はっ!俺が誰かだって?見ての通り野盗だ。以上
「えっと………どちら様ですか?」
さて、俺は今どういう状況でしょうか?
正解はなんとびっくり、今俺たちは縄で縛られて動けないのです。
なぜこうなった……?
うん、大丈夫。ちゃんと説明するからちょっと待ってて。
俺にも状況は整理の時間を頂戴。
数分前
俺とコユキちゃん、そしてクロウを乗せた馬車の前に突然男の集団が現れた。
そう、まるで小説なんかでよく聞く野盗のような格好をしている。
というか思いっきり野盗だった。
「金目の物は全て置いていけ、あと女もだ!」
右目に眼帯をつけたリーダーらしき男がそんな月並みなことを声を張り上げて言う。
あんなに大声出して喉は痛くないのだろうか?
そう思ったら、眼帯の男はゴホゴホと咳をした。
どうやら普通に喉にきたらしい。
全く、実に締まらない。
ベン◯ブロックでも使うといいよ。あれは結構効くから。
しかし、これはどうすればいいのだろう?
取り敢えず出ていけばいいのかな?
「お前ら、馬車の中の物を全部引き摺り出せ」
リーダーが指示を出すと、部下たちは迅速に命令を遂行して行く。
馬車の中からは三日分の食料と水、そして俺たち三人がぐるぐる巻きになって引き摺り下ろされた。
コユキちゃんを見た野盗の一部は「よっしゃっ!当たりだ!」とガッツポーズを決めて喜んでいた。
どうやら小さな幸せを噛み締めているらしい。
俺だったら可愛い女の子の乗った馬車よりも夢のグリーンジ◯ンボ七億円を当てたほうが嬉しいのだけどね。
あぁ、七億円欲しいなぁ。
「ほぅ、随分と上玉じゃないか?こりゃいい値段で売れるぜ!」
リーダー大喜び。
本当に嬉しそうな顔をしている。
なんだろう?もしかして養うべき家族が居たりするのだろうか?
「親分、その前にこの女の味を見てもいいですか?」
「あ"ぁ"?ったく仕方ねぇな!壊すなよ?俺の見込みでは金貨三◯◯枚にはなりそうな価値なんだからな?」
「はい!」
そう言うと野盗達はコユキちゃんを連れて行こうとする。
しかし、それを黙って見過ごす勇者ではなかった。
クロウは今にも噛みつきそうな勢いでコユキちゃんを離すように怒鳴っている。
コユキちゃんはコユキちゃんで諦めているのか、そんなクロウを宥め、野盗達に自分の身と引き換えに俺たちの解放を交渉していた。
あ、ちなみにどうして仮にも勇者であるクロウまでぐるぐる巻きにされているのかというと、御者が人質にされて渋々お縄についたからだ。
どうやら御者を巻き込まずに戦うのは難しいと判断したようだった。
さて、異世界イベントのお約束の中、俺はどうしても言いたい言葉がある。
もちろん、『お前空気読めよ』と言われることは分かってるし、ついでに言えば『普通この状況でそんな発想が浮かぶわけがないだろ』とディスられることも分かっている。
けど、実のところ死なない俺はそこまで今の状況が緊迫しているとは思えない。
だって、逆らって殺されても死なないんだもん。
だから敢えて言おう。
「えっと………どちら様ですか?」
という流れがあったわけです。
一応補足しておくと、今俺にはいくつもの視線が刺さっています。
分かってはいたけど、みんな『は?なにこいつ?今そういう場面じゃないだろ?』という視線を向けてきている。
予想していたのよりも辛い。
身体は不死身でも心はガラスなんだよ。
「はっ!俺が誰かだって?見ての通り野盗だ。以上」
「誰がそんな見てわかることを言えと言った!?名前を聞いてるの!ワッツユアネーム!」
「………ワッツユア……なんだって?まあいい、俺はパパミオ様だ!」
「マジで!?親分ってパパミオって名前だったんだ!?」
「よっ!パパミオ様!」
「パパミオ親分世界一!」
「ちょっと黙れ」
「「「「はい!」」」」
茶化し始めた部下達をたった一言で黙らせた。
…………しかし……パパミオ……パパ…ミオ…っ!
