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第4話


「む、そこにいるはヨウではないか?」


大して依頼も来ず暇になった事務所を閉め、今日の夕飯の買い物をするために市場に出るとクシャナに遭遇した。

その両手には肉の刺さった串が四つずつ。

どうやら食べ歩きをしているらしい。

しかも………


「………随分と薄汚れてるな?」


そう、クシャナはなぜか全身砂埃を被ったように薄汚れていた。


「あぁ、ちょっと変なのに絡まれてな。追っ払って来たわ!」


堂々とない胸を張って威張るクシャナとは対照的に、俺は自分の失敗を今更ながらに思い出した。


「く、クシャナさん?もしかしてその変なのって自分のことを勇者とか言ってなかったかい?」


「ん?ん〜。むむむぅ〜。おぉ、そういえばそんなこと言ってた気がするぞ!ただただザコだったから忘れてた」


「ざ、ザコって…………まさか殺してないだろうな?」


もしも死んじゃってたら罪悪感が半端じゃないぞ!?

仮にもクシャナは俺の主人なわけだし、しかもあの変態勇者は明日勝負の日だったんだぞ?


「ヨウよ。ワタシはザコを相手の本気を出したりしないし、殺すこともしない。それともお前は汚れる分かってて敢えて虫を殺すか?」


「人類は虫ですか………流石は大魔王」


じゃあ虫は一体なにに分類されるんだろう?

ミジンコ?アオミドロ?それともバクテリア?

いやいや、そんなことはどうでもいいか。


「じゃあ殺してないんだな?信じるぞ?」


「なんだ下僕?主人の言うことが信じられんと?いいか?ワタシが殺していないと言えば殺していない。ワタシがお前は串肉だと言えばお前は串肉なのだ!」


「お、おぅ………善処します」


あれだな。

よほどあの串肉がお気に召したと見える。

なんか見てたらすっごく美味しそうに見えてきた。

どこで売ってるんだろうか?


「クシャナちゃぁぁん!!!」


遠くからクシャナの名前を呼ぶ声が走ってきた。

黒いポニーテールをさながら犬の尻尾のように振りながら一人の少女が走ってくる。


「うぶぅぅぅぅっ!」


「クシャナ、せめて受け止めてあげたらどうだ?顔面から行っちゃったぞ?ソロちゃん」


「こんな背格好でどうやって受け止めろと言うつもりだ?あんな勢いで来れたら受け止めるなんて甘いこと言ってられんぞ?小娘が破裂しかねん」


「相変わらず規格外だな…」


クシャナの大魔王っぷりを再確認しながら、薄汚れたソロちゃんに目を向ける。


「なに?」


すごく不機嫌そうに言う。

何を隠そうこのソロナ・インクは生粋のレズなのだ。

レズ………ガールズラブとも言う。


「えっと……大丈夫?」


「貴方に心配される謂れはない!」


まったく………この女はホントに男に対しては絶対零度の態度なんだよな……。


「だいたい貴方みたいな変態が美少女三人と一つ屋根の下で住んでいるなんて、私は心配で心配で……死ね」


「お願いします。途中で本音を漏らさないでください。ヨウさんの心はガラスのハートなんです」


というかあれって完全に嫉妬だよね?嫉妬だよね!?

安心してください!あの三人はどちらかというと家族のようなもので恋愛対象ではないから!

なんて言って通じる相手でもないんだけどね……。


「クシャナちゃん!こんな男放っといて何かに食べに行きましょう!」


なるほど、クシャナに餌を与えているのはソロちゃんだったか。


「ほう、次は何を献上するつもりだ?」


「甘味物などはどうでしょうか?」


「ぷりんか?」


「ぷりん?なんですかそれは?」


「ヨウが作っていたぞ?」


「いや、睨まれても困るんだけど…」


まるで親の仇のような嫌われようだ。

分かりやすい表現をすれば、ウォレットへのローロちゃんとステラ姉の態度と同じくらいだ。


「はぁ、貴方もあの子を見習ってほしいものですね」


「あの子?」


あの子ってどの子だ?


