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…………あっ


「と、言うわけで明日から仕事で王都に行くことになったから」


「「は?」」


マールとシャルは今日も今日とて仲良しだった。

なんと首を傾げるタイミングまで同じときたよ。


「だから、コユキ様のそっくりさんが依頼に来て、その関係で明日から王都に向かうんだよ。理解したかな?」


「うん、理解はしてる。理解はしてるんだけど…ね?納得いかない!」


「………なんで?」


「なんで?ねぇ。もしかして忘れてないよね?明後日の休日はデートに行く約束だったよね!?」


「…………あっ」


「『あっ』ってなに!?『あっ』って!まさか本当に忘れてたわけじゃないよね!?」


うん、綺麗さっぱり忘れてた。

まるで記憶に漂白剤を入れて洗濯したくらいに綺麗に忘れてた。

でもさ、そういう日だってあると思うんだ。

だって……人間だもの。

人間の長い長い人生の中でそういう日はいくらだってあるんだから仕方ないだろ。


「もうこれで六回目なんだよ!?最初は仕事があるなら仕方ないかなって思ってたよ?でも、毎回毎回デートの日に限って仕事仕事仕事!私と仕事どっちが大事なの!?」


「そりゃもちろんシャルが大事だけど……」


だからと言って仕事が大事じゃないのかと言われればもちろん仕事だって大事だ。

いくら依頼がないからといえど、依頼解決以外にだって仕事はある。

それこそ俺が前のようにただの平社員ならば、「今日会社休みます」も通用しただろう。

けれど今の俺は所長という事務所で一番偉い立場になってしまっている。

それ故にどうしても行動は制限されてしまうのだ。


「ごめん、帰って来たら今度こそ絶対に約束守るから」


「その言葉ももう聞き飽きました」


久々にシャルに敬語を向けられた気がする。

これは意外と心にくるな……。


「まぁまぁ、シャルロットさん。ヨウさんがこんな人だということは前から知っていたではないですか。今更嘆いたって仕方ないですよ?」


マールさん?フォローしてくれるのは嬉しいのですけど、もう少し私の心も気遣ってくれませんかね?

ヨウさん泣いちゃうよ?


「この分からず屋の唐変木のすっとこどっこいには私の方から説教しておくので、シャルロットさんはお風呂にでも入って来たらどうですか?」


「………はい、そうします」


そう言うと、シャルはトボトボと風呂場に向かって行ってしまった。


「と、いうわけでお説教タイムに入りましょう」


マールは俺をキッと睨みつけてきた。

でも、なんでだろう?全然怖くないんだよなぁ。

まあ基本これは馬鹿だからな。


「先ずですね、ヨウさんは女の子の気持ちというものを理解していません!そこのところちゃんと分かっているのですか?一体いつになったらあなたは学習なさるのですか?毎度毎度同じようなことをしてシャルロットさんを落ち込ませて………ちゃんと自覚していますか!?」


「うっ」


やばい……。何も言い返せない。

睨まれたところで特に怖くはない。むしろ可愛いくらいなのだが、マールの言っていることは至極尤もなことばかりだし、自分にも覚えがあるせいで余計に言い返せない。

ジーと睨みつけているマールから、ススっと視線を逸らす。

しかし、マールはちょこちょこと動いて、ジーと俺の目を見つめてくる。

諦めてマールの瞳を見つめ返す。

サファイアブルーの澄んだ瞳が動揺に揺れた。

そして、マールはスっと顔を背けた。


「なに?」


「そ、そっちこそなんですか?急に人のこと見つめて………」


「いや、そっちが先に見つめてきたんだろ?」


「私のは見つめたのではなく睨みつけたんです!」


「その割には随分と可愛いかったぞ?」


「か、かわいい……ですか…」


ん?なんだこの反応は?

なんだか分からんがチャンス?