この外見でパパミオっ!
「ぷっ」
「あ"!?テメェ今笑っただろ!?」
「笑ってないっ!」
「ぷっ、って言っただろコラァ!聞こえたぞこの野郎!」
「多分俺の屁の音だよ!多分!」
全力で誤魔化した。
これで彼は完璧にあれが俺の屁の音だと勘違いしただろう。
我ながら自分の才能が恐ろしい。
しかし……パパミオ…か。
パ・パ・ミ・オですかぁ〜。
もう一度リーダーの顔を見る。
顔は厳つく、眼帯を着けており、いくつもの傷跡と所々土汚れが目立つ。
………………パパミオ。
「ぶぅぅぅぅ!」
「あ"!?テメェ今度こそ笑っただろ!?ええ!?」
「わら……ぷく……てない…ぶふっ……よ?」
必死に笑いを堪える。
ダメだ。
この顔でパパミオは反則だ!
これは人を笑わせる天才だぞ。
というか両親はどういう意図でパパミオなんて名前を付けたんだ?
頭おかしいんじゃないの!?
「いい加減黙れ!」
「うっ……」
流石に堪忍袋が切れたらしいパパミオが俺の腹に蹴りを入れた。
意外と重い一撃でビックリした。
でも、痛いかどうかと聞かれたら………。
「おい、予定変更だ。こいつは今ここで殺す」
えっ……?
ちょっと待って!
殺しちゃうの!?
やばい、いくら死なないからといって、ちょっと調子に乗りすぎた。
ここで殺されたら不死身がここにいる全員にバレてしまう。
それは流石にまずい。
不死身な事を除けばあらゆる面においてただに人間でしかない俺だが、それでも他の人からしてみれば不死身なだけでも化け物だ。
というかむしろ、不死身な俺をあっさり受け入れられている俺の周囲がおかしいだけなのだろう。
取り敢えずここは俺の持てるスキルを全て総動員するしかない。
俺は一度瞼を閉じ、大きく深呼吸する。
これからやることはただの人間でしかない俺が、この異世界でただ生き残るためだけに極めた技の数々。
これが不発したのならばもう諦めようと思う。
…………行くぞっ!これこそが世の理不尽、その尽くを退け、我が道に栄光を齎らす最強の技!
「すみませんでしたっ!」
「うわっ!?な、なんだこいつ!?」
ジャパニーズDOGEZA!発動!
手も足も使えないので頭だけを地面に擦り付ける。
無様だと?ふっ、笑いたければいくらでも笑うといい。
俺には物語の主人公のようなチート技があるわけでもないし、膨大な魔力が宿っているわけでもない。
そんな俺にできる身を守る術なんて、素直に謝って相手をよいしょすることだけだ。
ふふふっ!俺の土下座はシャルを相手に何度も何度も何度もやってきたおかげでその速さと形に美しさだけならば誰にも負けない。
その証拠に見てみろ。
野盗達は驚いて腰を抜かしている。
「こ、こいつ親分に蹴られて倒れてたはずなのにいつの間にこんな奇妙な体勢になったんだ!?」
「なぜだろう?こんな体勢で謝られたら許さざるを得ない気分になる…」
意外なことに土下座慣れしていない野盗達。
………やめて?
クロウさん、そんな冷めた目で僕を見ないで?
コユキちゃん?なんでそんな生ごみを見るような目で僕を見るの?新しい世界の扉が開いちゃいそうだからやめて?
