EX24 人質を取られたから戦わないって? じゃあ、最初から戦うな
突然、戦闘が始まった。
ラウノは意味が分からず、その場で立ち止まる。
ラウノの隣を歩いていたゴジラッシュも、ラウノに合わせて止まる。
アイリスがグレートソードの女と戦い、アスラとイーナが二刀流の少年と戦っている。
サルメとレコがラウノの方に走り寄ってくる。
「ティナ。どうして、いきなり戦闘になったのだろう?」
ラウノはゴジラッシュの背に乗っているティナに視線を移した。
「アスラたちに生意気な態度を取った、とかですわね」ティナがやれやれと肩を竦めた。「アスラたちは割と短気ですわ。舐めた奴は殺してもいい、というのが流儀らしいですわ」
「一流の犯罪者もビックリな流儀だね」
ラウノは苦笑いした。
とんでもない傭兵団に入ってしまった。
まぁ、まだ体験入団ではあるけれど。
「巻き込まれないように、城に戻った方がいいですわよ? ラウノはまだケガが完治していませんし」
「でも、君とゴジラッシュがいれば平気だろう?」
最上位の魔物であるティナと、上位の魔物であるゴジラッシュ。
相手が英雄でもない限り、負けることはない。
「とーう!」
レコが走って来た勢いのまま、ゴジラッシュの背中に飛び乗った。
サルメがどうするのかラウノが見ていると、サルメはラウノに突っ込んできた。
「ちょ、僕はまだ傷が……」
台詞の途中で、サルメがラウノに抱き付く。
「痛い、痛い、サルメ」
ラウノは勢いを殺すため、サルメを抱いたままその場でクルッと回った。
「あ、ごめんなさい。つい」
「君はつい突撃するのか?」ラウノが苦笑い。「君もゴジラッシュに乗るのかと」
「一度私に成ったのに、私が抱き付くと分からなかったんですか?」
サルメがラウノから離れた。
「分からなかった。どうして抱き付いたのかな?」
「それは……別に」
深い意味はない。
ただ、男嫌いのサルメでも、ラウノのことは気に入ったというだけのこと。
古傷を舐めたことで、好かれたのだとラウノは理解した。
恋愛的な意味ではない。仲間として、好かれたのだ。
「団長の動きが悪い」レコが言う。「お腹痛いの治ってないね、あれ」
「それにケガも完治していませんわ」ティナが言う。「アスラの動きが悪いせいで、イーナが戸惑ってますわ」
「アイリスさんも、間合いに入れなくて困っていますね」
「剣がないからだね」ラウノが言う。「アイリスは英雄だし、剣さえあれば、負けることはないと思うけど……」
それでも相手が強い。
特にグレートソードの女は、英雄と遜色ない動きだ。
「あの少年は何者ですの? 動きが悪くて連携が微妙とはいえ、アスラとイーナを相手に一歩も引きませんわ」
ティナはグレートソードの女より、二刀流の少年の方に注目した。
「どっちも魔殲だよ」レコが言う。「《魔物殲滅隊》。来るかもって団長が話してたでしょ? 布団に潜ったままで」
「ゴジラッシュを殺しに来ましたのね」ティナが言う。「腹立たしいですわ。魔物だから、という理由だけで魔物を殺すなんて許せませんわ」
魔殲の話をアスラから聞いた時も、ティナはイライラしていた。
「そうだろうね」
ラウノが頷く。
ティナも半分は魔物なのだ。
人間にそっくりだが、人間ではない。
「ゴジラッシュを空に逃がした方がいいのでは?」とサルメ。
「その必要はありませんわ」ティナが溜息混じりに言う。「ゴジラッシュが何か、忘れましたの?」
「ドラゴン!」とレコ。
「しかし、念のために離れた方がいいのでは?」とサルメ。
「分かってませんわね。ドラゴンにも種類がありますのよ? ゴジラッシュはまだ子供ですけれど、れっきとした竜王種ですわ」
「竜王種だって!?」
驚いたのはラウノ。
数多の国を滅ぼした伝説級のドラゴンだ。
多くのドラゴンは上位の魔物だが、竜王種は違う。
大人の個体の戦闘能力は最上位の魔物に分類される。
最上位の魔物は《魔王》の次の脅威とされているが、その認識を創り上げたのが竜王種。
「それすごいの?」とレコ。
「ドラゴンの中では一番強いですわ」ティナが言う。「たぶん、昔ここにあった小国は竜王種に滅ぼされましたわね。ちなみに、ゴジラッシュは裏の山でひっそりと生活しているところを、ぼくが見つけて友達になりましたの」
「それ初耳ですけど?」とサルメ。
「……言いましたわ……たぶん……きっと、言った気がしますわ」
「言ってないね」
レコがニコニコと笑った。
「事実なら、とんでもないドラゴンを飼っていることになるけど……」ラウノがゴジラッシュの頬を撫でる。「でも、ゴジラッシュは可愛い」
「ラウノさん、ゴジラッシュと仲良くなりすぎです」
「オレより仲良しだよね」
「君たちが訓練している間、僕はずっとティナとゴジラッシュと遊んでいたからね」ラウノが微笑む。「というわけで、ゴジラッシュを殺そうとするなら僕の敵だよ」
ラウノが加勢しようと一歩踏み出す。
サルメが片手でラウノを制する。
「ダメですよ。ケガをしたラウノさんは邪魔になります」サルメが言う。「ここで見学していてください。団長さんの動きはかなり悪いですが、それでも負けるとは思えません」
「動きが悪すぎてアスラじゃないみたいですわ」ティナが言う。「ぼくが助ける分には問題ありませんわよね? ぼくの友達を殺すなんて言う奴は許せませんわ」
ティナがゴジラッシュの背中から飛び降りた。
「イーナが団長に合うようになってきた」レコが言う。「でも互角だね。普段の半分くらいの団長に合わせてるから、総合的にやっぱり弱い」
「むしろアイリスさんが心配です」サルメが言う。「近接戦闘術の間合いに入れないです」
「ぼくは行ってもいいんですの? それともダメなんですの?」
ティナが首を傾げる。
「来て欲しいなら、団長は合図するよ」レコが言う。「それがないってことは、大丈夫ってこと」
「もしくは」ラウノが言う。「その余裕すらないか、だね」
◇
あー! もうっ! 全然、攻撃できない!
