか?」とサルメ。
「レッドダイヤだぞ?」
「……レッドダイヤだよね……」
「500万ドーラですよね」
ユルキ、イーナ、サルメの3人は煮え切らない。
「君ら、割と薄情だよね」ラウノが言う。「こんな可愛らしい子を、放り出すかどうか相談してるわけ?」
「俺らは傭兵なんだよ」ユルキが言う。「身の丈に合わない仕事は請けられねー」
「……団長と副長が不在……な状況で……貴族王、敵にはできない……」
「でもレッドダイヤは欲しいです! それが本音ですが問題ありますか!?」
「じゃあ、君らはそもそも、どこまで権限があるわけ?」ラウノが言う。「アスラ不在で、仕事を請け負うのは問題ない?」
「ああ。それは大丈夫だ」ユルキが言う。「報酬と内容が見合ってて、俺らで解決できる問題なら、別に請け負ってもいい」
正式な団員であるユルキとイーナは、実力や報酬を加味して、独自に仕事を請けられる。
ただ、アスラに報告する義務はある。
「それじゃあ、次の問題」ラウノが言う。「レッドダイヤが報酬だとして、君らはどこまでやれる?」
「……ハールス家の……壊滅まで……だと、余る……」
「そうですね。ハールス家を滅ぼして、その上でメルヴィを保護する、って感じでしょうか。私には権限がないので、最終的にはユルキさんとイーナさんの判断になりますけど」
「じゃあ、それでアスラに手紙を書いてみて」ラウノはずっとメルヴィを抱いている。「アスラが許可したら、ハールス家の壊滅まではやろう」
「ラウノはロリコンか?」とユルキ。
「……違うよ」ラウノが苦笑い。「子供は好きだけど、性的な対象じゃない」
「……まぁ、団長に手紙は、妥当……」イーナが頷く。「……貴族王が絡むなら……こっちでの判断は、ちょっと難しい……」
「分かりました。私が手紙書きましょうか?」
「いや、俺が書く」ユルキが言う。「そのままサンジェストまで行って、手紙出してくるわ。ゴジラッシュに乗って行けばすぐだ」
ちなみに、ゴジラッシュは縄張りの巡回に行っている。
「ゴジラッシュに乗るなら、ケラノア王国まで行けばいいんじゃない?」とラウノ。
「……バカ……」イーナが言う。「……英雄と、英雄候補が、いっぱいなのに……」
「ゴジラッシュ、最悪攻撃されちゃいますよ?」
「ああ、そっか。英雄も魔物を快く思ってないのか」ラウノが納得する。「そうだよね。英雄も魔物退治しているしね」
「そういうことだ」ユルキが言う。「メルヴィは中で休ませてやれ。今日の訓練は中止だ。俺がいない間に、更なる追っ手が来たら、とりあえず倒していい」
「……ハールスの私兵なら……負ける気しない……」
「そうですね。ナナリアが来なければ大丈夫でしょう」
ティナの話では、ナナリアは回復に50日程度必要。だから出てこないと推測される。
◇
翌日。
ケラノア王国、エーンルート闘技場。
想像以上に、広い闘技場だ。
現代地球で比較するなら、サッカースタジアムより少し小さいぐらい。
円形の闘技場本体は普通の土で、リングのようなものはない。直径はおよそ30メートル。
そして低い壁があって、観客席がある。
観客席は3層に分離していて、闘技場に最も近い客席が第3層と呼ばれている。
要するに1階席。一般市民のための席だ。
第2層が2階席で、富裕層向けのちょっといい席。
第1層が3階席で、王族や貴族、英雄などのVIP用。
ちなみに、収容人数は約4万人。
日よけの天幕を張ることもできるが、今はそれほど暑い時期ではないので、天幕はない。
アスラたちは闘技場の控え室でトーナメント表を見ていた。
「私とマルクスは山が違うね」アスラが言う。「決勝まで当たらない」
「良かったです」マルクスがホッと息を吐く。「団長に勝てる気がしませんので」
控え室はかなり広く、他の英雄候補たちも半分はこの部屋にいる。
円形闘技場の逆側にも同じ広さの控え室があって、残りの半分の候補はそっちにいる。
今回、英雄選抜試験の三次選考に参加するのは32名。
だから、こっちに16人が控えている。
「もうすぐアクセルの挨拶だよ」
レコはプログラム表を見ながら言った。
「面倒だからパス」とアスラ。
「全員参加」レコが言う。「ほら、みんな闘技場に移動始めたよ! 団長とマルクスも行って!」
「分かった、分かったから引っ張るな」