「エルマくんよ。彼は素晴らしいあの慎ましやかな性格に、可愛らしい容姿、私の思う理想の男性!」


そう言って一枚の写真を取り出した。

ずっと思ってたんだけど、この世界ってどうやって写真を撮ってるんだ?

いや、突っ込んだら負けか……。

しかもこれ目線がこちらを向いていない。

………まさか盗撮?

変態二人目?


「っていうかこの子って……」


その写真の少年には見覚えがあった。

前の時は少女として見てはずのその少年は、確かあの変態勇者の恋の相手。

しかし、まさか男だったとは……。

もう今から嫌な予感しかしない。


「この世の全ての男性があの様なら私もこの世がもう少し生きやすくなるんだけど」


「…………それは嫌だなぁ」


想像しただけでゾッとする。

男と女の見分けがつかない世界なんて恐ろしすぎるよ。


「さ、クシャナちゃん。甘味をとりに行きますよ」


「うむ、案内せよ」


「さようなら類人猿」


「……さようなら」


もうこんな風な扱いにも慣れたよ。

俺は一つため息をついた。


さて、次に変態勇者と会う時は何を話せばいいのだろうか………。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜~〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「兄さんは一回死んだ方がいいと思います」


「すみません。実は今日はもう二回死んでます」


「じゃあもう一回死んでください」


シャルの吹雪のような視線を受け、俺は正座を強要されていた。

まぁ、全般的に俺が悪いのは確かなんだけど。


「前にも言いましたよね?戸を開ける際にはノックをしてくださいって」


「はい、言い訳いいですか?」


「聞きましょう」


「まさかシャルが帰ってきているなんて思わなかったんだ」


「つまり兄さんは私が悪いと言いたいのですね?私が!」


「い、いえ………すみません」


ホントにすみません。

あれから気をつけてたんだけど、今日はいろいろあって注意が散漫になっていたらしい。

俺は再びシャルの着替えに突入した。

それもあの時と同じシチュエーションでだ。


「はぁ、まぁいいけど。兄さんが大馬鹿という事くらい前から知ってたし」


「馬鹿ですみません……」


「今回は昨日兄さんのプリンを食べてしまった件とで帳消しにしてあげるけど、次はないからね」


「はい……気をつけます」


というわけでシャルによるお説教が終了した。

…………辛かった。


「そう言えば今日はマールさん帰ってこないらしいよ?」


「え?そうなの?多分クシャナも帰ってこないぞ?」


何せあのソロちゃんに連れていかれたんだ。

今晩は帰ってこないだろうな。


「じゃあ今日は二人だけなんだ……」


「そうだな……襲うなよ?」


「だっ!だだだ誰が襲いますか!?むしろ兄さんの方こそ変な事考えてるんじゃないですか!?」


「何を言っているんだ?妹に欲情する兄がいると思ってるのか?」


「急に真顔にならないでください!気味が悪い!」


「っ!?」


なんだろう?今日ってこういう日なのかな?

気持ち悪いとか類人猿とか気味が悪いとか悪口のオンパレードじゃないか。


「え?兄さん?なんで泣いてるの?もしかして言い過ぎた?」


「いや、なんでもないんだ。ただ自分が周りからどう思われてるのか再認識しただけだよ………ぐすん」


「あーほら、今日は私がご飯作るから兄さんはゆっくり休んでいて」


「そんな事したらゆっくりなんてできないじゃないか」


「…………ぷっつん」


え?ぷっつん?


「つまり兄さんは私の料理が不味いとでも言いたいんですか?えぇ?」


あ、これは間違いなく地雷踏んだわ。


「だいたい兄さん以外の二人は私の料理を普通に美味しく食べてるんです!むしろ味覚がおかしいのは兄さんの方じゃない!味覚障害でも持ってるんじゃない?バカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカ大馬鹿!」


「カッチーン。あーもう頭きた!だいたい俺はルールさんから聞いてるんだぞ!お前味を魔法で誤魔化してるらしいじゃないか?ていうか味で人を昏倒させるなんてどういう腕してるんだよ。下手にも程があるだろ!」


「へ、下手………ふ、ふふふ……」


下手という言葉をきっかけにシャルが不気味に笑い出した。

それはさながら魔女のようで、魔法オタクのシャルにぴったりだった。

まぁ、全然可愛くはないんだけどね。


「分かりました。勝負です。」


「勝負?なにを?」


「料理勝負です!私が勝ったら以降この家での料理は全て私が担当させてもらうから!」


なん……だと…。


「やめろ!そんな事したら俺が死んでしまう!」


「大丈夫。兄さんは不死身でしょ?」


黒い笑顔が怖い!