アイリスは心の中で愚痴った。
グレートソードは大きな剣だ。間合いも広い。
更に使い手が英雄並の実力を持っている。
よって、アイリスは近接戦闘術の間合いに入れないのだ。
技術があっても、届かなければ意味がない。
アクセルのように、体術一筋でその道を極めた人間なら、反撃に転じることも可能だろうけど、とアイリスは思った。
しかしアイリスは剣士であって、武道家ではない。
近接戦闘術は覚えたけれど、それでもやっぱり剣がないと厳しい。
「チョロチョロ、チョロチョロ、逃げ回るのが英雄ですか?」
女がアイリスをバカにしたように言った。
「み、見てなさいよ! 絶対に一撃叩き込んでやるんだから!」
アイリスは攻撃を躱しながら思考する。
どうすればいいのか。何をすればいいのか。
簡単なのは【閃光弾】を使うこと。
だけれど、アスラたちと連携が取れていない。
完全に分断されている状態なのだ。
使うタイミングを計れない。
アスラたちの方をチラッと確認したが、アイリスを気にする余裕はなさそう。
普段ならアイリスがMPを集中した時点でアスラたちが気付いてくれるが、今回は期待できない。
使うなら、アイリスがタイミングを計る必要がある。でも、アスラたちの方を何度も確認する余裕はない。
要するに、【閃光弾】は味方を巻き込む可能性が高く、好き勝手には使えない。
まぁ、ちゃんと計算すれば使えるけれど。
「英雄なら、反撃したらどうですか?」
女が言った。
その言葉で、相手も焦っていることが分かった。
アイリスが全ての攻撃を躱すから、焦りが募っているのだ。
やってみようかな? 戦術的動き、ってやつ。
攻撃を躱しながら、アイリスは自分の位置を調整。
ここだ、と思った場所でアイリスはMPを認識し、左手に取り出す。
属性変化を加えるが、性質変化は加えない。
同時に姿勢を低くする。
女がアイリスの左手に気付いて、少し下がってグレートソードを地面に刺して盾にした。
勘のいい人間は、魔法に気付く。
アイリスはサバイバル訓練で養った、超低空高速移動で女の背後に回り込んだ。
蛇をサッと捕まえるための技術だったのだが、戦闘でも役に立つ。
女が驚いたような表情で振り返る。
同時にグレートソードを地面から抜く。
アイリスの想定より女の動きが速い。
でも、大丈夫。一瞬の隙があればそれで良かった。
「【閃光弾】!」
左手を突き出し、輝かせる。
女のグレートソードが盾になって、アスラたちの方に光が届かない。
だからこその位置調整。
女が完全防御のために地面に刺したのは予想外だったが、それでもグレートソードを盾にするのは分かっていた。
幅の広い剣は時に盾としても使える。
アイリスもラグナロクをそういう風に使ったことがあるから。
女が顔を押さえながら、もう一方の手でグレートソードを振る。
それを躱し、間合いを詰め、女の腹部に一撃入れる。
それでも女がグレートソードを手放さない。
アイリスは上段蹴りを女の横っ面に叩き込む。
女が倒れてグレートソードを離した。
アイリスは即座に女のグレートソードを奪って構える。
超、重い。
これは自由に振り回せない。
アイリスはその場で回転しながらグレートソードを投げ捨てた。
奪った武器が使えないなら、相手の手の届かないところへ。
基本である。
「あたし、【閃光弾】覚えてから、負けなし!」アイリスは強く頷いた。「魔法やっぱ凄い!」
武器を持っていない状態で、英雄並みの敵に勝てたのだ。
喜ばずにはいられない。
だけど同時に、片刃の剣を持っていない不安も感じた。
一度家に帰って、予備の剣を確保するべきね。
人間相手にラグナロクは使えない。
正しくは、防戦なら使えるのだが、攻撃すると確実に殺してしまう。
片刃の剣でも骨を折ったり、ケガを負わせることは多々あるけれど、それでも殺すよりはずっとマシ。
◇
アスラは迫り来る腹痛と闘っていた。
ナナリアに斬られた傷も痛むし、あまり激しく動いたら傷口が開いてしまう。
イーナと2人で、なんとか互角。
二刀流の少年は強い。英雄に近いか、英雄になったばかりの英雄ぐらいか。