ベンチに座っていたアスラは、ゆっくりと立ち上がる。
マルクスは最初から立っていたので、小さく肩を竦めて歩き始める。
アスラとマルクスが闘技場に出ると、闘技場の中心に大きな岩が置いてあった。
その岩の前にアクセルがいて、英雄候補たちがその前に並ぶ。
客席から大きな歓声。
アスラは周囲を確認する。
円形闘技場の壁に、英雄たちが貼り付いて立っている。
英雄候補たちの戦闘を審査するためだ。
または、アスラのような人間が反則をした場合に止めに入る。
アイリスを見つけたので小さく手を振った。
アイリスもアスラに気付いて、小さく手を振った。
何気にミルカ・ラムステッドもアスラに手を振っていたが、アスラは無視した。
そして。
アクセルが右腕を突き上げる。
そうすると、ピタッと歓声が止む。
「テメェら!!」アクセルの大声は全ての観客に響き渡る。「英雄とはなんだ!?」
アクセルが少し間を置いて、言葉を続ける。
「英雄とは、人類の希望!! 俺様らには特権がある!! だが同時に義務が生じる!! 人類最大の脅威である《魔王》の排除!! 俺様らは、命を賭して《魔王》を倒さなきゃいけネェ!!」
空気が震えるような大声。
耳が痛くなりそうだ、とアスラは思った。
「常に英雄らしい言動を心がけろ!! 俺様らは人類の味方だ!! だからこその特権!! そして同時に、俺様らは強くネェと意味がネェ!! 英雄の称号は、弱者には相応しくネェ!! 英雄の拳は岩をも砕く!! よく見てろガキども!!」
アクセルが闘気を放つ。
相変わらず、荒々しくて暴風のような、凄まじく強烈な闘気。
「あの岩、割るつもりですかね……」とマルクス。
「あんなデカイ岩、素手で割ったら化け物だよ」とアスラ。
アクセルは呼吸を整え、精神を統一し、
そして気合いとともに拳を繰り出す。
アクセル・エーンルート、全力の突き。
音の速さを超えたのかと錯覚するほどの、凄まじい衝撃波と衝撃音。
さすがのアスラもビックリして目を丸くした。
アクセルが突いた岩が、砕け散る。
闘技場に静寂が訪れる。
誰もが圧倒された。大英雄アクセル・エーンルートの絶大な威力を誇る突きに、誰もが息を呑んだ。
アクセルが闘気を仕舞う。
「あれで殴られたら、さすがの私も死ぬ。絶対に殴られたくない」
痛めつけられると、アスラはテンションが上がる。
けれど、アクセルの本気だけは受けたくない。心からそう思った。
闘技場に、大歓声が響き渡る。
「……あれで衰えたとか……」マルクスが言う。「……やはり大英雄は人種が違うのでは……」
「まぁ、岩は動かないし反撃しないからね。実戦とはまた違う。当たらない、打たせないを徹底すればいい。みんなで、だけどね」
それでも、アクセルの本気が強烈であることに変わりはない。
「あとは先制攻撃ですね」
「だね。ジャンヌを倒せたんだから、アクセルも倒せるさ」
みんなで戦うこと、連携して戦うこと。
人間1人の力には限界がある。だからこその、仲間なのだ。
「アクセルが1人なら、ですね」
ジャンヌは独りぼっちだった。
戦闘で信頼できる仲間もなく、ティナは参戦させず、1人で戦おうとした。
それが最大の敗因。
ティナと組んで、連携を深めて戦っていれば、誰よりも強かっただろうに。
「アクセルは他の英雄に信頼されているし、ジャンヌより厄介かもね」
アスラが肩を竦めた。
アクセルと敵対したら、そのまま英雄全部が敵になる。
「オラァ!! 始めるぞ!! 弓使いのハンナ!! 蒼空のバラン!! 初戦はテメェらだ!! 他は控え室に戻れ!!」
アクセルの言葉で、みんなゾロゾロと控え室に戻った。
「あれ、挨拶は?」と歩きながらアスラ。
「一応、さっきのが挨拶なのでは?」とマルクス。
「脳筋は挨拶代わりに岩を割る、と」アスラが笑う。「怖い怖い。てゆーか、あのパフォーマンスは必要だったかね?」
「……分かりませんが、大英雄が凄いというのは伝わったかと。観客にも、英雄候補にも」
「過去2回は、どうだったんだい?」
「自分が参加した時は、エルナが穏やかに挨拶していました。岩を割ったりはしませんでしたね」
「まぁ、エルナは割れないだろうね」
フルセンマーク全体でも、あの岩を素手で割れるのはアクセルだけだろう、とアスラは思った。