「あ、あぁ!可愛いよ!ほんっとにマールは可愛い!流石天界人だな!シャルがいなかったら間違いなく惚れてたな!…………………っ」


「いやぁ、そこまで言われると照れちゃいます…………っ」


そう、俺は悪ふざけが過ぎてしまった。

背後から視線がそれを十二分に証明している。

背筋に冷たい汗が流れる。

マールも同じものを感じているのか、青い顔で震えている。


「タオルを。忘れて取りに来てみたら………二人とも、とても楽しそうな話をなさっていますね?」


「「ひっ!」」


俺とマールは同時に悲鳴をあげた。

そして、急いで振り返ると、とっさに言い訳を始めた。


「ま、待ってくれ!話を聞いて欲しい!」


「ですです!ちゃんと話し合えば分かり合えるはずです!」


「二人ともなにをそんなに焦ってるんですか?焦らなければいけないことでもしていたのでしょうか?」


にっこり微笑むその目は……………死んでいた。


「そういえば、私がいなかったら惚れていたとか話してましたよね?いいんじゃないですか?兄さんの世界がどうかは知りませんが、少なくともこの国では重婚は認められているんですから。私の他にも好きな子ができたところでいいんですよ?ただ、ですね?私とのデートをすっぽかしておいて自分は他の女の子とイチャイチャするのはどうなのかな?とか、あぁ、私はどうしてこんな男を好きになっちゃったのかなぁ?とか、色々と思うところがありまして」


「ごめんなさいっ!」


土下座した。

すごく久しぶりに超高速土下座をした。

本当に申し訳なく思いました。


「でも、驚きました。マールさんは兄さんにお説教してくれるって言っていたのに、まさかその隙に人の恋人とイチャイチャしているなんて夢にも思いませんでした。えぇ、もちろんマールさんなら私も歓迎ですよ?だけど、なんというのでしょう?寝取られ?と言いますか、その、私の知らないところでこそこそされるのはあまりいい気分ではないですね」


「すみませんでしたっ!」


マールもまた、シャルの前に土下座する。

一人の女の子の前に土下座をする影二つ。

他人が見たら絶句の光景だろうな……。


「今帰ったぞ〜」


そんな時にタイミング悪く第四魔王様がご帰還なされた。

そして、俺たちを一瞥すると


「…………ふむ、いい心がけだな」


どうやら俺とマールがシャルに傅いているように見えたらしかった。

…………………。


「で、一体なにをしていたのだ?新たな遊びか何かか?」


「いえ、その……かくかくしかじかでして」


マールがクシャナに事情を全て説明した。


「なるほど、つまり要約すると、下僕がシャルロットとのデートをまたすっぽかしてシャルを怒らせ、シャルの居ぬ間にマールに求愛をしていた……と」


「その通りです」


「「違います!」」


俺とマールは同時に突っ込んだ。

確かに合っているような気がする。

けど、何かが違う気がした。

これを肯定してしまってはなにかが致命的におかしいことになるような気がしたのだ。


「いやいや、否定することはないだろう。むしろわたしはお前の主人として誇らしいぞ。多くの女子を侍らせてこそ一人前だ。うむ、その調子で励むがいい」


「いや、励まないからね?励まないからね!?」


シャルとマールから冷たい視線を送られたために二度言っておいた。

しかし、まさかクシャナがハーレム推奨派だったとは……。

まあそうだよね?天下の魔王様だもんね。


「しかし、今度は王都か………。おいそれと会える距離ではないからな。シャルロットが怒るのも頷ける。しかも今回は何日も向こうで過ごすことになるのだろう?」


「一応一月位を予定してる」


「一月か…長いなぁ。まあ仕事なれば仕方がないのであろうが、その間の家事はどうするつもりだ?」


そういえば、そこについては一切考えていなかった。

掃除洗濯料理と家事は全て俺一人で賄ってきた。

一応シャルは全般できないことはないけれど、料理がアレだから丸投げはできない。

そうなると誰か事務所の方から人を出すしかないかもしれない。


「そうだな………信頼の置ける人に来てもらうよ」


とりあえず明日出発前にステラ姉に頼んでおこう。

あの人なら大抵のことは丸投げできる。

そのくらい俺はあの人を信頼していた。


「我が城に見ず知らずの人間を上げるのは癪だが、まあ仕方あるまいな。よし、許可しよう」


いつの間にここはお前の城になったんだ?

とツッコミを入れたかったが、大方「下僕(お前)のものは主人(わたし)のもの」とシャイアニズムを発動されて終了だ。

だったら最初から無駄なツッコミはしないほうがいい。


「と、いうわけでもう一度言っておくけど、明日から王都に行くから」


「「「行ってらっしゃ〜い(です)」」」


三者三様に、シャルはどこかブスッとムクれながら。

マールは落ち込みながら。

クシャナはどうでも良さげにそう言ったのであった。

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