最初、アスラの動きの悪さにイーナが戸惑って、防戦一方だった。
今はイーナと呼吸があっているので、互角。
それでも互角なのだ。
腹痛とケガが憎たらしいね、とアスラは思った。
少年は剣を2本使っているので、イーナとアスラの攻撃を同時に捌ける。
イーナが短剣をもう1本装備して、二刀流にチェンジ。
アスラも合わせて二刀流にチェンジした。
「お? 短剣2本か!」少年が言う。「けど、付け焼き刃だぜ!」
少年の攻撃は力強く、受け止めるのが難しい。
だから受け流す。
しかし少年はバランスを崩すことはない。
体幹がしっかりしている。
よく鍛錬されているし、実戦の経験も豊富なのだとすぐ理解できた。
「魔物なんかに味方しやがって裏切り者め!」
少年は攻撃の手を緩めない。
アスラとイーナは少年の攻撃を捌きながら、合間で反撃。
しかし少年も上手く躱したり、弾いたりする。
お互いにダメージはない。
「……意味不明……」とイーナ。
「人類の裏切り者って意味だボケ!」
「それ前にも誰かに言われたよ」とアスラ。
確かアクセルだったか。
「死んで詫びろ! 全人類に死んで詫びろ!」
少年の憎悪は凄まじい。
ビリビリと肌でそれを感じる。
と、グレートソードの女と戦っていたアイリスが【閃光弾】を使った。
アスラとイーナには影響がないように、考えて使ったのだと察する。
「師匠!」
少年の気が逸れた。ほんの少しの隙。アイリスが作ってくれた隙。
アスラの右腕にイーナの【加速】が乗った。
アスラは突っ込み、少年の胸に短剣を突き立てる。
少年が後方に飛ぶ。
アスラの短剣が革の鎧を貫いた。
少年は飛びながら、右手の剣でイーナを攻撃。
イーナは短剣でガード。
アスラが短剣を押し込む。
少年の皮膚に届いた。
少年が左手の剣を横に薙ぐ。
ああ、これ、相打ちになる――アスラは直感し、短剣を放してその場で地面に伏せた。
アスラの上を少年の剣が通り過ぎる。
すぐに立ったけれど、少年はすでに後方へ。
「クソ! 刺しやがったな!」
少年が構える。
胸に短剣が刺さったままだが、それほど深くない。
死に至るほどではない。
「ふふ、私らの勝ちだよ」
アスラが左手を広げ、地面に倒れている女の方に向けた。
「降伏したまえ。しないなら、君の大切な師匠を殺す」アスラが言う。「私はここから、彼女を殺せる。今は動いていないし、外さない」
MPを認識し、取り出し、グレートソードの女の上で属性変化。
性質変化を加えれば、全7枚の花びらが女の体をバラバラにする。
「テメェ!!」少年が怒鳴る。「師匠を人質にする気か!? クソッタレ!! テメェそれでも人間か!?」
「口を慎め」
アスラは花びらを1枚だけ性質変化。
ヒラヒラと落ちた花びらが、女の左足に触れ、そして爆発。
アイリスがビックリしていた。
アスラのMPは感じていたはずなので、アスラの行為に驚いたのだ。
「師匠!!」
少年が悲痛な声を上げた。
「次は右足? それとも腕か?」アスラがニヤニヤと笑う。「頭は最後に取っておこう」
「クソがっ!!」
少年が剣を2本とも地面に叩き付けるように捨てた。
「……酷い悪人……」イーナが言う。「……最高……」
「くくっ、所詮はその程度だよ君たちは」アスラが笑う。「理念、信念、憎悪、どれも貫けない!! 私なら、剣を捨てたりしない!!」
「トリスタン!!」女が叫ぶ。「逃げなさい!! そして復讐を!! 魔物を殺し続けなさい!!」
女は片足を失ったけれど、悲鳴も上げず、命乞いもしなかった。
その声で、アスラもイーナも女を見てしまった。
もう勝ったと思っていた気の緩みもあった。
トリスタンと呼ばれた少年は、女の言葉の途中で踵を返していた。
剣は拾わず、駆け出す。
アスラが再び視線を戻した時にはもう5歩以上、トリスタンは走っていた。
「……追う?」とイーナ。
イーナなら追いつける。追いついて、殺すことも可能だ。彼はもう、武器を持っていないのだから。
それでも、トリスタンは強い。イーナも無事では済まない可能性が高い。
「いや。師匠の気合いに免じて見逃してやろう」アスラが言う。「もちろん、再び殴り込んできたら、殺すがね」