「ほぅ、なかなか面白いな。………が、その謝罪が本当に心からされているとは正直思えないな。おい」
そう言って俺の頭をグリグリと踏みつけるパパミオ。
野盗達はその光景を見て、「や、やべぇ。親分容赦ねぇ」「あそこまでして謝ってるのに………」「もう許してやればいいのに…」と俺に同情の言葉を送る。
「うるせぇ!お前らはちょっと黙ってろ!」
「「「「はい!」」」」
部下達が騒ぎ出すとパパミオが怒鳴り、みんな寸分違わぬタイミングでいい返事を返す。
もはやコントと化していた。
「おい、どうなんだ?心から謝罪してるっつーなら今から俺が言うことを復唱してみろ」
「はい、なんでございましょう?」
「パパミオ様、バカにして申し訳ありませんでした。以降二度とパパミオ様の名をバカにせずパパミオ様を敬うと誓います。だ」
や、やめて!
パパミオパパミオと復唱しないで!
面白過ぎて……。
「ぷっ」
俺の我慢が限界に達しかけた時、野盗の内の誰かが吹き出した。
「…………おい、誰だ?今笑ったの」
パパミオが振り返って野盗達を見渡すと、全員がすっと目を逸らした。
全員やましいことがあるらしい。
「誰だっつってんだろゴラァ!」
怒鳴られて尚、野盗達目を逸らし続ける。
………………いいこと思いついた。
「パパミオ様」
「あ"ぁ"?なんだぁ?まさかテメェもまた俺をバカにするつもりなのか?」
「いえいえ、とんでもない!パパミオ、素晴らしい名前ではないですか。えぇ、何度も聞いていると段々その良さが分かってきました。パパミオ……パパ…ミオ。あぁ、まるで心が洗われるようです。この名前を付けたご両親はさもご聡明な方だったのでしょう。何がいいと言いますと、やはり文字の選択が的確ですね。パ・パ・ミ・オ。えぇこれ以上にぴったりハマる文字の配列は無い」
俺はもう自分で自分が何を言っているのか分からない。
俺はもう、お前は口から生まれたと言われても納得してしまうくらいになにも考えずに喋っている。
だけど作戦はいい感じにハマってきているようだ。
野盗達の中に段々と変化が訪れ始めた。
「パパミオ……」
「パパミオ…………」
「パ・パ・ミ・オ………」
「あの顔でパパミオ………」
うん、もう一押しだな。
「いやいや、その凛々しいお顔にはやはりパパミオの名前がぴったりですねぇ。一家に一台パパミオ様!ビックリするほどパパミオ様ですね!」
ここでキメ顔サムズアップ。
それを発端にして野盗達が決壊した。
「ぶっ、ビックリするほどパパミオ様……」
「一家に一台……ぷっ」
「凛々しいお顔っ……ひひっ」
「「「「「ははははははっ!!」」」」」
大爆笑が起こった。
必殺、持ち上げているように見せかけて実は滅茶苦茶貶しているの術…………なんちゃって。
パパミオは仲間達からの笑い声を聞きながらプルプルと震え始めた。
こっちは怒りが爆発寸前だ。
その間に俺はある準備をコツコツとこなす。
初めてやったけど予想通り意外と痛かった。
「テメェら…………全員ブチ殺してやる」
その言葉で野盗達は自分達がしでかしたことの意味を悟り、一同真っ青になった。
反対に真っ赤になったパパミオは殺気を撒き散らしながら野盗達の群れの中に突っ込んでいった。
このままここにいてはいつ火の粉が飛んでくるか分かったものではない。
だから俺は逃げ出した。
もちろん野盗達が置いて逃げたクロウとコユキちゃん、ついでに御者の回収も忘れない。
俺は綱を握ると、パパミオが野盗達を殺し回ることに集中している内に馬車を走らせてその場を離れた。
あとで風の噂で聞いたのだが、ある野盗集団がリーダーによって皆殺しにされ壊滅し、その後一人残ったリーダーは魔物用の罠に引っかかって死んだらしい。
俺はそれがパパミオではないことを少しだけ願った。