もしかしたら俺は知らぬ間にシャルの女としてのプライドを踏みにじってしまったのかもしれない。


いや、まだ俺の生存への道は閉ざされていない!

シャルが料理が下手なことは変わらないのだ。

ならば俺が負けることはない。


「いいだろう。受けて立つ。だが、もしお前が負けたら以降お前が台所に立つことを禁止する!」


「くっ、いいでしょう。せいぜい吠え面かかないように頑張ってください」


そして俺たちは戦場だいどころへと向かっていった。


二時間後。


「じゃあルールの確認だ。残念なことに今この家には俺とシャルの二人しかいない。だから勝敗はお互いが決めるということでいいな?」


「はい。自分の料理が相手の料理に負けたと思ったら正直に言うこと。………では」


「いざ」


「「実食!」」


そしてお互いがまずシャルの料理を口に含んだ。


「!?」


そして俺は戦慄した。

美味い。そして気絶しない。

なぜだ?いつもは口に入れた瞬間意識がブラックアウトするはずなのに、なぜ今日はなんともないんだ!?


「ふふっ、驚いているようですね兄さん。これは私の得意料理、キャベツのバター炒めです!」


俺たちの前に盛られた山のような緑の物体を指しながらシャルは高らかに宣言した。


「味付けはバターと塩胡椒のみ。あとはキャベツのもともとの甘さを利用した、私の数少ない魔法なしで食べられる料理!」


………いやぁ、これを料理と呼んでもいいのだろうか?

確かに具材を切って火を通して味付けをしているけど、これを料理と呼んでもいいのだろうか?

なんというんだろう?そう、これはむしろ男飯って感じだな。もしくは手抜き料理。

なんで手抜きの方が手の込んだ料理より美味いんだよ。

というか出来るのなら最初からやれよ。


「さぁ、次は兄さんの料理の番だよ。ふふふ、私のこの革命的美味しさに勝てるものならば勝ってみなさい!」


そう威張ったほんの三分後、


「参りました………」


シャルはあっさり降参した。

当たり前だ。確かにシャルのキャベツのバター炒めは美味かった。

しかしそれでもやはり『普通に美味い』だけで、明らかにずば抜けて美味いわけではなかった。


対して俺のメニューはチーズインハンバーグ。

子供から大人まで幅広い層に大人気のメニューを振る舞った。

最初は余裕そうな笑みを浮かべていたシャルだったが、中からチーズが出てきた瞬間に笑みが消え、一口食べたすぐに負けを認めた。


「ハンバーグの中にチーズを入れるなんて……兄さんの外道!邪道!」


「文句を言うか食うかどっちかにしないか?」


わーわー文句を言いつつも、シャルは美味そうにハンバーグを喰らう。

流石日本の食文化だ。

異世界の人間まで虜にしてしまうとは恐ろしいやつ…。


「勝負は俺の勝ちだな」


「………悔しいけど完敗です…煮るなり焼くなり好きにしてください」


よほど悔しかったのだろう。シャルは真っ白になっていた。

なんだか流石に可哀想に思えてきた。


「………俺と一緒にだったら台所に立ってもいいぞ?」


「え?」


「俺の監視下でするぶんになら許してやろう。感謝しろ」


これ以上の譲歩はできない。

それでもシャルは嬉しそうに瞳を輝かせた。


「兄さん大好き!」


「都合のいい時だけ好きになるな!」


こうして俺とシャルの不毛すぎる戦いは幕を引いた。

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